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序章

「私は反対です! ……うぅ……――姫様を……えっぐ――……置き去りにしないといけないなんて――うわ〜ん!!」

 声を荒らげ泣きじゃくっている侍女は主人である少女の背中に向かって叫んでいた。

 だが、悲しいかな。語りかけている目の前の人物は振り向く事なく荷造りをしていた。

「しかも私達には明日には帰れって、酷くないですか!? ……うぅ〜……こちらには今日、着いたばかりなのに……」

「そうねぇ〜。父様たちにお土産を買う時間も無いのはねぇ〜」

「時間がどうのこうのっていう問題じゃなくてですね! はるばる海を渡ってきたのに労いも無ければ歓迎も無いなんて、あんまりです!! やっぱり……わ、私……ぐす。……こんな所に姫様をお一人になんてさせられません! わ〜ん!!」

 侍女は東家と見間違うぐらいの質素な部屋を見渡し感情を昂らせた。おかげで不平不満が嗚咽混じりになる。

 侍女と少女の間でかなりの温度差があるのだが、それもそのはず。心配性で世話焼きでもある侍女と楽観的で自立心が強い少女では物の捉え方も違えば価値観も違う。それに付け加えて家臣と主人という立場もあるので余計に温度差は縮まらない。

「一国の姫が海を超えているんですよ!? しかも七大国の! ――うぅ……」

 小国の姫が物見遊山で来るのとは訳が違うと主張する。肥前国の姫が時間とお金をかけて来ているというのに城門は固く閉ざされ、こんなお粗末な小屋に押し込められるとは――。

 さらには同行した家臣たちの立ち入りを禁止し、持参した荷物さえも城外に捨て置けと言う。

 あまりの仕打ちに侍女は気絶しそうになったほどだ。

「――まぁ、郷にいれば郷に従えよ」

「意味が違いませんか!?」

 大事な姫様の身に何かあってはいけないと思い万全の策であらゆる物を用意してきたのに、それが認められないとは。

 そんなこんなで、少女がせっせと荷造りをしているのには、そういった事情があったのだ。

 交渉の末、長持ち一つだけ持ち込むことが許された為、限られた時間で最低限の物を吟味しているのだが――。

「そのガラクタは持っていく必要がありません!」

 主人の腕を掴み、長持ちに入れられようとしている品を阻止する。

「もう、失礼ね。ガラクタじゃなくて六角よ。これが無いとネジが回せないの」

「それが六角なのは知っています! 何年、姫様にお仕えしていると思っているんですか! 私が言いたいのは嫁入り道具に必要ないって事です!!」

 侍女は荷造り中の長持ちを覗き込んで目を疑った。大半が用途不明のネジやらビスばかりで着物一式さえも入っていない。かろうじて、化粧箱が一つ隅に追いやられるように置かれている。

 ――だが……。

「せっかくの化粧箱なのに、何でこんなに表面が汚れているんですか!?」

 漆が塗られている化粧箱を鈍く光らせる染みを拭こうと侍女は化粧箱を手に取った。ずしりとした重みに首を傾げる。

 (――こんなに重かったかしら?)

 姫様に手渡した時とは明らかに違う重さ。そして、この汚れ――。

「……まさか!?」

 侍女は化粧箱の引き出しを上から順に開けていく。開ける度にガチャガチャと金属片がぶつかり合う音が耳に入る。

「姫様! 中に入っていたお化粧品はどこへ!?」

 本来、収納されているはずの櫛や手鏡、白粉に口紅、筆一式が物の見事に無くなっていた。

「あぁ〜。あれは――えっと……あの風呂敷の中かな?」

「風呂敷!? 酷いです! あんまりです! せっかく姫様のために買い揃えたのに!」

「だから捨てずに――」

「捨てる!?」

「いや……えっと……すぐに使えるようにね! そうそう! 手元にあった方が良いんじゃないかと思って出しておいたのよ!」

 しどろもどろに答える主人の様子を侍女はじっと見つめる。

「た、たしかに道具箱として仕えたら便利だなぁ〜と、思っていたのは事実だけど! 今だけ。今だけだから! 向こうに行ったら本来の使い方に戻るから見逃して!」

「では、毎日お化粧をする――ということですか? 髪も櫛で梳いたり、身なりも整えるんですよね?」

「え〜と……毎日じゃなくても良いんじゃないかな?」

 愛想笑いを浮かべる主人に侍女は、ぐわっと目を開き説教を始める。

「何を言っているんですか!? 一国の姫ともあろう御方が髪は梳かない、お化粧もしない、手は油でベトベト! 香が抱きしめられた衣ではなく汚れに汚れた作業服を着ているなんて! どこの侍女かと……いや侍女の方がまだマシですね。どこの浮浪者かと思われるに違いありません。あぁ〜やっぱり、こっそり潜入した姫様のお世話をしなければ――」

 ぶつぶつ計画を練っている侍女の様子を眺めながら肥前国の姫は温かい気持ちになり、いつの間にか動かしていた手が止まっているのに気づいた。正直、自分の至らなさで心配をかけさせているのは申し訳ないと思っている。でも、無関心を貫かれたり侍女の役目として接している行動でないのが嬉しいと思っている反面もある。

(――感傷的になってしまったわね)


 でも、どうする事も出来ないことだってある。

 それが今回の婚姻なのだ。

「どんな事があっても操は連れて行けないからね」

 最後かもしれない侍女の名前を呼ぶ。

「でも! 流れ者としてなら――」

「操」

 丁寧に噛みしめるように侍女の名前を口にして続く言葉を自身で遮る。

「姫様〜」

 再び泣き出した侍女に目の前の少女は笑顔を向けた。

「私なら大丈夫。適応力が高いの知っているでしょ?」

「そうですけど……それは無茶ばかりするから必然と適応力が高くなったのでは?」

 侍女に痛い所を突かれた主人は言葉を詰まらせたが、誤魔化すように咳払いをした。

「こほん……大丈夫。波風を立てないように過ごすわ」



 肥前国の姫――鍋島伊織、17歳。

 明日、将軍家に最も近い血筋の男が治める紀州国に政略結婚の果てに嫁ぐ。


 それも側室として。


 ――彼女の人生の波乱の幕開けが、この時より始まった。


 まず、その一つが側室を認めない正妻からの条件である『鍋島伊織のみの入城』だった。

 

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