【短編Xmas2023】苺でほろ酔い【蝶々姫】
─世界暦???年─
ヨルデンがまだ若く、ハルモニアが飲酒出来る歳になった頃(曖昧)のラゼリードとハルモニアのクリスマス小話。
蝶々姫Xmas2023書き下ろしです!
「ラゼリード、今年の聖夜祭も俺がケーキを用意しようか」
ハルモニアがわたくしの私室で寛ぎながら言った。読書していたわたくしは本から視線を上げて唇を開いた。
「いえ、今年はわたくしが用意するわ」
「ほう。ならば宜しく頼む」
ハルモニアは意外そうに目を瞬いたが、すぐに唇だけで笑った。
そんなこんなで聖夜祭の夜。
ラゼリードの私室にて。
ハルモニアの目の前には「でーん」と、きつね色に焼けたパイに包まれた丸いものが皿に乗っていた。
「ラゼリード? これは?」
「ふふふ、これを真ん中に刺すのよ。正体がすぐ分かるわ」
ラゼリードはスっと手に持ったシナモンスティックを真ん中に刺した。
サクッとパイが砕ける香ばしい音がした。
それだけでただ丸い何かだったそれは、芯のある林檎を思わせる形に変わる。
室内をシナモンと林檎の甘い香りが支配した。
「あ! 林檎! なるほど、これはアップルパイか」
ハルモニアが驚きと嬉しさを隠せない表情を浮かべる。
「そうよ。芯を抜いた林檎を丸ごと使っているの。ヨルデン達に手伝わせたけど、い、一応わたくしの手作りよ!」
これが出来るまではそれはそれは大変だった。
まず、林檎の芯をくり抜くのがラゼリードには難しい。ヨルデンが使っている細いナイフで芯だけ抜こうとして、何度実を割ったか解らない。
勿論、失敗した林檎は普通のアップルパイにするか、料理に使うか、ジャムにするか生のまま食べるしかない。
ラゼリードは非常に不器用だったので、おなかいっぱいになるまで、ルクラァンからわざわざ取り寄せたエカミナ印の林檎を食べたし、ヨルデンにも侍女達にも料理番にも食べさせた。
それでもまだ出る失敗作。
最終的には、城で失敗作の林檎や林檎料理を食べていない者はいないのではないかという噂が立った。
どうしよう。あれだけあったのに、もう林檎が残り1個。
ラゼリードは最後の1個の林檎に、祈りを捧げてからナイフを立てる。
くるぅり、芯の周りをナイフが通る。
ナイフを引き抜くと、芯が抜けた。
「ヨルデン! みんな、やったわ!!」
思わず林檎を片手に、ナイフをもう片手に持ったまま調理場の皆を見ると、皆安堵した顔をしていた。
ヨルデンなんかは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「何個目ですかね? 最後の1個で成功して本っ当に良かったですね、ラゼリード様。今度作る時は僕が芯を抜きますからね? アレが来る度に林檎が3桁単位で無駄になるのはもう御免です。あと、僕の愛用の鍋もラゼリード様が焦がしたカスタードで昇天させられましたから、弁償をお願いしますね」
ヨルデンの嫌味にラゼリードはシュン、と項垂れた。
「ご、ごめんなさい」
「さあ、料理長が伸ばしてくれてあったパイ生地の中心に、林檎を置きましょう」
ヨルデンが指示する。
「はい!」
ラゼリードは言われた通りに4枚のパイ生地の真ん中に林檎を置いた。
どちらが主人で、どちらが侍従だか解らない有様だ。
そしてラゼリードは緊張で気付いていないが、林檎もハルモニアも「それ」と「アレ」と、同列の扱いをされている。
ヨルデンは余程、鍋を台無しにされたのを怒っているらしい。
「ディンナー家に代々伝わる、林檎まるごとアップルパイの見せ所ですよ! さ、ラゼリード様、炊きたてのカスタードを中心に流し込んで下さい」
「え、ええ」
震える手で握ったスプーンでカスタードを注ぐ。ぽたり、と林檎の皮に1滴カスタードが落ちた。
「ああっ!」
「大丈夫です! 拭きましょう! さしたる失敗ではありません!」
侍女がサッと清潔な布で、林檎に垂れたカスタードを拭き取った。
「後は包んでオーブンで焼くだけです。焼くのは料理長におまかせを。ラゼリード様はパイ生地で林檎を包んで下さい!」
「分かったわ!」
不器用なりに、林檎をパイ生地で包む。
林檎は丸ごと。火が通るのか心配な大きさだ。
オーブンの中で焦げたりしないかしら?
(どうか、モニに美味しいアップルパイを食べさせられますように……)
侍従の手で卵黄を塗られ、料理長の手でオーブンへと運ばれる林檎を見守って、ラゼリードは無事の完成を祈った。
◆◆◆
「……って具合で作ったのよ。ちょっとモニ、何笑ってるのよ?」
見ればハルモニアは肩を震わせて笑いを堪えている。
「実に微笑ましくてな。お前の事がより愛おしくなった」
ニコリとエルダナ譲りの美貌のハルモニアに微笑まれると、ラゼリードは胸がドキドキしてしまう。
「……特別よ。わたくしが最初の1口だけ食べさせてあげる」
ラゼリードはナイフとフォークで林檎まるごとアップルパイを半分に切り、更に小さく半分に切ると、ハルモニアに尋ねた。
「蜂蜜は掛ける?」
「ああ。掛けてくれ」
ラゼリードが陶器の小さな壺から蜂蜜をトロリと掛ける。
実に危なっかしい手つきでアップルパイの一切れをフォークに刺し、ラゼリードはハルモニアの口元に運んだ。
「は、はい……あーん……」
「あーん」
フォークを引っ込めると同時に、サクッとパイが砕ける音がして、ハルモニアがアップルパイを長い間咀嚼し、ようやく嚥下する。じっくり味わっているのが分かる。
「……美味い。今まで食べたどのアップルパイより美味い」
ハルモニアが笑う。ラゼリードは真っ赤になってフォークをハルモニアに渡した。
「ほら、残りは自分で食べなさいよ」
「お前は食べないのか?」
ハルモニアが目を瞬く。
「失敗作の作りすぎで、アップルパイや林檎は暫く見たくないわね」
ラゼリードは溜息を吐いた。
「なら良かった。お前は苺のケーキが好きだろう? 今年は苺だけでもと思って用意したのが無駄にならなかった」
「えっ」
ハルモニアは「なんでも出てくるハルモニアの荷物入れ」から天鵞絨で包んだ宝石箱を出すと、中からみずみずしい苺を1粒摘んでニヤリと笑った。
「あーん」
「……あーん」
ラゼリードは唇で苺を受け止めた。
それはとても甘くて、恋の味がした。
そういえば、とハルモニアがまた荷物に手を伸ばした。
「贈り物だ。今年はブランデーグラスにしたんだが」
「奇遇ね。私もアップルパイに合うブランデーを用意していたのよ」
ハルモニアがテーブルにグラスを出す。
それはお揃いの赤いブランデーグラスで、繊細な切り込み細工が宝石の様に輝きを放って、ラゼリードの視線を離さなかった。
「綺麗ね……これで飲むアップルブランデーはさぞ美味しいでしょうね」
ラゼリードは立ち上がると棚から酒瓶を持って来る。
「世界暦1849年産の「カルヴァドス」よ」
「ん? それは、お前と出逢った年じゃないか」
「……っ、そういうつもりで用意したんじゃないわよ、偶然よ、偶然! そうよ、偶然よ。この年のカルヴァドスは当たりだったと聞いてね!」
実は偶然ではなく、ラゼリードはハルモニアと出逢ったあの年のアップルブランデー・カルヴァドスを用意したのだが、それは容易く看破されてしまった。
ラゼリードはヤケになって宝石箱から苺をつまもうとしたが、ハルモニアに指を絡め取られ止められる。
「食べさせてやる。俺に世界でたった1つのアップルパイを作ってくれたお礼だ。それに、お前は苺が好きだろう?」
「あ、ありがとう」
唇で苺を受け止めながら、彼女は内心で呟く。
苺が好きなのは、貴方がいつも食べさせてくれるからよ。
酸っぱい苺も甘く感じるくらい、貴方に酔わされるの──。
─完─
ハルモニアが用意したブランデーグラスは切子細工です。
模様は「菊繋紋」。
「喜びを久しくつなぐ」という意匠です。
さりげなく最高級品を持ってくるモニのお財布のHPすげぇ。
グラスをプレゼントすることには意味が隠されています。男性から女性に送る場合は「あなたの家に行きたい」「グラスを使い一緒にゆったり過ごしたい」という意味です。
それに対し、お酒をプレゼントするのは「あなたと一緒に飲みたい、あなたともっと仲良くなりたい」というメッセージ。
お互い意味に気付いているのかいないのか……?
こんな2人ですが、まだ付き合ってません。
クリスマスなので糖分多めに書きました!
Merry Christmas!