1.怪しいバイトと謎の美少女
「クソ、こんなの聞いてねぇぞ。特区の街中で学生相手に魔法まで使ってきやがって。こちとら何の取り柄もないただの高校一年生だぞ」
究極AIエイルによって統治される島の魔物対策戦闘特区――通称特区。
その学園に通う貧乏学生の俺――エンレム・レイスはいつも通り、放課後にバイトを受けたんだが、今日の依頼は毛色が違った。
荷台に大きなダンボールを載せた魔導バイクを運転しながら、独りごちる。
「こんな危ない依頼だと知ってたら受けてねぇよ。クソ、もう近くまで来てやがる」
荷受けをしてからしばらく走行していると、後から車がつけてきた。
いつもは簡単な配送しかしなかったが、今回は長距離の配送の依頼が高額だったために、怪しいと思いながらも手を出した。
しかしそれが間違いだった。
「あそこなら隠れれるかもしれねぇな……」
港付近に乱立している倉庫まで速度を上げて走行した。
車では通れない道である為、しばらくは安心出来そうだ。
「んっ……。んぅ……」
「なんだ?」
どうやら、うめき声の主はダンボールの中にいるようだ。
並んでいる倉庫の中でも荷物が多い場所に入り、バイクを止める。
倉庫の中は広く、この分だとやり過ごせそうだった。
そして頑丈に閉じられたダンボールの紐とテープを千切り、恐る恐る蓋を開いた。
すると、中には手足が縛られ、目と口までも拘束された十歳くらいの少女がいた。
全裸の。
このまま置いておくのもどうかと思うので自由にしてやる。
彼女は立ち上がると一言。
「なんだね。わらわに見惚れて言葉が出ないのか?」
月明かりに照らされ、輝く銀色の長い髪と吸い込まれそうな赤い瞳は、まるで御伽噺の精霊を彷彿とさせる。
そしてその堂々とした態度に錯乱しそうになるが、もう一度言う。
全裸だ。
暗い倉庫であったのがせめてもの救いというべきか、顔だけが照らされている。
もう一つ特徴的なものと言えば、スラっと伸びる白い首には青い薔薇の刺青が見える。
その彼女の態度に、しばらく放心してしまった。
「なんで荷物に女の子が?」
「色々あってね。それよりも助けてもらったお礼と言ってはなんだが、君は力を欲しているようだね。かなりの制限があるが覇王になってはみないか?」
唐突な彼女の問いには疑問符しか思い浮かばない。
「覇王? というか、これを着てくれ」
「戦闘特区の学生なのに、君は覇王も知らんのか?」
彼女は俺の渡す制服に目を向けながらにそう返し、服を着た。
「え……。覇王と言えばこの世界で一番強い人間に与えられる称号。それが何なんだ?」
「君は察しが悪いな。わらわが覇王で君を覇王にしてやることが出来る。君は覇王になりたいかと、そう聞いておる」
「急すぎて何が何やらわからない。覇王になれるのであれば、俺の目標にも手が届くかもしれない……。だが、覇王になんてどうやって……。それに俺を覇王にしたところで、君にはメリットなんて無いんじゃないか?」
「メリットはなくても目的はある。そんなことより自分がどうしたいかだ。少年よ。悩むが良い。だが時間が少々足りないようだね?」
と、彼女はそう言いいながらに倉庫の外を指差す。
倉庫の外には人影が見え、今にでも見つかりそうだった。
「ここには居なさそうだな」
「おい、ここら一帯を俺の魔法で燃やしたらダメなのか?」
「良いわけないだろ。大事な荷物なんだ。ふざけてないであっちを探すぞ」
そう言い合い、黒ずくめの男数人が隣の倉庫に向けて走っていく。
「ふぅ……」
俺は心底ホッとしたが、彼女は異様なまでに落ち着きながら、何も気にしない様子でこう言う。
「まぁ、その内見つかりそうだな。それで、覇王にはなるのか?」
「そういえば覇王は代替わりの時に、先代の者が死ぬと聞いたんだが……」
「今はそんなことなどどうでも良い。細かいルールなどは否が応でも覇王になってから嫌な程に知る。今は君がなりたいか、なりたくないかそれだけだ」
彼女は一貫して、何も気にしていないような冷たい静けさを纏っている。
その表情に、俺は安堵と決意を噛み締めた。
今の何の力も持たない最弱の俺では、大切な人を守ることすら出来ない。
俺には力が必要だ。
「覇王になればこの状況も乗り越えられるのか?」
「君は覇王というものを知っているのか?」
先ほど自分で話した内容が逡巡する。
覇王は最強であるのが常識なのだ。
この状況ももちろん打破出来る。
そして、俺はここで死ぬわけにはいかないんだ。
「なるよ。覇王に。俺にはやらなければならないことがあるんだ」
「良い判断だ。あと言い忘れてたんだが……覇王になるためには制約がかかる。それもかなりのな。それも受け入れる覚悟があるんだな?」
「ああ。覇王になれるならなんだって耐えてやる」
彼女はその時に、初めて冷ややかな表情を崩したのだが、それにも気付かずに、俺はそう即答した。
覇王になる。
その意味を何も分からないままに……。
「良かろう。ではここに覇王の継承を行う」
そして間髪入れずに彼女はそう言った。
「こんな時に聞くのもなんだけど名前は何?」
「リア・ル・アムネ」
「俺はエンレム・レイス。レイスが名だ。君のことはリアって呼んだらいいかい?」
すると、彼女――リアは驚いた表情をし、笑いながら言う。
「君は変わらないな。これからも覇王の名に恥じない生き方をしてくれ」
そうだ。
俺のコンプレックスの根源とも言える、この名前。
学園内でも泣かず飛ばずの成績だった俺は、この名前のせいでよくからかわれたのだ。
「こっちから声がしたぞ」
と、倉庫の外から声がした。
「まずいね」
そう言ったリアの表情は、依然として冷ややかで焦りなどは感じさせなかった。
「おい、大丈夫なのか?」
「仕方ない。覇王とはどんなものか見ているといい」
そう言うのが先か、仮面を付けた黒ずくめの追手二人が入口から姿を現した。
「兄貴、縄が外れてます。大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけねーだろ!」
リアは、男二人に平然と近寄る。
「くっ、来るな!」
二人の内、部下と思しき男は激しく取り乱し火魔法を乱射した。
それに対しリアは左手をかざして、飛んでくるリアの体長程の大きさもある火を打ち消した。
そしてその手を下ろすことなく、右にスライドさせると男はそれと同時に吹き飛んだ。
「君もどこか行ってくれないか」
次に、兄貴と呼ばれた男には目にも止まらぬ速さで近付き、豪快に前蹴りをお見舞いした。
すると、男は無抵抗で考えられない程の距離を飛んでいった。
「あれでいいのか?」
「君はよく分かっていないようだが、彼らはメーレーンという組織の幹部連中だ。揃いも揃ってこの世界のトップの実力を持つ。今の力で彼らに囲まれるとわらわでも少々厳しいな。それに、わらわにはある男との約束というものもある」
「そうなのか。呆気なさすぎて強そうには見えなかったが」
「それは相手が面食らってたからだろうな。それよりも彼らはここに二人で来ているわけではないだろう。すぐに集まってくるはずだ。そろそろ始めるぞ」
そう言ったリアの体からは眩い、赤い光が明滅し始める。
そして、リアは俺に口付けをした。
それに反応する余裕もなく、激しい頭痛とめまいに襲われ、前から倒れそうになり、それをリアは支えてくれる。
意識を手放しそうになりながらも、最後に目にしたのはリアの首。
そこには先ほど見た印象的な青い薔薇の刺青は消えていた。
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