09 丙:王子の舞踏会開催計画
王子の語りで、舞踏会が開催されるまでの経緯を掘り下げます。
十年間続いた戦争が終わった。我がミリュー王国と相手のシッド連合王国との間に休戦協定が結ばれた。この間、領土が増えたわけでも減ったわけでもない。ただただ、多くの人命が奪われ、戦費を無駄に投入し続けた。国土は疲弊し、人心は支配者たる王家を離れている。
戦争の始まりは、王太子になったばかりの兄上の思い違いだった。外交で恥をかかされたと勘違いをして、その場で宣戦布告を行ってしまったのだ。父上である国王が止める間もなかった。あちらも、売り言葉に買い言葉で反応してしまった。両国の間にはいくつかの長年の反目があって、共に冷静さを欠いていた。なんと不毛な年月だったのか。両国軍の衝突が延々と繰り返され、多くの軍人が亡くなった。
そんな中、第二王子のオレ、カイルが和平交渉を命じられた。両国は引くに引けないし、積年の課題も山積みだったので、やり取りは困難を極めた。向こうからは宰相の息子が宰相補佐という立場で出てきた。彼が誠実で冷静だったことが幸いだった。こちらから仕掛けたにもかかわらず、フィフティ・フィフティで収めることができた。連合王国を構成する四つの王室に認識の差異があったことが、わが国には幸いしたといえる。
和睦直後、兄上は切っ掛けとなった愚行を恥じて、王太子の地位を辞した。後釜としてオレを望む声は強いが、今はそんなときではない。オレは父上である国王を補佐して、様々な復興計画に東奔西走の毎日を送っている。
今現在の大きな課題は、戦後十年を経ても解消しない、この沈痛な国内の雰囲気だ。これを吹き飛ばして、経済を活性化することが喫緊の課題になっている。特に問題なのが、国民の人口が増えないことで、国力的に大問題だ。厭世気分が漂っているせいで将来に不安を持つ向きが多いのだ。いつなんどき,戦争が再開されるとも限らないと思われている節がある。
そこで出てきたアイデアが婚活パーティーだ。綿々と続いている貴族向けのデビュッタントの拡大版だ。お手軽ではある。年頃の男女が自由に参加できる機会を設けようということ。地方はそれぞれの領主に任せて、いくばくかの補助を出すことにした。
王都は王家が主催する手筈となった。そこに王子であるオレや、妹の王女が参加して、結婚相手を探すと聞こえれば話題になるだろうという魂胆だ。身分と年齢を問わずに参加を募ったら希望者が多くて、市中の大会堂で五回に分けることとなった。立食パーティである
貴族は平民と混ざることを良しとしないのだろう、ほとんどが平民だった。皆が着飾って、服装だけを見れば貴族と見間違う者も多かった。顔が知られていないオレは、少し裕福な子弟くらいにしか認識されていないようだった。気安さから交わすおしゃべりは飾りが無くて面白かった。
そんな中、最後となるパーティで、とんでもない女の子を目にした。スクっと立つその姿は、凛々しさを通り越して神々しささえ、たたえていたのだ。貴族の令嬢でもここまでの娘はいない。身に着けているドレスは古いスタイルだが、貴族、それも高位の令嬢のデビュッタント用と思われた。どういうことだ。壁際に立ちつくしていたのはたぶん、誰もが気後れして話し掛けられないに違いない。それでも青年が二人ほど近づいた。しかし、二言三言交わしただけで立ち去った。
そこでオレの出番だ。服装からして身分の高さに気が付いたはずだろうが、臆することが無い。「先ほどは何を話していたのか」と問うと、
「名前を尋ねられたので、『お互いに名乗り合うお覚悟をお持ちでしょうか?』とご返事しましたら……」
とのことだった。さらに「親御さんはどういう方か?」と話を繋ぐと、
「戦死した海軍軍人です。誇りにしています」
と応えた。「その美しいドレスはどうしたのか?」という問いには、
「母が若い頃に着ていたものです。少し手直しをしました」
という。その言葉の端々に痺れてしまった。どこからこんな涼しげな声が出るのだろうか。どうしたらこんな女性が育つのだろうか。
◆
大会堂でのパーティが打ち上げとなって城に帰ると、オレはすぐさま、くだんの少女について調べさせた。生い立ちや家族構成など、詳しいことは容易に判明した。
問題は近所の評判だ。継母のライラ夫人が虐めているというのだ。家の中からは毎日厳しい叱責が聞こえ、体罰も加えられているという。扱いは下女そのものだとの声もあった。
しかし、そんなことであの女の子が出来上がるのだろうか。それは無い。大事な自分のドレスを与えたこともしかり。繊細な愛情を注ぎ込まなければ、あの気高い姿はあり得ない。
思い余って、秘密裏に母子を王宮に呼び寄せた。
母親のライラ夫人を一瞥してすぐにその姿が娘へ写し取られていることを理解した。そうか、この女性が育て上げたのか。伯爵令嬢だった生い立ちからその心意気を想像した。血が繋がっていないにもかかわらず、とてつもない執念だ。
まず、夫君のことを謝った。
「王族が至らぬばかりに皆さんを苦しめてしまった。申し訳ない。海軍遺族課に出来る限りのフォローをさせているが、対象者が多く我々にも限度があって、行き届かないことが多々あると思う。言い訳をするのではないけれど、謝罪の言葉を重ねるしかできない」
「殿下のお気持ちは痛いほど分かります。ただ我ら母娘は健康と気力に恵まれています。御心配には及びません。殿下は国のことに御注力願います」
これには返す言葉が無い。オレは改めて決意せざるを得ない。
そして、近所で収集した噂のことを正直に伝えてみた。すると応えは、
「それは覚悟しておりました。誤解です。平民根性に慣れ親しんでしまった娘を如何に脱皮させるかと必死でした」
それから、たびたび母娘を呼んだ。もちろん王宮からと分からないように馬車を迎えに出した。何度も話をし、食事も一緒にとった。満足だった。オレはこの娘、リビエラに決めた。あらかじめ母親に了解を取ると、「娘の気持ちのままに」との返事だった。
父上にも会わせた。娘の器量もさることながら、国のトップを前にしても物おじしない度胸の良さと、立ち居振る舞い、そこからあふれ出る気品に驚いていた。オレのほうが霞むほどだという。
ちょっと気になることがあった。この席での父上がライラ夫人を見る眼が潤んでいたことだ。こんなことは初めてだ。三年前に妻である母上を亡くして、女性から遠ざかっているから、そろそろ後添えをと考えているのかもしれない。まあ、よい大人なんだから、任せる外は無い。
リビエラには、意を決してプロポーズをした。答えは思いがけないものだった。
「殿下とお話しさせていただいて、私も惹かれております。お慕いしていると断言して間違いはございません。
ただ、申し上げ難いのですが、私はずっと母に依存して生きてきました。これからも母無しでは無理です。正直に申しますと、独り立ちできる自信がないのです。ですから、いかなるときも、いつなんどきでも、母に相談できる環境であるならば、お申し出をお受けいたしたいと存じます。このことについては母と話していませんので、他言無用に願います」
えっ、ここまで堂々と言い切るか。まさかマザコンを白状されるとは思わなかった。ただ、これは半分ウソだ。一家の娘三人がすべて嫁いでしまえば母親が一人で残される。それを慮っての言葉だろう。
どうしようか? これほどの娘を育て上げる能力を持っているならば、確かに王宮で働くことができる。オレの妹たちの家庭教師という手段も取れる。よし、引き受けよう。
「理解した。貴女と共に御母堂は王宮へ就職していただく。どうかプロポーズを受けてほしい」
「解りました。こちらこそよろしくお願いいたします」
即断即決で受諾されてしまった。涼し気に奏でられる言の葉が心地よく、我が耳の中に響いた。
リビエラが平民出身である点と、戦没軍人の娘であることは、国全体としては大変に好ましい。王家の信頼回復になりえる。国を挙げて祝福ムードが沸き立つに違いない。様々な消費活動が盛んになり、まさに狙っている経済復興の一助ともなる。
一方で、貴族の連中からは、不満が予想される。平民が王族へ嫁ぐなど、前代未聞だからだ。オレは王太子を期待され、国王を継ぐ可能性が高い。そうなのだ。ゆくゆくリビエラは王妃、王后になる。父親の男爵家は下っ端貴族だし、その出身といえども爵位を継いだわけではなく、平民に等しい。
なら、どうしたらいいのか? 側近に相談した結果、出てきた策は、我々を取り巻く状況が童話のシンデレラにそっくりということ。娘の名前であるリビエラも、灰かぶり、すなわち『シンダーまみれのエラ』に合致する。その物語をなぞってストーリーを進めたのならば、ムードで皆が納得するだろうという目論見だ。娘の母親、ライラ夫人を交えて話し合い、父上を含めて納得してもらった。
最初の出会いを婚活パーティーとしてみました。王子一人だけのためだったら、国民に納得してもらえませんよね。
ところで出生数は実際、大きな戦の後は大きく伸びることが多いようです。日本でも第二次世界大戦直後にベビーブームが起きました。ここはほれ、ご都合主義の所以です。