14 紅:君を愛することはない☆
子爵家へ嫁いだ私は、初夜に夫から愛人の存在を宣言されてしまう。それなら、完璧な良妻賢母になって見返してやろうと決意する。でも相手は誰? まさかとは思うが……。
このお話は、R18要素を1,800文字ほど書き足して、ムーンライトノベルズの次の短編集に追加しています。
【短編集】それぞれの愛欲の果て
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「ボクには愛し合う人がいる」
これから初夜が始まるというときだった。
新たに夫となった人の口から、この言葉が飛び出した。私は一瞬、固まった。
おう、これが流行の「君を愛することはない」だな。自分自身が当事者になるとは思いもしなかった。そりゃあ子爵といっても貴族の端くれ。女の一人や二人がいても不思議ではない。私の父も別宅に囲っていて、母に愚痴を聞かされたものだ。だから私は、ハナから覚悟の上だ。
でも、今、この場で白状しなくてもいいのでは……。初夜の寝室なのだ。
「ただ、外部には決して露見させない。夫としての義務は完璧にこなして、君に迷惑を掛けない。我が家の体面を汚さぬよう、細心の注意を払う。安心してほしい」
それを安心と呼べるか、という疑問は横に置いて、醜聞に煩わされるのが一番困る。
「一方で、ワガママをいってすまないのだけれど、君にはボクの子を産んでもらう。浮気は絶対に許さない。少しでも素振りが見えたら、君を殺して、ボクも死ぬ。立場がないからね」
ええっ! 無理心中か! 重いわあ。なんだこれ。
夫とは半年前に見合いをし、直ぐに婚約を結んだ。家格が釣り合っているし、背丈がほどほどで容姿も整っていたから、家族はもちろんのこと、私に不満は無かった。だから、どちらといえば、月並みな淡々とした結婚といえる。情熱的な惚れたハレたといったものではない。
まあ、百歩譲って、社会的地位の低い女の私を殺すというのは分かる。姦通罪を犯せば当然だ。でも、自分が死ぬってのが理解できない。単に家名が大事ということのアピールで、脅しなのか。
もちろん、私に夫以外と“ことをなす”などという欲求、思惑、了見があるはずは無い。邪険に扱われたとしても、これからも無いはずだ。
「それでは、義務として君を抱く。いいね?」
いいね、などと問われて、はい、嫌です、などと返事ができるわけがない。
「解かりました。よろしくお願いします」
と応えるのみだ。
私の身体を横たえると、夜着の襟足から手を差し入れてきた。乳房に触れる指は武骨で、さすが剣を握る近衛で鍛えているだけのことはある。器用に乳首を弄りだした。帯紐が解かれて胸がハダケたと思ったら、覆い被さってきた。私は目を瞑り、されるがまま。私は初めてなのだ。
夫は手慣れた感じがする。娼館などに通ったという風聞は聞いていないから、愛人相手に数をこなして熟練しているのだろう。
乱暴に扱われると覚悟して。身体を固くする。
が、そうではなかった。ウナジに始まって、ミミタブ、目頭、頬、口元とユックリ触れていく。クチビルはあくまでも軽く吸われただけだ。乳房を柔らかく包み込み、乳首にはそっと触れる。どこまでも丁寧だ。こちらの反応を確かめつつ一歩一歩を進めてくれる。優しい。いつしか私は快楽の海に浸たっていた。
気がつくと、眩しい光の中だった。朝だ。朝チュンだ。
これ、憧れだったんだけどなあ。
我が身は夜着に帯紐を結んでいる。下履きも完璧だから事後の始末をしてくれた様だ。こちらとしては有り難い。ただ、手慣れ過ぎているという感じがしないでもない。
本人は、背中を向けて未だ寝ている。
これからも同じベッドを使うのだろうか。仲の良い夫婦を演じ続けるのだろうか。ご苦労なことだ。
そっと抜け出す。
そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。受けて立とうじゃないか。自室に下がり、メイドを呼んで身繕いをしてもらう。屋敷内を巡って、使用人たちがきちんと動き始めたことを確認する。朝食の用意ができると寝室に戻り、夫に声を掛ける。
「旦那様、朝餉は、どちらでなされますか。こちらに運ばせましょうか」
「おお、そんな時刻か。食堂にいく。一緒に摂ろう」
へぇー、使用人連中に仲の良さを見せつけるつもりなのか。徹底しているな。こっちも闘志が湧いてくるというものだ。
身支度を手伝う。私だって甲斐甲斐しさのアピールといったところ。みてろよ。
新婚だというのに登城する。近衛の隊長という役職は厳しいようだ。
「ご帰館は何時になりますか?」
「まっすぐに戻る」
へー、寄り道は無しか。ここ暫くの間だけかな。
執事は見合いの席で見知っていたから、話しやすい。すぐに打ち解けた。メイド頭と日常の流れを確認する。屋敷中を巡って把握する。この規模なら実家と同じ。隅々まで見当はつく。使用人の顔と名前も覚えられる。
夫は宣言した通り、夕刻に帰宅した。玄関に出迎え、外套を脱がす。
あれっ、香水が微かに香る。ほんの僅かなのだが、クソー。これが愛人か。胸がチクリと痛む。気づかぬ風を装おう。夕食も同じテーブル。就寝も同じベッド。ははっ、仮面夫婦か。
帰館はいつも同じ時刻。香りもいつも同じだ。相手は、屋敷内の使用人ではなくて、外。どこかに囲っているのか。人妻、未亡人? 送り迎えの馬車の御者に探りを入れるが、途中で立ち寄った風は無い。
私たちの結婚の直前に辞めたメイドがいることを耳にする。夫の身の回りの世話をしていたハウスメイドだ。疑っていることを悟られないように、別々の人物から少しずつ情報を集める。歳は夫よりも二つ上、商家の娘で結婚のための退職だったという。
どうしても確認したくなって、嫁ぎ先に行ってみた。平民風の衣装を身にまとって少し聞き込みをする。夫婦は円満で、妊娠したようだ。貴族の馬車が出入りしているというウワサは無い。こりゃあ大丈夫かな。
年末となり、恒例の宮中舞踏会の日となった。夫は近衛の長だから警備の指揮を執らなければならない。ただ、子爵という立場があるので妻である私も登城の義務がある。そして一曲だけ踊ってくれる。それ以外は仕事モードとなり、会場内を行ったり来たり。私は放置される。他の殿方の相手をする気になれないので、会場の隅でただ時間の過ぎるのを待つ。
あっ、立ち止まって話をしている。相手は女官長だろうか。打ち合わせだと思いたい。あんな凛々しい顔は初めて見た。心がザワザワする。そうか、城内で、ことに及ぶっていう可能性もあるのか。
宮城の中となると私の想像の外である。
私は、自分のできることをコナすのみだ。ますます奮い立つ。
屋敷の使用人たちを把握して、完全に運営する。費用を抑える。貴族社会との付き合い、お茶会、手紙のやり取り、親戚への付け届けと、歯を食いしばって頑張る。
良妻の次は賢母だ。まず、子どもを産まなければならない。そのためには妊娠する必要がある。夫に精を撃ち込んでもらわなければならない。女としての魅力を上げるために、スタイルの維持と化粧に励む。夫は清楚な感じが好みなので、華美にならない様に気をつける。
ベッドの上では貞淑ではあるものの感度の良さを演じる。負けるものか。興奮させ、奮い勃たせる、突っ込ませ、発射させる、子種を搾り採るのだ。
しかし、この面では苦労は無かった。愛人に対して精も根も使い果たしているはずなのに、私との夜も情熱的だった。絶倫なのか。この扱いに悪い気はしない。情人の共有もありかなと思わないでもない。
しばらくして妊娠し、期待の男の子を産んだ。最大の義務を果たしたのだ.これで外に作った子どもを迎え入れる必要が無くなった。結局、二男一女をもうけた。どうだ、文句はないよね。
次で完結ですが、意外な結末を用意しました。読者の推理は如何に。一応これ、古典的な心理トリックです。