13 ツルの正体は……
舞台を江戸時代として実話風に綴ってみました。
とある城下の外れに遊女屋があった。私は、そこの女郎。夜毎、春をひさぐ。親が借金を返せず売られてきた。この時代、こんな境遇はザラだ。女の地位は低く、いざとなったら金になるとして重宝される。私の親にも罪悪感など無かった。
雨露がしのげて、お飯が食えるとはいえ、この身は辛い。客の付きが悪ければ、飯を抜かれるし、折檻も受ける。孕めば客をとれないから、いつもビクビクだ。歳を取れば女として使えなって客が付かず、ここを追い出される。そうすれば、乞食だ。身体を酷使してカゴの鳥だから不健康で、多くは、その前にお陀仏となる。
格子窓から、街ゆく男に嬌声を掛けて、一夜の快楽を売る。媚びへつらって気に入られれば、美味いものが食える。毎日、毎日、それしか求めない。明日のこと、ましてや、その先のことなぞ考えもしない。
でも私は違う。未来のことを想う。このままでは駄目だ。じきに命が尽きる。逃げて捕まれば、死ぬほどの罰を受ける。逃げおおせたところで、そこで生きていく当ては無い。でも、ここで死ぬよりマシだ。虎視眈々と逃げ出す機会をうかがう。
私が他の者と大きく異なるのは、猟師の娘だったことだ。山に逃げ込めば、何とかなる。干し飯を作った。ワラジを編んだ。持ち物は化粧道具ぐらいだ。この辺りの山地は頭に入っている。失敗は許されない。チャンスは一瞬だ。じっと待った。
秋祭りの日、楼内は客と女郎でごった返した。誰も私のことなんて構っていない。今だ。裏門をそっと出て、山へ入った。まだ薄暗いうちに、できるだけ深く分け入った。翌朝、明るくなったら歩き出す。ケモノ道をたどる。目指すは山向こうの隣国だ。天気が味方をしてくれた。谷川の水を飲んだ。アケビや木イチゴを食った。
三日三晩歩いて急峻な山地が終わった。ふと見ると、罠に鳥がかかっていた。鶴だ。一瞬、食えるか、と考えたが、生では難しい。火打石は無いし……などと思案していると、ガサゴソと音が近づいてきた。慌てて身を隠す。若い男が罠を外してツルを逃がしてしまった。猟師ではない。何だこいつは……。優しいのだな。背中を追う。集落の外れのウラブレた小屋に入った。家とは言えない、あばら屋だ。じっと観察する。独り暮らしのようだ。どうだろう、匿ってもらえるか? 足抜け女郎を突き出せば報奨金がもらえるが、どうかな。
まず、一夜の宿を頼んでみよう。クチビルと頬に紅を差せば、こんな田舎では見たことも無い美しい女に映る。羽織っている服は汚れてしまったが色鮮やかだ。
「旅の者です。道に迷ってしまって」
「おおっ、それはお困りだろう。中に入って」
若い女が、たった一人なのに疑うことを知らない。全くの田舎者だ。飯を食わせてくれて、囲炉裏の傍で微睡ませてもらった。けれど、何も求めず、迫っても来ない。初心な男だ。様子を見て居つくことにした。
朝は日の出と共に起き出して、言われずとも朝餉の用意をし、掃除、洗濯とこなした。目つきを見れば判る。心が動いている。大丈夫だ。置いてもらえる。
その晩に頼んでみた。
「嫁にしてください」
「もちろんだ。嬉しいよ」
快諾だった。女に不自由しているのだ。そりゃあ、そうだろう。名前はヨヘイだという。私はツルと名乗った。それでも、触れてこなかった。ボチボチなんだろう。
ヨヘイの糊口は、村人の農作業を手伝ったり、山に入り込んで山菜や木の実を採ることだという。一人で暮らすにはギリギリ成り立っているだけだ。二人では、差し当たって、もう少し金が要る。
三日目の朝、「夕方に戻ります」と告げて、小屋を出た。日が沈む前に帰った。手には反物を持っていた。街で売ってきてくれるように頼んだ。これで当座はシノげる。その間に野ウサギや川魚を採れば食う足しになる。村へ手伝いに出て、いろいろと恵んでもらえば、生きていくための根っこが出来る。
翌日は、雪がちらついてきた。もう秋は終わりだ。その前にここへたどりつけて良かった。そう、しみじみと思った。留守の間にゾウリやワラジを編んだ。売って金にするためだ。なんとか、やって行けるような気がしてきた。
それなのに、街から戻ったヨヘイが、無情なセリフを口にする。
「もう一反、たのめるか。庄屋が小作料を払えというんだ。今までマケていた分が残っていると……」
目の前が真っ暗になった。どうも、反物の件と私の存在が村人に知られたようだ。仕方がない。
「これっきりですよ。明日は納屋を借ります。決して中を見ないでくださいね。絶対にダメですよ」
念を押した。
次の朝、寒さを堪えて小屋を出た。この赤い着物も終わりだ。
昼過ぎだった。不覚にも、納屋の中でガサゴソと音を立ててしまった。しくじった、と思ったが、もう遅い。あぁ、好奇心に負けたヨヘイが、覗いた。
目にしたものは……。
私に覆い被さる男の姿だった。
ここは都へ通ずる街道沿いだ。荷物を背負う商人に声を掛ければ、一時の享楽の対価として運んでいるものがもらえる。今日は天気の加減で納屋とせざるを得なかった。
納屋の中で何をしていたかは、一目で分ったはずだ。許してくれるだろうか。何としても、縋りつかなければならない。ここを追い出されたら野垂れ死にだ。私は反物を前にして、正直に女郎だった身の上を白状した。
「オレだって馬鹿ではない。最初に戸を叩いたときから、そのくらいのことは見当がついた。ナリを見れば判る。妹も売られていった。その妹が戻ってきてくれたような気がした。無理をさせたのは、こっちのせいだ。すまなかった。少し考えれば、分かったものを……。甘えて、夢を見てしまった。
一所懸命に生きようとしていたのに、辛い思いをさせた。もうしわけない」
そうか、最初からバレていたのか。正直に打ち明けていれば、よかったのか。
「夫婦になろうと言ってくれたときは嬉しかった。ずっと、独りで暮らしてきたから……。寂しかった。お互い様だ。貧しいけれど、がんばれば、なんとかなる。一緒にいてくれたら、オレだって張り合いが出る。こんな暮らしから抜け出せる。たのむ。出ていかないでくれ」
願っても無いことだ。うれしい。本当にうれしい。両の目から大粒の涙がこぼれ出す。
「その赤い着物は、金輪際、着ないでくれ。オフクロのお古がある。小汚いが我慢してくれ。紅や白粉は二度と付けないでくれ。村に出向くときは炭で痘痕面に汚してくれ。
尋ねられたら、あの美しい女人は消えたと応える。そう、居なくなったんだ。そして、その代わりに、醜いけれど働き者の嫁が来てくれたという。名前は、オタヌだ。いいな」
わたしは、「はい」と答えて、また涙を流した。ここで一生を終えるのだ、と固く心に言い聞かせた。
ハピエン化に手間取りました。
R18ムーンライトノベルズの『【短編集】それぞれの愛欲の果て』とダブルポストです。