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13/20

13 ツルの正体は……

舞台を江戸時代として実話風に綴ってみました。

 とある城下の外れに遊女屋があった。私は、そこの女郎。夜毎、春をひさぐ。親が借金を返せず売られてきた。この時代、こんな境遇はザラだ。女の地位は低く、いざとなったら金になるとして重宝される。私の親にも罪悪感など無かった。


 雨露がしのげて、お(まんま)が食えるとはいえ、この身は辛い。客の付きが悪ければ、飯を抜かれるし、折檻も受ける。孕めば客をとれないから、いつもビクビクだ。歳を取れば女として使えなって客が付かず、ここを追い出される。そうすれば、乞食だ。身体を酷使してカゴの鳥だから不健康で、多くは、その前にお陀仏となる。

 格子窓から、街ゆく男に嬌声を掛けて、一夜の快楽を売る。媚びへつらって気に入られれば、美味いものが食える。毎日、毎日、それしか求めない。明日のこと、ましてや、その先のことなぞ考えもしない。


 でも私は違う。未来のことを想う。このままでは駄目だ。じきに命が尽きる。逃げて捕まれば、死ぬほどの罰を受ける。逃げおおせたところで、そこで生きていく当ては無い。でも、ここで死ぬよりマシだ。虎視眈々と逃げ出す機会をうかがう。

 私が他の者と大きく異なるのは、猟師の娘だったことだ。山に逃げ込めば、何とかなる。干し飯(ほしいい)を作った。ワラジを編んだ。持ち物は化粧道具ぐらいだ。この辺りの山地は頭に入っている。失敗は許されない。チャンスは一瞬だ。じっと待った。


 秋祭りの日、楼内は客と女郎でごった返した。誰も私のことなんて構っていない。今だ。裏門をそっと出て、山へ入った。まだ薄暗いうちに、できるだけ深く分け入った。翌朝、明るくなったら歩き出す。ケモノ道をたどる。目指すは山向こうの隣国だ。天気が味方をしてくれた。谷川の水を飲んだ。アケビや木イチゴを食った。


 三日三晩歩いて急峻な山地が終わった。ふと見ると、罠に鳥がかかっていた。鶴だ。一瞬、食えるか、と考えたが、生では難しい。火打石は無いし……などと思案していると、ガサゴソと音が近づいてきた。慌てて身を隠す。若い男が罠を外してツルを逃がしてしまった。猟師ではない。何だこいつは……。優しいのだな。背中を追う。集落の外れのウラブレた小屋に入った。(いえ)とは言えない、あばら屋だ。じっと観察する。独り暮らしのようだ。どうだろう、匿ってもらえるか? 足抜け女郎を突き出せば報奨金がもらえるが、どうかな。


 まず、一夜の宿を頼んでみよう。クチビルと頬に紅を差せば、こんな田舎では見たことも無い美しい女に映る。羽織っている(べべ)は汚れてしまったが色鮮やかだ。


「旅の者です。道に迷ってしまって」


「おおっ、それはお困りだろう。中に入って」


 若い女が、たった一人なのに疑うことを知らない。全くの田舎者だ。飯を食わせてくれて、囲炉裏(いろり)の傍で微睡ませてもらった。けれど、何も求めず、迫っても来ない。初心な男だ。様子を見て居つくことにした。


 朝は日の出と共に起き出して、言われずとも朝餉(あさげ)の用意をし、掃除、洗濯とこなした。目つきを見れば判る。心が動いている。大丈夫だ。置いてもらえる。

 その晩に頼んでみた。


「嫁にしてください」


「もちろんだ。嬉しいよ」


 快諾だった。女に不自由しているのだ。そりゃあ、そうだろう。名前はヨヘイだという。私はツルと名乗った。それでも、触れてこなかった。ボチボチなんだろう。


 ヨヘイの糊口(ここう)は、村人の農作業を手伝ったり、山に(はい)り込んで山菜や木の実を採ることだという。一人で暮らすにはギリギリ成り立っているだけだ。二人では、差し当たって、もう少し金が要る。

 三日目の朝、「夕方に戻ります」と告げて、小屋を出た。日が沈む前に帰った。手には反物を持っていた。街で売ってきてくれるように頼んだ。これで当座はシノげる。その間に野ウサギや川魚を採れば食う足しになる。村へ手伝いに出て、いろいろと恵んでもらえば、生きていくための根っこが出来る。


 翌日は、雪がちらついてきた。もう秋は終わりだ。その前にここへたどりつけて良かった。そう、しみじみと思った。留守の間にゾウリやワラジを編んだ。売って金にするためだ。なんとか、やって行けるような気がしてきた。

 それなのに、街から戻ったヨヘイが、無情なセリフを口にする。


「もう一反、たのめるか。庄屋が小作料を払えというんだ。今までマケていた分が残っていると……」


 目の前が真っ暗になった。どうも、反物の件と私の存在が村人に知られたようだ。仕方がない。


「これっきりですよ。明日は納屋を借ります。決して中を見ないでくださいね。絶対にダメですよ」


 念を押した。

 次の朝、寒さを(こら)えて小屋を出た。この赤い着物(べべ)も終わりだ。

 昼過ぎだった。不覚にも、納屋の中でガサゴソと音を立ててしまった。しくじった、と思ったが、もう遅い。あぁ、好奇心に負けたヨヘイが、覗いた。


 目にしたものは……。


 私に覆い被さる男の姿だった。


 ここは都へ通ずる街道沿いだ。荷物を背負う商人に声を掛ければ、一時の享楽の対価として運んでいるものがもらえる。今日は天気の加減で納屋とせざるを得なかった。


 納屋の中で何をしていたかは、一目で分ったはずだ。許してくれるだろうか。何としても、(すが)りつかなければならない。ここを追い出されたら野垂れ死にだ。私は反物を前にして、正直に女郎だった身の上を白状した。


「オレだって馬鹿ではない。最初に戸を叩いたときから、そのくらいのことは見当がついた。ナリを見れば判る。妹も売られていった。その妹が戻ってきてくれたような気がした。無理をさせたのは、こっちのせいだ。すまなかった。少し考えれば、分かったものを……。甘えて、夢を見てしまった。

 一所懸命に生きようとしていたのに、辛い思いをさせた。もうしわけない」


 そうか、最初からバレていたのか。正直に打ち明けていれば、よかったのか。


夫婦(めおと)になろうと言ってくれたときは嬉しかった。ずっと、独りで暮らしてきたから……。寂しかった。お互い様だ。貧しいけれど、がんばれば、なんとかなる。一緒にいてくれたら、オレだって張り合いが出る。こんな暮らしから抜け出せる。たのむ。出ていかないでくれ」


 願っても無いことだ。うれしい。本当にうれしい。両の目から大粒の涙がこぼれ出す。


「その赤い着物(べべ)は、金輪際、着ないでくれ。オフクロのお古がある。小汚いが我慢してくれ。紅や白粉(おしろい)は二度と付けないでくれ。村に出向くときは炭で痘痕面(あばたずら)に汚してくれ。

 尋ねられたら、あの美しい女人(にょにん)は消えたと応える。そう、居なくなったんだ。そして、その代わりに、醜いけれど働き者の嫁が来てくれたという。名前は、オタヌだ。いいな」


 わたしは、「はい」と答えて、また涙を流した。ここで一生を終えるのだ、と固く心に言い聞かせた。

ハピエン化に手間取りました。

R18ムーンライトノベルズの『【短編集】それぞれの愛欲の果て』とダブルポストです。

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