12 己:幸せが末永く続くために
蛇足です。
どのくらい経ったろうか。気が付くと、陛下はバスローブを羽織って長椅子で寛いでいた。ベッド上の私にも同じものが掛けられている。
「湯殿に行っておいで。用意させている」
侍女さんが入ってきて、手を引いてくれる。なぜかニコニコ顔だ。蔑まれているわけではなさそうだ。顔見知りなので、俯いてしまう。穴があったら入りたい。脱衣所で羽織っていたものを取られて、浴室に入る。ローマ式だ。お湯を掛けて汗を流してくれる。浴槽に浸かると心地良い。髪も洗ってもらった。脱衣所に戻り、ウチワで扇がれる。贅沢、この上ない。寝室に戻ると、長椅子の陛下が横に座れという。
「この後、どうする? 一緒に寝るか」
慌てて、頭を左右に振る。そんな恐れ多いことは出来ない。両陛下のベッドなのだ。
「まあいい。今晩は自分の部屋に戻るしかないか。侍女に送ってもらえ。
明日からは、王后付きの侍女の部屋へ移ってくれ。二つ空いているから、大きい方を使ったらいい。小さい方には君の侍女を住まわせよう。それでいいな」
ああっ、御手付きの私は、何になったのだろうか。侍女に擬態した愛人かな。
「おい。これからずっと世話を頼む」
私も、お願いしますと頭を下げた。
◆
次の朝、早速、侍女さんに起こされる。身支度をしてもらう。一夜明けたら、こんな身分になってしまった。朝食だと言って連れていかれたところは何と、王族専用の食堂だった。陛下の横に座らされた。右にカイル王子とリビエラ、左に二人の王女が着席している。陛下が、おもむろに口を開いた。
「昨晩、割りない仲になった。今日からライラ夫人を家族の一員として迎える。ただし、しばらくは外部へは公表しない。よろしくな」
王女姉妹はニコニコしている。この日が来ることを知っていたかのようだ。王子とリビエラはキョトンとしていたが、すぐに納得顔となった。
こんな席では食が進むわけがないと思ったが、カトラリーが勝手に動いて口に料理を運んでくる。昨夜のエクササイズが過激だったためだ。もちろん、マナーで物怖じすることは無い。陛下は私の倍ほどの量を平らげた。ああ、大変なご負担をおかけしてしまった。
午前中は、妹王女のピアノ・レッスンだった。
月光ソナタを引きたいというので、もう少し進んだらと応えた。陛下がいつも口ずさんでいて耳に馴染んでいるらしい。それと、陛下はずっと鬱の状態が続いていたのに、私と会ってから元気になった。はじめはリビエラかと思っていたら、目線の先が私で皆が驚いた。身辺を徹底的に調べて、初恋の人だと言ったという。えっ? 王子様となんか、お近づきになったことは無いのだけれど? もう疑問しか無い。
昼食は新しい私室で摂った。侍女さんが運んでくれた。一人では寂しいから一緒にと誘った。
すると、いろいろと話が聞けた。いわく、陛下が私に気があることは、素振りから王宮の全員が知っていた。私を“襲う”日が賭けの対象となり、王宮中の侍女や侍従、従者、衛兵が参加した。リビエラの誕生日が本命で、穴狙いの侍女さんは外したけれど、私専属になれたので大当たり。そうか、笑顔だった衛兵の皆さんは、当てたってことか。パーティではワインに媚薬を盛るように指示が出ていた。湯殿も前もって用意されていた等々、知らぬは私ばかりなりだったのだ。
媚薬のことは恨む気にはなれない。逆に、よくぞ私の中から女を呼び起こしてくださったと感謝したいくらいだ。
晩餐は陛下と二人、中庭の見えるパーラーだった。身の上話をしてくださった。
陛下のお母様は側室だった。正室の王子が二人いたために、生まれると実家である伯爵家へ養子に出された。そこで大きくなり、私と出会った。そして月光ソナタを耳にした。トラウザーのトラブルを助けてもらって惚れた。でも、養子の身でワガママを言える状況ではなかった。そのうち、兄二人が病気と事故で相次いで亡くなり、王家に戻された。帝国の王女を妃として迎え、二男二女をもうけた。その妃が亡くなって三年が経ち、私と再会した……のだという。ああっ、そういうことか。
私は即座に判断した。
陛下は私にベタ惚れだ。決して振られることは無い。私も誠心誠意お応えしよう。一方、国政の混乱の一端は、陛下の覚悟の不足にある。御育ちのせいだ。ここで欲望に溺れられては、国家の未来、しいては私とリビエラの将来が危うい。ならば私の身体を餌にして、政務に精進してもらおう。
「陛下、昨晩は愉悦の刻を賜り、ありがとうございました。生涯初めての歓喜を味あわせていただきました。これからも御寵愛を頂きたいと心より切望しております。わたしくとしましても陛下に御心安らけくお過ごしいただけるよう精進したいと存じます。お子様方やリビエラ様のお世話は、全身全霊をもって取り組まさせていただきます。
自分勝手を申して誠にもうしわけないのですが、私は女の身ゆえ、身体や気持ちの準備が必要です。また侍従や侍女の皆さんのご負担もあります。つきましては、閨のお勤めは週末に限らせていただけないでしょうか。国民の目もありますし……」
「あい分かった。政務に励めということか。そうすれば週末に御褒美がもらえるのだな」
陛下は頭脳明晰だ。あとは経験を積んで決断力を備えていただくのみだ。
一か月後、カイル王子はリビエラと結婚式を挙げ、王太子となった。
私は、陛下と正式に婚姻関係を結んだ。呼称は、トルード伯爵夫人。トルードは、陛下が国王となる前に継いでいた伯爵位だ。王后とするには、利害的に難しい勢力が存在していたり、面倒な手続きがあるということだ。爵位を賜ったことで、公式行事への同伴が可能となった。晩餐会や舞踏会で侍ることも出来る。ただ、この事実を兄には伝えていない。閨閥をなすことは避けなければならない。また、戦没者遺族恩給を辞退した。娘たちはリビエラを最後に支給停止年齢に達していた。
一方、王宮内では相変わらずライラ夫人と呼ばれている。これでいい。このまま時が進んでほしいと切に願う。
-完-
中途半端な終わり方は、この後もずっと物語が続くことを示唆します。プロットを思いついたら綴ってみようと思っています。
R18ムーンライトノベルズへ投稿した『【短編集】それぞれの愛欲の果て』の一編です。R18要素を書き換えています。