11 戊:お継母さまの喜悦☆
今回は童話を完全に外れて、お継母さまの幸せな“一刻”です。
リビエラと王子の結婚式は、彼女が18歳になる一年後と決まった。それまでは婚約期間として王宮に住まう。妃としての教育を受けるのだ。履修を求められた主なものは宮中のシキタリだ。それ以外は、この十年間、必死で勉強してきた身にとって、なんら苦にするものでは無い。基礎知識の多くが省かれ、一般教養として音楽と乗馬が課せられた。
私ライラは、ピアノ教師として、同じく王宮住まいとなった。相手はリビエラと王女二人である。そして、リビエラの母親であることは隠された。私たち親子が望んだことでもあるが、王家としても体裁上から秘匿したいという思惑があった。何せシンデレラ・ストーリーの悪役、継母なのだ。
自宅は売り払った。第一子のレナが留学し、第二子のローザは寄宿舎生活となったのだ。連絡先は兄のところとしてもらった。兄には、私が王宮勤めとなったことだけを伝え、リビエラのことは伏せた。月並みな名前だから気が付かれることは無いだろう。
リビエラとはピアノのレッスン時にいろいろと話す。二人して、従者や侍女の顔と名前を一所懸命に覚えた。衛兵や庭師にまで声を掛けて、評判を取り繕った。リビエラは王子との懇談が楽しそうだ。日常は淡々と進んだ。
王女二人のピアノは私の指導でグングンと腕を上げた。上の王女に弾きたい曲があるかと尋ねたら、月光ソナタと答えた。有名な第一楽章なら今のレベルにちょうどいいと、練習させた。
国王が部屋に入ってきた。その日のレッスンが終わりかけたとき、続きを聴きたいと言い出した。続き? 確かに第二、第三楽章がある。ただ、現在のレベルでは難しい。私にとっては、娘時代に人前で奏でさせられた曲だ。暗譜している自信が無かったので、「覚えている限りでよろしければ」と応えた。
第一楽章は、三連符が続く単調さの中に僅かな変化を持たせている。さも、月光が煌々と降り注いでいて、時折、雲に隠れるというありさまだ。第二楽章は軽快なメロディーが続く。恋人二人が楽しげに語らうような感じかな。そして、第三楽章が問題だ。打って変わって高速で的確な運指が求められる。いうなれば難曲だ。二人が互いに激情をぶつけ合っている様子だと思った記憶がある。
第一楽章は難なく終えて、第二楽章に入ると昔の感覚が蘇ってきた。そして第三楽章は、母が乗り移ったかのような弾き方になった。十五分を掛けた最後に、十本の指がバーンと鍵盤を叩いたときには、精も根も使い果たしていた。
挨拶をしようと振り向いたら、陛下はおられなかった。最後の音を聞いた途端に席を立ったという。
◆
今日はリビエラの18歳の誕生日だった。ああ、ここまできたか。長い一年だった。
お祝いのパーティーが開かれて、久しぶりにお酒を頂いた。顔を見知ったメイドさんが「度数が低めでお薦めですよ」というものだから、つい手に取ってしまった。確かに美味しかった。弱くなったのだろうか、自室に戻っても顔の火照りが収まってくれない。
熱を冷まそうと中庭に出てみる。今晩は満月だ。しばらく歩くとガゼボに人影を認めた。シルエットから想像するに、リビエラとカイル王子だ。執拗に抱擁を交わしている。お互いの部屋を訪れるのは周囲の目があるから難しいのかもしれない。そこで、ここというわけか。王子の手がスカートの中に伸びている気もするが、あと一月で結婚だ。一線を越えたところで問題とはならない。
邪魔をしないように木立の中に身を隠して、芝生に腰を下ろす。若いって羨ましいな。こちらは三か月前を最後に、月のモノが無くなった。毎月、来ていたときは鬱陶しかったけれど、いざ、無くなると寂しい。子どもを産める身体では完全になくなったということだ。
最初の夫は乱暴に突いてくるだけだった。女の喜びなんて無かった。二人目の夫との生活はたった三日で、月のモノと重なってしまい、寝床を共にすることが無かった。要は、この身体は男に快楽を与えられたことが無いのだ。あー、私の女としての人生は何だったのだろう。
ジッと二人を透かして眺めていたら、下腹部がジワリとなった。あれっ? どうしたんだ? 私、感じているのか。そっとドレスの上から抑えてみる。あー。何か変だ。スカートをたくし上げて下履きに触れると、湿っている。えっ、女を辞めたのに、どういうこと?
お月さまに見られているからか、頭の中に月光ソナタの第一楽章が響き始める。
下履きの中へ右手を伸ばす。あぁ、感じる。なんだこれ、笑ってしまうわ。機能を失ったのに感覚器官は生きている。残酷なものだな。ううっ、若いときの知覚が蘇る。はははっ、自らを慰めるなんて何年ぶりだろう。
この際、どこまで逝けるか試してみようか。この歳でどうなるのだろう。ちょうどいい木の根を探して、肩と頭を預ける。両方の膝を立てて、左右に開く。こうすると手が届きやすいのだ。そう。大事なところなのに触るのが難しい。おまけに直接見たことも無い。そうか、ここは番となるオスの管轄なんだな。私には無縁だったけれど……。男は楽だ。長いあれを手前に寄せればいい。
三連符が止め処なく身体中を這う。
ああぁ、いい、いい、いい。眼を閉じ、自然と口が半開きになる。あっ! あっ! 呼吸が止まり、心臓がバクバクバクっと音を立てた。
はあ、はあ、はあ。大丈夫、生きている。私は生きている。涙が頬を伝う。
月の光が優しい。
◆
突然、目の前が真っ暗になった。えっ、なに? 顔だ!
ああっ、と、声を上げる間もなく口を塞がれた。腕ごと胴体を抱き締められる。へ、へ、陛下だ。陛下なのだ。月光に照らされた顔は、まごうかたなき国王陛下だ。とんでもない姿をお目にかけてしまった。頭の中がグチャグチャになる。
「なにも言うな。なにも喋るな」
口と身体に回された手がたくましい。
「落ち着いてきたかな。手を離すぞ」
抑えつけられた格好で、肯く。まだ、動悸は止まらない。
月光ソナタの第二楽章が始まった。
「君の美しい容貌に見とれていたんだ。女神の昇天のようだった。このまま君が居なくなってしまうのではと心配になって、つい、手が動いた。勝手に動いたんだ。驚かして、すまない」
第二楽章のメロディーが体芯を揺さぶる。繰り返し、揺さぶる。揺さぶり続ける。
「あの二人は羨ましいな。ボクもここで自らを慰めていたんだ。もう歳なのに、変だね。
ときどき、ムラムラするんだ。君と会ってから、おかしくなった。それまで、なんともなかったんだけど、あの日、顔合わせをしてから、血がザワザワするんだ。君を目にすると駄目なんだ。さっきのパーティーでも目が合って、抑えられなくなった。あー、柔らかい。もうしばらく、こうしていていいかな。ごめんね。あぁ、いい匂いだ」
うぅ、男の人に抱き締められている。好意をもって触れられるのは、生まれて初めてだ。しばらくすると、想像だにしなかった言葉が耳に入ってきた。
「抱いてもいいかな」
言葉の意味は私でも分かる。これから起こることだ。不思議と冷静だ。
「はい」
と、即座に応えた。心は乙女だ。
陛下はムンズと起き上がると、私を抱き上げた。御姫様抱っこだ。そのまま進んでいく。庭園のブッシュを抜けると、こうこうと点る宮殿の明かりが眩しい。扉がひとりでに開く。ああ、衛兵さんか。顔見知りの方だ。私の顔面が熱を帯びる。いくつかの扉を過ぎて、そのたびに見知った衛兵さんを目にする。陛下の寝室に入った。扉が閉められ、ベッドの上にそっと置かれた。広い。ご夫婦で使われていたものか。
私はドレスを外され、下着姿となる。陛下もお召し物を取って下履きのみとなった。あぁ、とうとうか。
そのまま押し倒されて、抱きしめられる。
第三楽章が始まってしまった。意識が目まぐるしく身体中を巡る。
腕が動かせない。
歓喜が身体中に満ちる。
多重和音がガーンと鳴った。第三楽章の最後だ。
「ああっ!」
解っている。解っているのだ。何が起こったのか、頭では理解している。頭は冷静だ。でも、手足胴体の神経が麻痺している。動けない。動こうとも思わない。この人と一緒に達したのだ。満足感、多幸感、陶酔感に包まれる。ありがとうございます、陛下。また目から滴が零れた。
このラブシーンは都合良すぎだと、書いている本人も思っています。単にエロを描きたかっただけという意図がバレバレですね。R18は、かろうじてクリアしていると思いますが……。
ベートーベンの月光ソナタは、是非、お聴きになってください。事前に作曲者にまつわる悲恋の話を仕入れておくと、忘れられない一曲になること、請け合います。
添付イラストは、SeaArtによりAI自動生成されたものです。
年齢関係に整合性が取れていない部分があります。悪しからずご了承ください。
リキが入り過ぎて長くなりました。後日談を次回へ切り分けました。