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10 丁:ストーリーの再現とその後

 今回も完璧なご都合主義です。単に、童話のスジを魔法無しの現実的なものに置き換えたにすぎません。私の童話への恨みつらみは“後書き”をご覧ください。

 まず行うべきは、世間に対する印象操作だ。私ライラの継母としての悪評は既に出来上がっている。残されているイメージは、リビエラが灰まみれになって下女扱いされているという点だ。これは二女のローザに頼んだ。古着屋で下女のお仕着せを求めてくることと、リビエラの頭から靴の先までに灰を塗り込んで汚すことを頼んだ。お転婆で山を駆けずり回っていたローザには、わけの無いことだった。リビエラにその姿で家の周りを何度かウロウロさせ、街へ買い物にも出した。すぐに、“灰かぶり姫”のウワサは浸透した。


 次は、王宮の舞踏会だ。噂として、今度こそ王子が最後の選択をするようだという話を流した。もちろん、招待者は貴族の若者で、その中にリビエラを登場させるのだ。5回の婚活パーティから選ばれたという名目である。王宮から招待状が届いた。


 まず、ドレスだ。王子に金を出してもらって、流行最先端のものを王室御用達の仕立て屋に頼んだ。色は気品のあるスカイブルーだ。アクセサリーで飾らなくても、人物本来の魅力を最大限に発揮させるように頼んだ。リビエラ以外は誰も着こなせるドレスではない。もちろん、発注者名は内密だ。

 並行して髪と肌の手入れに磨きをかける。日頃から怠ることは無かったが、直前の一週間は長女のレナに付きっきりで世話を焼かせた。


 魔法使いと馬車は私の出番だ。絵本のような、さもカボチャという形では、現実世界において不自然だ。そこで、王家から借りた馬車に、カボチャ色の布で飾りを追加した。御者にネズミっぽいフードを被ってもらい、その横に私が魔法使いを彷彿させるローブ姿で座るという演出だ。遠目では想像が膨らむだろう。


 馬車は定刻よりも少し遅く王宮に到着させる。そして、今まさにダンスが始まるという頃合いにリビエラが会場へ入る。もちろん、楽団にはタイミングを計るように指示が出ている。注目を一身に集めて入場すれば、だれもが息を飲む。

 王子は、一目惚れしたとばかりにしばらく見つめて、すかさず駆け寄る。そしてダンスが始まる。2曲目、3曲目と、難しくなるように楽団は演奏する。貴族令嬢といえども踊れる人数は限られるから、どんどん脱落していく。そして最後に超難易度の曲が奏でられる。二人はこのために特訓を重ねてきていて、息もぴったりだ。一同が唖然とする会場の真ん中で二人はクルクルと回り、全員に見せ付ける。


 そして、十二時の鐘が鳴り始める。リビエラは演技力を発揮して、『はっ』と気が付いたそぶりを見せる。そして、慌てて逃げ出す。途中、靴の片方、左足用を落とす。王子が拾う。馬車はリビエラを乗せて我が家へ走る。もちろん、馬車の飾りと、御者や私のコスチュームは舞踏会の間に片づけてしまう。


 靴の材質は、物理的にガラスとするわけにはいかない。どんな透明物質を使ったとしても重いうえに、柔軟性が皆無で、すぐに脱げてしまう。もちろん脆いからヒール部分は割れる。いったい、童話の作者は何を考えてガラスとしたのだろうか。絨毯(じゅうたん)の上以外では役に立たない。脳味噌を疑う。

 そこで、さも透明に見える色、メタリックがかった空色のエナメル靴とした。ドレスとも合う。

 この靴は、最重要アイテムだ。何人かの娘を回っていて、まさか誰かに合ってしまったら困る。そこで、十八歳ではありえない小さなものも作らせた。もちろん、リビエラが実際に履いていたものとは異なる。色と恰好が同じだけだ。すなわち、大小2足を特注した。

 そして、その小さな靴を持参した使者が適当に王都あたりを回ったのち、わが家へやってくる。リビエラの前で、大と小の靴を取り換える。勿体ぶって差し出された大きいほうはもちろん、ピタリと合う。リビエラが右足用も出してきて、両足が揃う。大成功だ。


めでたし、めでたし‥‥では終わらない。


         ◆


 リビエラがなんと、王子妃の座を射止めた。王子は実質、王太子、すなわち次の国王だから、王妃も夢ではない。狙っていたこととはいえ、望外の到達点だ。私ライラの実母の希望がここに結実した。そう思うと、感極まった。


「お母様、血は繋がっていないとはいえ、私はやりました。褒めてください」


 すぐにでも墓前に報告したい気持ちだ。亡夫も喜んでくれるだろう。

 勝負はやはりドレスだった。私のお気に入りをずっと保持していてよかった。今ではどの縫製店も手掛けないスタイルのものだ。


 ただ、この結婚には大きな問題がある。

 嫁ぎ先である王家が国民の信頼を失っているのだ。現状、経済振興策がどれも効果を見せていない。また、婚活パーティは国民の間で、王子が自分の妃を探し出すための隠れ(みの)に使って、税金を注ぎ込んだという見方が大勢である。

 まだまだ気が抜けない。私は人生の浮き沈みを経験しているので、この状態が不安でたまらない。この国、あるいは王家が将来も存続できるのかといえば、心許ない限りなのだ。正直言って危うい。今回の10年戦争の後の長い経済不況で人心が離れている。クーデターや革命がいつ勃発しても不思議ではない。平民であるリビエラとの婚姻が挽回策の一つであることが透けて見える。


 娘三人を呼んで今後のことを言い渡す。

 この不確実な状況の中で我々が生き延びる方策だ。リビエラが王子妃となり、私が城内で雇われれば、いざというときに二人で逃げることができる。その心づもりを忘れてはならない。必要のない自宅は売り払う。不動産は足かせだ。金貨は重くて持ち運びに不便なので、必要最小限にして、ほとんどは付加価値の高い宝石やアクセサリーに変える。そして、私と姉二人で保有する。


 リビエラは王宮に入ったら、贅沢に気をつけなければいけない。国民に愛想を振り撒き、反感を持たれないように気を配る。


 大学一年となったばかりの長女のレナは、南方のシッド連合王国へ留学を希望せよ。優秀な成績で入学したのだから十分に可能だろう。出国時に四年の費用分を渡すので、金貨はすぐさまその国の貨幣に両替しておくように。卒業後は、連合王国をそのまま生活拠点とせよ。独り身もよいが、願わくば現地の人間を捕まえて帰化すること。信頼できる味方となってもらえれば心強い。


 二女のローザは高等学園卒業後に、就職したらどうか。大学へ進学してもよいが、勉強が好きではないだろう。このミリュー王国の政治体制は今後、民主化が進むことも考えられる。北方のノール共和国のようになる可能性が高い。就職先に王宮や政府関係は避けなさい。体制が変わったときに困る。ゆくゆくは平民を捕まえること。商家でも地主でもよい。あなたの魅力をもってすれば選り取り見取りだ。貴族は駄目。軍人も危ない。


 一家三分の計だ。

 そして二人とも、リビエラの縁者であることを口外してはならない。身の上を隠匿せよ。理由は、王室関係者のリビエラは何かあれば狙われ、関係者も然り。また、シンデレラ物語において、私と姉二人は憎まれ役と見なされているからだ。


 そして事と次第によって、三人のうちの無事なところへ逃げることにしよう。安全策は、二重ではなくて、三重だ。

 理解したわね。

挿絵(By みてみん)

 1960年刊 講談社 世界童話文学全集 8 フランス童話集 p7 サンドリヨン


 シンデレラと同じような話は世界中で500以上もあるそうです。主なものは、17世紀ルイ14世時代フランスのペロー版と、19世紀ドイツ統一直前期のグリム兄弟版、それに1950年公開のディズニーアニメ映画ですね。ここでは日本で馴染みが深いディズニー版を想定しています。

 画像は1960年刊のフランス童話集で、お話の題名とヒロインの名は共に『サンドリヨン』です。この本に『シンデレラ』という言葉は解説を含めて出てきません。同じ全集のグリム童話集やドイツ童話集にはお話自体が載っていません。


 シンデレラにしか履けない小さなガラスの靴は、中国女性の纏足てんそくが源との説があります。西洋の貴族階級でも小さい足が好まれたとか。高貴な女性は歩いたり働く必要がないという意味らしいのですが、なんとも、おぞましい性向です。


 童話でガラスの靴だけが12時に消滅しなかった理由は、馬車はカボチャから、御者はネズミから魔法で変えられたのに対して、靴は魔法使いが別途持参したものだったからとのことです。なお材質は現代なら透明性と軽さからいって、ヒール部分と靴底を衝撃に強いポリカーボネートとして、それ以外は柔軟性のあるポリ塩化ビニルとしたらいかがでしょうか。両者の接着は難しいので接合に一工夫が要りますね。


 なお、12時に魔法が解けたときには馬車はカボチャに戻り、かつ靴も片方で、帰宅は大変だったことでしょう。私が魔法使いなら、舞踏会へ同行して、魔法を再度かけてやります。「12時までに(家まで)戻ってこい」と注意したのに、12時まで城に滞在したシンデレラが悪いのでしょうか。会場に時計はなかったのでしょうか。童話の原作者って残酷なんですね。


 一家三分の計は、中国の三国志に出てくる諸葛孔明の“天下三分の計”をもじっています。


 この小説は、この後、三つの国を巻き込んだ稀有壮大な一大スペクタクル巨編へと発展させようと考えていたのです。2022年4月に連載を開始したのですけれど、頓挫しました。この回の大言壮語はその名残で、このストーリーには関係ありません。プロットが上手く出来上がったら、「シンデレラのお義姉さま」なんていう続編を紡ぐかもしれません。

 次回では、二人の王宮での生活にサクっと触れ、お継母さまの愉悦の刻を描きます。

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