悪役令嬢が正義の異世界でヒロインに転生してしまった。ざまぁは勘弁して下さい!
鏡に映る可憐で美しい金髪少女の姿を、私・北川凜はじっと見つめていた。
うん、めっちゃ可愛い。
完璧。
ぱっちりした二重の瞳も、細く小さい鼻も、薔薇色をした唇も、ふわっと風になびくウェーブがかった金髪も、何もかもがパーフェクト!
見事なヒロインだわ、リーン。
でも知ってる? あなたは偽聖女のくせに本物の聖女を国から追い出そうとして、その結果『ざまぁ』を食らうの。
私は鏡に映る『リーン』の姿に、思わず渾身の右ストレートを食らわせた。
あーあ、まさか下校途中に交通事故で死んじゃった挙句、『偽聖女扱いされた悪役令嬢は、婚約破棄してきた第1王子を捨てて第2王子に溺愛されます!』の世界に異世界転生してしまうなんて。
こんにちは。北川凜改め、この世界でのヒロイン・リーンです。
私も大好き悪役令嬢もの。
特に、はなぶさ諒先生が描く『悪役令嬢ものシリーズ』はオタク女子の私にとっては聖典だった。
けれど流行りの悪役令嬢に転生するならともかく、ざまぁされる側のヒロインに転生するって、めちゃくちゃハズレを引いてない?
だってこの世界では悪役令嬢こそが正義。
逆に本来ならば主人公であるはずのヒロインが悪!
これ、コロンブスの卵的な悪役令嬢ものの鉄則。
ぜひ覚えておいてくださいね!
そしてこの世界での悪役令嬢はブリジット様。
燃えるような赤い髪が特徴的で、魔物が存在するこの世界で国全体に巨大結界を張れるほど、素晴らしい神聖力をお持ちの聖女。
このブリジット様の婚約者が第1王子のクリストフって奴です。
あああ、もう詳しいことは割愛。
こいつが本当に馬鹿でクズで、ブリジット様の良さを一ミリも理解しないアホ王子。
そのクリストフが惚れるのが私、ヒロインのリーンってわけ。
はぁぁぁぁ、なんでこんなこと、今さら思い出しちゃったのかなぁ?
ちなみに昨日は私の16歳の誕生日だった。
現代ではなぶさ諒先生の作品のファンになったのも同じ年頃。だから記憶の時限爆弾が爆発しちゃったのかな。
とにもかくにも。
まだ大丈夫。
私はまだアホ王子・クリストフと知り合ってない。
悪役令嬢が破滅フラグを避けるように、ヒロインの私もまた『ざまぁ』展開を回避するルートを探せばいいのだ!
よぉぉし、北川凜改め、リーン=アダムソン。これ以上アホ王子に惚れられないように明日から頑張りますっ!!
そうしてやってきました王宮舞踏会。
キラキラと光るシャンデリアの下で、華麗なダンスを踊る貴族の子息・令嬢達。
その中心におられるのが我らが悪役令嬢・ブリジット様。
あ、私、知ってる! このシチュエーション知ってる!
ここでヒロインのリーンは男爵家出身という低い身分にも関わらず、押せ押せムードでブリジット様やクリストフ王子に自分から話しかけるのよね!
その常識のなさを呆れられるんだけど、私はそんな失敗は冒さない。
君子危うきに近寄らず。
私はブリジット様と目が合っても自分から声をかけたりせず、10メートル以上離れた場所から丁重にお辞儀するだけ。
それから舞踏会が開かれている間はずっと、なるべく目立たないように一人壁の花を気取ったのだった。
それから学園でブリジット様と偶然遭遇した時も。
悪役令嬢シリーズを網羅した私に死角はなかった。
『ああ、ひどい、ブリジット様! いくら私が憎いからと言って階段の上から突き落とすなんて!』
ライバルであるブリジット様を陥れようと、押されてもいないのに勝手に自分から階段を転げ落ちるヒロイン・リーン。
まさにヒロインのウザさ全開のこのいじめられ工作パート。けれど例え振りでも怪我なんかしたくない私は、階段を下りてくるブリジット様のためにササッと道をあけ、そのまま踊り場で待機して彼女が通り過ぎるのをじっと待つ。
ふぅ、これで完璧!
いじめられ工作パートなんて存在しなかった。
つまりこれでざまぁフラグもへし折られた!
結局ブリジット様を避けつつ、普通に学園生活を送っていればざまぁされることはないと気づいた私は、身分相応な慎ましい生活を送ることにしたのだった。
だけど災難はある日突然やってくる。
それがざまぁされるべきヒロインの宿命なのか。
なるべくブリジット様を視界に入れないよう、昼休みに一人裏庭でお弁当を食べていた私のもとに、一人の男性がどすどすと足音を立てながら近づいてきたのだ。
「おい、一体どういうつもりなんだ、リーン=アダムソン!」
そう私の名を呼んだのは、私が最も近づきたくない人物第一位・クリストフ第一王子。
栗色の髪に鳶色の瞳という若干地味な配色のこの王子は、イケメンではあるもののヒーローである第2王子・ローレンツには遠く及ばない。
うわぁ、なんであんたから私に近づいてくるのという感情が顔に出てしまったのか、クリストフはますます眉尻を真上に釣り上げた。
「リーン、なぜ私に会いに来ない!? 貴様の目的は聖女を追い落とし、自分こそが聖女と崇められ、周りにチヤホヤされることだろう!?」
「はぁ? そんな恐れ多いこと考えたことありません! それに私は回復魔法が使えると言っても、かすり傷を治せる程度でしかありません。そんなんで本物の聖女に成り代わるなんて絶対無理です!」
私は鼻息荒く、アホ王子に啖呵を切ってやった。
どうだ! 私はあらかじめ決められた運命なんかには流されない。
本物の聖女の力を見抜けないあんたになんか、絶対惚れないったら!
「はぁ!? 何を言っている? ヒロインのリーンに、そんな設定を組み込んだ覚えはない! ブリジットとローレンツが結ばれるためには、私達バカップルの『ざまぁ』は必須なんだ!」
「……………はぁぁぁぁ~~~?」
だけど話を聞いてるとこの王子、ただのアホ王子ではなかったみたいだ。
ヒロインのリーンの設定がどうしたって?
ブリジットとローレンツが結ばれるためには、私達バカップルの『ざまぁ』は必須?
なんかその言い方、まるでこのアホ王子も……。
「あのもしかしてあなたも転生者……ってことはない――ですよね?」
「なに? ではお前も現代日本からの生まれ変わりか!?」
ガーーーン……。
なんとここで衝撃の事実が発覚。
アホ王子・クリストフも私と同じ元・日本人でした……。
しかも。
「ならば話は早い。私の前世の名前は、はなぶさ諒。この悪役令嬢シリーズの作者だ!」
「えええええっ!? はなぶさ先生ご本人!?」
何だこのメタ展開ーーー!
さすがに私の目も点になり、体中からドッと嫌な汗が噴き出す。
私がアワアワしているとはなぶさ先生・改めクリストフは私の隣にドカッと座り、くどくどと説教を始めた。
「なんだ、貴様、前世の私を知っているのか」
「知ってるも何も大ファンです。サイン会にも行きました……」
うわぁぁ、さっきまで絶対このアホ王子に近寄りたくなんかないと思ってたのに、なんだか胸がドキドキしてきちゃった。
ちなみにはなぶさ先生の実年齢は31歳。悪役令嬢ものをヒットさせた作家さんだけど、性別は男性。異世界恋愛ものからハイファンタジーまで、とにかくオールジャンルでヒットを飛ばした神作家なのだ。
「あ、あのサインもらっていいですか……」
「うむ、まさかこんな所で自分のファンに会えるとは思わなかった。このソーサーの裏でいいか」
きゃあぁぁぁーー!
ソーサーの裏に書かれた癖のある『はなぶさ諒』のサインを目にして、私は歓喜する。
これは本物だ! この人は本物のはなぶさ先生の生まれ変わりだ!
前世で先生の狂信者だった私が、サインを見間違えるはずがない!
「か、感激です。私ずっと先生のファンで悪役令嬢シリーズは全部読みました!」
「そ、そうか、ありがとう……」
私が目をキラキラ輝かせると、先生も少し戸惑ったように視線をウロウロさせた。
うわぁぁぁ、こんなことって本当にあるんだなぁ。ちょっと感動しちゃった。
ちなみに前世でのはなぶさ先生も、芸能人ほどじゃないにしてもそこそこのイケメンだった。理知的雰囲気が若い女子に受けて、サイン会はいつも長蛇の列だった。
「それでどこまで話したか」
「えーと、私と先生が共に転生者だって言うところまでです。ところで先生はなぜこの世界にいらっしゃるのですか?」
「……睡眠時間を限界まで削って原稿に集中してたら、不摂生が祟って脳梗塞で死んだ……」
「………」
チーン……。
その時私の脳内で、悲しいおりんの音が響いた。
ダメですよ、先生。30代からは自分の健康にもっと気をつけなくちゃ。
今さら言っても無駄だけど、先生が亡くなってどれだけの多くの読者がその才能を惜しみ、号泣したことだろう。
「まぁ、死んでしまったものは仕方ない。そういうお前こそどうしてこの世界にやってきた?」
「えと、私は女子高生だったんですけど、ある日突然交通事故で死んじゃって……」
そうして私達は午後の授業を放棄し、この世界にやってきてからのことをお互いに語り合った。
それで分かったのは私と先生の目的が、完全に対立しているということだ。
「なに? ざまぁフラグをへし折る!? ダメだ、ダメだ、そんなことをしたら私の書いた物語がハッピーエンドで終わらないだろう!?」
「だからってみすみすざまぁされろって言うんですか? 私は嫌です! だって確かこの物語のエンディングって私もクリストフも聖女を蔑ろにした罪で処刑されるんですよね?」
私は涙目になりながら、ざまぁを敢行しようとする先生に反論した。
そう、この物語は偽聖女の私とクリストフが処刑されて幕を閉じるのだ。
さすがにそんな残酷な結末は迎えたくないし、死にたくもない。
「その点については色々対策を考えているから心配するな。とにかく私と貴様がブリジットをいじめなければ物語が進まないんだ。事実、お前がちっとも私とイチャイチャしないから、ブリジットとローレンツの距離も一向に縮まらないでいる」
あーうー、確かにそれは大問題……。
元々原作の大ファンでもある私にとってローブリ(ローレンツ×ブリジットの略)は最大の推しカプ。このカップルが結ばれるところは、一人の読者として是非見てみたい。
「じゃその対策って言うのを教えて下さい。先生の対策が安全なものでない限り、絶対協力はできません!」
「むぅ……」
私がざまぁを完全拒否すると先生は眉根を顰めて深く考え込んだ。
それからすくっとベンチから立ち上がり、何やらきょろきょろと辺りを見回す。
「分かった。これから見ることは絶対に秘密にしてくれ」
「秘密?」
「”燃えよ”」
「!」
次の瞬間、ドンッと巨大な火球が現れたかと思うと、中庭に立つたくさんの樹々を一瞬で薙ぎ倒した。
うわぁぁぁぁぁーーーっ、なんですか、これ!?
いきなり異世界恋愛のジャンルを飛び越えて、〇リー・ポッターの世界になりましたが!?
「せ、先生、なんですか、今の!?」
「魔道士が使ういわゆる上級魔法だ。今は力を最小限にしたからあの程度だけど」
魔法!? しかもこれが最小限?
いやいやいやいや、これほど見事な魔法なら、そこら辺のモンスターならあっという間に倒せそう。
「実は私の魔道士レベルは999。冒険者で例えるならばSSSランクだ」
「レベル999!? しかもトリプルS!?」
先生の告白に、私はびっくりした。
だってそれって大抵の魔物を一瞬で倒せるほどの……つまり勇者クラスの魔法の使い手じゃない。でも原作のクリストフにそんなチート能力はなかったはずだけど……。
「まぁ、確かにクリストフに魔法を使える設定はなかった。なんと言ってもざまぁされるアホ王子だからな。けれどどうやら同時執筆していた追放ざまぁ系ハイファンタジーの主人公の設定が、転生する時に混じってしまったようなんだ。ということで、私はこの世界では簡単に殺されない。なんと言っても世界最強だからな」
先生は腰に両手を当て、ハッハッハッと鼻高々に笑った。
えええぇぇぇぇ、何それ。これぞ転生チートの決定版?
確かにこの世界を作ったのは先生だから、ある意味神みたいな存在であるのかもしれない。
でも私は同じ転生者だと言ってもただの凡人ですよ? 使える回復魔法だって、毛ほどの役にも立たないレベルだし……
「だからそこは大丈夫だって。何せこの私が貴様を守ってやるのだから。何も心配するな。貴様は私と共に、原作通りざまぁされてくれればそれでいい」
「………」
そう言って先生は自信満々に、くしゃりと私の頭を撫でる。
いやいやいやいや、そんな力強い言葉をかけられても、ときめいたりなんかしませんけどね?
別にドキッとなんかしませんけどね?
でも清々しいほどにざまぁを目指す先生の笑顔は、私が想像していたアホ王子像とはかけ離れていた。先生のチート能力があれば、ざまぁされなくても全然済むし、むしろ聖女と同じように華々しく活躍できると思うんだけどなぁ。
「なに? それだけの力があってなぜ勇者を目指さないのか……だと? 何を寝ぼけたことを言っている。この世界はあくまで悪役令嬢シリーズの世界。私の作品は見事なざまぁが行われることによってのみ、完成するんだ。非の打ち所のないエンディングを迎えるためなら、私は自分の没落など恐れない。むしろとっとと王子の身分を剥奪されて、田舎でスローライフを送りたいと思っているくらいなのだ」
先生、異世界恋愛、ハイファンタジーと続いた後、今度は流行りのスローライフですか……。
マジでジャンルごちゃまぜで私は納得いかないけど、それが先生の哲学であり、美学なんですね。
なんとなく先生の言いたいことはわかりました。
でもだからって私まで先生に引きずられて、ざまぁされる必要はないですよね?
「なに? これだけ言ってもわからないのか。ならば貴様はどうしたらざまぁされてくれるのだ!?」
先生はわがまま王子らしく、その場で地団駄を踏んだ。
こうしてざまぁされたくない私と、ざまぁを完遂したい先生の話し合いはいつまでたっても平行線のまま。無為な時間が流れていった。
「よし、わかった。ならばこうしよう。貴様は私の大ファンだと言ったな?」
そして知恵を絞った先生は、あらゆる好条件を突き付けてくる。
私は思わず身構えた。
「私はざまぁされた後、どこかの田舎に追放され、そこでまた小説を執筆したいと考えている。貴様にはその小説の読者第一号となってもらおう」
「え!?」
先生の読者第一号? それってつまり誰よりも先に先生の小説を読めるってことだよね?
確かにそれは美味しい! 先生ならばこの異世界でも、人気ナンバーワンの神作家になれるに違いない。
「い、いやいやいやいやいや、そんな言葉に騙されません。確かに美味しい条件だけど、それと自分の将来を引き換えには……」
「なに? まだダメだと言うのか。案外強欲な女子高生だな!」
先生は腕を組み、うーんと別の条件を考え始める。
「わかった、貴様はざまぁされたことによって汚名をかぶり、嫁にいけないことが不安なのだろう。ではそれ相応の貴族をお前の婿として用意しよう。お前の実家である男爵家も没落させないと約束する」
「いやいやいや。それこそ余計なお世話です。好きでもない人と結婚したくないし、そもそもざまぁされなきゃ、うちの男爵家も没落しないですよね?」
「くっ、案外頭が回るな、女子高生」
私は先生の甘い言葉に乗るまいと、必死に理性を働かせた。
けれど先生はとんでもなく美味しい海老で鯛の私を釣ろうとする。
「わかった。ざまぁの報酬として、日本円に換算して10億円を支払おう」
「――やります」
私はガシッと先生の手を握り、あっさりざまぁの依頼を引き受けた。
だって10億円だよ、10億円!
まさに現代世界で宝くじに当たったようなもの!
10億円あれば例えざまぁされても、私の人生丸々安泰。
これに乗らない手はないでしょ!
「よし、よく言ったぞ女子高生! ではこれから私と華麗なるざまぁハッピーライフを送ろうではないか!」
「はい、先生!」
「とりあえず人前では私のことを愛しいクリストフ様と呼べ」
「はい、愛しいクリストフ様!」
こうして私は先生のシナリオ通りにざまぁされることになった。
不本意ではあるけれどブリジット様の前でクリストフとイチャイチャし、自分が本物の聖女であると、みんなの前でアピールする。
そして。
「ブリジット=オーランド。私はお前との婚約を破棄する! そして本物の聖女であるこのリーン=アダムソンと結婚する。リーンを虐めたお前は皇后にふさわしくない!」
メッチャノリノリで、婚約破棄の茶番を演じるクリストフ。
その横で私は「これで10億円ゲット!」と、ざまぁされるヒロインらしくあくどい微笑みを浮かべるのだった。
――そうして私とクリストフは、本物の聖女を侮辱した罪で追放された。
魔物がわんさかといる、辺境のそのまた辺境の地へと。
「先生、ドラゴンです! でっかくて凶暴なドラゴンが村の近くで暴れていますぅぅぅ!」
「なに? またか。相変わらず懲りないモンスターどもだ」
王都から遠く離れた場所に追放された私は、先生と共に暮らしていた。
だって仕方なくない? 追放されたこの村はいわば魔物の巣窟。聖女様の結界が届かないほどのモンスター無法地帯なのだ。
そんな危険な地でただの元女子高生が一人で暮らせるはずはなく、結局冒険者ランクSSSの先生に日々守ってもらっているのだ。
「では少し行って片づけてくる。リーンは今日の夕食でも作ってのんびり待っててくれ」
「はい、先生」
先生は書きかけの小説をいったん閉じ、仕方なくドラゴン退治に出かけていく。
この村は国から見捨てられた地域だけど、もちろんそこに住む人々はたくさんいる。そして何かと魔物を退治してくれる先生にみんな感謝してた。
「リーンちゃん、いつもありがとうね。あんたの旦那のおかげで、みんな安心して暮らせるようになったよ」
「いえいえいえ、私は何もしてないですから。っていうか、別にあれ、旦那じゃないですからーーー!」
一緒に暮らしているせいで、私と先生は夫婦と誤解されているけど、まぁそれは仕方ない。いちいち説明するのも面倒なので、村人のみんなには誤解させたままだ。
そうして私は村のみんなからお礼としてもらった食材を手にキッチンに入る。
あ、ちなみに先生からざまぁとの報酬としてもらった10億円は、この地で暮らすと決まった時に実家の補填と魔物対策費用として全部消えました。
まず没落した両親に今後の生活費・老後費用として2億円を渡し、魔物の侵入を防ぐ防護壁を作るのに2億円、村人の避難用シェルターを作るのに3億円、先生の魔物退治用特殊装備に1億円、魔法設備を兼ね備えた自宅兼・アトリエを建てるのに2億円。
つまり私は丸損したのだ。
結局ざまぁされて残ったのは、この辺境の地でのスローライフならぬハードライフだけ。
ううう、先生の甘い言葉に乗ってマジで失敗したぁ。
私は大量の野菜を切って鍋にぶち込みながら、なぜこの選択をしてしまったのか後悔する。
「リーン、帰ったぞ」
「あ、先生、おかえりなさい!」
そうしてしばらくすると、先生はドラゴンの皮や牙を肩に乗せながら帰ってきた。
何と言ってもモンスターの素材は高く売れるのだ。おかげで今のところ生活費には困ってない。
「てか、先生頭から血が出てるじゃないですかーーー!」
「あ、ドラゴンと戦ってる時に逃げ遅れた村人がいて、そいつを庇った時にちょっとな」
先生は額から流れる血を拭いながら、何でもないことのようにしれっと言う。私は慌ててそばに駆け寄り、回復魔法の呪文を唱えた。
「”癒しの風よ”」
ほとんど雑魚レベルの癒し手である私だけど、このくらいの怪我なら何とか治せる。傷跡がきれいになったのを見て、先生はニッと笑った。
「ありがとう、リーン。お前がいて本当に助かってる」
「ど、どういたしまして……」
私はなぜか先生の笑顔を直視できず、思わず頬に熱を上らせる。
先生と一緒に暮らすようになって、私は少し変わった。
最初はこんなアホ王子と一緒にざまぁされるなんて、とんでもないと思ってたはずなのに。
「うん、リーンの作ったシチューは美味い。これでまた明日から頑張れる」
「あ、ありがとうございます……」
いつの間にか先生の笑顔を見ることが、私の毎日の生き甲斐になっていた。
それに先生は前宣言通り、この辺境の地で小説を執筆している。
そろそろこの世界での処女作が完成しそうなのだ。
「それで先生、新しい小説はどんなストーリーなんですか?」
はなぶさ諒の熱狂的ファンとしては、神作家の復帰第一作目には期待しかない。
私が胸をワクワクさせながら尋ねると、先生は少し照れながらコホンと一つ咳払いした。
「私の復帰第一作は、とても愚かで、だがとても健気なヒロインが主人公だ。リーン、まるで貴様のような……な」
こうしてざまぁされた偽聖女とアホ王子は、テンプレ通りに没落する。
けれど案外気の合った二人は、辺境の地でとても愉快で、楽しい冒険ライフに突入した。
ま、これはこれで一種のハッピーエンドって言える………かな?
読了ありがとうございました!