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出会って3秒の女に「人生がつまらないのを他人のせいにしてんじゃねぇよ」と説教された

作者: ゴールデンチョコバットさん

数年ぶりに会った友人から貰ったエネルギーを創作にぶつけてみた。

 人生において最も不必要だと感じるのは、通勤中の地下鉄で他人に揉みくちゃにされている瞬間だ。


 何度目かも分からないため息をマスク越しに小さく漏らす。


 窓に映る景色はうんざりするほど虚無で、まるで自身の心理状態を模しているかのような不思議な感覚に苛まれる。


 社会人はみな同じ感情を抱きながら電車に揺られているのだろうか。


 だとしたらバカバカしすぎる。


 周りの友人は家族のためだ恋人のためだと勝手に言い訳を付けながら日常を諦めて行った。


 お前らの人生それでいいのかよ。


 みぞおちにブーメランかまされそうな屁理屈を淡々と理性に問いかける。


 それでも構わない。


 そう、だから人生はつまらないんだ。


 最寄り駅の改札口を出て徒歩5分。


 立地条件最高と言えるオフィスの位置取りでさえ、クレーマー気質の隣人みたいにイチャモンを付けたくなる。


 あぁ本当にダメだな。


 自分でもこのところイライラしているのが多いことに気づくようになった。


 きっかけは些細なことであろうと、受取る側がおおごとだと捉えるのならば嘘みたいなことでさえ現実味を帯びてくるのだ。


 例えば被害妄想。


 実際には悪く言われていないのに他人に悪く思われているんじゃないかと錯覚してしまう人災。


 周りからすればいい迷惑である。


 毎日、理性から下山したモンスターとばったり出くわさないことを祈るのは俺だけではないだろう。


 妄想で言うなら俺は現実逃避が好きだ。


 異世界ファンタジーなんか特にそうだろう。


 視聴者の大半は現実に疲れた寂れた中年のおっさんだというのは有名な話だ。


 内心みんな飽き飽きしてるんだ。


 クソみたいなプライドとくだらない社会性で自分を押し殺して働き続ける日々。


 一体何のために働いているのだろう。


 そんなもん明白だ。


 金のため。


 世界平和を謳う活動家も、結局のところ金がなきゃ活動に向ける偽善の思いは湧いてこないだろう。


 そう思うと尚更嫌気がさしてくる。


 俺たちは所詮働かされているだけのブリキ人形に過ぎないのだ。


 しかめっ面でデスクに着くと、ボーカロイドみたいな同僚の挨拶が飛んできた。


 義務感でやるなら迷惑だからやめてくれ。


 なんて内心苦虫かみ潰しながら俺もボーカロイドみたいな声色で返事を返す。


 結局のところ変わらねぇ。


 昼になるとそそくさと、まるで夜逃げみたいに音を殺しながらオフィスを後にする。


 社内で食う飯ほど不味いものはないからな。


 近頃はカロリーなんかも気にしている。


 さすがにアラサーともなると、血液検査のたびに医者に数値を突っつかれることに不安ぐらいは覚えるようになるものだ。


 まぁ、昼は牛丼を食うんだけどな。


 服に染み付いた飲食店特有の臭い(におい)に若干ブルーになっていた帰り道、前方10メーターぐらい先からやたら人目を惹きつける美人が歩いて来ていることに気づいた。


 まるでその空間だけ時が止まっているみたいに、男女構わず皆して美人を見ている。


 わざわざ容姿について事細かく言及するのも面倒だから詳しくは割愛する。


 とりあえず美人だった。


 少なくともスッピンの人気女優と真っ向から勝負出来るぐらいには美人だった。


 だが、所詮その程度だ。


 このまま美人を通り過ぎるまで凝視していたところで、俺自身にはなんのメリットもない。


 目の保養だなんて2次元のキャラにしか当てはまらないからな。


 リアルはどこまでいってもリアル。


 近づくほどに鮮明になる人間の毛穴に、興奮するような奇特な性癖は俺にはなかった。


 だから目を逸らした。


 ただそれだけだったのに。


 彼女はそれが気に触ったらしい。


「勝手に期待しといて勝手に見限ってんじゃねぇよチー牛」


 街中で人様(ひとさま)に、ましてや美人に罵倒されたのはこれが初めての経験だった。


「あ……え……」


「喋るか吃るかどっちかにしろ」


 人は見かけによらない。


 また1つ人生における教訓を手にしたようだ。


「いきなりなんなんだ、急いでるんですが」


「知らねーよ。こっちだって用事ぐらいあるわ」


 顔だけはめっぽう良い女に街中でSMプレイやられるようなもんだから、そこそこなミュージシャンの路上ライブぐらいには人目を惹きつけている。


「少しは人目を気にしてくれ」


「それだよ」


「はい?」


 おそらくは俺にとって人生が切り替わるトリガーだったのは間違いない。


「お前の人生がつまらないのを他人のせいにしてんじゃねぇよ」


 ぐうの音も出なかった。


 たかが会って数秒の女に、俺の本質を容赦なくキッパリ言い放たれたのだ。


「二度と出くわすなよ。目障りだから」


 これが性格ブスのオリンピックだったなら、ぶっちぎりで金メダルを取っていただろう。



 ────

 ───

 ──

 ─



 それからの記憶があまりない。


 小学生の頃に片思いしていた同級生から「~くんは笑い方がすごくキモいね」と屈託のない笑みで言われた時ぐらい落ち込んだのは言うまでもない。


 いや、きっとそれ以上だ。


 そうか、これがPTSDというやつなのか。


 最近は街を歩くたび、目に入る女がアイツに見えるぐらいには憔悴しきっていた。


 ちくしょう慰謝料払いやがれ。


 ここがアメリカなら、あの女は今ごろ多額の慰謝料を請求されているに違いない。


 マスク越しの呼吸というのはこれほどまでに苦しかっただろうか。


 こんなことならもっと真面目に波紋の呼吸について勉強しておくんだった。


 何気にチー牛と言われたことも決定打になっていたようで、最近は牛丼を食うのも控えている。


 くそ、チーズ牛丼が好物だったのに。


 Fuck you!


「あ」


 俯き気味に歩いていたものだから、正面からヤツが近づいて来ていることに気づかなかったのだ。


「てめぇ、またぬけぬけとこの道を歩きやがって」


 とんでもない怒りの沸点を俺に押し付けてくる美人(過去形)


「警察呼びますよ!」


 それは女サイドが言う台詞だなんてツッコミは無しにしてもらいたい。


「あ? 呼んでみろよチー牛」


「おまわりさ~ん!! 性格ブスに襲われてます助けてくださーーーい」


「てめぇぇぇ」


 明らかに女性のそれでない腕力に引き摺られながら、俺は喫茶店に放り込まれた。


「次大声出したら握りつぶす」


 意味深なその言葉は俺にとって死刑宣告そのものだった。


 不安そうに下腹部の息子が瞳を潤ませてこちらを見ている。


 メスゴリラは、席に着くなり般若みたいなメンチをきって今にも殴り掛かってきそうな雰囲気を醸し出している。


「お前どこのチー牛だ」


「国産です」というジョークは通用するだろうか。


 命が2つあったらぜひ言ってみたいものだ。


「なににやけてんだ殺されてぇのか!」


「もしマスク越しに俺の口元が見えているなら、あんたは渋谷の母とでも名乗って占い師を始めた方がいい」


「1」


 唐突な1カウント。


 格闘技でもやってるつもりなのだろうか。


「今のはチー牛カウントな。10個貯まると問答無用でお前のを握りつぶす」


 アバターぐらいサーッと青ざめる俺。


「何がとは言わないけどな」


 この女はきっと嘘を言っていない。


 俺の機能不全だった第六感が今日はやけに張り切っているからだ。


「で、もう一度聞く。お前どこのチー牛だ」


「それは社名を名乗れってことですか」


「んだよ。話わかるじゃねぇか──」


「だが断る」


 俺の敬愛する漫画家の有名な台詞の1つである。


「2」


「○○商社の人事部に勤めております」


「チー牛のくせに大卒かよ」


「へぇ……最近のゴリラは随分と物知りなんですね」


「3」


「ひぃぃ」


 バカは痛い目見ないと学ばないというのはどうやら本当のことらしい。


「お前さぁ、あたしが言うのもどうかと思うがアレだよな」


「変人とはよく言われますね」


「なんで誇らしげなんだよ」


 誰だって社畜生活を5年も続けたら嫌でもソウルジェムが濁ると思うけどな。


「この前も言ったけどさ、日々がつまんないのを他人のせいにしてんなよ」


「説教すか」


「いや、ストレス解消」


 理性を手放したゴリラが、人の着ぐるみ着てお茶してやがる。


「お前さぁ、卑屈だから何か起きた時の責任を他人に擦り付ける癖があるだろう」


「耳が痛い」


「まぁ聞けよ。結局お前が他人を無意識に見下してるから、対等に話そうと思えるやつに出会えないんだよ」


「そう言うゴリラさんは、対等に話せる相手とやらに出会えたんですかね」


「4」


「あぅ」


「悪口の後にさんを付ければ何でも許されると思うな」


 やたら細かい赤ペン先生に採点されてるみたいだ。


「だからまぁあれだ。他人のあたしが言うことじゃないかもだけどさ」


 ゴリラに似つかわしくない気恥しそうな仕草に、つい目を奪われてしまった。


「誰かに必要とされたいのなら、自分を必要と思えるぐらいの自信はつけても良いんじゃないか」


 昼休憩の時間なんて忘れるぐらいに、目の前の女に気持ちを持っていかれた自分がいた。



 ────

 ───

 ──

 ─



 学生時代、やたらティータイム好きな女子高生がバンドをするアニメが流行った。


 当時オタクだったやつもそうじゃないやつも、いきなりバンドを始めるぐらいには世間に影響を与えていたと思う。


 かくいう俺もそれでギターを始めた口だった。


 God knowsのイントロを必死になって練習するぐらいにはオタクしてたっけ。


 けれど、気づいたらギターはインテリアと化していた。


 日に日にホコリの積もるテレキャスターを見ないふりして、やがてそれを粗大ゴミとして捨てた。


 俺はこれまでの人生で本気になったことが1度もなかった。


 心のどっかで必死こいてる奴らを馬鹿にして、そいつが成功したら嫉妬の眼差しで嫌悪する。


 それが間違いだとは思わないけれど。


 少なくとも人生がつまらないのは、他でもない俺のせいなのは言うまでもなかった。


 だから内心驚いているのだ。


 そんな怠惰だった俺が、必死こいて今更になって変わりたいと思い始めていることに。


 ちくしょうメスゴリラめ、余計なお世話しやがって。


 腹筋ローラーを数えきれない程コロコロしたせいで、うつ伏せに倒れた状態で背中で息をしている。


 ぜってぇ次会ったら飯に誘う。


「「あ」」


 思ったよりも早くその時は訪れた。


 前みたいに顔を見るなりボコボコにしてきそうな雰囲気を、今の彼女からは微塵も感じない。


 どこか柔らかくなったような雰囲気が、なぜかチクリと胸に刺さるのだ。


「よぉ久しぶり。ちょっと痩せた?」


 話し方まで変わっていたら~なんてちっぽけな不安からはとりあえず解放された。


「思うところがあってダイエット始めた。あとメガネもやめて今はコンタクトだ」


「それじゃあお前のアイデンティティが性格の悪さしか残らないな」


 1発ぶん殴っても叙情酌量の余地はあるよな?


「そっちこそなんか雰囲気変わってるけど」


「分かるか?」


 彼女はヒラヒラとスカートを靡かせてメイドさんみたいにくるっと回った。


「仕事辞めた」


「へぇ」


 だからスーツ着てなかったのか。


 美人のスーツって結構需要あると思ってたんだが。


「だから飯奢れ」


 思わぬ形で目標が叶ったことに、若干の不完全燃焼は否めない。


「牛丼でいい?」


「やっぱチー牛じゃねーか」


 たまたま出会った場所から1番近かっただけの話だ。


「あたし昼は糖質制限してんだけど」


「美意識ってやつか」


「意識も高いし実際美人だろ?」


 たしかに。


 さすがに牛丼屋で肉だけ頼むという暴挙は見過ごせなかったので、子供用取り皿に少しのご飯をよそってやり、余ったお米と並盛を俺が食べることとなった。


 う~ん、白米大好き!


 序盤で肉が尽きて地獄を見たのは言うまでもない。


「ご馳走様」


 店を出た彼女の第一声がお礼だったことに驚きを隠せない。


「そういうキャラだっけ?」


「お前、あたしをバカな女だと思ってんじゃないだろうな」


 とりあえず目を合わせないように、しれっとスマホを凝視する。


 ホーム画面の猫が可愛い。


「5」


「勘弁してくださいよ姉御」


「お前を舎弟にした覚えはない」


 脳死でテキトーに会話をしながらも、それに踏み込んでいいかを模索していた。


 憑き物が取れたような顔をしている彼女。


 明らかにおかしいと感じるレベルで変わっている。


 それは、単に苦痛だった仕事を辞めて開放感に浸っているのとは、訳が違うのは付き合いの浅い俺が見ても分かることだった。


「そういうのは着ないと思ってた」


「スカートのことか?」


「イメージ的にはデニムとか履いてそうな感じだし」


「まぁ当たりだな」


「賞金とか出たりする? もしくは慰謝料」


「ミリオ○アかよ」


 古くさいツッコミに思わず吹き出しそうになる。


「てかお前慰謝料って何の話だ」


「初対面の時の恫喝、それから2回目に会った時の恫喝、そして先程の牛丼屋での恫喝」


「牛丼屋ではしてないだろ!」


 その認識でいくと、それ以外は恫喝してる自覚はあったんだな。


「最後だし着てみるのも悪くねぇかなって思ったんだよ」


 わざとらしく小さな声で呟いた彼女に、俺はかける言葉を持ち合わせていなかった。


「あのさ、このあと時間あるか?」


 俺は昼からの仕事をバックれることを決意した。



 ────

 ──

 ─



「こういうとこ来るとさ、都会も捨てたもんじゃねぇなって思うんだよ」


 彼女は年甲斐もなくブランコを漕いでいる。


「お前も付き合えよ」


「嫌だよ。リーマンが昼間からブランコとか通報案件過ぎる」


「6」


「ひゃっほーーーい! ブランコは最高だぜ!!」


 切り替えの速さだけが取り柄です。


「あたし障害者福祉してたんだよ」


「それってぶん殴って傷害を負わせた相手に福祉と称してお金を請求するやつ?」


「傷害者福祉じゃねぇよ! てかなんだ傷害者福祉って」


 低燃費って何だ、みたいな勢いのツッコミだな。


「障害を持った成人相手に社会復帰を促すことだよ」


「へぇ、人は見かけによらんなぁ」


「7」


「ひぃぃ」


「お前は人を煽ることに長けている」


 それで飯が食えたら良いんだけども。


「思ったんだよ。こっちが良かれと思って言葉を投げかけても、見えてる世界が違うのならそれは自己満足なんだろうなって」


「もしかして落ち込んでんの」


「あぁ、落ち込んでるよ」


「死にたいだなんて言い出すんじゃないだろうな」


 気味の悪い間が静寂を支配して、俺は不安よりも先に怒りが込み上げた。


「ざけんじゃねぇよ」


「え」


「あんたが言ったんだろうが、俺の人生がつまらないのを他人のせいにするなって」


「それは……あたしの思い上がりだった」


「自分を好きになって自信を付けろとも言ったよな」


「出過ぎた真似して悪かったよ」


 握りしめた拳に爪が食い込んでいるのにまったく痛みを感じない。


 許されるなら今すぐぶん殴ってこいつの目を覚ましてやりたいところだ。


 けど、こいつは女だからそんなことはできない。


 じゃあ気の利いた言葉で慰めろって言うのか。


 ひねくれた三十路の独身に何を期待してやがる。


 考えぬいたところで結局のところ、一般論か感情論の2択しかないんだ。


 だったら目の前のバカ野郎には、呆れるぐらいの感情論をぶつけてやりたいと思った。


「てめぇの悩みなんか知るかばーーーーか」


「あ!?」


「あんたが俺の人生変えたんだから、責任とって長生きしろ」


「……え」


 箱入り娘みたいに困惑してんじゃねぇよゴリラ女。


 お前はもっと激情に駆られて俺を振り回すべきなんだ。


「あんたの人生がつまらないのはあんたのせいなんだから、これからは俺を使って人生をエンジョイしろ」


「プロポーズのつもりか?」


「あんたがそう思うならそうなんだろ」


「はぐらかすなよ」


「……野球チーム出来るぐらい赤ちゃんが欲しいから、めそめそしてる暇があったらさっさと安産型でも目指して糖質制限を解除するんだな」


「デリカシーの欠けらも無いなマジで」


 彼女は張り詰めていた緊張が解けたのか、俯いてしまって表情が見えない。


「あのさ」


「ん」


「ありがとう」


 その先がどうなったかは皆様の想像におまかせする。


 しかし少なくとも、チー牛カウントが10を超えても握りつぶされることが無かったのは言及しておこう。


見つけていただきありがとうございました。



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[良い点] キャラの性格と勢いは好き [気になる点] 何故ヒロインの目に主人公が止まったかの理由付けが薄い。 [一言] 最近はこういう不条理ヒロインって好まれないよね…。 作者さんも性格ブスって書いて…
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