竜皇女と魔技術師 8
ミルラの悲鳴に、アルス達が非難めいた眼で振り返る。
「ヒース、ミルラを連れて早く出ろ。ルース、外の特務部を呼んで来い」
「はっ!」
命令に反射的にルースが走り去るのを見て、ヒースものろのろと動きだす。
「あ、ああ」
ミルラの肩を抱いて歩かせようとするが、ミルラは立ち尽くしたまま動かない。
「ミルラ!」
何度か呼びかけられ、やっと気が付いたらしく、自分の肩を抱くヒースに視線を向けた。
「……ヒースぅ」
「早く出よう」
「……うん」
しかし、歩こうにも、足が動かないらしく、その場にへたりこんでしまった。
漂ってくる腐臭に、口元を押さえている。
「うぐっ」
うろたえているヒースの背を推す。
「抱えていけ。とにかく離れろ」
「ああ。わかった」
ヒースはミルラを抱き上げると、通路を引き返して行く。
後姿を見送り、置き去りにされた爆薬一式を確認してから、アルス達に歩み寄った。
「もうちょっと、察しがいいかと思ったけど」
「お前達程鼻が利く訳ではない。無理を言うな」
腐臭に耐えつつ、変わり果てた者を見る。
さほど日数は経っていない。
両腕が肘の辺りから失われているので、その衝撃での死か失血死か。
出血のせいか、腐敗はあまり進んでおらず、顔も原型を留めている。
若い男だ。年齢は、私と変わらないくらいだろう。
着衣が、魔技術師だと明かしている。
「ここの関係者?」
「いや。見ない顔だな。それに、誰かがいなくなったという話は聞かない。服も、イースタージの物ではないな」
魔技術師の服は、学舎ごとに色や形が異なる。それでも一目でそれと判るのは、軍服が各国各部隊で異なっていても、みな軍服と判別出来るのと同じように、一種独特の雰囲気があるせいだろう。
学生は制服として学ぶ学舎の服を着る。卒業した後は所属する機関の服を着ことが多いが、母校の服を着続ける者も多い。学生と、卒業生や研究員、教員の制服は細部が違っているが。それに、研究所や学舎、学会などの所属組織や、学生か研究員、教授などの職章をつける。
よって、正装をすれば、学歴や身分、専門分野が大体わかる仕組みになっている。
現に、私が今着ている、釦が二列並んだ膝下までの長い上着はリュドラスの物、それにイースタージの学章と研究員章、マイナールの鉱物化学学会の紋章をつけている。これで私がリュドラス、マイナール、イースタージで学んだことが判るわけだ。
改めて、遺体を見る。
年齢からすると、学生ではなく研究員だろう。上着は丈の長い黒の詰め襟、それに燻銀の釦。学会員章は書物に乗せた髑髏、学章や職章は無い。
「リクドの死霊術研究者だな」
リクドは古代の墳墓遺跡の研究から発した、死霊術研究で知られる学舎だ。死霊術は魔法術の中でも特に学問的な大系が整っているのだが、魔法力無しに術を具現することが難しいので、魔技術師の研究者は少ない。
「死霊術の研究者が、このような場所にいる理由が分かりませんが?」
コハクが首を傾げる。
リクドまでは、乗り合い馬車を使っても一月近くかかるほど遠い。
植物研究所であったらしいこの遺跡の研究から始まったイースタージ魔技術学舎は、植物学とそれから派生した薬学、遺跡の状態が良好なことから遺跡構造学が主体だ。専門分野の関連性もない。
「そうだな。こんな変わった魔技術師が街を歩いていれば、学生達に捕まらない訳が無いのだが」
全く相手にされなくても、噂には登っていい筈だ。
「この腕は?」
「銃の暴発の様に見えるが……」
しかし、そうすると、遺体と瓦礫の位置関係がおかしい。これでは、遺跡の中から外に向けて発砲したことになる。
考え込んでいると、特務部の者達がやっと来た。
「遅い」
「申し訳ありません」
「死体はこちらです。運び出して下さい」
「はっ」
部下の指揮はコハクに任せ、アルスがあちこちを調べている。
崩れた柱の影、壁の一部に眼を留める。
「何、これ?」
みると、深く抉られた場所に、掌に少し余る程度の包みがいくつも収められている。
壁が崩れる前ならば、壁の中に隠れていただろう。
古いものらしく、布も紙も変色している。
「見た目より重いわね。金属……」
はっと何かに気付いたように、アルスが包みを破りだす。
中から現れたものは。
「銃?」
アルスの手元を見る。R-レッド。それも十年以上前の、量産される前の型、試作品のようだ。
「これ、全部?」
アルスが眉を顰める。
ざっと、二十丁はあるだろう。
「どういうこと?」
ルースに死体の搬送と銃の回収、周辺の捜査を命じ、アルスが小さく溜息をつく。魔素の乱れがどうのという問題では済まなくなってきた。
「一度、表に戻るしか無いかしらね」
「そうだな。死体が出てきた上に、銃が出てきたのでは状況が変わる」
アルスは私の顔をじっと見る。
「……何だ?」
「何、考えてるの?」
真っ直ぐに見つめてくる。
「何か、思いついた事があるんでしょ?」
「推測に過ぎないが」
忙しく動き回る隊員達に、一度表に戻る旨を伝え、一同と少し離れて歩き出す。
「確認したい事がある」
「うん?」
「古代遺跡の転移施設は、どの程度の魔法力があれば使える?」
沈黙。やや考えてから、答えがあった。
「リクドの遺跡から、転移して来たって言うの!?」
「最深部の広間は転移施設だ。その周辺の通路を考えても、お前達の言う『大型生物』は通れない。以前立ち入ってから一年経っていないから、何かが成長したとも考えられない」
「だからって……。遺跡の転移施設は、特三並の魔力が無いと使えないし、使い方わかってないと思い通りの場所には行けないわよ? そんなの、それこそ特三の一部と、古い記録や記憶を受け継いでる血筋だけだわ」
特三並の魔力。
すると、かなりの能力の魔法術師か、魔法生物か。
「だが、リクドの者が絡んでいるなら、謎の気配の正体も推測できただろう」
アルスは頷いた。
「ここだと、植物の可能性が高いから、考えつかなかったけど」
気配を確認する様に一度眼を伏せ、言った。
「これは、確かに、不死者。仮初の生を吹き込まれた、生ける屍。それも、眷族の」