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竜皇女と魔技術師  作者: 凍雅
7/15

竜皇女と魔技術師 7

「なぁんで、私まで来なきゃならないのよぉ」

 学舎から遺跡への道すがら、ミルラがぶつぶつとぼやいている。

「火薬を使う必要が出て来たのでな」

「クラウスだって、火薬使えるでしょぉ?」

「お前の方が得意だろう」

「うー」

「まぁ、すねるなって。特務部から協力を要請されるなんて、滅多にないぞ」

 ヒースがミルラを宥める。何やら大荷物を抱えているが、わずかに腰が引けている所を見ると、学舎でも悪名高い、ミルラ特製爆発物一式だろう。

「だってー、バカ学生の尻拭いだものぉ。謝礼金とかないじゃないのぉ」

「でも、噂じゃ第三特務部が来てるらしいぜ」

「うそっ?! あの皇女直属、ちょーエリートの?!」

「知り合いになれれば、何かと便利だよな」

 ……もうなっている。しかも皇女本人と。

 しかし。

「何処からそんな話が?」

「公邸の連中。昨日よっぽど絞られたらしくて、朝から即効性の滋養強壮剤と胃薬頼まれた」

 生傷が絶えない軍人と薬師は需給関係にあり、ヒースは公邸に駐留する第二特務部イースタージ駐留小隊と懇意にしている。だから遺跡に入り浸れるわけだが。

「でもぉ、これって特三が出てくるほど大変なことなの?」

 ミルラが眉を顰める。

「それにぃ、昨日の今日でしょ? 早過ぎない?」

 通常、第三特務部が出て来るのは、地方駐在の第二特務部の手に負えない事由の時。ミルラの疑問も尤もだ。

「いや。たまたま、第三の者が来ている所に事件が起きた、と言うことだろう」

「ん? 何か、知ってるのか?」

「昨日、報告に来ていた少女が、特三の紋章を付けていた」

「えぇっ?! あの子が?!」

「それに……」

 遺跡の入り口が見える。

 リュドラスの黒い軍服がいくつも動く中、遠目にもその存在を誇張する光。

「……行けば判ることだ」

 私達は、少し歩みを早めた。



「あぁ、やっと来たわね」

 リュドラスの軍人に囲まれ、コハクを従えて傲然と立つアルスが私達に気付いた。

 今日は、珍しく軍服を着ている。

 紋章は、日月を従え前足で剣を持つ紅竜。竜の額で輝くのは、紅玉に見えるが小粒の竜血石。襟の階級章は、見るものが見れば、将軍に準じる地位の者と判る。

「遅くなったな」

 同行していた二人が固まっている。

 しばらくの沈黙の後。

「アルスさんがなんでここに?」

「えぇぇっっ?! 特三の人って、もしかしてアルスさんなのぉっ?!」

 二人同時に叫んだ。こういう所は、実によく息が合っている。

「……あら? ミルラには言ってなかった?」

「ただの特務部としか聞いてないわよぉ」

「つーか、俺何にも聞いてないぞ。教えてくれてもいいじゃないかっ!」

「わざわざ言う程の事ではない」

 あれ以上、騒ぎを大きくしたくは無かったというのに。

「じゃあ、改めて。私は紅竜軍第三特務部第一小隊隊長、アルス・ブラッド。今回の事件の調査の指揮を執っている。よって、調査に関しては全面的に私の指揮に従ってもらうので、よろしく」

「と、特三の小隊長?!」

 ヒースが間の抜けた声を上げる。

「ちなみに、昨日、そちらの学生に危害を加えられそうになったこの子は、私の副官」

「改めまして。コハクと申します」

 コハクが一礼する。

「あ、はい。研究員のミルラ・バーントです」

「研究員のヒース・ヘルブです」

 と、自己紹介が済んだ所でアルスに促す。

「何か進展はあったか?」

「中の魔素が乱れてるのは変わりないわね、かえって悪くなったくらい。でも原因はまだ不明。とりあえず三人、こっちに来て」


 呼ばれたのは、天幕。机と椅子が並べられ、指令室になっているらしい。アルスは奥に座り、私達にも椅子を勧めた。

 卓上には、遺跡の見取り図が広げられている。

「昨日の事件現場は、ここ」

 アルスが見取り図の一点を示す。

「ここが瓦礫で塞がって、先に進めない。他に通路は?」

「……すげーヤなとこ塞いでんなぁ」

 ヒースが呟き、コハクの冷たい視線に言い直す。

「いや、えっと、非常に困った場所が塞がってます」

「……いいわよ、別に。ここ現場だし」

 アルスが先を促す。

「その前に、この見取り図、使えないんですけど」

「そのようね。でも公邸にはこれしか。見取り図の改訂不備は、後で質すとして」

 アルスがルースを見やる。

 ルースは冷や汗を垂らし硬直している。蛇に睨まれた蛙状態だ。

「……まぁ、ルース隊長より前の親父の責任だろーけど」

 ヒースは荷物の中から大判の帳面を取り出し、机に広げた。

「目測で描いてるから、正確さに問題はあるけど、多分こっちの方がマシだと」

 広げると、ヒースが自分で描いたらしい見取り図がいくつも並んでいる。

 所々に植物の写生があるので、本来は植物採集の為の物だろう。

「やっぱり、奥がかなり広いのね」

 ぱらぱらとページをめくるアルスの手が止まる。

「……この印は?」

「抜け道」

「よく調べたわね」

 一通り見ると、コハクに見取り図を渡す。頭脳労働は、コハクの担当らしい。

「と、すると。崩れた所は、丁度ほかの道が無い所なのね」

「俺の知ってる限りでは」

「じゃあ、瓦礫どかすしかないわね。見取り図しばらく借りるけど」

「どうぞ。アルスさんのお役に立てて光栄です」

 この状況でも軟派な姿勢を崩さない。ある意味見事だ。

「じゃあ、ちょっと移動しましょう。クラウス、歩きながらでいいから、遺跡の概要聞かせて」

「そう言う事は、昨日のうちに聞け」

 とりあえず一言小言をはさみ、遺跡の概要を話す。



 このイースタージ遺跡は、古代魔導帝国の遺物。

 もとから学舎か研究施設だったらしい。とりわけ、植物の種類が多く、この地域には自生する筈のない植物や魔法効果のあるもの、薬草になるものだけでなく化け物になるものまであることから、植物を研究する施設だったと考えられている。建材に魔法を反射する加工がされているのは、魔法効果のある植物の侵食に備えての事だろう。

 何にせよ、作り付けの物以外は、棚一つ、書き付け一枚残っていないので詳細は判らない。建物そのものの機能は、かなり良い状態で残っているのだが。



「どのみち、何か大型生物がいるような遺跡では無いのね」

「そこまで奇怪な植物は、無かったと思うが」

 ヒースを見る。

「いなくもないけど、動くのは枝くらいだな」

 ……生えているのか。

「で、この瓦礫」

 目の前の通路は、崩れた天井や壁で塞がっていた。

 所々空間はあるが、向こうまではつながっていない。

「何とかなる?」

 アルスが振り向く。

「んー。普通の火は、大丈夫なのよねぇ?」

 ミルラが、瓦礫のあちこちを覗き込む。

「んーとぉ、どうしたらいいの?」

「崩せる?」

「ただ崩すのは簡単なの。どんなふうに崩すかが、問題なんだけどぉ」

 ヒースに持たせていた荷物を開く。

「とりあえず、通れるだけの空間が作れればいいの」

「じゃあ~、少し細かくするくらいでいいかなっ」

 爆薬を取り出しながら、何時になく楽しげだ。

「大丈夫なのでしょうか?」

 コハクが不安気に呟く。

「火薬は魔素に影響されにくい。ミルラの腕も確かだ。遺跡を破壊することはないだろう」

 嬉々として爆薬を仕掛けるミルラを見ながら、返す。

「いえ。そうではなく」

 コハクを振り返る。心なしか、緊張した面持ちだ。

「どうした?」

「何も、感じてはいらっしゃらないのですね……」

 問い質そうとすると、ミルラの声がした。

「みんな~、ちょっと下がって~」

 導火線を引きながら歩くミルラに付いて、瓦礫から少し離れる。

「でわぁ、いっきまぁすっ」

 本当に楽しそうに、導火線に点火した。

 そして、意外な程小さな破裂音、続いて岩盤が崩れる音と振動。

 粉塵をほとんど上げることなく、通路を塞いでいた瓦礫は破砕され、上部に空間が空いた。通るには瓦礫の山を越える事になるが、あの二人ならば問題無いだろう。

「うんっ、私ってば天才っ」

 異論は無いのだが、自分から言い出されると、同意しかねるものがある。

「見事です」

 コハクも感心したらしい。

「アルス様」

「大丈夫。あの見取り図が合っているなら、ここまで出ては来られないから」

 何?

「ありがとう。ミルラ」

「どういたしましてっ」

 アルスは私達に向き直る。

「この先は私とコハクで行くから。一応ここで待機していて。ルース、何かあった時は、三人を連れて脱出しなさい」

「待て」

 さっさと歩きだしたアルスを、皆から少し離れた所で止める。

「う」

 理由を察したのか、厭そうな顔で振り返った。

「何がいる?」

 アルスはコハクを見る。

「コハクぅ」

「申し訳ありません」

「答えろ」

 離れた三人が、不審そうに見ている。

 アルスは観念したのか、小声で早口に言った。

「やっぱりよくわからないけど、何か大きい生き物。動きはあるんだけど、気配に生気が無いの」

「動物か植物か判別できません。ですが、先程の振動で気づかれたかもしれません。敵意があるものならば、攻撃してくる可能性があります」

 先程の『大丈夫か』はその事か。

「大きさは?」

「変化した私くらい、かな」

 かなり大きい。そんな物が動ける広さがあるのは……。

「地下の最深部だ。封印されている通路を通らなければ、入れない。お前たちでは、無理だ」

「それは何とか…」

「ならない」

「うぅ」

 押し問答する私とアルスに、コハクが呆れたように言った。

「痴話喧嘩をなさっている場合では無いと、思うのですが」

 ……痴話喧嘩?

「痴話喧嘩、かなぁ?」

 アルスも首を傾げた。

「何でもいいか。とにかく、ちょっと様子見てくるから。じゃ、コハク、行くわよ」

 アルスはさっと踵を返し、瓦礫の向こうに消えていった。

 ……断言するが、あの通路は、あの二人では開けられないぞ。



「どうかしましたか?」

 今までひたすら恐縮して固まっていたルースが、半ば安堵しつつ話かけてきた。

「ルースは魔素を感じとれるのか?」

 特務部の小隊長以上は、魔法術師の筈だ。

「……これだけ乱れていれば。でも、あの方々とは素質が違うからね」

 力無く笑う。

 まだ三〇代に入ったばかりの筈だが、ここ数日でめっきり老け込んだ様に見える。

「あれと一緒にすること自体が、間違っているが」

「ねぇねぇ。私達どうしてたらいいの?」

 ミルラが割り込んできた。

「恐らくすぐに戻ってくる。あの二人に、あの通路が開けられるとは思えない」

「あぁ、あれか。って、そんな奥に何かあったか?」

 ヒースも交じって来た。

「竜が踊れる広さがあるのは、あそこしか無いだろう」

「ちょっと、いいかな。クラウスとヒース」

 ルースが、少し引きつった顔で聞いてきた。

「どうして、遺跡管理者である私たちより、君たちの方が遺跡に詳しいのかな?」

「前の隊長だったオヤジと、探検してたから、だろうな」

 ルースは、イースタージに配属されてまだ一年に満たない。

 前任の隊長は、年輩で気の良さと剛胆さと豪快さから、特務部の配下だけでなく、学舎の皆にも『オヤジ』と慕われていた。しかし、仕事は大雑把だったようで、今回ルースがアルスに絞られている原因のほとんどは、オヤジの怠慢と引継不備によるものだ。

「た、探検?!」

「ちゃんと申請書は出したぜ。目的・探検、人数・有志、立入区域・全域、日時・都合の付くとき、期限・気が済むまで、って」

 ルースが頭を抱えた。至って生真面目な人間であるだけに、気の毒ではある。

「後で実測して、図面作り直すって言ってたんだけどなぁ」

「ふぅん。そんな楽しそうな事してたんだぁ。私も呼んでくれればよかったのにぃ」

「ミルラはまだ学生だったからな」

 拗ねるミルラの頭をぽんぽんと叩き、ヒースは続けた。

「大体はオヤジがヒマな時に俺とオヤジで入ってたんだけど、解けない仕掛けがいくつもあってさ。まさか教授を呼べないし行き詰まってたら、ちょうどこいつが来て」

 と、私を指す。

「試しに連れてきたら、ほとんどの仕掛けをあっさり解いちまった」

 子供の頃、マイナールの遺跡を遊び場にしていた私には、この程度は容易いものだ。

 そういえば、ヒースとはそれ以来の付き合いになる。

 深い溜息を吐いて、ルースは言った。

「この件が片づいたら見取り図作り直すから、協力してもらうよ」

「だが、急ぐ必要は無いだろう」

「何故?」

 問い返され、説明しようと口を開きかけた所に声がした。



「それは、この遺跡が生きているからよ」

 声の主は、瓦礫の山の上に偉そうに立っている。

「そうですね。立入制限区域に指定されるのは、間違い無いでしょう」

 コハクがその隣に顔を出す。

「随分早いな」

 奥で行き詰まって戻って来たにしては、早すぎる。

「このちょっと先に、また崩れてる所があるのよ。で、悪いんだけど、ミルラ、もう一回頼める?」

「うん。任せて」

 何?

「何故、二箇所も崩れているんだ?」

「そんなの、こっちが聞きたいわよ」

 聞く相手を間違えた。アルスの後ろに立つコハクを見る。

「小規模ですが、通路をふさいでいます。意図的に通路を塞ぐ為に崩したようにも見えますが、少なくとも数日は経過しているようです」

「昨日以前は、二十日前に遺跡構造学のクラスが入ったのみです。その折りには異常はありませんでした」

 ルースが蒼ざめつつ報告する。

「無断で侵入した者がいるってことかしら。入れるの?」

 後半の質問はヒースに向けて。

「まぁ、入ろうと思えば」

 あっさりとした返事に、ルースの血の気が一気に失せる。

「庭と外側の回廊、中庭なんかは用があってもいちいち許可なんか取らないし。こっちの区画は、魔法術の鍵があるからちょっと手間だけど、まぁ、暇な学生なめるなよ、ってとこか」

「……ろくなことしないわね、どこの学生も」

「まぁ、そんなもんだろ。隊長がルースになってからはいろいろとうるさいから、そんな無茶する奴は、そうそういないと思うけどな」

 瓦礫を越えて奥に進むと、確かに、壁や天井が崩れている。

「ここも、普通の火は大丈夫よね?」

 ミルラがアルスに確認しながら、爆薬を仕掛けていく。

「じゃ、いっきまーす」

 再度、爆音と共に瓦礫が崩れる。

 火薬と、埃の匂いに混じる、何か、不快な臭い。

 アルスとコハクは、その正体にも既に気が付いているのだろう。粉塵が収まらない内に、瓦礫の奥に走っていった。ルースも気が付いたらしい。

「三人とも。悪いけど、表にいる特務部を、呼びに行ってもらえないかな?」

「なんで?」

「なんで俺らがパシリなんだよ?」

「とにかく、早く」

 なるべく、ミルラの視界を遮るように立って、ルースが急かす。

 その態度。

 この臭い。

 何があるのか、察した。

「行くぞ」

 二人を促す。

「むー。仕方ないなぁ」

 ミルラが踵を返して歩き出す。

 が、数歩歩いた所で振り返った。

「あ。荷物持って来……」

 慌てて視界を遮ろうとしたが、遅かった。

 絶句して固まったミルラを見て、ヒースも振り向く。

「きゃああああああっっっ!!」

 喉の奥から絞り出すような、絶叫。

 瓦礫の奥にあったもの。

 それは。

 変わり果てた、人間の姿だった。

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