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竜皇女と魔技術師  作者: 凍雅
6/15

竜皇女と魔技術師 6

 公邸に行くと、切れかかっているだろうと思っていたアルスも、先ほどの少女の姿も無かった。何処へ行ったのかと不審に思いながらもルース達との会議で大まかに方針を決め、翌日に遺跡に入る事にした。



 帰宅し、久しぶりに静かな中で研究に集中していると、扉を叩く音がする。

 もう、陽も暮れたというのに。

「誰だ?」

「私だけど」

 と、非常に不機嫌な声。

普段は部屋の中に現れるのにどうした?

 書きかけの図面を仕舞い、扉を開くと戸口にはアルスと、学舎で見た少女が立っていた。

「ちょっといい?」

「ああ」

 二人を中に入れる。

「とりあえず紹介するわね」

「コハクと言う名を戴いております」

 少女が、礼儀作法の見本のように一礼する。

「クラウス様のお話は伺っております。以後お見知り置き下さい」

「あぁ、よろしく」

 コハクに一言返すと、アルスを見る。

「初めて見る顔だな」

「そうね。私の所に来て、まだ一年くらいだし。でも、副官だからね」

 太陽と月を左右に配し、前足で剣を持つ竜の紋章を持つ、紅竜軍第三特務部は、皇女直属の部隊。国軍の組織に入っているものの、実質的には、アルスが自分で集めた私兵達だ。第一小隊も何も、個人が皇女に忠誠を誓っているだけなので、組織を成していない。そもそも人外生物の集団なのだから、生半可な者にまとめられる筈がない。

 コハクを改めて見る。

「地の属……獣だな。虎か?」

 コハクが眼を見開いた。

「毎回の事だけど、良くわかるわね。魔力ないのに」

 自分でも何故か不思議だが、見ただけでアルスの部下達の本性が大体解る。

 そして、毎回、世の中知らない方が良い事がどれほど多いことかと、しみじみ思う。

「……仰る……通りです」

 言い当てられたのが予想外だったのか、コハクの声が震えている。

「本性が何であろうと構わない」

 そう、重要なのは。

「人間から見て、至極常識的な思考を持っている者が、アルスの傍に付いたのは良いことだろう」

「ひとを、非常識のカタマリみたいに言わないでよ」

 そのものだろうが。

「私が常識的、ですか?」

 コハクが訝しげに呟く。

「むしろ、人間にもあまり見ない程に堅いと言えるが、アルスや特三の者達との兼ね合いを考えるなら、それくらいでもいいくらいだ。さらに、アルスの副官が務まるだけの能力が有るならば、非常に得難い人材だろう」

「……何だかひどい事言われた気がするけど、コハクが褒められてるならとりあえずいいわ」

「……恐れ入ります」

 そろそろ本題に戻るか。

「で、何の用だ?」

「用事は遺跡の件なんだけど」

 アルスは一呼吸置いて言った。

「お腹空いた」

 ……おい。

「……ここは食堂か」

「アルス様……」

 ここで、同じように呆れる者が居るというのは、良いものなのかもしれない。

「待っていろ」

 溜息をついて立ち上がると、コハクがついてきた。

「何だ?」

「もしよろしければ、私が」

「腕は?」

「アルス様に認められる程度には」

 ならば大丈夫だろう。

 調味料や食材、調理器具の場所を教える。

「では、お任せ下さい。クラウス様は、アルス様をお願い致します」

「どういう事だ?」

「先程、公邸を破壊なさりそうでしたので、こちらにお連れ致しましたものですから」

 コハクが振り返って、にっこりと微笑む。

「よろしくお願い致します」

 それは、人身御供と言わないだろうか。



 居間に戻ると、アルスが不機嫌そうに座っていた。

「話は?」

 隣に立つ。

「イースタージ学舎は、一体どういう教育をしてるの? リュドラスにケンカ売る気?」

 口調は一見落ち着いているようだが、魔導器が警戒値を超える魔力を感知している。

 これはかなりまずい。

 これ以上魔力が高まると、変化する。

 それは絶対に避けたい。

 家は確実に壊れるし、町そのものの存亡の危機になる。それに、何より正体を暴露してしまう。

「馬鹿な学生を弁護する気は無いが」

 腕を伸ばし、アルスの頭を引き寄せ髪を撫でる。

「特二も馬鹿だけどさぁ」

 アルスが寄りかかってくる。魔力が弱まった。

 やれやれ。

「なんであんな魔素が乱れてる時に、入所許可出すかしらね~っ、所持品検査も出来てないしっ、たまたまコハクを行かせたから良かったようなもんで、ここの人間を行かせてたら死人出してるわよっ」

 人の上に立つ者として育てられているせいか、アルスはこう見えても責任感が強く、職務については部下にも厳しい。

 実際、任務中や皇宮でのアルスは軍人や皇女として、立場にふさわしく振る舞っている。

 その為、プライベートでの緩みきったアルスを見ると、あまりの落差に頭を痛める事になる。一〇〇年の恋も冷めると言い切ってしまいたい所だが、慣れてしまえば、頭の螺旋まで緩んだアルスもそれはそれで可愛げがあると、思えないこともなくもないらしい。

 アルスはまだぶつぶつと何やら愚痴っているが、ひとまず落ち着いたらしい。

「ところで」

「ん?」

「妙な噂があるのだが」

「何?」

 顔を覗く為上を向いたアルスを見下ろし、視線を合わせる

「最近、遺跡に竜がいる、という噂があるらしい」

「は?」

 アルスが気の抜けた声をあげて、向き直る。

「竜って、そんなところにいるもの?」

「私の眼の前にも、一匹居るが?」

 ここで、やっと私の言わんとする事が解ったらしい。

「私じゃないわよ」

「本当だな?」



「それは私が証言いたします」

 台所から出て来たコハクが、テーブルの上に皿を並べながら言った。

「アルス様は今日の午後まで、遺跡に入ってはおられません」

「今日の午後?」

「コハクが公邸に戻ってから、二人で行ってきたの。それより前に遺跡に入ってたら、立入禁止にしてるわよ」

「はい。私も、本日は中止するように申し上げたのですが」

「学舎の教師が押し切ったのだろう?」

「はい」

 魔技術師の中には、理論や数式で説明がつかない物を、認めない者が少なくない。彼等には、計測出来ない要素である魔素が乱れているから危険だという忠告は、耳に入らない。

「さて、これでよろしいでしょうか」

「うん。ありがと~。いただきまぁす」

 ……この、調子を狂わせる女を何とかしてくれ。

 確かにテーブルに並べられた料理は、申し分のない出来映えだが。

「話を戻すが」

「あ、うん。私じゃないのは確か」

 嬉嬉として食事に向かう姿は、とても大陸一の大国の皇女には見えない。

「大体竜なんて、その辺にいる訳ないでしょ?」

 確かに、アルス以外の竜など見たことがない。

 そもそも、見たいとも思わない。

 できることなら一生、遭遇したくなどなかった。

「遺跡には、大型生物の痕跡は見当たりませんでしたが」

「うん。もし、そんなのがいたらわかるもの」

 虎と竜がそう言うのならば、そうなのだろう。

「あ、でも」

 アルスが、何かを思い出したように言った。

「変な気配はあったわね。何だかわからないけど」

「お前でも?」

 意外だった。今まで、アルスが気配を感じながら、それが何か判らないなどと言った事はない。

「そう。動物か植物か物なのかも良くわからない。場所柄、なんか変な植物かなって思うけど」

 アルスが眉を寄せる。

 しかし。

「そういう事は早く言え」

 あからさまに怪しいだろうが。

「だって、瓦礫で通路が塞がってて、奥まで入れなかったし」

「そんなものは、どかせばいいだろう」

「魔法でどかそうとしたら弾いたのよ」

 そういえば、遺跡の建材そのものが魔法を弾くように加工されているので、その研究の為に、此処に来ているのだった。

「変化して蹴散らそうかとも思ったんだけど、約束してるし」

 一応、忘れてはいないらしい。

 もっとも、そんな方法を考える時点で、どうかしているが。

「それ以前の問題に、遺跡が崩壊するだろうが」

「コハクにも、そう止められた」

 当然だ。

「だが、そうすると、暴発したのは金属弾銃か」

「そんな少しの火薬で、壁を崩せるの?」

 コハクを見る。

「私は魔導器に疎いので、どのような銃だったかは定かではありません。ですが、確かに爆発自体は小規模でしたし、魔法力も感じられませんでした。天井の崩落も、亀裂が入ったので崩れたという様子ではございましたが……」

 納得がいかないらしく、表情を曇らせる。

「火薬を使うものでも、着火装置には魔力を込めた物を使う事が多い。構えたことで着火装置が暴走し、銃弾が発射されて柱か壁に着弾、亀裂が出来た所に暴走した魔法力が相乗して崩落、といった所だろう」

「ふぅん、なるほど」

 この女は、本当に分かっているのか?

「でも、コハクに銃口向けたのはなんで?」

「学舎で話を聞いては来たが」

 あまりに馬鹿馬鹿しくて、呆れて物も言えなかった。

「遺跡に竜がいるというので、探検しようとしたらしい。他にも、遺跡に何か宝物があるという噂があるので、宝探しがしたかったとか」

「はぁ!?」

「それで、同行者を脅して、言いなりにさせようとしたそうだ」

 沈黙。

「……どこまでバカ?」

 果てしなく馬鹿、だろうな。

 アルスが呆れかえる。その隣で、コハクは柔らかに微笑んだ。

「喉に手刀を入れた方が、よろしかったようですね」

 あくまで穏やかな口調。

「怪我も軽いようですし、学舎に申し出て、少々教育的指導を行ってもよろしいでしょうか」

「……まあ、死なない程度ならいいんじゃない」

「楽しみですわ。うふふふ」

 相手がこの虎で、良かったのか悪かったのか。



「まぁ、そのバカは置いとくとして。明日の遺跡調査、学舎からも来るんでしょ?」

「ああ。私とヒースが行く事になっている」

「貴方はわかるけど、なんでヒース?」

「遺跡の抜け道や何かには、一番詳しいからな」

「うーん」

 アルスは少し眉を寄せた。

「来ないで欲しいんだけど」

「それは私もか?」

「うん」

 意外だった。今まで何度もアルスの特務部の仕事を手伝っている。何を今更。

「さっき言ったでしょ? 何かがいるけど何かわからないって。どのくらい危険かわからないの。だから、魔素の状態もわからない、魔法から身を守れない人はだめ」

 魔法力は、魔導器で計測できるが、魔素そのものを計測できる技術はいまだ見つかっていない。

「それ程危険なのか?」

「とにかく、あの魔素の乱れは普通じゃないもの。原因が魔技術だったら、改めて力を貸してもらうけど。危ないから来ないで」

 アルスが、これ程強固に反対する事も珍しい。

「何にせよ、瓦礫を片づけない事には調査が進まないのだろう? どうすれば通れる?」

「んー。人の姿のままだと、蹴散らすにはちょっと大きいわね」

 人の姿のままでも、蹴散らそうとしたのか。

「そうですね。もう少し小さく出来れば、上部に通れる程度の空間が空くと思います」

 コハクが補足する。

「魔法術が使えないのなら、火薬を使うしかないな。そうなると、ミルラを呼んだ方がいい」

「今度はミルラなの?」

「爆発物の天才だ。あれでもな」

 アルスはしばし考え込み、渋々頷いた。

「入り口作るのと、見取り図に書き込みしてもらうのは手を借りる。でも、奥には私とコハクで行くから」

 譲る気はないらしい。

「仕方がないだろう。だが、頭脳が必要ならいつでも呼べ」

 アルスには魔法理論も何もいらないらしく、本能で魔法術を使っている。コハクはどうか判らないが、人外生物は理屈抜きで魔法を扱う者が多く、その分、人間が理論で組み合わせた不自然な魔法に対処しにくい。私が主に協力するのは、利用されている理論を見抜き、対処法を導き出す頭脳面だ。

「うん。じゃ、学舎の方はよろしく。私は公邸で担当者達に、ちょっと気合い入れ直さなきゃ。ね、コハク」

「はい」

 そして、嵐のような女二人は帰って行った。

 ……まぁ、大事に至らない事だけは祈っておこう。

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