竜皇女と魔技術師 4
「ここはね~、お魚おいしいの~」
仕方がない事とは言え、研究成果を捨てさせた代償として、夕食を奢る事になった。何故か、当然の様にアルスも付いて来ている。
地味な格好をしても元の派手さは隠せないアルスと、色々な意味で街の有名人なミルラ。なじみの店で、これでもかと言うほどに、店内の注目を集めている。
私の立場は、一見すれば両手に花と見えるかもしれない。
しかし、この二人、最低でも一方の中身を知っている人間ならば、口でも裂かれない限り「奢ってやる」などと自分から言い出す事は無いだろう。
「いいお酒も置いてあるし、ねっ」
ミルラの笑顔が向けられたのは、私。次ぎに店の主。
店主は営業用の笑顔を引きつらせ、明らかに財布にされていると判る私をカウンターに招く。
「両手に花だねぇ」
「喜んで替わってやるぞ」
「ミルラに奢るのは、二年に一回くらいでいいよ」
二ヶ月に一度は、タダ酒を飲ませている店主は苦笑した。
「今なら洩れなく、更に立派なうわばみがついてくる」
「クラウス……言っておくけどツケにも限度があるからね」
露骨に蒼ざめ、引きつる店主に、包みを渡す。
カウンターの陰で中身を確認し、驚いたように顔を上げた。
「もし足りなければ後で払う。あの二人の好きにさせてやってくれ」
店主が更に引きつる。あの包みで足りないかも知れない、この可能性が私には疲労感、他の人間には恐怖を与える。
「……なにがあったか知らんが……。よし。クラウスの分は、奢りにしとくよ」
あまり有難みのない申し出だ。
「是非そうしてくれ」
そう答えてカウンターを離れようとし、余りに賑やかな、かの一角に戻るのを躊躇い立ち止まる。
出来ることならば、他人の振りをしたい。
既に酒瓶が林を作るそのテーブルには、意気投合したうわばみ二匹。
少量で酔うくせに、酔ってからが底無しのミルラ。
酒好きで雰囲気には酔うようだが、そもそも酒に酔うのかどうかが怪しいアルス。
美女二人のあまりの飲みっぷりに他の客も唖然とし、ナンパしようという男もいない。
……いや、近づいて行く男が一人。
「ん? ミルラ、と、アルスさん? 何で一緒に……ってゆーか何だこのビンの山?!」
「あ、ひーすぅ」
「……お前、またそんなに飲んでるのか?」
「えー? きたばっかりだよぉ?」
「あぁ、丁度いいわ。追加、もらってきて」
「あ、はい。アルスさんの頼みなら喜んで」
通常は女受けする笑顔を返し、カウンターに来たヒースは私に気づくと、あからさまに安堵の表情を浮かべる。
ミルラの酒代の請求が、自分の所に回って来ないと分かって安心したらしい。
店主に追加注文を告げると、苦笑して私の隣に来る。
「いいのか? 折角、両手に花なのに離れて」
「喜んで替わってやるぞ」
「羨ましいが遠慮しておく」
この状況でも『羨ましい』と言う言葉が出てくるところが、ヒースらしい。
「そもそも片方俺のだし。破産と引き換えじゃ、割りに合わないだろ?」
「気が変わったらいつでも言え。請求書ごと、熨斗つけてくれてやる」
「……は、ははは……」
視線を走らせ、ざっとビンを数えて計算したのか、乾いた笑いが引きつっている。
「やっぱりぃ、おとこわぁ、おかねよれぇ」
そんなやり取りが聞こえたのか、既に呂律が怪しいミルラが呟く。
「あたしもぉ、くらうすにのりかえよっかなぁ~」
「ダメ。私のだから」
「にばんめでいいからぁ」
「だ~め」
私は物か。
同じテーブルに付く気にならず、皆が避けている隣の空いたテーブルにヒースと座り、溜息を付く。
「……詳しい事情は聞かないけどな」
ヒースが、隣の女二人の会話に聞き耳を立てながら呟く。
蒼ざめるくらいならば、聞かなければいいと思うのだが。
「時々、お前は本当に器の大きい奴だと思うよ」
おそらく、褒め言葉なのだろう。
「必要に迫られて、な」
何せ、受け止めなければならない相手は、竜なのだから。