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竜皇女と魔技術師  作者: 凍雅
3/15

竜皇女と魔技術師 3

 いつものように学舎に通い、家に帰るとほぼ同時にアルスが現れて私にまとわりつき、夜半には適当に宥めすかして帰らせる、そんな生活にも慣れた頃のある日。

 書き物や作業をしていない時なら、くっついても良いだろうと判断したらしいアルスは、読書中の私の首に背中から抱きつくように腕を絡めている。幾分邪魔だが、この程度は許してやろう。

 静かで穏やかな一時。

 例え、私が読んでいるのが、魔法生物の生体実験を記した禁書であったとしても。

 しかし、静寂の時は、ぱたぱたと玄関に駆け寄る足音と、

「クラウスいる~?!」

 という声と、同時に勢い良く扉を開ける音に破られた。



「何の騒ぎだ?」

 頭を振って前髪を落とし、振り返る。

 玄関には、予想を裏切ることなくミルラの姿。

「あ~、もしかしてぇ、もの凄ぉく、邪魔だった?」

「用件は何だ?」

 背中のアルスの機嫌が、急速に悪化していくのが解る。

「ちょっと見て欲しい物があるんだけど、それよりっ」

 そこで言葉を切ると、あからさまに不機嫌なアルスに近づいた。

 いい度胸だ。

「この人が噂の人?! すごい美人~っ! 格好良いしすごく素敵っ!」

 しかも勝手に盛り上がっている。

 同性でも美人を見ると嬉しいのか?

 機嫌が最悪になりかけていたアルスは、少し当惑しながら言った。

「……この人、何?」

 誰、ですらないらしい。

「これは……」

 言い掛けた私を遮ってミルラがまくしたてる。

「私、ミルラ・バーントっていいますっ。イースタージの研究員で、クラウスの後輩、でもって愛人でぇすっ」

「まてっ……ぐっ……?!」

 無茶苦茶な言い草に、否定しようと口を開き掛けると同時に、首に掛かったままのアルスの腕が締まった。

「……どういう事?」

 アルスの魔力が高まるのを、魔導器が察した。

「……まて……人の……はな……しを……」

 非常に苦しい。話せない。

「……ってゆーのは冗談です」

「冗談?」

 アルスの腕がゆるむ。

「ミルラ。ふざけるのもたいがいにしろ」

 今の下らない冗談でアルスが切れたりすれば、それこそ冗談では済まない。大惨事になる。

「怒ったり慌てたりしてるって事はぁ、やっぱり恋人同士?」

 そんなことを確かめる為だけに、あんな事を言ったのか? 無知と言うのは恐ろしすぎる。

「本当に冗談?」

 通常より一段低い声。

 アルスの只ならぬ雰囲気に、やっと自分の舌禍に気が付いたらしく、ミルラが蒼ざめた。

「冗談ですっ、てゆーか前にコナかけたけど瞬殺されましたっ、だからただの後輩ですぅぅっ」

 後半は半泣きになっている。

「本当ね?」

 念を押す。ミルラは泣きそうになりながらコクコクと頷く。

「クラウス」

「なんだ?」

「この人は、何?」

 怒りは納まらないらしい。

「元教え子。卒業して研究員になったから同僚で後輩だな。専門が同じ鉱物化学なので、研究を看てやったりしている。弟子のようなものか」

「珍しいわね」

 やっとアルスが腕を離した。

「将来有望な魔技師の才は、伸ばしたい。それだけだ」

 アルスの眼がまだ冷たい。全く何故こんな目に。



「で、本来の用件は何だ?」

 とりあえずアルスを宥めるのは時間が掛かりそうなので、ミルラを早く帰した方が良さそうだ。

「あ、うん。これ見てほしいの」

 ミルラはそう言ってテーブルの上に紙を広げた。

 設計図らしい図面と、複雑な数式や物質構成式、魔法変化式がいくつも並んでいる。

「これは……」

 『銃』

 魔技術を応用した武器の設計図だ。銃には特定の魔法を発射するものと、魔力を動力に金属などの『弾』を発射する物があるが、これは後者の物だろう。

「学舎で見せようかとも思ったんだけど……、あんまり表に出さない方がいいでしょ?」

 魔技術を兵器に使おうとする輩は多い。その為、護身用とは言え武器を開発する場合、表沙汰にはしない方がいい。

 まだ無名だが、爆薬の才能を見い出されているミルラならばなおさら、だ。

 しかし。これはこれで時間がかかりそうだ。

「時間がかかるな。茶を入れる。アルス、ちょっと来い」

 アルスを連れて台所に 立つ。



「何?」

 まだ機嫌が直らないらしい。

「ああいう冗談を真に受けるな」

「じゃあ、何で『恋人』って言ってくれないのよ」

「それは……」

 恋愛感情が皆無とは言わない。だが、何か抵抗がある。

「また何かややこしく考えてるでしょ。私達は傍目に見たら恋人に見えるの。だから『恋人』でいいの!」

「お前はそれでいいのか?」

「いいに決まってるでしょ?」

 アルスがそれでいいと言うのならば。

「なら、それでいいのだろうな」

「何よそれ」

 まだ微妙にくすぶっている様だが、一応怒りは納まったらしい。

 大体、こんな話をする為にミルラと離れた訳では無いのだ。

「あの図面が解るか?」

「『銃』でしょ? よく魔技術師が持ってるやつ」

 正直、少し驚いた。図面だけで解るとは予想外だ。

「最近、『国』でも問題になってるのよ」

 となると

「黙っていろというのは……」

「無理。しかも、なんか凄そうな感じだし」

 しかし、魔技術師でもないのに銃に詳しいのは不自然だ。アルスも、私の考えていることが判ったらしい。

「私が街に出るときの肩書き、覚えてる?」

 確か、リュドラスで街をうろついているときは、軍人を名乗っているはずだ。

 私と初めて会った時もそうだった。

「紅竜軍第三特務部第一小隊隊長、アルス・ブラッド」

 紅竜軍はリュドラスの対魔法術・魔技術専用の軍、特務部は特殊能力を持つ者を集めた部隊で、中でも皇女直属の第三特務部は強力な異能者が多い。まぁ、実は人外生物ばかりなのだから、当然だが。

 特務部は遺跡に入る人間の監視に付く事も多く、魔技術師と知己でもそれほど不自然ではない。

「で、現在恋人を追い駆ける為休暇中」

 かなり無理がある。

「だって本当だもの」

 非常に強引だ。しかしながら、それが妥当なようだ。

 疲労感の滲んだ溜息が、承諾の返事になった。


 居間に戻ると、ミルラが居心地悪そうに立っている。

「あの、ごめんなさいっ」

 頭を下げた相手はアルス。

 だが、最も迷惑を被っているのは私だぞ。

「本当に、ただの冗談ならもういいわ」

「ありがとうございますっ、あの、えーと」

「あぁ、名乗ってなかったわね。私はアルス。よろしく」

「はいっ、こちらこそっ」

 完全に気押されているが、とりあえず和解したと見ていいだろう。

「本題に戻るが」

「あ、そうそう。これ、どう?」

 入念に図面を見ていく。

 一般に出回っている金属弾式小型拳銃、R-レッド-MEを改造したもののようだ。しかし、弾倉の形が複雑になっている。金属弾の銃は基本的に連射ができない。しかしこれは……。

「正気か?」

「理論は合ってるでしょ?」

 確かに、理論に破綻はない。魔法変換式もあっている。

 単射か二連射という常識を覆す、金属弾六連射の銃。しかもかなり小型化されている。

 動力は、火薬と『竜血石』と呼ばれる魔力を帯びた宝石。

 非常に画期的な発明といえる。

 しかし。

「どう?」

「個人的な見解として、世に出せない」

「う~」

 不満らしい。

「そもそも、何故、こんなものを?」

「最近ね、試作型R-レッドが売りに出されてるのを見かけたの。流石に手が出ないから、手持ちのMEをいじってたら、なんとなく」

 なんとなく、でこんなものを作ろうとするな。

「大体、誰に作らせる気だ?」

 加工業者に図面を渡せば、そこから闇に流れる。材料を揃えるのが困難だが、理論上の性能が実際に発揮できるなら、どんなに高価でも欲しがる人間は後を絶たないだろう。

「それは、身近で一番器用な人に」

 ……それは私か?

「ここまで複雑になると、私の手には負えない」

 単射の銃なら作ったことがあるが、命中精度が良くないのであきらめた。

「問題点が二点、有る」

 ミルラを見据える。髪で隠れても視線は判るらしく、姿勢を糺す。ここからは、魔技術師の師弟の問答になるからだ。

「はい」

「第一に、竜血石を攻撃性の魔導器に組み込むことは禁止されている」

「……知りませんでした」

 何?

「講義を聞いていなかったのか?」

 私は学舎でいくつかの講義を受け持っている。

 鉱物の魔導器への利用は、去年講義をしたし、ミルラも聴講していたはずだ。

「あ、う、ええと、申し訳ありませんっ」


 竜血石。

 古代の竜の血が結晶したといわれる宝石で、鉱石の中でも最も魔法作用が強いため、魔導器に利用されることが多い。私のイヤカフスと髪飾りも、竜血石を内側に仕込んである。

 石そのものは、一見すると色の濁った紅玉のようだが、魔法力によって輝きを増す。

 特に竜の血を引く者が持つと、並の紅玉よりも遙かに鮮やかな紅の輝きを放つ。

 よって、特にリュドラス皇室で珍重されており、最大で最高純度の結晶は、リュドラスの皇冠に飾られている。戴冠式で血統の正統性と魔力を示すためだ。

 ただ、問題は凡人には竜血石と粗悪な紅玉の判別がつきにくいこと。

 鑑定士もよく間違い、私でも今一つ確信がもてない。

 正確で手っ取り早いのは竜の血筋の者に触らせる事だが、そんな人間はリュドラスの皇族と貴族の極一部。魔法術師は薄まった竜の血が表出したものと考えられているが、竜血石を輝かせるには相当な能力者でなければならない。

 王宮で皇女として着飾ったアルスを思い出す。

 宝石箱の中で、全くそぐわない台座に括り付けられ、申し訳なさそうにしていた赤黒い石が、アルスの肌に乗せた瞬間に、他に類を見ない鮮烈な紅の宝玉に変わる。

 その光景は石に生命が吹き込まれる様で、今も目に焼き付いている。

 この宝石は、この女の為にあるのだと。

 ……そういえば、アルスが暇そうだな。後で、手持ちの竜血石の選別でもさせるか。


「竜血石の攻撃性魔導器への利用は、人道的な問題で世界的に禁止されているが、それ以上に使用者の安全面から常識的に利用しない。竜の血を継ぐ者以外が竜血石を使用する場合、外部の魔素の影響を受けやすい」

 魔素は、魔法力の源となる元素。この安定性が、魔法の発動に作用する。

「つまり、暴発の危険性が高いと?」

「魔法弾の暴発より、確率も危険も、高い」

 ミルラの様子を見る。まだ納得いかないようだ。

「もう一点」

 こちらの方が問題だ。

「これは、お前自身が自覚すべき事だが」

「自覚?」

「これを世に出したらどうなると思う?」

「公表するつもりはありませんが」

「すべてを自作できない以上、制作過程で流出する。秘密裏に作っても、使えば存在が知られる。魔導器の設計者として、お前の名も売れるだろう」

 図面に視線を落とす。

「但しそれは総て『闇』での事」

 恐ろしいほどに良くできている。竜血石の暴走さえ防げれば、優れた兵器になるだろう。

「それが、何を意味するかは判るな」

 そこまでは考えが至らなかったのか、ミルラが泣きそうな顔で俯いた。

 このあたりが、まだ学舎の庇護の下から出たことがない者の弱点。研究者として優れても、魔技術師としては未熟な証拠だ。

 声の調子を和らげる。

「ミルラ。表よりも先に、裏で名が売れてしまった魔技術師の末期は悲惨だ。それが自身の意思でないのならば、尚更に」

「……うん」

 納得した様子に安堵する。

 金銭目的や功名を逸るあまり、闇に踏み込む魔技術師は多い。

 マイナールでもリュドラスでも、同輩が堕ちていくのを見て来た。それを目にしながら、私では止めることが出来ず、結果、不幸な末期を見届けた者も、一人や二人ではない。

 出来ることなら、知人が堕ちるのも、堕ちた魔技術師たちの最期も、もう二度と見たくはないのだ。

「あきらめられるか?」

「……うん」

 ぐすっ。しゃくりあげた。

「……そんなつもりじゃ無かったのに」

「鉱物化学の専門家は狙われやすい。まして爆発物を得意としているなら、なおさらだ」

 私が得意とするのは封印結界など防御系が多いが、それでも狙われる。

 攻撃系に使える技術を持っているなら、兵器に利用したがっている国や組織や個人が表にも裏にも腐るほどいる。

 しかもミルラは、まだ若い女で、童顔だが美人な部類、小柄だが全体的に縮小されているだけで、バランスも悪くない。むしろ、アルスよりも遙かに男好きがするだろう。強引な手段を厭わない連中以外にも狙われる要素を、これでもかと言う程備え持っている。

「とにかく、これは処分する」

 こくりとうなずくのを確認して、図面をアルスに渡す。

 違法な技術の処分は、紅竜軍特務部隊の務めだ。


「……図面だけでも厳罰に処す所だが」

 アルスの口調が軍人になっている。肩書きは飾りでは無い。個人的にはこちらの方が良いのだが。

「写しや草案は?」

「図面はそれ一枚だけ」

「こんなものを、一度で書き上げたのか?」

 かなり複雑な図面だ。確かに下絵が残ってはいたが、各部所の図案などを入れれば、かなりの数の図を書くのが普通だろう。

「え? いつもそうよ? 大きい紙広げて、がーって一気に描いちゃうの」

 事も無げに言う。一度で各部所の寸法や機械の縮尺まで合わせているのか。……恐ろしい才能だ。

「あと、残ってるとしたら計算のが残ってるくらいかな」

「では、それはすぐに処分するように」

 アルスはそう言うと、図面を持って立ち上がる。

「これは、無かった事にしておく」

 その言葉と同時に、アルスの手の中で図面が瞬時に燃え上がり、数秒後には灰となって消えた。

 ミルラが驚きに眼を見開いている。

 ……魔法術師だと明かしてどうする。

「アルスさんって、一体?」

 自分の研究が抹消された衝撃よりも、好奇心の方が強いらしい。

 驚きは消えないものの、目が輝いている。

 いつもの事ながら、この切り替えの速さには、感心させられる。

「リュドラスの軍人。特務部だけど」

 そっけなく答えるアルスにミルラが驚く。無理もない。特務部の軍人は、魔法術師・魔技術師に対して逮捕権限がある。専用の警察でもあるのだ。

「……クラウス、何かやったの?」

 何故そうなる。

 この場合むしろ、己の身の上を心配するべきではないのか?

「一緒にするな」

 身に覚えが無い事もないが、アルスをはじめ特務部に協力することで黙認されている。

先ほどのミルラの研究も、他の特務部に見つかれば只では済まなかっただろうが、アルスが対処したので、他に知られることは無いだろう。その点では幸運だったといえる。

「あるじゃない。女性問題」

 げふっ。

 アルスのとんでもない台詞にむせて、口元に持っていたカップを落としそうになる。

 何故そうなる? 大体それは……。

「え? なになに?」

 ミルラが、何か面白そうな匂いを嗅ぎつけて身を乗り出してくる。

「それはお前との事だろうが?!」

「他にあったら怒るわよ」

 それはそうだろうが、そういう問題でもない。

「なになに? 禁断の恋とか?」

 楽しそうなミルラを見て、アルスがつぶやいた。

「そういう反応するってことは、本当にクラウスとは何でもないのね」

 ……さっきの意趣返しだったのか?

「うん。いい先生。お兄さんみたいな感じ」

 ミルラも普通に答える。

「でぇ。何があったの?」

 その、期待に満ちた眼差しは一体なんだ。

 アルスが何を言い出すか判らない。視線を送る。

 頼むから妙な事を言うな。

「ひみつ」

 アルスは笑顔で言った。

 曇り一つ無い、柔らかな輝きの笑顔。

 普段眼にする事がない、穏やかで幸せそうな顔に意表を付かれ、思わずしばし見とれてしまった。

 ミルラもこの笑顔に見入り、そして

「……のろけ話ならいいです」

 と、それ以上の追求をやめた。

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