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竜皇女と魔技術師  作者: 凍雅
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竜皇女と魔技術師 2

 宿を取りに行くアルスと別れ、アルスに付いていこうとするヒースを引きずり学舎へ行く。 

 普段は自ら目立たない様にしていることもあり、私のことなど誰も目もくれないのだが、今日はやたらと視線を感じる。女からでも嬉しくないが、男からの妬みの視線など大量に浴びても不愉快なだけだ。 

「噂って早いなぁ」 

 いち早く野次馬に来た男が何を言うか。 

「私が女連れで歩いていたのが、そんなに不思議か?」 

「それだけでも十分不思議なのに、相手がよりによってアルスさんみたいな人目を引く超絶美人で、しかもいちゃついてたからだろ?」 

 あれは不可抗力だ。 


「あ、クラウスぅ」 

 声を掛けて来たのは小柄な若い女性、ミルラ。最近学舎を卒業し、研究員になったばかりの魔技術師だ。一見ぼんやりとしているが、爆発物の天才で、火薬を扱わせたならその腕は、私の知っている魔技術師の中でも屈指なのだから、人は、特に女は見かけでは分からない。 

「学長が呼んでるわよ」 

「ああ」 

 ミルラは横に付いて歩きだした。少し下を向かないと視界から外れる。 

「ところで、すごい噂になってるけど?」 

 その話になるのか。この噂好きも困ったものだ。 

「どうせならば論文に注目して欲しいものだが」 

 呟くと、両脇から 

「無理だって」 

「難しすぎてわかんないものぉ」 

 と、同時にあっさり否定された。 

 これでも、二人ともにここイースタージでは優秀な部類に入る研究員だ。リュドラスやマイナールなど魔技術の先進国にいたので、もどかしく思えるが、これでも世界全体の水準では中の上。 

 私としては、それほど難解なものを書いた覚えも無いのだが。 

「で。噂の人って恋人? 美人なんでしょ?」 

 何故かとても楽しそうだ。他人の噂話の何が楽しいやら。 

 勝手に盛り上がる二人を置いて歩みを速め、学長室へ行く。 



「クラウスです。お呼びと伺いましたが」 

「あぁ、入りなさい」 

 学長室の重厚な机の向こうには一人の小柄な老人。髪も長く伸ばした髭も白く、皺に沈んだ目元は人の良さそうな笑みを浮かべている 

「先日提出してくれた論文だが、非常に面白く読ませてもらったよ」 

「恐れ入ります」 

「しかし、イースタージでは正当な評価はできないのでね。リュドラスに送ったよ」 

 ここで学長は瞼を開いた。表情が一変する。 

 深い青の瞳は、溢れる英知とたゆまぬ探求心に満ち、口元の笑みは形を変え、人の良い老人は一瞬にして老檜な魔導師になる。 

「もちろん研究員の推薦状もつけてな。そろそろリュドラスに戻る潮時ではないかな、マイナール王国の学者王子殿下」 

 正体を言い当てられても驚きは無かった。 

「国を出た時に、王家とは絶縁しています」 

 もともと、第七王子な上に愛人の子だ。こんな子供を正式に王子と認知するのは、マイナールくらいのものだろう。 

「いつからご存知でしたか?」 

「初めからな。論文を見れば解る」 

 それもそうか。 

「魔技術学院の返答より、迎えの方が早かったようだが」 

「情報が早いですね」 

 苦笑。 

 私の正体が解っているのなら、私とアルスの事も当然知っている。 

「殿下にも良い息抜きになろう。返事が来るまでゆっくり待つと良い」 

 アルスの場合息を抜きすぎの感があるが。 

 だが。何かが引っかかる。 

 やはり、アルスに質してみるか。  



 早めに帰宅すると、上着を脱いだか脱がないかの内にアルスが現れた。 

 文字道理、扉を通らずに部屋の中に忽然と。

 転移術。非常に高度な魔法だ。 

「玄関から来い」 

「だって、いつ帰って来るか解らないのに、玄関先で待ってたら怒るでしょ? 鍵なんて開けられるけど、勝手に入る訳にいかないし」 

 基本的に常識の位置が大幅にずれているが、その程度の良識を持ち合わせていたことは喜ぶべきなのだろうか。 

「大体まだ何にも話せてないし、さっきは邪魔されたし」 

 根に持っているらしい。アルスはいつものように腕にくっついてきた。 

 ……ん? 

「着替えてきたのか?」 

 よく見れば、真紅の服は、茶系統の上流の市民の旅装束に近いものに変わっている。剣も、護身用の短刀に変えている。身形を地味にしても、髪だけが異様に豪奢だが。 

「いくら何でも目立ち過ぎ、って言われたから、適当に見繕わせたんだけど」 

 公邸に、まともな進言の出来る者がいたらしい。良いことだ。 

「地味すぎない?」 

「普通の人間の目には、お前の存在そのものが派手すぎる。それでも派手なくらいだ」 

 アルスの目が見ている物は、凡人とは根本的に大きく異なる。 

 普通に精霊を見、普通に魔素を始めとする力の流れを見ているアルスにしてみれば、昼間の市場の人波も、夜中の共同墓地も、同じくらいの賑わいらしい。 

 感覚がここまでずれている以上、行動思考すべてが一般とかけ離れていても仕方がない。しかし、ずれたままでは周囲にはこの上無く迷惑だ。逐一指摘して直させるしかない。 

「ついでだ、髪もまとめておけ」 

「くくったんだけど、外れちゃうのよね」 

 そういえば、破壊的に不器用だった。 

「貸せ。で、後ろを向け」 

 アルスの手から紐を取り、ざっくりと三つ編みにしていく。極太になるが仕方ない。 

「ありがと。クラウスって器用よね」 

「普通は、この程度の事は出来る」 

 毛先を紐でくくり、手を離すと、振り向いたアルスに耳と前髪、正確にはイヤカフスと前髪に付けた髪飾りをつかまれた。 

「何だ?」 

 気付かれたか。 

「さっきから気になってたんだけど、これ、何?」 

「見れば解るだろう」 

「魔導器、よね?」 

「ああ」 

 魔法術を道具に固定したものが魔導器であり、魔技術の完成した姿である。 

 アルスは首を傾げた。 

「顔に魔法の覆面してるみたいで、ものすごく変なんだけど」 

「……」 

 イヤカフスも髪飾りも共に視線を逸らす効果があり、実際その通りなのだが、何か嫌な表現だ。

 

「私には全然効果無いけど。隠そうとしてるんだなーってわかるから、余計見ちゃうくらいで」 

 そう言いつつ、指が髪飾りを外している。 

「ここまでして顔隠さないと、生活出来ないの?」 

「いろいろと支障がでるな」 

「でも、何か気になるから、片方は外してね」 

 そして、前髪を掻き上げた手を、肩から首に回し、口付けてくる。 

 先ほどの続きらしい。 

 アルスの背中に腕を回す。 

 少しだけ、付き合ってやろう。 

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