竜皇女と魔技術師 14
「予想外に大きな事件になったな」
分厚い報告書をめくりながら呟く。
後の調査で、遺跡に隠されていた銃を道具屋に売ったのが、無断で遺跡に入り込んでいた学生だった事、奥の天井の崩落も学生の仕業である事、遺跡でカクタスと銃の奪い合いになり、試作型R-レッドが暴発、それがカクタスの死因になったらしい事が判明した。
よって、カクタスの死については、かつてイースタージに在籍していたカクタス・デセルトが、死霊術に用いる魔法植物の採取、及び実験の為に無断で遺跡に侵入し、遺跡に隠された銃を盗みに侵入した学生と鉢合わせた末の、事故死として片付けられた。
魔素の乱れについては、カクタスの死霊術の失敗ということで表向きは決着。
銃を密売し、その上怪我人を放置して逃げた学生は、退学処分の上特務部に身柄を拘束された。この先、魔技術師として生きることはもちろん、普通に生活することも難しいだろう。
また、イースタージ魔技術学舎に対しては、厳重注意と三ヶ月の遺跡立ち入り停止処分。同様にリクド魔技術学舎も、研究員の管理不十分で厳重注意と、同様に墳墓遺跡への立ち入りが大幅に制限された。
学舎の不祥事を見過ごしたとして、イースタージ、リクド双方の特務部も相当な処分を受けたらしい。
遺体は特務部の息のかかった医師の検死で、『事故死』と証明された後、本人の望み通りに、イースタージの共同墓地に埋葬された。
捜査に協力したミルラとヒースには、金銭を渡すわけにも行かないので、その実力を認めるという意味と謝礼を兼ねて、アルスの署名付きでリュドラス魔技術学院への推薦状が渡された。二人も、この機会に移籍することを考えているようだ。
「まったく。あなたを追いかけてくると、いつもいつも、こんな感じになるような気がするの、私の気のせい?」
例の如く、首に腕を回して背後に貼り付いたアルスがぼやく。
確かに、逃げ出すたびに毎回、特三が絡む程度の事件に巻き込まれているような気が、しないでもない。しかし、それ行く先々で何故か事件が起きているだけで、私が事件を直接起こしている訳ではない。それに、結局は捜査に協力させられ、「事後処理の為」と皇都に強制連行されるのだ。
「これからどうするの?」
前髪を掻き上げて、背後から頭越しに覗き込んでくる。
「論文をリュドラスに送っているので、その返答待ちに大体一月半。それを待って、マイナールに用事があるので行って来る。用件自体は、順調に行けは一月くらいで済むはずだが」
アルスが何かぶつぶつ呟きながら、指折り数え、叫ぶ。
「間に合わないじゃないのよっ! ……あ」
自分の声で気が付いたのか、慌てて口を押さえる。
間に合わない、か。
「何に、間に合わないんだ?」
「なっ、何でもないっ!」
「話せ」
「うぅ」
アルスは視線を落とす。
「言えない」
「何故だ?」
「私から言っちゃったら、負けなんだもの」
負け、か。誰を相手にどういう賭をしているか、理解した。
「それは、私が推察して当てる分には問題が無いのだな?」
確認をすると、頷く。
「賭の相手は陛下だろう。こんな話を持ち出したのはカルナー様だろうが」
「何でわかるの……」
こんな下らない賭けをやりそうなのが、皇帝と宰相というところに問題があるのは置いておくことにして。
半年後には、立太子の儀式がある。アルスがこうして自由に出歩いていられるのも、一応、それまでだ。
通常、リュドラスでは、立太子までに婚姻、または正式な婚約を公表する。
現在私が婚約者であることは周知だが、正式なもので無い為、まだ変更は可能であり、皇女の夫の座を狙う者は未だ多い。
更に、私には魔法力の欠片も無いこともあり、リュドラス中枢では歓迎されていない。特に、アルスの父、現皇帝には、様々な事情が重なって、嫌われていると言って差し支えない程だ。もっとも、娘の相手がマイナールの王子と知って、いい顔をする父親の方が希だろうが。
だから、期限は後半年。
立太子の儀式の前に、色々と付随する行事があることを考えるなら、その一月前には戻らなくてはならない。そうすると私を連れ戻す期間は限られる。
流石に、立太子の式にも出なければ、婚約放棄、否、婚約解消と見られるだろう。
アルスが現れたのも、戻らなくては、とは思っていたのだが、此処では研究が思うように進められず、どうしたものかと考えあぐねていた頃だった。
「理由は言えないけど、間に合わないと困るの~」
半泣きでしがみ付いてくるアルスを片腕で受け止め、もう一方の腕で、机の引き出しを開け、中から、掌に乗る程度の大きさの布の包みを取り出す。
「少し離れろ」
「なんでー?」
不満そうに少し距離をとるアルスは放って置いて、自由になった両手で、アルスに見えないように包みを広げる。
中には、細かな細工のされた幅広の金の台に、赤黒い石がはめられた腕輪。
「手を貸せ」
「?」
小首を傾げて、すっと左手を出してくる。
こういった細かな仕草は、やはり育ちが出る。優雅に差し出された腕に、腕輪を載せた。
――瞬間。
赤黒い石は、鮮烈な紅の輝きを放つ。
同時にアルスの目の色も変わる。
「竜血石! しかも、こんなっ……!」
言葉を失うのも、無理はない。大きさこそ小指の爪の半分程度だが、これに並ぶ品質の物は、リュドラスの王冠と、王錫に填め込まれている物くらいのものだろう。
「くれるのっ!?」
目が、この上ないほど輝いている。
「預けておく」
金具を留める。大きさは丁度良かったようだ。
「頂戴っ!」
「預けるだけだ、と言っているだろうが」
「じゃあ買うからぁっ」
「しつこい。預けるだけだ。試作品だからな。暫く、身に着けていてみろ」
人の話を聞いているのかいないのか、腕輪にすりすりと頬ずりしながら、呟く。
「細工もなかなかいいし。この石も純度も大きさもすごくいいし。ずっと着けてていいのね?」
「ああ」
そうでなければ意味が無い。
アルスはしばらくうっとりと腕輪を見つめていたが、ふ、と視線に不審な色が混じる。
「……これって魔導器?」
やっと気付いたか。
「ああ」
「『身につけておけ』って、人体実験!?」
「そうだ」
「……なんで、なんで、こんなにいい石、魔導器にしちゃうの……」
深々と溜息を吐きながら、もたれ掛かってくる肩が重い。
「高性能の魔導器に、良質な材料を用いるのは当然だろう。皇女が身に着けるには質素だが、貴族が日常に着ける分には見劣りのしない程度にはしてあるはずだが」
「そういう問題?」
「そうだ」
アルスはしみじみと、深く息を吐き、ぼやく。
「綺麗なのに。綺麗なのにぃぃ」
当然だ。何の為に作ったと思っている。
「ところで、どんな効果があるの?」
ひとしきり嘆いた所で、実験にされることは諦めたのか、まともな事を聞いてきた。
「極秘だ」
「は?」
「試作段階だからな。計算通りの効果が得られるかは分からない」
無論、成功している自信はあるが。
「……そんな訳の分からないもの、身に着けてろっていうの?」
「嫌なら無理にとは言わないが」
アルスが持っていなくては意味がないのだが一応そう言うと、ほぼ予想道理の内容の、すこし拗ねたような声の返事。
「協力のお礼は?」
「期限までに帰る」
しばし、考える様子を見せて、叫ぶ。
「だって、間に合わないのにどうやって!!」
予想通りの反応に、用意していた返事を返す。
「間に合わないだろうな。通常の交通手段なら」
「って、まさか!?」
アルスが弾かれたように顔を上げる。
「そういう事だ。マイナールの遺跡も『生きて』いるな?」
「さっき、これ、試作品って言ったわよね。じゃぁ、マイナールに用事って、王家にじゃなくて、もしかして」
「当然、魔導器だ。どうしても急ぎで作りたいものがある」
「……なんで貴方って、魔導器が絡むと平気で無茶するの……」
アルスの腕から力が抜け、ずり落ちる。
「それができれば、リュドラス学院からの返事待ちの間に魔導器を仕上げられるだろう」
「魔導器の方が大事なわけ?」
背中から拗ねた声がする。やれやれ。
「元から、これが仕上がれば戻るつもりでいたからな」
「……え?」
瞬間に立ち上がり、瞳を輝かせて顔を覗き込んでくる。
「帰ってきてくれるのっ!?」
「『戻らない』と言ったことなど無いぞ」
何時戻ると言っていないことも、確かだが。
「それなら協力する。魔導器が優先されてるの癪だけど」
不満そうに呟いて、正面から視線を合わせてくる。
「本当に、帰って来てくれるのよね?」
いつになく真剣な瞳に、読みかけの書類を机に戻し、真っ直ぐに受け止める。
「期限までに、帰ってきてくれるのよね?」
「ああ」
頷く。
「『約束』よ?」
約束。人にとっては挨拶の様に軽く、竜にとっては命と同様の重さを持つ言葉。
たとえ口約束であっても、血判を捺した契約書より重いもの。
「約束する」
ゆっくりと、頷く。これが誓約。




