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竜皇女と魔技術師  作者: 凍雅
13/15

竜皇女と魔技術師 13

 アルスは、こちらには気付かずに、竜のミイラに対峙している。

『貴様、竜か』

 竜の声は元から異質な響きを持っているが、この声は正に地を這うような、聞く者に不安と恐怖を与える死者の呻き。

「いかにも。我は、南大陸を守護する紅の竜帝の血と力を、正統に継ぐ者」

 卑小な人の姿のまま、巨大な竜を前にしてもなお、動揺の欠片もなく、尊大ささえ感じさせられる。

『貴様が、竜帝、だと?』

 竜が喉を震わせ、鱗が幾枚か剥がれ落ちる。

 くぐもった、不快な笑い声が響く。

『堕ちたものだ。弱き人の血など、混ぜねば良いものを』

 首をもたげた。

 額に、赤黒い花が貼り付いている。

『竜帝がその程度ならば、他の者もたかが知れよう』

 アルスはただ無言で、相手の出方を待っているらしい。

 怯む訳でなく、泰然と佇んでいる。

『その、血と肉と力、我が復活の糧としてやろう。我に帝位を渡すが良い!』

 咆哮と共に、それまでの緩慢な動きとは打って変わった速さで襲いかかる。

 が、アルスの手前で見えない障壁に阻まれたたらしく、僅かに後退し、態勢を立て直している。

 間合いを取って、正面に向き合う。

 喉が膨れ、また、鱗が落ちる。

 そして、開いた口から、オレンジの炎が噴出した。

「ふん」

 アルスは軽く腕を組んで、立っているだけ。

 それでも、炎は彼女に触れることさえ出来ない。

 竜は何度か魔法を仕掛けてくるが、すべて弾かれた。

「その程度で何が帝位か」

 アルスは、組んだ腕を解き、溜息を一つ。

「戯れ言を」

 一歩進み出る。

「卑小な人間によって、仮初めの生を与えられたことを嘆くのであれば、同族として、その誇りを護ろうものを」

 手が、上着に掛かる。

「仮初めの生に執着し、生者の血肉をもって復活を求めるなど、愚行の極み」

 ばさりと勢いよく脱いだ上着を、こちらを見やることもなく、正確に扉のこちら側に投げ込む。

「前の世も、今の世も、お前ごときに渡す帝位は無い。お前など、竜帝の器にあらず。否、竜としても、その力は未熟に過ぎる」

 アルスの身体から、炎のような光が立ち昇る。

「されど、竜には竜で対するが礼儀。同族として、最低限の礼節は守ろう」

 光は一気に膨れ上がり、巨大な竜の姿を描く。

「己が身の程を知るがよい!」

 魔導器が、警戒値を遙かに超える魔力を感知し、計測不能と知らせている。

 光が治まるとそこには。

 深紅の鱗を輝かせた、紅の竜帝の威容が、あった。



 紅の竜が翼を広げた。

 いくらこの広間が広いとは言え、竜二匹が自在に動き回れるほどでは無い筈だが。

 疑問に思いながら、床に落ちたアルスの軍服を拾い上げようと屈み、視界の端にその答えを認めた。

 扉を境に、床が消えている。

 広がるのは闇。

 そこから先は、異空間になっているらしい。

 不意に引き込まれる事の無いよう、少し奥に下がり、目の前に広がる異界を見やる。

 無限の様に広がる闇の中では、二匹の竜が対峙している。

 赤茶け干からび、暗がりに紛れそうな屍と、闇にも鮮やかな紅玉の輝きをもつ竜。力の差は、歴然としている。

 挑んでくる屍を、紅竜が軽くあしらっていく。力の差を自覚させるように。

 一閃。

 紅竜の爪が、屍の額を凪ぐ。

 貼り付いていた赤い花が散り、屍の動きが一気に鈍くなる。

 紅竜がやや距離を取る。

『浄化を』

 どこからともなく、周囲に響きわたる声。

 そして。深紅の竜が吼える。

 咆哮と共に吐き出された赤い光が屍を包み込んだ。

 炎のような真紅の光の中、竜の屍は徐々にその姿を崩していく。

苦しみもがいても、躰を包む炎はその勢いを止めることなく、竜の姿を無くした後には、巨大な姿を象った植物の根が残り、やがてはそれも、形を亡くし、存在の痕跡さえ薄れていった。

炎はその大きさを徐々に縮小し、紅の竜もまた、その姿を霞ませてゆく。

闇は次第に明るさを取り戻し、何事もなかったかのように静まり返る、石造りの巨大な広間に変わっていた。

先程の戦いの痕跡を伺わせる物は、焚き火程度の大きさにまで小さくなった炎。

それと、纏めてあった髪が解け、黄金の波を広げたアルス。

軍服の替わりに、魔法力を具象化したものなのだろう、竜の鱗と同じ不可思議な光沢を持つ、ゆったりとした衣装を纏っている。

その姿は、古代の女神を思わせる。否、この大陸に最後に残った神、紅の竜帝なのだから、正に女神そのものだと言っていいのだろう。

竜の屍の痕跡をすべて消し去り、炎がその務めを終えて消えるのを見届けると、アルスがこちらに振り向く。

 そして、開いた扉に寄りかかる私の姿を見つけ、大きく息を呑み、目を見開いた。



「なっ、なな、なんでクラウスがいるのおぉぉぉっっ?!」

神の威容も、王の威厳も、一瞬でどこかに消し飛んだ。

脱力して姿勢が崩れそうになるのを何とか止め、身体を起こす。

足下の空間に歪みが無くなっていることを確認し、わたわたと慌てているアルスに歩み寄る。

「み、見た、わよ、ね……?」

何を、と問いかけ、変化するなと約束させていた事を思い出す。

「だ、だって相手も竜だったんだものっ、これは仕方がなかったのっ、だから許してっ!」

半泣きになっておろおろと弁明する姿は、先ほどの威光の欠片など微塵もない。

きゃんきゃんと喚いている様は、やはり。

「ごめんなさぁい……」

……捨て犬だな。

肩を落とすアルスの頭を、くしゃりと撫でる。

「クラウス?」

「不可抗力だろう」

「怒ってない?」

「怒っては、いない」

「……『は』ってなに?」

呆れてはいる。この落差に。

「用が済んだなら、戻るぞ」

持っていた上着をアルスに渡す。

「あ、うん。ちょっと待って着替えるから」

軍服の内側をごそごそと漁ると、何処にどう仕舞われていたのか、着替えが一式出てきた。今更という気もするが、礼儀として、一応背を向ける。

変化する時に、溢れ出る魔法力で服が消し飛ぶそうで、アルスはじめ人の姿以外の本性を持つ特三の物達は、軍服に魔法力耐性の工夫を施し変化するときに備えて着替えを仕込んでいるらしい。アルスくらいの力があれば、魔法力で服のような物が作れるが、そこまでの力が無い者はいろいろと苦労があるようだ。

「もういいわよ」

終わったらしい。女神から軍人にもどったアルスは、すっきりとした笑顔を浮かべた。

「戻りましょうか」




「それで、どう処理するんだ?」

「んーと。どうしよう?」

おい。

「学舎に報告書を提出する都合があるのだが」

「そうなのよね。特務部だけなら内々に処理するんだけど」

溜息混じりに呟くアルスに、ミルラがぽつりともらす。

「……特務部って、実は結構適当?」

「否定はできないだろうな」

遺跡の捜査にあたる特二を残し、リュドラス公邸に移動して、事件の処理を検討している。

「だって、なんでこう、表沙汰にできない物ばっかりでてくるかしらねぇ」

アルスが盛大に溜息をついて、机上に広げた紙を指でコツコツと叩く。

書いてあるのは、口外無用の条項。

遺跡の転移施設が使用できる事。屍繰花の存在。魔法生物の遺骸を利用した死霊術。しかも竜が利用されたこと。遺跡に隠されたままになっていた銃。その他諸々。

揉み消してしまおうにも遺体や銃という確固たる証拠があるだけに、限度がある。

まして、遺体はかつてイースタージの学生で、隣町の名士の息子でもあったのだから。

「死人に口無し、というわけにもいかないだろうし」

「できれば、あんまり不名誉な事にしないでやってください」

ヒースが、珍しく神妙な顔でアルスに申し出る。

「そうね。ところでそこの二人」

アルスがヒースとミルラに向き直る。

「なに?」

「はい」

「口は、堅いわね?」

和やかな微笑で、穏やかな口調で。

瞳だけが、有無を言わせぬ剣呑な光を帯びて。

この、生まれついての大陸の支配者の威厳の前には、一国の王も膝を付くしかないのだ。これをまともにぶつけられた二人が、凍り付くのも無理はない。

「返事は?」

促されてやっと正気に戻り、がちがちに緊張したまま答える。

「はいっ大丈夫ですっ」

「はい。口外はしません」

アルスがこちらに視線を向けてくる。

この二人は、確かに噂話が好きで、他人の口を割らせるのは得意だが、些細なことでも、口止めをした内容が広まったことはない。

「信用していい」

「そう」

アルスは、無意識なのだろうが、尊大に頷く。

支配者としては申し分ない。この主に付けと言うだけならば、何の問題も無いはずなのだが。

結局その場では、「調査中の為、詳細は特務部の発表を待つべし」となった。

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