竜皇女と魔技術師 12
「……カク……タス……」
腐臭に顔を顰めながら、ヒースが呟く。
『ヒース、か』
男が、呟く。
潰れた、皺嗄れた声は、呻く、と表現した方が合っているだろう。
「カクタス・デセルト」
硬質の声で、アルスが割り込む。
「お前は、何をやったか、わかっているの? 今、自分がどうなっているのかも」
問いかけながらも、アルスの意識は、その奥、薄暗い中でうずくまっている巨大な影に向けられている。コハクは立ち位置を僅かにずらし、腰に帯びた剣に軽く手を添えている。
『俺は……ローザに会いたいだけだ』
男の腕が動く。
「下がって!」
アルスの声に、ミルラの腕を引いて下がらせる。
次の瞬間、反応の遅れたヒースに絡み付こうとした緑色の何かを、寸前、コハクが剣で断ち切っていた。
床に転がったそれは、赤黒い液体を滲ませながら、のた打ち回っている。
「カクタス!」
肘から先は、失われていたはずだった。
しかし、今は、緑褐色の蔓が腕に取って代わり、乱れた髪の間には、頭頂部に肉厚の花弁が見え隠れする。
完全に、屍操花に支配されている。否、動いているのが己の意思ならば、屍操花を支配しているのか。それとも、死霊術で操られているのか。
『贄が、要る』
白濁した目が、虚ろに周囲を見回す。
『お前が、いい』
再び、蔓が伸びる。
「き、きゃぁぁぁっっ!!」
明らかに、ミルラを狙って繰り出される触手を、コハクが薙いでいく。
「贄、だと? 何をする気だ?!」
慌ててミルラを背後に庇いながら、ヒースが呻く。
『復活を』
「お前が死んでいるのに、か?」
床でうごめく蔓の切れ端に気を配りながら、ヒース達の前に進み出る。
「屍操花で行動を可能にしているとはいえ、お前の身体は時間と共に朽ちる」
足元に絡み付いてこようとする蔓を、踏みにじる。
「このまま逝けば、死者の世界とやらで、先に逝った者に会えるのだろう? 何故、復活に拘る?」
『復活を……。古の竜帝の復活を……』
なるほど。身体は屍操花に、精神は死霊術で支配されているのか。それでも、本人の意識が欠片でも残っているのなら。
「愚かなものだ。死霊術に用いるはずだった相手に、逆に操られるようになるとは」
『……復活を……復活を……!』
うわ言の様に繰り返し、なおも触手のように蔓を伸ばしてくる。
「き、きゃぁぁぁぁ! いやぁっ! こないでぇっ!!」
ミルラが服の中から、何かを取り出す。
「待て!」
それが何かを判断して静止するより早く、コハクが駆け寄り、ミルラの手からそれを叩き落していた。
床に転がったものは、銃。
もしも、引き金を引くほうが早かったら、暴発しミルラも私たちも無事ではなかったかもしれない。
「……お前、もうちょっと状況考えろよ……」
「だっ、だってだってだってっ!!」
恐慌状態に陥るミルラを宥めながら、ヒースが冷や汗混じりに呟く。
「……御三方も、所持品検査が必要だったようですね」
コハクが冷たい声で言い放ち、それでも、ミルラの様子をちらと確認して、奥の部屋に向き直る。
床に転がる銃を見る。
R-レッド-ME。
型は、今では珍しい初期のものだ。ミルラの物だから、当然改造されているだろうが。
それを認め、虚ろだった男の表情が動いた。
蔓が延びて、銃を拾い上げる。
『なぜ、お前たちが、これを?』
驚きに見開いた目は、皮膚の弾力を失っているせいか、戻らない。
『ローザの、形見、を?』
カクタスは、しげしげ銃を見つめ、蔓の先で愛おしげに撫でる。
『ローザ……』
カクタスが、銃を構える。
構えた蔓が、私たちのほうに向けられる。が、何故か、別の蔓が、強引に銃口を己に向けさせた。
『……これで、お前の所に』
死霊術によって操られ、障害を排除し贄を得ようとする意思と、自然への解放、自らの滅びを願う意思。蔓同士が相反する意識を持つのか、互いに銃口の向きを直そうとせめぎ合いながら、引き金が、引かれた。
暴発に備え、身を伏せる。
銃声と閃光。
他に聞こえたものは、どさりと何かが倒れる音。
視線を上げると、カクタスが倒れている。
頭の上に咲いた屍操花は焼け焦げたように散らされ、腕の代わりに生えていた蔓も、その動きを止めつつあった。
「一体、何で……」
戸口で倒れているカクタスに、ヒースが歩み寄る。
『ヒース……』
「……カクタス」
『……頼みが、ある』
「何だ?」
『この銃を……墓に、入れてくれ』
ヒースが、ちらとミルラを見る。ミルラは無言で頷いた。
「わかった」
『ローザの、形見、なんだ』
「……近くにいられるように、してやるよ」
ヒースが複雑な表情で、カクタスを見つめる。
既に死んでいるものに、生きるように励ますことは出来ない。
出来るのは、ただ、見送ることのみ。
『ありがとう……。これで、解放……される……』
それ以上、カクタスが声を発する事は無かった。
その代わり。
「コハク、こっちは任せるわ」
「畏まりました」
アルスが部屋の中に足を踏み入れると、今まで、奥でうずくまっていた巨大な影が動いた。
「皆様。危険ですので、お戻り下さい」
「でも、こいつは?」
「私が運びます。ですから早く!」
コハクの声に焦りが見える。
奥から、地面を震わすような、低い唸り声が響いた。
「な、なに?!」
「まさか、本当に?」
此処に至って、やっと状況の深刻さに気付いたのか、二人が慌てて後ずさる。
唸り声の主は、奥の暗がりから、姿を現した。
「ひっ」
「ま、さか……」
「……」
姿を現したのは、干からびた鱗に包まれた巨体。
覚悟はしていたものの、体が固まった。
赤茶けた鱗は、元は赤だったのだろうか。所々、鱗が崩れて剥がれかけているのは、ミイラと化しているからだろう。崩れた箇所は、蔦が繕い、蔓が絡み着いて支え、緩慢ながら動く事を可能にしている。
「コハク! 外へ!」
アルスの鋭い声。コハクが返答する代わりに、何か古代語らしき言葉を紡ぎ出す。
と、コハクを中心に、床に閃光が走り、円陣を描く。
「こちらへ!」
呆然とする二人を引きずり込み、コハクは姿を消した。
転移術。
自身だけでなく、短距離とは言え死体含め四人を同時に転移させる事は、非常に高い魔法力を必要とする。なるほど、これだけの力があるなら、アルスが副官として置くのも納得できる。
が。
……残された私にどうしろというのだ?
まあ、元から残るつもりではいたので、問題は無いのだが……。




