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竜皇女と魔技術師  作者: 凍雅
12/15

竜皇女と魔技術師 12

「……カク……タス……」

腐臭に顔を顰めながら、ヒースが呟く。

『ヒース、か』

 男が、呟く。

 潰れた、皺嗄れた声は、呻く、と表現した方が合っているだろう。

「カクタス・デセルト」

 硬質の声で、アルスが割り込む。

「お前は、何をやったか、わかっているの? 今、自分がどうなっているのかも」

 問いかけながらも、アルスの意識は、その奥、薄暗い中でうずくまっている巨大な影に向けられている。コハクは立ち位置を僅かにずらし、腰に帯びた剣に軽く手を添えている。

『俺は……ローザに会いたいだけだ』

 男の腕が動く。

「下がって!」

 アルスの声に、ミルラの腕を引いて下がらせる。

 次の瞬間、反応の遅れたヒースに絡み付こうとした緑色の何かを、寸前、コハクが剣で断ち切っていた。

 床に転がったそれは、赤黒い液体を滲ませながら、のた打ち回っている。

「カクタス!」

 肘から先は、失われていたはずだった。

 しかし、今は、緑褐色の蔓が腕に取って代わり、乱れた髪の間には、頭頂部に肉厚の花弁が見え隠れする。

 完全に、屍操花に支配されている。否、動いているのが己の意思ならば、屍操花を支配しているのか。それとも、死霊術で操られているのか。

『贄が、要る』

 白濁した目が、虚ろに周囲を見回す。

『お前が、いい』

 再び、蔓が伸びる。

「き、きゃぁぁぁっっ!!」

 明らかに、ミルラを狙って繰り出される触手を、コハクが薙いでいく。

「贄、だと? 何をする気だ?!」

 慌ててミルラを背後に庇いながら、ヒースが呻く。

『復活を』

「お前が死んでいるのに、か?」

 床でうごめく蔓の切れ端に気を配りながら、ヒース達の前に進み出る。

「屍操花で行動を可能にしているとはいえ、お前の身体は時間と共に朽ちる」

 足元に絡み付いてこようとする蔓を、踏みにじる。

「このまま逝けば、死者の世界とやらで、先に逝った者に会えるのだろう? 何故、復活に拘る?」

『復活を……。古の竜帝の復活を……』

 なるほど。身体は屍操花に、精神は死霊術で支配されているのか。それでも、本人の意識が欠片でも残っているのなら。

「愚かなものだ。死霊術に用いるはずだった相手に、逆に操られるようになるとは」

『……復活を……復活を……!』

 うわ言の様に繰り返し、なおも触手のように蔓を伸ばしてくる。

「き、きゃぁぁぁぁ! いやぁっ! こないでぇっ!!」

 ミルラが服の中から、何かを取り出す。

「待て!」

 それが何かを判断して静止するより早く、コハクが駆け寄り、ミルラの手からそれを叩き落していた。

 床に転がったものは、銃。

 もしも、引き金を引くほうが早かったら、暴発しミルラも私たちも無事ではなかったかもしれない。

「……お前、もうちょっと状況考えろよ……」

「だっ、だってだってだってっ!!」

 恐慌状態に陥るミルラを宥めながら、ヒースが冷や汗混じりに呟く。

「……御三方も、所持品検査が必要だったようですね」

 コハクが冷たい声で言い放ち、それでも、ミルラの様子をちらと確認して、奥の部屋に向き直る。



 床に転がる銃を見る。

 R-レッド-ME。

 型は、今では珍しい初期のものだ。ミルラの物だから、当然改造されているだろうが。

 それを認め、虚ろだった男の表情が動いた。

 蔓が延びて、銃を拾い上げる。

『なぜ、お前たちが、これを?』

 驚きに見開いた目は、皮膚の弾力を失っているせいか、戻らない。

『ローザの、形見、を?』

 カクタスは、しげしげ銃を見つめ、蔓の先で愛おしげに撫でる。

『ローザ……』

 カクタスが、銃を構える。

 構えた蔓が、私たちのほうに向けられる。が、何故か、別の蔓が、強引に銃口を己に向けさせた。

『……これで、お前の所に』

 死霊術によって操られ、障害を排除し贄を得ようとする意思と、自然への解放、自らの滅びを願う意思。蔓同士が相反する意識を持つのか、互いに銃口の向きを直そうとせめぎ合いながら、引き金が、引かれた。

 暴発に備え、身を伏せる。

 銃声と閃光。

 他に聞こえたものは、どさりと何かが倒れる音。

 視線を上げると、カクタスが倒れている。

 頭の上に咲いた屍操花は焼け焦げたように散らされ、腕の代わりに生えていた蔓も、その動きを止めつつあった。

「一体、何で……」

 戸口で倒れているカクタスに、ヒースが歩み寄る。

『ヒース……』

「……カクタス」

『……頼みが、ある』

「何だ?」

『この銃を……墓に、入れてくれ』

 ヒースが、ちらとミルラを見る。ミルラは無言で頷いた。

「わかった」

『ローザの、形見、なんだ』

「……近くにいられるように、してやるよ」

 ヒースが複雑な表情で、カクタスを見つめる。

 既に死んでいるものに、生きるように励ますことは出来ない。

 出来るのは、ただ、見送ることのみ。

『ありがとう……。これで、解放……される……』

 それ以上、カクタスが声を発する事は無かった。

 その代わり。



「コハク、こっちは任せるわ」

「畏まりました」

 アルスが部屋の中に足を踏み入れると、今まで、奥でうずくまっていた巨大な影が動いた。

「皆様。危険ですので、お戻り下さい」

「でも、こいつは?」

「私が運びます。ですから早く!」

 コハクの声に焦りが見える。

 奥から、地面を震わすような、低い唸り声が響いた。

「な、なに?!」

「まさか、本当に?」

 此処に至って、やっと状況の深刻さに気付いたのか、二人が慌てて後ずさる。

 唸り声の主は、奥の暗がりから、姿を現した。

「ひっ」

「ま、さか……」

「……」

 姿を現したのは、干からびた鱗に包まれた巨体。

 覚悟はしていたものの、体が固まった。

 赤茶けた鱗は、元は赤だったのだろうか。所々、鱗が崩れて剥がれかけているのは、ミイラと化しているからだろう。崩れた箇所は、蔦が繕い、蔓が絡み着いて支え、緩慢ながら動く事を可能にしている。

「コハク! 外へ!」

 アルスの鋭い声。コハクが返答する代わりに、何か古代語らしき言葉を紡ぎ出す。

 と、コハクを中心に、床に閃光が走り、円陣を描く。

「こちらへ!」

 呆然とする二人を引きずり込み、コハクは姿を消した。

 転移術。

 自身だけでなく、短距離とは言え死体含め四人を同時に転移させる事は、非常に高い魔法力を必要とする。なるほど、これだけの力があるなら、アルスが副官として置くのも納得できる。

 が。

 ……残された私にどうしろというのだ?

 まあ、元から残るつもりではいたので、問題は無いのだが……。

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