竜皇女と魔技術師 11
「……どうして付いて来るの」
遺跡の内部に入ったところで、アルスが足を止めた。
その隣では、コハクが困惑している。
「だってなぁ、あの死体知り合いだし」
ヒースが答える。
「危険ですので、お帰りください」
「でも、死体になっても動き出すくらいだから、何か思い残すことがあるんだろうし。幼馴染として、遺言ぐらい聞いてやらなきゃ、って思うんだけど」
「ですが……」
「じゃあ、他の二人は?」
アルスの言葉に苛立ちが混じる。
「え? だってぇ! 死体が動いたりしてるんでしょう? 独りにしないでよ、怖いじゃないのぉっ!」
ヒースの腕にひしっとしがみ付いたまま、ミルラが半泣きで喚く。
「あのね、ミルラ。私たち、その死体を捜してるの。一緒に来たら、確実に死体に会うわよ」
「でもっ! 独りで残ってて、もし出てきたらどうするのよ、怖いじゃないのぉっ!」
「……あぁあ、もう。いいわ、勝手にして」
下がり気味の大きな目を涙でうるうるにして、すがるように訴えられ、珍しいことにアルスが折れた。
そういえば、小動物系に弱かったような気がする。
「クラウスは、説得される気なさそうだし」
「当然だ。お前たちに、この先の仕掛けを解除できるとは思えない」
「危なくなったら、強制的に追い出すわよ。それだけはわかってて頂戴。コハク、行くわよ」
「よろしいのですか?」
「説得するだけ時間の無駄。何でこう、魔技術師って言い出したら聞かないかしらね」
お前にだけは、言われたくない。
「奥ですね。ずいぶん足が速い様です」
コハクが、空気の流れを感じ取りながら、先導していく。
虎だけに、人間よりも鼻が利くのだろう。 腐臭を追わせるのも、気の毒だが。
「どうやって移動してるのかしらね」
この三人がついて来るのを渋々認めた代わりに、頭脳はしっかりと借りるつもりでいるらしい。
「死体が動くって、やっぱり死霊術なのぉ?」
周りをきょろきょろと落ち着き無く見回しながら、ミルラが呟く。
「それなら、痕跡が残るはずなのよ。死霊術は周囲に影響が大きいから、私が気付かないはずないし。とりあえず、天幕にはそれらしい痕跡はなかったわね」
「じゃあ、あれか」
「屍操花、かしらね」
ヒースの呟きを、アルスが肯定する。だが、そうだとしても。
「しかし、仮にそうだとして、何故遺跡の奥に行く?」
「あぁ、屍操花って確か陰性植物だから、暗いところに行きたがるんだろ」
「だからといって、こんな奥に来る必要も無いだろう」
目の前には、高さは人の背丈の三倍程、ゆうに五人は並べる幅の大きな両開きの扉。
アルスは、扉の前で立ち止まると、怪訝な顔で扉を軽く叩き、そこかしこに手を翳し、やがて、拳を叩き付け、振り返る。
「開かないじゃないのよっ!」
ここにいたるまでの扉は、魔法術を使ったのか、施錠されているはずなのに難なく開いた。ここが古代魔導帝国の遺跡であることを考えるならば、皇帝であり神である竜帝の前に、開かない扉など無いのかもしれないが。
「……扉が壊れる」
それ以前に、通路に音が反響して耳が痛い。
「私の手の心配しなさいよっ!」
「なら叩くな」
全く。
「本当に、この先に行ったのか?」
ヒースが怪訝そうに呟く。
「信用できないなら、お帰り下さい」
気分を害したのか、コハクが扉を調べながら振り向きもせずに冷たく返す。
「いや、信用がどうのじゃなくて、ここの仕掛けが、なぁ?」
当惑した様子で、ヒースが私を見る。
「何なのこれ。信じられない」
「……開きませんね。何か特別な仕掛けでも?」
扉を調べていた二人もこちらに振り向く。
やれやれ。
「こんな奥まで来たの初めてだけど、この先って何があるのぉ?」
「この先は、地下への長い通路になっている。扉がいくつかあるが、それぞれにかなり複雑な仕掛けになっている」
アルスとコハクを下がらせ、代わりに扉の前に立つ。
「ヒース、そちらを頼む」
「ああ、いいぜ。せえのっ」
扉を飾る彫刻の中に隠された仕掛けを左右同時に押すと、扉の中央の飾りが動き、鍵穴が現れる。
「これだから、一人じゃ無理なはずなんだよな。それに……腕が無くなってたし」
「先ほど調べたときには、そのような仕掛けは見当たらなかったのですが」
コハクが、納得いかないらしく、呟く。
「それも仕方がないだろう」
現れた鍵穴に、用意してきた細い金具を差し込む。
「どう仕方ないのよ。変じゃない。私もコハクも気付かないなんて」
「ここの鍵は、魔力がある人間には開けられない」
「は? 何それ」
「魔力に対しては絶対的に扉を閉ざす、という魔法術らしい。鍵自体はそう複雑なものではないが」
「私たちじゃ奥まで行けないって、こういうことなの?」
「そういうことだ。開いたぞ」
扉を少し開き、皆を振り返ると、ヒースが扉の一部を怪訝な目で見ている。
「どうかしたか?」
「これ、なんだ?」
見ると、装飾の一部、盛り上がった所に、何か、緑がかった赤黒い色の液体が僅かに付着している。漂う、微かな腐臭。
もう一方の扉を見ると、同じように、しかも仕掛けのある近くに液体が付いている。
「んー、動物の体液ではないわね。植物とも言い切れないけど」
アルスが呟く。
やはり。
「ヒース、屍操花の色は?」
「表皮は緑褐色、樹液は赤褐色、花は暗赤色」
「花以外が、体表に出ることもあるのか?」
「蔓とかが出ることはあるらしい。って、腕の代わりに蔓で鍵開けたってのか?」
「そう考えるのが妥当なようね。この奥に行ったのは間違いないし」
「でも、この先は、魔法術じゃないと開けられない鍵があるんだぜ?」
「私は奥に行くから。帰るんだったら、ここで帰りなさい」
アルスがさっさと歩き出し、コハクが続く。
「どうする?」
私は当然行くが。
「ここまで来て帰れるか」
「こんなところで置いてかないでよぉ」
結局、全員で奥に行くことになるのか。
「で、ここの扉は?」
通路を進むと、先ほどより一回り小さな扉がある。
「ここは逆に、魔法術でないと開けられない」
「ややこしいわね。戻る時も同じことしないといけないの?」
アルスは呪文すら唱えることなく、軽く手を掛けるだけで扉を開けながら、うんざりしたように呟く。
「奥から外に向かう分には、扉は封じられていない」
扉の奥に現れた長い階段を下りる。
「片道だけ? それって変だよねぇ?」
「そうなんだよな。奥にあるのは転移施設なんだろ? かえって、転移してくるものからの警備の方が、重要だと思うんだけどな」
「そうだな。封印した主が、どこかから転移してここに戻ってくるつもりだったのかも知れないが、それにしても、『魔力の無い者』を鍵とする扉があるのが解せない」
「そうでもないわよ」
奥に行くごとに、一回りずつ小さくなる扉を魔法術で開けながら、アルスが事も無げに言った。
「何?」
「え? 何で?」
「えっと、なんだったかしら。古代帝国末期の人間兵士の暴動」
唐突に何を言い出すのか。
「「竜帝暦二三八〇年サーゲートの乱」 でしょうか」
声が被った。私と、コハクだ。
まだ、リュドラス皇帝が竜の姿になり、魔法生物が大陸の大半を治めていた頃の事件だ。
「そう、それ。多分、そのときに、サーゲート側の兵士に封印させられたんだと思うの」
「なるほど」
「つまり、兵士たちは、魔法術師が勝手に転移施設を使えないように、魔力を持たない者を鍵にさせたけど、封印を強制された魔法術師は、転移してここに戻るつもりで不完全な封印を施して。で、魔力の無い兵士たちはその仕掛けに気が付かなくってそのまま、って事? なんか間抜けねぇ」
ミルラが確認を兼ねて、説明的に述べる。こういった、理屈を確認せずにいられないところは、魔技術師の性なのだと思う。
「ところでアルス」
一段、声が低くなる。
「な、なにっ?」
声が変わったのを察し、アルスが少し身構える。
「私に遺跡の概要を語らせる必要が、あったのか?」
今の会話で思い出したのだが、竜の血は、神代からの知識も伝えるといわれる。竜に変化出来ない現リュドラス皇帝でも、歴史や魔法術を学ぶ必要がほとんど無かったという。完全に竜と化せるアルスならば、それ以上のものを生まれつき持っているはずだ。
「だ、だって、出てこなかったんだものっ」
「相変わらず役に立たない辞書だな」
そう、知識だけがあっても、それを利用するだけの頭脳が無ければ役に立たない。せめて臨機応変に引き出せるならいいが、物事の関連性を見出し、必要な知識を求める事が出来なければそれも難しい。酷い宝の持ち腐れだ。
「それで、此処は元々何だったんだ?」
「植物の研究所で、問題ないと思うわ」
「何だ、その言い方は」
「魔法植物だから、動いたり鳴いたりするのもいるけど、植物は植物よね?」
……時折つくづくと思うのだが、古代の魔法術師は一体何を考えていたのだ?
「多分、屍操花もここで作られたんだと思うの」
「なるほど、ただのモノなら移動できるけど、根付いてたり、勝手に移動するものはそうも行かないから、何も残ってない遺跡に植物だけはちゃんと残ってるわけだ」
アルスの知識を、特務部の調査によるものと思ったのか、特に疑問を持つ様子もなく、ヒースが納得している。
「でも、あの人……魔法術師じゃないんでしょ? 最初の扉はともかく、この、魔法術じゃないと開かない扉ってどうしたんだろ?」
「魔法術でしか開きませんが、魔法力がある人間を鍵にしているわけでは無いのなら、魔導器を使えば可能だと思います。若しくは、何かから魔法力の供給を受ければ」
扉の前で、アルスとコハクが足を止めた。
「アルス様」
「わかってる。面倒なことになってるわね」
「ここから先は、私たちだけで行くから。あなたたちは帰って。帰りは封印されてないのでしょう?」
やや緊張した面持ちから、奥にいる気配の正体が掴めたらしいと分かる。
「何がいる?」
「……危険だから、帰って」
「でも、なぁ?」
「お願い」
アルスの様子から、緊迫した状況なのは分かる。だが。
「転移施設への最後の扉も、魔力のない人間にしか反応しない」
「……じゃあ、クラウスだけ」
「それが、さっきと同じで、二つの仕掛けを同時に動かさないといけないから、一人じゃちょっと無理なんだよな」
「こうなったら、最後まで付き合うものっ」
アルスが頭痛を抑えるように、こめかみに手を当てる。
コハクも困惑した様子で主を見やり、やがて、二人は顔を見合わせて、溜息を吐いた。
「わかったわ。でも、扉を開けたら、すぐに帰って。そこから先についてこられたら、命の保障はできないから」
「何がいる?」
さっさと歩き出したアルスに並び、小声で話しかける。
通路は、いつの間にか人が二人並ぶのがせいぜいの幅に狭まっている。
アルスはちら、と後ろを見やり、ヒースとミルラが少し離れていることを確認して、囁き返す。
「……竜」
「何?」
「死んだ後も、これだけの魔力があるなんて、他にありえないもの。この姿で死んでいるから、傍系だと思うけど」
竜帝の一族なら、人の姿と竜の姿をどちらも持つ。傍系になると、竜になれない、または、人の姿を長く保てない者もいたと聞く。
「私がいたから、ここに来たのかもしれない」
アルスがいたから?
「私に滅ぼしてほしいのか、それとも恨みがあるのか、単に引き寄せられたのか分からないけど」
小さく溜息を吐く。
「一族が皆変化できた時代の者、ましてこの姿で残っているから、屍になっても、魔力は今いる魔法生物とは桁違いよ」
それに、と更に声を落として続ける。
「この通路に入ってから気付いたんだけど、死霊術を使ってるわ。通路の入り口までは屍操花に運ばせて、魔法術が必要な場所に入ってからは術で支配してるわね。どうしてあの男を支配してるのかはわからないけど、術が使える程度には知性や記憶が残ってるみたい。知性も記憶も無いよりも、却って厄介かもしれないわ。あの男も、竜も」
「そうか」
最後の扉の前に立つ。
確かに、扉の向こうには、何か、大きな者が動く気配。
「ヒース、下を頼む」
「あ、ああ。行くぜ」
腕を伸ばし、扉の上部の装飾に隠された仕掛けを動かす。ヒースが同時に扉の下、床に接した部分にある仕掛けを動かし、鍵穴が現れる。
「……何が、いるの?」
扉一枚隔てても伝わってくる異様な気配に、怯えた様にミルラが呟く。
「貴方達は、ここで帰りなさい。身の程をわきまえない好奇心は、身を滅ぼすわよ」
鍵穴に差し込んだ金具がカチリと音を立てる。
扉を僅かに開き、アルスに渡す。
「ありがとう。貴方達は、すぐに帰って」
「ありがとうございました」
二人は、硬い表情で、僅かに腐臭の漂ってくる扉を見据えている。
どうやら、私たちが動き出すまで待っているらしい。
「……ああ」
ヒースとミルラを促して、通路を戻ろうとすると、歩き出さないうちに、扉の軋む音がした。襲い掛かる、屍臭。
振り返ると、アルスとコハクの肩越しに、血の気のない、蒼白い男の顔。そして。
巨大な、影が、見えた。




