拝啓、王太子殿下さま。セレティア様が鈍感すぎて面白いことになるぞ
シリーズ『置物聖女』の護衛騎士ジュライの視点です。
『本気を出した彼がどうするのか、セレティア様のことも含めて要観察して報告するように』
これは半年前、『アレンさん、いよいよ本気出すってよ』と王太子殿下に書いた報告書という手紙への返信の言葉だ。王命で王太子殿下の近衛騎士からセレティア様の護衛騎士になった俺だが、所属は今も近衛騎士団になっており上司は王太子殿下のままなので、毎月報告書を書いてはアイツが暮らす王都へと送っている。セレティア様の周囲を観察し聖女の力について調べることは、公にしていない任務であり、その報告となると一応偽装しなければならず提出する報告書は遠方にいる友との文通という形をとっている。元々のアイツとの付き合いから随分と軽い文面でのやりとりになってしまうが、これは一応任務の報告のやり取りなのである。
王太子殿下とは小さい頃からの付き合いで所謂悪友だ。アイツが王太子になる前までは気ままな三男坊同士で随分とやんちゃをしていたものだ。実力主義のところがあるこの国では王族も例外ではなく適材適所に充てられる。そして時期国王として国のトップに相応しいと王太子に選ばれたのが第三王子のアイツだった。最初は面倒臭がっていたが周囲が認めるように才能は持っていたので今では立派な王太子殿下をやっているのだから流石なものである。面倒だと言いながら多くの課題を軽々とこなしていくアイツのことを、御愁傷様と揶揄っていた俺をアイツが近衛騎士にして巻き込んでくれやがったので現在がある。これはこれで楽しい日々が送れているから本人には照れ臭くて言わないがちょっとは感謝していたりもする。
アレンさんも密かに王太子殿下のことを認めているらしい。セレティア様至上主義のアレンさんが権力者たちを嫌う理由も勿論セレティア様に関係するのだが、それはどうやら王太子殿下がセレティア様案件の窓口になる前に随分と面倒なことになっていたかららしい。らしい、というのはアレンさんから聞いたわけでもなく王太子殿下から全てを教えてもらったわけでもないからだ。それでも教会や王族、それに付随する商会や貴族など多方面から様々な挨拶が来ていたのだと聞き、それのどれもがセレティア様の耳には殆ど入らなかったのだと知れば、アレンさんの苦労と訪問者に対する嫌悪感は察することができる。あとアレンさんが有能な執事と化していった原因の一つなのかなとも推測できた。
まあ、知らなくても見ていれば何となくわかる様になる。セレティア様の護衛騎士になった時は、振り返ると本当命があって良かったと思うくらいのことをやらかしている俺だが、4年近く経って少しは成長できただろう。未だアレンさんからは一本も取れないけど、セレティア様とアレンさんのことは結構分かってきた気がする。それが俺の任務なんだけど、二人を近くで見守れることが最近は楽しいし嬉しい。
まずセレティア様は凄い聖女様なのは間違いない。日々聖女の力が増していても、聖女の中の聖女様と皆に言われても一切気にしていないところとか大物感が漂っている。あとは人と交流するのがあまり得意ではないみたいだ。最近毎朝一緒にいる時間があるのでセレティア様を知る機会が増えたが、半年経っても声は聞いていないし、目も合わせたことがない気がする。俺とアレンさんがふざけているとセレティア様の視線を感じるのに、俺がセレティア様を見ようとすると視線が外されるんだよね。
表情が変わらないので出会ったばかりの時は暗いやつとか失礼にも思っていたけど、今観察してみれば確かにそこに心は存在し色々と考えているのが分かる。とはいえアレンさん程セレティア様が何を考えているのか察して会話が出来るとかは無いけど。それでも簡単なことなら分かるようになった気がする。うん、俺のことちょっと苦手に思ってるとかね。別に頭に来るとかは全く無いけど少し寂しい。あとセレティア様が俺から距離取ろうとすると、アレンさんが優越感からマウントとってくるのがちょっと面倒なので、早く俺に慣れて欲しいとは思う。時々は俺を優しい目で見つめているのが分かるので、あともう少しって感じでもあるんだけど、これはこれでアレンさんが鍛錬で厳しくなるのでやっぱり面倒だな。
セレティア様が何故表情を変えずに言葉も発しないのかはまだ分からないけど、国の安寧を祈り慎ましく生活していることを知っている。そんな彼女を守ってあげたいと思うようになれた俺は少しは護衛騎士らしくなってきたんじゃないだろうか。アレンさんの求める基準は目指してはいけないところだと思うので俺は俺らしく任務を全うしたい。
そのアレンさんといえば、壮大な計画を実行中だ。半年前の本気出す宣言の時には既に準備が終わり、第一段階が完了していたのだから、その用意周到さが怖い。俺はアレンさんがセレティア様至上主義者なのは知っているけど、自分のものにしたいと思っているとは考えていなかった。だって護衛騎士とその保護対象なわけだし、正直年齢だって差があるだろ。しかも初対面の時はセレティア様はまだ5歳だったわけで。勿論最初からそういった対象で見ていたとは思っていないし、今だってそんな感情だけで動いている様には見えない。だから考えたことがなかった。
多分アレンさんのセレティア様への恋情ってやつは年々育っていったんだと思う。それで何かのきっかけがあって行動することにした。アレンさんという人はどうしたってセレティア様のことが大切な人だから、セレティア様の為にならないことは絶対にしない。今やっていることもセレティア様にとって悪いことではないと判断しているんだろう。まあ、多少は自分の欲望ってやつも含まれてるはずだけど。俺だって男だし気持ちはわかるつもりだ。
セレティア様も16歳になられて魅力的な女性になってきたと思う。というとアレンさんに殺気をぶつけられるので絶対に口にはしないが、俺だって健全な20代の男なので見たくなくても見てしまうものもあるのだ。セレティア様に関していえば、12歳頃からの付き合いなので親戚の子供に成長したなあと言いたくなる感情だけど。
やはり清廉さが必要なのか、聖女様という職業に長く就いている女性は儚げな人が多い。セレティア様も華美な服装などは一切しないがシンプルなワンピースと肩を越す真っ直ぐな髪を垂らして窓辺などでお過ごしになる姿は、いっそ神々しさを感じるほどに清らかだ。此方からは考えが読めないのに此方の考えていることを見通しているかのような瞳と変わらぬ表情で口を閉ざしている様は可愛らしいお人形のようであり、厳かな女神像のようでもある。
俺たちが住んでいる国境の祈りの塔には聖女はセレティア様お一人しかいない。他にこの塔で生活しているのはアレンさんと俺というセレティア様の専属護衛騎士と、教会から派遣された祈りの塔を維持するための神官と呼ばれる技術者や事務方と、そんな俺たちを支えてくれる世話人と国境騎士団から派遣されている警備担当の騎士たちという建物の大きさの割に人は少ない。それに世話人や警備の騎士は通いで来る事も多いので、此処で居住している人というと更に減る。王都にあるセレティア様が以前に暮らしていた祈りの塔は教会と併設していたため人の出入りが多かったが、此処は国境にあるため一般人が訪れることは少ない。
そんな此処、国境の祈りの塔で暮らす人間にとって、セレティア様は大変目の保養に良い。あまり視線を向けると護衛騎士のアレンさんに威嚇されるのでひっそりと楽しんでいる。彼らはセレティア様の存在そのものの有り難さを俺たちより長くこの国境で住んでいるためよくわかっているのだ。
国境という国の防衛で要のラインに位置するこの祈りの塔には聖女の力が常に必要だ。王都からでは距離があるためやはり直接聖女様が祈りを捧げてくださるのが一番である。しかし国境の祈りの塔に留まり聖女の力を保ち続ける聖女様は少ない。聖女の力には個人差があり資質や環境に影響される。豊かな王都から離れた辺鄙な国境の祈りの塔で危険と隣り合わせの中、国の安寧を祈り続けることが出来る人間は貴重だ。
セレティア様が準成人になった12歳の時、王都の祈りの塔から離れ、国境の祈りの塔へ行くことを希望したときに教会や王族などの上層部が反対したのはそういったわけだ。聖女の中の聖女様、初代聖女様に並ぶ力を持つというセレティア様の力が失われるのを恐れていた。結果は今も増えている力を見れば、いかに聖女様本人が望む環境作りが大切なのかが分かる。
そんな此処、国境の祈りの塔は聖女であるセレティア様が主人となっているが、実際に采配しているのはご存知アレンさんだ。とはいえ、色んな組織の人間の寄せ集めみたいなところなので少ない部署から代表が集まって話し合いをして運営するという感じだ。定期的に集まって意見交換を行うが内容も平和なもので大体はセレティア様のお話で終わるらしい。
セレティア様は毎日自室のある4階の居住区から1階の祈りの間まで降りてきて祈りを捧げているし、食事も半年前までは毎食、今も朝食以外は食堂で皆と同じように取るので、此処で生活している者ならお見かけしようと思えば見かけることができる。男女比率が残念なことに圧倒的男が多いのでセレティア様の姿はさっき言ったように日々の癒しになっている。意外にもアレンさんはその状況をセレティア様が気づいていないのでお咎めなしとしているらしい。だがまあ、行き過ぎた行為をした者は気付けば塔から消えているので、現在残っているメンバーは誰もセレティア様に近づこうとはせず、ひっそりと各々で癒されている様になったのはアレンさんの調教の賜物なんだろうけど。
そんな此処の祈りの塔に来てそろそろ4年になる。一人だけでこの祈りの塔を支えているセレティア様が力を増やし続けているおかげで、この辺は大分平和になったようだ。鍛錬に付き合ってもらっている国境騎士団の騎士たちにはよく感謝されるし、通いで世話人をしてくれている一番近くの街に住む人たちにも道中の危険が減った話をよく聞く。此処以外にもいくつかある国境の祈りの塔周辺と比べて断然この辺りの土地は平和なのだとも国境騎士団の騎士から教えてもらったことがあるので、セレティア様の聖女の力がいかに強力であるかが分かる。
セレティア様の聖女の力が増え続ける理由は俺には分からない。アレンさんは何となく知っている様な気もするし、セレティア様本人ならもっと分かっているのかもしれない。以前、アレンさんに聞いたことがある。アレンさんの計画が進めば今の安定したセレティア様の暮らしでは無くなり、聖女の力を失ってしまうのではないかと思ったから。アレンさんは当たり前のようにセレティア様は大丈夫と言った。その自信はどこから来るのかを知りたいが教えてもらえそうになかった。
そのことを王太子殿下に報告すれば、彼がそう言うなら大丈夫なんでしょ。という何とも軽い返事がきた。うん、確かに俺もアレンさんが言うなら大丈夫なんだろうなとは思っているので別に良いんだけどね。やはりアイツは適当なやつである。
アレンさんの計画を俺は詳しく知らない。半年ほど前に街からやってきたセレティア様と同じ歳の少女を使ってセレティア様に何かをしようとしたことや、その後俺を連れて毎朝セレティア様のところへ朝食を運ぶようになったことが計画の一部であることくらいしか分からない。けれど、アレンさんの中には明確な目標があってその為に計画を練って確実に実行し、最後はセレティア様を手に入れたいと思っていることは知っている。無理矢理どうにかしようとしているわけではなく長期戦覚悟のようだ。
現にセレティア様は16歳であり、成人まで2年あるのだからまだ焦る段階ではないというところなのだろう。焦るも何もアレンさんは今もセレティア様の一番側にいることが出来ているので目標の一部は既に叶っているといえるわけだし。何となく狡賢さを感じるが護衛騎士という立場からより進んだ関係で側にいることを望むなら、アレンさんなら嬉々として策を練るんだろうと思う。そのくらいにアレンさんのセレティア様至上主義は深い。ドロドロの底なし沼のような、フカフカの布団のような、とにかく深いし気づかずにハマったら恐ろしいことになりそうだ。正しく俺は第三者なので、せっせと逃がさないように深みを作るアレンさんも、それに包まれていることに気づいた様子のないセレティア様のことも知っている。
そう、面白いことに。もとい興味深いことにセレティア様にはアレンさんの気持ちが正しく伝わっていないみたいだ。セレティア様にとって5歳の頃から側にいるアレンさんは家族というか空気というかそこにいて当たり前の存在なのだろう。今更そういう対象でアレンさんが自分を見ているとは微塵も考えていないようだし、この環境が当たり前だと思うからこそ自覚しない。そのことにやはりアレンさんは焦っていないので、二人の関係はひどくゆっくりと進行中なのである。
今日なんか、セレティア様がどこか上の空だったときにアレンさんが随分と直接的な告白をしていたが、うまくセレティア様には伝わっていなかったようだったし。やはりセレティア様にとってアレンさんは執事だったりオカンだったりするんだろう。そんなセレティア様にアレンさんはどうやって意識してもらうつもりなのか非常に興味深いところである。
「ジュライ、顔が煩いぞ」
「何すかそれ」
半年前から習慣になったセレティア様の朝食の時間を共にして、今は一階の祈りの間の前で護衛中だった。祈りの間にてセレティア様は日中をお一人で過ごされる。その扉の外で護衛騎士は待機だ。半年前にアレンさんに国境騎士団の砦に鍛錬しに行く時間を減らすよう指示されてからは、俺もアレンさんと一緒に扉の前に立つことが増えた。別にセレティア様の朝食の時間だけ俺も同行していれば良かったらしいけど、せっかくだからアレンさんについて回る時間を増やしたのだ。これは別に王太子殿下の指示ではなく俺の判断だ。
アレンさんはずっとセレティア様の護衛騎士をしている。そのままの意味で24時間アレンさんはセレティア様の為に生きているセレティア様至上主義者なので。アレンさんは初めて会った時から変わらずに、身につけている鎧の音を立てることなく完璧に気配を消して扉の前に立っている。隣に立つ俺だって口を開く事もなく頭の中で色々考えていただけなのに、それが漏れ出ているのが分かるくらいにアレンさんは自分の気配を消して周囲に気を配っていたようだ。
「お前が何を考えていようが興味がないので知ろうとは思わないが、こんなに喧しいのは騎士としてどうなんだ」
「確かに考え事は色々してましたけど顔には出てなかったはずですよ。アレンさんが周囲に敏感過ぎるのでは?」
ごもっともな指摘をしてくれたアレンさんだが、俺だって一応騎士なのだから表情に出さないことは意識している。なので顔には出ていなかったはずだ。アレンさんが聡いから毎回指摘してくるんだと思う。国境騎士団の人たちに指摘されたことないし。そもそも黙っていたのに顔が煩いってひどい。そう思ってもアレンさんは俺がどう考えようと、セレティア様以外どうでもいい人なので鼻で笑って片付けられるのだけど。
「セレティア様を守るために感度を上げて何が悪い。もしお前の阿呆面をセレティア様に見せてしまって、ほっこりされたらどうするんだ」
「え、セレティア様が癒されるなら満更でもないっす」
「俺は癒されるセレティア様を見て癒されたいが、セレティア様がお前を見て癒されるという事が想像だとしてもムカムカする」
「うわあ」
思わず出た俺の声にアレンさんは、またそれかと眉を顰める。そんな顔されても俺に毎回うわあって思われる発言をするアレンさんがひどいのだ。俺に嫉妬するアレンさんのことも報告しておこうと、最近は毎月ではなく毎週のように手紙を出すようになった王太子殿下宛の報告書を脳内でメモしておく。何かあったら報告しろと書いた手前なのか頻度が増えた割に有益な情報かも分からない俺からの手紙に、多忙なはずだが律儀に返事を書いてくるアイツはやはり王太子だ。
自分で書きながらこれは任務に関係があるのかと疑問に思うこともある。セレティア様とアレンさんに関係することなら一応報告しておこうかというスタンスでいるので、聖女の力が増している理由に関わっているのかいないのか。アイツからは分かった、助かるよ、といった言葉が返ってくるので、まあ多分何かしらの情報を読み取っているのだろう。
アイツが王太子になる前から俺たちはずっとそうだった。俺が何か興味を持ったものをずっと脈絡もなくアイツに提供し、気付けばアイツが俺よりもそれに詳しくなっていて、アイツから策を受けた俺と一緒にちょっとした悪戯をして笑いあう。楽しかった子供時代からの流れで俺は今もアイツに何でも話そうと思ってしまう。ジュライの勘を信じているよ、とアイツに言われれば自分の直感に従うようになった。
そう、俺の勘がアレンさんとセレティア様の恋模様は面白くなると告げている。だからなるべく二人の側で楽しみたくて、アレンさんの側をついて回るようになった。アレンさんは俺の意図に気づいているだろうけどセレティア様に害はないと判断して好きにさせてくれている。セレティア様はまだまだアレンさんの感情に気づいていないし、俺のことも半年前よりは知ってくれてはいるがどうでもいいと考えているみたいだ。うん、俺のポジションは非常に美味しい。
半年前、王太子殿下に『アレンさん、いよいよ本気出すってよ』と書いて送った。あれから少しだけ変化した日常を過ごして分かったことがある。本気を出し始めたアレンさんの計画にきっと不備はない。けれどセレティア様が手強いことを俺も知ってしまったから。完全に傍観者の立場である俺は王命に従って聖女の力の理由を知るために此処に留まり観察するだけだ。そんな気楽な俺が上司兼悪友のアイツに書く次の報告書の文章はこれにしようと思う。
『拝啓、王太子殿下さま。セレティア様が鈍感すぎて面白いことになるぞ』
これを読んだアイツがフラリと遊びに来そうな予感がして、今度こそ表情が崩れて笑ってしまったせいでアレンさんに教育的指導を貰ったが、祈りの間の扉は厚いので中にいるセレティア様は外にいる俺たちの様子を知ることはなかった。