フレッド視点
年齢設定です。
クリスティーナ 16歳
フレッド・帝国の仲間 18歳
エリック王子 19歳
あの絶望の日をきっと忘れることはないー。
「フレッド。私、殿下の婚約者になる。もう2人では会わない。」
大きな瞳に涙をいっぱいにして、瞳に灯る恋情は昨日までと何一つかわっていないのに、告げられた言葉は、はっきりとした拒絶。
会えないじゃない、会わないという言葉にクリスの決意があらわれている。
「婚約者になると決めたからには、不誠実なことは出来ない。少しずつでも寄り添っていかないといけないの。」
涙をボタボタこぼしながら、無理に笑顔で、最後にクリスはこう告げた。
「今まで本当に有難う。大好き。・・・さようなら。」
パタパタと走っていくクリスを、何もいえず、ただ呆然と見つめていた。
どのくらいそこにいたんだろう。
気付くと、俺の瞳からも涙が溢れていた。
「あ”あああぁぁぁ・・・」
喉から、声にならない声がせりあがる。
苦しくて苦しくて胸をかきむしった。
確かに昨日まで、俺の側にあったのに。
確かに昨日まで、心を通わせていたのに。
どこで間違えた?
あのお茶会を欠席したら良かったのか?
のんびりせず、正式に婚約していたら良かったのか?
クリスがあれほどまでに美しくなければ良かったのか?
神よ!
クリスは貴方の愛し子ではないのか!?理不尽をなぜ許す?
いっそ国にクリスの加護をバラせば、王家といえども無理強いはできないのでは・・?
そこまで考えて頭を振る。
そんなこと、クリスだってクリスの家族だって判っている。
それでも、神からの加護を私事に利用することを良しとしなかったんだろう。神と神殿と交わした誓約を、守るつもりなんだろう。
なのに、俺がバラすのか?
信頼して教えてくれた、クリスの信頼を裏切るのか?
出来るわけがない。
ああ。俺は、もうこの国にいられない。
クリスが他の奴の隣にいるなんて、俺には耐えられない。
どこでもいい。クリスがいない世界なら、もうどこでもーー。
****
「フレッド!みて。海が見えるわ!」
馬車の中で少し微睡んでいたらしい。
微睡む夢はあの絶望の日で、馬車の中ではしゃぐ声をあげるクリスが目にはいった瞬間抱きしめていた。
あたたかい。
あたたかい、本物のクリス。
恥ずかしそうに見上げる瞳をみて、ようやく息を吐いた。
「悪い。ちょっとウトウトしていたようだ。」
俺の言葉に、心配そうに覗きこんできた。
「ううん。何もわからない私を連れて、出国から今日まで1人でほとんど動いてくれていたでしょう?もう少し寝かせるつもりが、初めてみた海につい興奮してしまって。」
申し訳なさそうなクリスの頭をなで、
「いや。もうすぐ帝都だから丁度いいよ。ここまで来た安心感でつい微睡んだようだ。」
「フレッドのお友達に会うんだよね?緊張する。」
胸をおさえるクリスに、安心させるように笑う。
「別に城にいくわけじゃない。よくお忍びで通うお店で非公式だから気にする必要はないさ。」
そう。ぼろぼろで辿り着いたこの場所で、忘れるために我武者羅に剣術と勉学に励む中巻き込まれた事件と、友人達を思い出す。
「彼らに貸がある。この国でほんの僅かの力添え位はお願い出来ると思う。」
「貸し?」
不思議そうなクリスに笑いかけながら、馬車を降りる。
ーー食事処 止り木。
庶民の店だが、3階に個室があり、マスターの口も固い。
個室のドアをあけると、俺は抱きしめられた。
「フレッド!良かったな!」
力強く抱きしめてくれるのは、アレフ。魔術師総長の息子だ。
「歓迎しますよ。フレッドと、愛し子クリスティーナ嬢。」
そう言ったのは、宰相の息子のフェルダン。
「もう情報は筒抜けか。」
俺は苦笑した。
「貴方からの連絡を受けて、直ぐに諜報に確認と報告をさせましたからね。」
すると、隅にキノコがはえそうな背中が見えた。
「その、ジン・・」
呼び掛けると、キノコ背中が拗ねた声を発する。
「フレッドだけは、フレッドだけは、生涯独身仲間だと思ったのに。あれほど女に興味ないと言ってたのに・・。女なんて信じないといいあっていたのに・・。」
ジンのジメジメした背中を困ったようにみつめる。
俺の視線の先を追ったフェルダンは、首を竦めた。
「違いますよ。女に興味ないとは言っていません。クリス以外に興味がないと言っていたのですよ。さぁ。貴方も馬鹿なこといって拗ねていないで、一緒にお祝いして、働いてください。私達の信頼は今、首の皮一枚で繋がっているんですよ。」
フェルダンの言葉に、ジンは立ち上がった。
綺麗な金髪がさらりと流れる。多少ジメジメした影は背負ってるが、それでも笑って俺に告げてくれた。
「おめでとうフレッド。歓迎するよ。」
「有難う。」
ジンと握手をかわすと息を吐いた。
ジンはこの国の一応皇太子だ。
クリスも皆と自己紹介と挨拶を交わし、少し安心したようだ。
「久しぶりの再会と、2人の結婚を祝って食事にしよう!」
アレフの声で皆が嬉しそうに席についた。
最初はあたりさわりのない会話から、少しずつ今後のことへ話がうつっていく。
「それにしても、フレッドが移住の上、クリスティーナ嬢を連れてきてくれたのは僥倖でした。私達は、2人をバックアップします。そしてそれを、私達の功績にも繋げたいと思っています。」
フェルダンはの言葉に俺は頷く。
「フレッド。決まっていなかった貴方への報奨を男爵位を与えることにしようかと思っています。」
その言葉に俺は噎せる。
「男爵位?!まずは、近衛騎士団に属して、騎士爵という話しだったじゃないか。実績もない俺では周りが許さないだろう。」
「いいえ。騎士爵は名誉ではありますが一代限りです。貴族とはやはり違います。貴族でないと、今後、クリスティーナ嬢を守れません。」
その言葉に俺は息をのむ。
「フレッドが思うより、神の愛し子は狙われます。隣国も愛し子を追い出した事は必死に隠してますが、取り戻すのに必死になるでしょう。また、各国の諜報から、噂が徐々に広がりはじめています。が、まだ愛し子の場所や詳しいことは知られていません。今のうちに婚姻届さえ受領されれば、クリスティーナ嬢は我が国の臣下の嫁となり、私達も守りやすく、そして横槍も格段に手段は減ります。」
そういうと、紙を俺に差し出した。
その紙は、婚姻届ー。
「貴方の移住届はすでに、受領済みです。本来は、きちんと式をしてからなのは承知してますが、今のうちにこの書類にサインし婚姻届を先に提出していただきたいのです。クリスティーナ嬢の名前が広がれば、どこから横槍がはいるかわかりません。」
言葉をきるとこめかみを指で揉む。
「ジンが既に王に話を通し、最速で受領してもらう手筈にしてますが、今は、皇太子の立場はいまいち弱い。第二皇子派が盛り上がってますから。」
その言葉に、グッと眉をよせる。
「クリス。慌ただしくて雰囲気もなく悪いがサインして欲しい。もう、手遅れは絶対嫌だ。」
俺の言葉に、クリスはにこりと微笑んだ。
「もちろん。よろこんで。」
クリスは嬉しそうにサインしてくれる。
クリスの様子があまりに可愛いらしく腕のなかに閉じ込める。
長い髪を指に絡めていると、コホンと咳払いされ、ここがどこか思い出す。
クリスも真っ赤な顔を手で隠していた。
「凄いなぁー。あのフレッドが、クリスティーナ嬢相手にはこうなるのか」
アレフの言葉にフェルダンも目を見開いている。
俺もサインをし、フェルダンに手渡す。
「有難う。・・・頼む。」
俺は頭を下げた。
「別に恩に感じることもありません。愛し子をこちらの陣営に組み込むメリットのためです。」
フェルダンの言葉に、アレフとジンは苦笑する。
「フェルダンは本当に素直じゃないな。フレッドの事を知ってから、連日、フレッドのために色んなシミュレーションを考え、あらゆる手段を使って頑張っていたくせに。」
「フレッドの件を、珍しく大声あげながら俺達に大喜びで知らせにきてくれてたのはフェルダンなのになー。」
2人の言葉に、
「余計なことは言わないでください!!」
怒るフェルダンをみて、笑いがこみあげる。
ああ。いい仲間だ。
傷ついた心が、ほんの少しでも前を向けたのは、彼等と過ごした日々のお陰だ。
「フレッドはいい仲間がいたのね。あの・・どうして仲良くなったか聞いても大丈夫?」
クリスの言葉に皆で顔をあわせる。
「クリスティーナ嬢に話していいよ。まぁ、この国では知られたことだからね」
ジンは肩をすくめた。
「約半年前に、この国の学園で事件があったんだ。平民から男爵令嬢になったばかりの娘が、この国の皇太子、宰相の息子、魔術師総長の息子達に必要以上に近付き行動を共にし、学園に混乱を招いたんだ。」
延べられた事件の主人公達の立場を聞いて、クリスが、3人を見つめる。
「そう。俺達だ。貴族令嬢にはない、無邪気な仕草とエクボをつくって笑う満面の笑顔にコロコロかわる表情。俺達の心に響く言葉。恥ずかしいことに、俺達はあっという間に夢中になってしまった。」
ジンの言葉をフェルダンが引き継ぐ。
「愚かにも私達は、彼女の言葉のみを盲目的に信じ、其々の婚約者の言葉にも耳を貸さなかった。それどころか、婚約を破棄する寸前までいっていたんですよ。」
フェルダンは自嘲気味に続ける。
「愚かですよね。私達の婚約には、政治的な意図も含まれています。またそれだけではなく、婚約者とは幼い頃から共に過ごした絆も愛も確かにあったのに。それなのに、簡単に婚約破棄をしようとして、社会のバランスを壊し混乱を招く寸前でした。その頃の私達はその娘を取り合うことに夢中で、あと一歩で金銭的にも、あらゆる意味で人として犯してはいけないギリギリの所まできていました。」
「そんな俺達を正気に戻してくれたのが、フレッドなんだ。」
アルフはニコニコと俺の肩を抱いた。
「どうやってですの?」
クリスの言葉に、俺は目を泳がせた。
「殴った。そして、引きずった。」
クリスの目が大きく開いた。
「ええ。本気で殴られました。そして、1人ずつ引きずって、その娘が他の男をたらしこんでいるところを見せられたんですよ。」
フェルダンは肩をすくめた。
「本気で殴られたことで、ぼんやりしていた頭が微かに覚醒し、更に自分達にみせていた姿と全く違う様子で他の男に絡みつく娘をみて、私達はようやく何かおかしいと気付いたんです。」
「だから、娘と距離をおこうとして、初めて、自分の身体と心の変化に気付いたんです。娘がよくプレゼントしてくれたお菓子が、なぜか妙に食べたくて仕方ないこと。常に身体がだるいことに。」
クリスは口を挟まず聞いていた。
「その後は、私達の体調を医師にみせ、身体に中毒が起こっていることがわかり、色々と判明していきました。どうやら、その娘は、気分を向上させ判断力を狂わせる中毒性のある薬を菓子に混ぜ私達に食べさせていたようです。」
フェルダンは、息を吐いた。
「毒なら私達は多少慣らされていた。でも、娘の使用したのは新しい麻薬のようなものでした。最初に思わぬ言葉と態度でつい娘への警戒心をといてしまい、菓子を食べた。そこからは、何度もお菓子を食べながら、娘にゆっくり誘導されていたんです。まるで自分がそうしたいから行動しているかのように。後で判明したのは、娘の男爵家がある国と繋がっていたこと。その国は、我が国を何度も狙い争いを起こした国です。」
アレフは、遠い目をした。
「本当に危なかった。俺達は既に学園を混乱させていたこと、婚約者にも不誠実であったことで罰をうけた。それでも何とか廃嫡は免れたし、学園内で事が済んだことで、若い過ちでギリギリ許された。まぁ。フェルダンと俺は婚約者達に、今もって誠心誠意償っているところだけどね。」
「あの・・殿下の婚約者様は?」
クリスの問いに、ジンは、下をむいた。
「俺が不誠実な間に、婚約者殿には、優しい騎士がついていて愛しあうようになっていた。もちろん、こちらが悪いのだから謝罪し、婚約は白紙に戻された。俺は、初恋に破れ、婚約者を失い、婚約者を失ったことで最大派閥の公爵家の支援も失った・・」
「それにより、今は第二皇子派が盛り上がっているんですよ。元婚約者の公爵家とも和解は完了し、積極的支援はしない宣言はされましたが、皇太子よりの中立を保ってくれています。王もまだ皇太子はジンであると認めています。しかし、今までの次代に向けた磐石な体制は崩れ、大きな失態がついたのは間違いありません。」
フェルダンは息をついた。
「この件の貢献が認められたことと、フレッドが移住と騎士を希望したことで、もともと騎士爵を授かる予定でした。が、まさか、愛し子を連れてくるとは予想外でした。」
フェルダンが笑う。
「申し訳ないが、私達はフレッドの支援を行うことで、クリスティーナ嬢が我が国に移住し国に富を与えたという実績をつくろうと思っています。また、フレッドが皇太子の忠臣として側に仕えることで、愛し子がジンの時代にも王の側につく事をアピールし、皇太子の存在を強めたいとも思っています。」
「ああ。正式に俺達が共にいることを認めてくれるのならば、俺はそれで構わない。」
俺はクリスの手をとり自分の指を絡めた。
クリスも俺を見上げて、強く指を絡め返してくれる。
「私も構いません。私は、殿下につきます。」
クリスの言葉に、3人が息を吐き、嬉しそうに笑った。
食事を再開し、俺達は雑談を混ぜながら未来を見据えた話をしながら、楽しい時間を過ごした。
「そういえば、クリスティーナ嬢の護衛は何人用意しましょう?」
「そうだな。これから仕事や手続きでフレッドが側にいないことも増える」
フェルダンとジンの言葉に、クリスはくすりと笑う。
「特に必要ありません。」
「しかし、クリスティーナ嬢は、これほどまでにか弱い令嬢だ。それに愛し子は狙われやすい。何かあれば・・・」
その時、クリスが、テーブルに飾られていた丸い林檎を中指と親指ではさむ。
グシャ!!
軽く林檎がつぶれる様子に3人は目を丸くする。
「クリスの加護は怪力だ。しかもお転婆で、小さい頃から俺と一緒に剣を振ってきた。そして、成人の儀式の後、魔力が更に溢れ様々な魔術が頭に浮かんできたらしい。成人の儀式で身を守る術が神から与えられたらしい。」
俺は肩をすくめた。
「まだ加護の内容までは伝わってなかったんだな。俺のお姫様は、こんな見た目で俺より強い。だから、俺は幼い頃から追いつくために研鑽してきたんだ。」
まだ驚きで、固まったままの3人を見渡す。
驚いた顔が可笑しくて、クリスと2人笑い出すと、つられて3人も笑いだした。
「これからもよろしく。」
「こちらこそ。」
皆で強く手を握り、未来も共にあることを誓う。
今日からここが、俺達の居場所だー。
****
3人と別れ、フェルダンが準備してくれていた家で2人で肩を並べる。
「それにしても、皇子達を殴るなんて、フレッドらしくなくて驚いたわ」
「あの頃は、何もかもが苛ついていて自分がどうなろうと構わない気持ちだったんだ。」
俺は照れたように笑う。
「この国は、学園で優秀な成績をおさめれば移民でも平民でもいい職につける。あの国より遥かに実力主義の国だ。そのために全てを忘れ打ち込もうとしていた俺のまわりを、チョロチョロと例の娘がまとわりつくのが本当にムカついたんだ。しかも、裏切られた貴方の気持ちがわかる・・なんて、軽い言葉話を吐きながら迫ってくるんだ。裏切られた?俺とクリスの事を何も知らず、あの時のクリスの様子も知らず軽々しく話す様子が勘にさわって仕方がなかった。」
そこで、アルコールを軽く煽る。
「それに、次代を担う奴らの腑抜けにも心底嫌気がさした。学園に入った時、声をかけて気にかけてくれたのがあいつらなんだ。だから、おかしくなっていくあいつらをみたくなかった。殴ることにより不敬罪になっても、もうそれで多少あいつらが元に戻るなら、それを俺の最後にするのもいいかな。そこまで思ってた。」
俺の言葉にクリスは真っ青だった。
「お前のいない世界は真っ暗で寒かった。いつもお前とあの王子の姿がちらついて死にたくなった。それでも、まだ、お前を取り戻す未来も諦められなくて・・」
俺はクリスをぎゅっと抱きしめた。
「お前を取り戻せた。もう離さない。」
「私も・・私も、もう離れない。」
涙に濡れる頬を唇で絡みとり、その唇に唇をあわせた。
その夜、俺とクリスは結ばれた。
朝、目が覚めると、腕の中でクリスがすぅすぅ可愛い寝息をたてて眠っていた。
あたたかくて、幸せで、涙がでた。
後悔の日々は終わりを告げ、新しい日々がここから始まる。
もう何があっても離れない。
幸せは、簡単に転がり落ちる事を俺は知っている。
これからは、クリスと2人で、この幸せを大切に包んで育てていこう。
もう2度と、同じ後悔はしないー。