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エリック視点

どこか満たされない欲求が常に身を焦がしていた。


「貴方はいいのよ。好きな事をしてのびのび暮らせばいいの。」

母上はそう言っていつも甘やかしてくれた。

「そうだ。お前はお前の思うまま好きに暮らせばよい。アルフォードよりずっとお前は素晴らしい存在だ。」

父上も常にそう言って、抱きしめてくれた。

アルフォード兄上には、常に厳しく叱責している姿が多かったが、僕にはとても甘く優しい両親だった。

そんな両親は、僕が、少しでも何かを成すといつでも誉めてくれた。だから、自分は優秀で素晴らしい人物だと思っていた。


城での本当の評判を聞くまではーー。


その日はなぜか、剣の鍛錬を終え、普段は行くことのない庭園の裏を歩いていると、先程僕の剣筋を褒め称えていた騎士が他の騎士と雑談していた。

「あー。本当にあの甘ったれた我儘王子の相手は疲れるぜ」

「はは。なんだよ。あの王子を褒め称える役、今日はお前だったのか?」

「ああ。適度に負けないといけないが、とにかく下手だろ?負けるのに一苦労。誉める所がないのに誉めるのに一苦労さ」

「あれで、自分では天才だと思ってるんだろ?本当の天才のアルフォード殿下の様子をみたことないのかね?」

騎士達の話している内容を理解した瞬間、怒りと羞恥で頭が真っ白になった。

「それにしても、王は何故あれほどアルフォード殿下を厭うんだろうな?あれほど努力し、また、才能溢れる殿下を自慢に思っても厭う理由がわからん。」

「それはアレだろ?アルフォード殿下は先代に見た目も性質も似てるからだとの噂さ。今の王国の繁栄は先代が築いたものだ。今の王も決して悪くないが、先代と比べるとどうもパッとしないだろ?」

「お前、不敬だぞ」

ははは。と笑いあう声が聞こえる。

「皆が言ってることさ。常に先代と比較され、王は鬱屈した思いがあった所へ、自分の息子が先代同様の天才ときた。このままでは、王は、天才に挟まれた凡才王として名を残すと専らの噂さ。」

騎士達の話が続く。

「エリック様は、年をめしてからお出来になった子で可愛いのもあるだろうが、見た目も平凡さも王にそっくりだ。だからこそ、安心して可愛いがれるんだろう。決して自分を越えない存在として」

そういいながら、2人の騎士は去っていった。


ぶるぶると身体が震えた。

今まで自分が信じていたものは何だったのか?

何をしても褒められ、自分は素晴らしい存在だと思っていたが、初めて両親以外からの評価をきいた。

我儘で才能もなく、兄には決して勝てない平凡な王子?

父上が僕を可愛いがり常に誉めるのは、兄より劣り平凡だから?

それが本当の評価?


なんだよ。それ・・


僕は、それから、努力を一切やめた。

だって、何をしたって誉められる。

だって、どうせ王になるわけじゃない。

それなら努力するなんて、馬鹿みたいだ。


それに、あいつらのいう通り、万が一本当に自分が兄上より劣ることが証明されることが嫌だった。


僕は努力しないのにここまで出来るんだ。努力しないだけで、本当は誰よりも出来るんだ!そう思っていた。


兄上はそんな僕に苦言を呈してくることもあったが、父上と母上に告げ口すると兄を叱り庇ってくれた。

そのうち兄上は何もいわなくなった。


僕は満足した。

でも、何故だろう?どこか、何か、満たされなかった。


そして、年月は過ぎー、

成人を迎え、婚約者を選ぶこととなった。

婚約者候補筆頭は、侯爵家のアリーナだった。

華やかな見た目も魔力も悪くない、が、悪くないだけなのだ。

その頃には、兄は、宰相の娘の公爵令嬢を娶り子も成していた。

義姉である王太子妃は、次期王妃に相応しく、見た目も麗しく賢く、兄上との仲も良好でお似合いだと評判だった。

義姉と比べると、アリーナは見劣りする気がした。

義姉に勝てる部分が特にない娘を娶るのは、妻すら負けているようで悔しかった。


そんな時、気紛れに参加したお茶会で出会ったのが、クリスティーナだった。

初めての社交だったらしく、初々しい様子とその美貌に、現れた瞬間に周りが息を飲んだのがわかった。

その見た目は、珍しい銀髪に今までみたどの令嬢より儚げで可愛いらしかった。

お茶を飲む仕草も、指先まで神経を使っているのがわかるほどに丁寧で美しかった。


周りの子息達が皆、噂していた。

クリスティーナと仲が良さそうで、クリスティーナをエスコートしていた伯爵家の次男を妬む声がそこかしこで聞こえる。


その瞬間、欲しいと思った。

クリスティーナなら、兄上でさえ、妬ましいと思うだろう。

周りからの称賛も浴びるだろう。

その夜には、父上達に婚約をねだって、次の週にはクリスティーナは私の婚約者となっていた。


それからしばらくは、気持ちが満たされ素晴らしい日々だった。

クリスティーナは、見た目通り、儚く可憐で控えめな令嬢だった。クリスティーナを連れて歩くと、周りの騎士や令息達が羨んでいるのがわかる。

兄上でさえ、初めてクリスティーナに会った時一瞬目を見開いた時には、これ以上の幸せはないと満足した。


ああ。これこそ、欲しかったものだ!


クリスティーナに見惚れて、私を羨ましそうにみつめる視線を浴びるたびに、見せつけるようにクリスティーナの腰を抱き、唇を奪おうとしたが、恥ずかしげにやんわり距離を取られた。

面白くなかった。

それでも、クリスティーナは、国で一番麗しい真の乙女なのだから仕方がないと我慢した。クリスティーナが成人したら直ぐに婚姻式の準備を進めるよう指示もだした。


そんな時、兄上が側近達と話している声が聞こえ、そっと陰に隠れた。

「素晴らしい刺繍だな!それはエリザベート様が刺繍されたマントか?」

側近の声に、嬉しそうに兄上が笑っていた。

「ああ。エリーは刺繍が得意なんだ。忙しい日々のなか、今度の遠征の為に密かに刺繍していてくれたらしい。」

照れたように笑う兄上は大切そうに、刺繍にキスを落とした。

「これほどの刺繍が出来るのは、エリザベート様だけだな!愛されてるなぁ。」

「ああ。エリーは幼い頃からずっと側にいて支えてくれた。感謝してもしたりない大切な存在さ。」

兄上の惚気に側近達は見てられないとばかりに頬をかく。

「それにしても素晴らしいなぁ。こんな刺繍を持つお前は、国一番の幸せものだな。」


そんな声を聞きながら、そっと、その場から去った。


刺繍?

そうだ。自分は、クリスティーナから刺繍を贈られたことがない。

兄上の嬉しそうな顔と素晴らしい刺繍が頭から離れない。

婚約者には刺繍を贈るものなのに、なぜ、クリスティーナは刺繍をくれないんだ?


クリスティーナに会った時、それとなく刺繍をねだったが、答えは刺繍が苦手で、とても贈れるレベルではないと申し訳なさそうに告げられた。

刺繍が出来ない?そんな女とは思わなかった。

自分は、兄上のように、皆に刺繍を誉められ羨ましがられることが無いのかと思うと悔しかった。

だから、それでもどうしても刺繍が欲しいのだと強くねだると、本当に下手なのです・・細い声で告げ、不安げに瞳を揺らしながらも了承してくれた。

しかしその様子から刺繍は本当に苦手なのだと見て取れた。

あれほど愛しかったクリスティーナが、色褪せてみえた。


そんな時、アリーナ侯爵令嬢と2人になる機会があった。

そこで、アリーナから、貴方を思い大切に刺しました。と、それは見事な鷹を刺繍したハンカチを貰った。

その刺繍をみた瞬間、兄上が刺繍を嬉しそうに周りに見せていた顔が浮かぶ。

その時みた刺繍に負けず劣らずの素晴らしい出来だ。

アリーナにこんな才能があったとは知らなかった。

この刺繍なら、兄上も皆も称賛するだろう。

そう思うと、たまらず、アリーナを抱きしめ唇を合わせていた。

アリーナは、クリスティーナと違い素直に身を任せて、嬉しそうに見上げてくる。

その唇を何度も吸いながら、自分に必要だったのは、クリスティーナじゃない、アリーナだったのだと思い知った。


だから、

だから、クリスティーナはもういらない。


それでも、クリスティーナを王家の要望で婚約者にしたことは広く知られているし、婚姻式の指示も出してしまっている。

ここで、簡単に婚約者を替えるのは評判に傷がつく。

だから、クリスティーナが刺繍が出来ない事を理由にしようと思いたった。

自分は悪くない。まともな刺繍を刺せない令嬢は王子妃に相応しくないと皆に知らしめるのだ。


実際贈られた刺繍は、想像以上に酷かった。

下手ですが大切に刺しました?

これが?

刺繍を始めたばかりの幼子ですらもう少しまともな刺繍が出来るだろう。

馬鹿にされたと思った。

または、これが本当に実力なら、見た目に騙されたと本気で怒りが湧いたのだ。

本当なら、婚約破棄だけで済ますつもりだったが、つい怒りで国外追放までいい放ってしまった。

真っ青になるクリスティーナを見て、言い過ぎたか?とも少しは思ったが、アリーナが皆に刺繍を見せつけ周りから嘲笑を受ける姿をみて恥ずかしくなった。

あれ程笑われるような婚約者を持っていた事実を無くしたい。

それと、やはり青い顔をしてすらクリスティーナは息を飲むほど麗しい。クリスティーナを他の奴に渡すのは、何となく癪に思えた。国外追放を言い渡されるほどの王族の怒りを買った令嬢を狙う子息はいないだろう。

泣いてすがってきたら、国外追放を取り消してやってもいい。

その後は、妾にしてやってもいいかもしれない。

自分の考えに満足すると、アリーナを抱いて、その場を去った。

とりあえず今夜は新しく婚約者となったアリーナと夜を共にし、祝杯をあげよう。

そう告げると、嬉しそうにアリーナは身体を寄せてきた。

気持ちが満たされる。


ああ。これこそ、欲しかったものだ!


ああ。

それなのに。

俺はどこから間違えていたんだ?


婚約破棄の翌日、

神殿から神の愛し子の名が告げられた。

先代の時代にすら現れなかった久方ぶりの愛し子の出現に、国中が沸き立つ。

そして、驚くべきことに、告げられた名はクリスティーナだった。


クリスティーナと婚約破棄し国外追放までしたと報告したときは、多少顔をしかめただけだった父上が、神殿の発表を聞き、顔色をかえた。

慌てて王家から正式な使者をたて、様子を見にいかせると、既にクリスティーナは、幼馴染みの伯爵家次男と隣国に出国したと冷たく告げられたと報告された。

伯爵家の次男と聞き、あのお茶会の日、クリスティーナをエスコートしていた男だと直ぐにわかった。

仲良さそうに囁き合う、あの日の2人の姿を思い出した。


その日、初めて父上に殴られ、罵られた。

「お前のせいで!愛し子を追い出した愚王になってしまうではないか!!」


母上も泣くばかりで、庇ってはくれなかった。


あの婚約破棄の日、クリスティーナを嘲笑していた連中は、手の平を返したように、あの日の出来事をクリスティーナを悲劇のヒロインに仕立てあげ、広めた。

加護が「怪力」だと知らされ、刺繍がどれほどの苦労の上仕上げたかも皆が知ることとなった。

一針刺すごとに神経を磨り減らし、それでも、一針一針大切に仕上げた一枚を踏みつけ、国外へ追放したと知った民衆と神殿は怒り狂った。

知らなかったんだ!

あの儚げなクリスティーナが「怪力」だなんて誰が思う?

クリスティーナもなぜ、「加護」の事をいわなかったんだ!

知ってさえいれば、貰った刺繍のハンカチを大切にしたし、お礼だって伝えただろう!

知ってさえいれば、婚約破棄も国外追放なんて馬鹿なこともしなかった!

知ってさえいれば!

知ってさえいれば!

知ってさえいれば、今頃、皆から羨望の眼差しをうけ、兄上さえも越え、国中から称賛されただろう。

ああ。今頃皆から祝福され羨まれながら、婚姻していたのだろうか。


その後の事は、もう思い出したくもない。

こんな田舎の古びた狭い屋敷に、王子の身分を剥奪され、アリーナと共に追いやられた。

そこで知ったこと。

アリーナは繕い物すら出来なかった。

あの見事な鷹の刺繍は、アリーナが魔力を込めた糸を使い、平民の縫子が縫っていたらしい。

嘘つき女め!

毎日ヒステリーをおこすアリーナと罵りあっていると、そのうち、アリーナは屋敷からいなくなった。

旅の行商の男と懇ろになったことは知っている。

どうせ、ついていったんだろう。

嘘つきのふしだらな売女め!


安酒を煽り、窓から、外を眺めた。


最後に兄上と話したときの事を思い出す。

「愛し子を貶め追い出し、国に不利益をもたらしたとして、父上は王の座をおり、隠遁することが決まった。お前からも王子の地位を剥奪し、その身分を平民にすることとする。エリック、なぜこんなことをした?例え、クリスティーナ嬢が愛し子でなかったとしても、お前のしたことは到底許されることではない。」

兄上は静かにいった。

「・・・兄上にはわかりません。才能も、人からの称賛も、素晴らしい伴侶も全て持っている兄上には。」

俺の言葉に兄上は目を見開き、そして首をふる。

「エリック。お前には田舎に家を1つ用意した。そこに行くんだ。お前は王都にはいれない。お前の名前も顔も民衆は知っている。ここにいれば、あっという間に袋叩きに合うだろう。」

兄上は言葉をきった。

「毎月僅かだが、飢えない程度のお金も渡す。それで、アリーナ嬢と共に静かに暮らすんだ。兄として、お前にしてやれる最後の情けだ。」

兄上の言葉に俺は唇をかんだ。

「・・・エリック。俺はお前が羨ましかったよ。俺には与えられなかった父上と母上の愛をいつも独り占めしていて。」

去り際に小さな声で伝えられた、兄上の言葉は思いもよらないものだった。


兄上が俺を羨んでいた?

はは。

ずっと兄上が羨ましかった。

兄上も俺が羨ましかっただって?

兄上の苦言を聞き入れ、お互いに話しあっていれば、なにかがかわっていたのだろうか・・


ガタガタと、たてつけの悪い窓が揺れる。


寝る前に思い出すのは、いつも、クリスティーナの控えめな笑顔とあの時のハンカチ。

ハンカチは何処へいったんだろう?

本当に俺のことだけを思い、刺されただろう刺繍のハンカチが、今は欲しくてたまらなかった。

クリスティーナが恋しくてたまらなかった。


でも、どれだけ後悔しても、もう、時は戻らない。

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