幕間:母は強し
しなやか、かつ力強い足取りが、後ろから迫ってきてるのを感じる。自分達を追ってきているのは……恐らくは、雌と思われる一匹の化け物だろうと。
「ゥウウウウルォオオオオオオ! ゴァアアアアアア!」
「それにしても物凄い勢いだなぁ怖えよ! 捕まったら俺ら死ぬんじゃねえか!?」
「ち、畜生何もせず捕まる位なら! やっちまおうぜ! こっちには一杯鉄砲があるんだだからよぉ! ギャハハハハ!」
一人が振り向き、その手の拳銃を構えた。気持ちは分からなくも無かったが、しかしこの一瞬、振り向いた刹那でも、後ろの猛牛にはあまりにも十分な時間だ。
「――ウウン? フオオウ!」
「へっ、目の前に出てきてくれるなら……! って、あの、なんで拳銃を握りしめて」
パキャリ、という音と共に、その拳銃を、まるで玩具でも破壊するように……握りつぶしてしまった。それを呆然と見ていた少年は、次の瞬間にはその指先で爪弾きにされてあっさりと意識を飛ばされた。
「……マズイ! 使い物にならなくされる前にブチかませ!」
「ち、畜生! ヤケクソだ! 撃て撃て撃て!」
拳銃を構えた若者たちだが、一応撃つ為の講習は受けてはいるが、使いこなせるようになっているかと言えば全くそうではない。撃てる、というだけではどうにもならない部分もあるが、それを数で補うのがリーダーの男の作戦だった。
「兎に角当てろ! 頭を狙って撃ち抜けば、殺せない事は無い! 生きてるならあんな化け物だって殺せる! 脳味噌ぶちまけさせれば死ぬ!」
確かに、という一つの思いから、男達は拳銃を構えた。一匹の獣をぐるりと取り囲むように。全方位から直撃させれば殺せぬ訳もない。という願いにも近い行動からだった。
「――ヌゥウウウ!」
「おぉ、必死になって避けてるぞ! 間違いない! 直撃すれば彼奴は殺せる! 武器を恐れてるんだ!」
恐れている……という認識を男たちはしている。しかし、それが本当かどうかは、全く分からない。そうやって避けているのは、銃や弾丸が怖いから、という訳では、無いのかもしれない。例えば……
「ち、畜生、セーフティが、上手く……!」
「――ォオイ?」
「えっ?」
こうして隙を晒している間抜けを一人、打ち倒す為に、一気に近寄って打ち倒そうとしていたり……という事で一発のデコピンで更に一人が綺麗に宙を舞う。呆然としている間に更に別の一人の元へと巨牛は駆け寄っていた。彼は胸元に優しく抱きかかえられて……
「~!? ~! ~! ~……! ~…………」
暫く優しく……恐らく優しく、その胸に抱かれた後に天へと昇った。
「な、ななななな!?」
「み、皆気を付けろォ! 此奴力強さに加え母性も発現させてるぞぉおおおおお!?」
人外の、それも明らかな化け物が発揮している匂い経つが如き母性。それに嫌悪感を抱いた男たちの感性は普通なのか、それとも余りにも感性が捻じれすぎて普通に母性を感じることが出来ないのか。
「――ハァアアア」
「く、口から呼気が……! 間違いなく臭いであろう呼気が……!」
「ま、待て! 変な事言うんじゃねぇよ! 気にしてたら余計に怒らせて……!」
しかし、その捻じれた感性は、自分への危機だけは正確に察知するのか。男がそれを回避しよう、と思考を回したその瞬間……ギロリと、目の前の巨人が、迂闊に口を滑らせた男にその狙いを定める。
「あ……あぁっ!? ま、待ってくれ! 落ち着け! 悪かった! 悪かったって! ちょ、ちょっとアレだよ! 偏見でモノ言っちゃったから! それと勢い! あるだろそういう事さ! な!? な?!」
それに気が付いた男は、少しずつ下がりながら謝罪の言葉を口にするが、それを聞き取れるだけの頭脳が、彼、いや彼女にあるのか……
「――(ウンウン)」
あった。その鋭い視線を柔らかなものに変え、あー分かる分かる……といったように、腕を組んで頷いている。何とも人間臭い仕草だった。
「へ、へへ……わ、分かってくれるとは嬉しいぜ……な、だからよ」
「――ニン」
「あ、あはははははは……は、はは……はひ……ひ、ひぃいいいいいいいい」
だが、彼も分かっているのだろう。間違いなく、あの笑みは……『だが許さぬ。貴様を我が一撃にて裁くのは確定した事実である』といったような、威圧の笑みを浮かべている事に。もう、自分が獲物であることは、確定している事に。
「……アァアアアアアアアッ!? だずげでぐれうぇええええええ!?」
もはや後先も考えず、たった一人仲間の傍を離れ、必死になって森の奥へ向けて全力へ駆け抜けていく。間に合う間に合わないは最早考えていないのだ。自分が一瞬でも長く
己が生き残るために。
「――ンンッフゥウウ!」
そしてその少年を追って、巨大モンスターが駆けだす。恵まれた女性体をブルンブルンと生かし物凄いしなやかな足取りで森の奥へと消えていき……
『――――ッャァァアアアアアアアア!?』
悲惨な悲鳴が、夕焼けに近づく山の中に響き渡る。どうなっているのかは分からないが想像するのは容易い……男たちはゆっくりと顔を見合わせ、黙って頷いた。目線でやり取りをした内容は、皆似通っている。
「「「(絶対に、迂闊な事は言わずに静かに撃ち込め)」」」
これ以上リスクを跳ね上げるのは割に合わぬと、唯、拳銃に弾をゆっくり込めた。
「生き残るぞ……絶対に、だ。冷静に、落ち着いて……全員、周りを良く見て、絶対に迂闊な事をするんじゃねぇぞ! 良いか!」
必死になって生き残る、その道を……男たちは、必死に模索しようとしていた。生き残るために。あの悲鳴の持ち主の様な、悲惨な目に合わないようにと。生き残るための覚悟を決めて、森の奥を睨んでいるのだ。
ここまで見終えた所で、天に浮かんだドローンからの映像を切り替える。ここの趨勢は決まったも同然。ならば次は……
傍から見てると完全にC級映画の猟奇的な殺戮シーンにしか見えないという。




