やさしいうしさん
「――グゥゥウウウ」
だ、ダメだ……有馬さんの協力を経て、全力でパワーを振るえる環境になったというのにこの触手、刻もうが叩き潰そうが、後から後からズルズルと伸びて……雑草以上じゃないか此奴の生命力は、えぇ!? この狭い廊下で斧振り回すのキツイっていうのもあるけど!
「あ、危なかった……巨大ミノタウロス、屋久島近郊に出没とか、そう言う見出しの記事が書かれるところだったよぉ……うぅ……って牛頭さん大丈夫ですか!?」
大丈夫ではない! 無数の触手が俺を絡め取ろうとしてくるんだぞ!? しかもぜんっぜん此奴ら弱るって事を知らねぇよ! ったく、一旦華麗にバックステップで……
「キャッ……」
「――ォウフ」
しまった、後ろに有馬さんが居たのを忘れてた! ええい、下がるに下れんではないかコレでは! ったく……そう言えば、他の奴らはここまで物凄い成長してる、って訳でも無いみたいだし。悲鳴も聞こえないし。
「――そ、其方の着ぐるみの人! 大丈夫ですか!?」
「――ォウ?!」
せ、船員さん! ちょ、お願い助けて! ちょっと余裕ないから今!
「報告を受けた時は信じがたかったが……! と、兎に角もう少しお待ちください、応援がこっちに来ますので! 全員此処に集めろ、いいか!?」
そいつぁ有り難い! 一人じゃちょっと、手数が……いや、そもそも、あのサメ野郎は他にも居るんだし、それがこうなったら、ヤバいどころの騒ぎじゃねぇぞ!
「合流したら急いで逃げてください! 倉庫を一時避難場所としていますのでそこに!」
他の人達はそこに避難し始めてるのか。凄い素早い対応だな、ここの船員さんも相当なプロだなぁ……じゃなくて!
「ご、牛頭さん。行きましょう……!」
まぁ、そうだな。有馬さんは先ず避難しないとマズいか……となれば、急いで運ばないといかんか。ちょっと抱えられててな、っと。
「キャッ……す、すいません。運んで貰っちゃって……」
いやぁ気にするなお嬢さん! 有馬さんが近くに居ると危ないからね! ちゃっちゃか急いで……倉庫って何処ですか!?
「あ、あの、急いで非難を……! え、いや、そっちじゃないですよ倉庫は!」
分かんないんだよ! 私この船初心者やぞ! ちょっとは優しくして! いやこの船上級者っていうのも可笑しいとは思うけど!
「も、もしかしてどっちに行けばいいのか分からないのかな……うぅ、喋って欲しいんだけど……それとも被り物してるからしゃべり辛いのかな、脱げばいいのに」
脱ぐも何もないんだよ! 俺の角もこのキュートな顔面も全部天然もんだって言ってんだろうがこのダボがぁ! っと、落ち着け俺、紳士、紳士……
「ええい、問答している時間も無いか……奥です! 船の先頭の辺りにありますから! 急いで向かってください! 早く!」
了解、先頭の方向な。おしあり! そいじゃあ失礼致す! 我が進撃を阻める者等おらぬわこの大戯け! もう俺はどの時代の人物なんだろうな……と。船
「きゃあああああ! さっきの奴って、薄い本に出てくるアレよぉおおおおおおお!?」
「逃げろ! 早く倉庫へ! 急げぇ!」
「ここわぁ……儂に……まかせてぇ……げほっげほ、オゥェ!」
「お爺さん無理しないで! 急いで逃げて!? というかどうしてそんなザマで立ち塞がろうとしたの九〇代!? それにさっき触手が暴れてたの向こうだし!」
阿鼻叫喚だなぁ……兎に角、有馬さんを送り届けるまではああいう風に絡まれないようにしないといけないかな。悪いけど、危険な人が居ても助ける余裕は……
「――おかーさーん! おかーさーん! どこぉー!」
……た、た、た……たすけ……
「――グォオオオオオオ!」
「うわぁあああっ!? お、おばけぇ!? た、たすけ……ひぃいん!?」
子供に罪はねぇよこん畜生! ええい、そりゃあそうだろうよ! こんな大混乱の状況だし、誰か一人位迷子になってても仕方ないかねぇ! チクショウ、優しい牛さんは子供を見過ごせねぇんだよ!
「ぼ、ボク! 大丈夫だよ! 悪い牛さんじゃないから! ね?!」
「どうしてうしさんがのしのしあるいてるのぉぉおおおおおおおお」
「――ンンンン……」
そこを聞かれても! 私、ミノス島に生を受けた由緒正しいミノタウロスさんですから!? こうやって角が若干天井を擦りそうになりながらも必死に走っているんですから素直に感謝して欲しいでごんす!
「あ、牛頭さん! あそこじゃないですか!?」
ん!? ぉおおおおおおあった! 金属扉に吸い込まれるように入っていく皆様! よーしそこに有馬さんとこのお子さんを……! あれ、誰か叫んでんな。
「――あ、あのすみません! 子供を、子供を見ませんでしたか?! 私の子供で、何処かへ行ってしまって……! お願いします、誰か! だれかぁ!」
居た! お母さん居た! 良し、ちょっと待ってなぁ。ホラ坊主! お母さんだぞ!
「――! おかぁさん! おかあさーん!」
良し、コレでもう大丈夫……って痛い!? なんで俺の毛を毟って言ったお子! 全くお母さんに合えたのが嬉しいのは分かるがそこまで慌てなくても……って、そうだ。
「良かったですね、お母さんにあえて……あ、すいません。腕、失礼しますね……よいしょっと」
有馬さんは倉庫でジッとしてれば大丈夫だ。
コレで少なくとも、有馬さんはこの船が沈むまでは無事だな……良し! なら後は俺がする事は、一つだな……取り合えずズボンに引っ掛けてたけど、落さなくて良かった。
「牛頭さん、牛頭さんも早く……あれ? どうして斧を構えて」
っし! 伐採祭りの続きだぁ! やるぞぉおおおおお! なんかね、こういうサメな映画って大抵船は沈むから……あの木をどうにかせんとマズい気がする。というか、沈んだ時、万が一有馬さんが巻き込まれたら色々、アカン。
「……ゥウウウウ」
というか、最低でもあと四匹分だろう? キツイなぁ……
狭い船内で必死に斧を振る牛……毎度毎度絵面がC級映画。




