5話:惜別
善戦ではあったはずだ。どれだけ頑張ろうと結果がすべてなんて悲しいことは言いたくないが、互いの命を賭した生き物の戦いはそれがすべてだ。敗れれば終わり。そんなことを真面目に考えたことはなかったけれど、そのことを考えるのをこの場面は強制した。
僕が死ぬのは仕方ない。でもソーンは、そして村長や他のみんながこのあとに悲惨なことになることを想像すると、安々と命を差し出すわけにもいかない。一矢報いなければ。
ソーンは後ろで泣いている。もうこの得体のしれない魔物のことが目に入っていないようで、僕の名を頻りに呼ぶばかり。何してんだよ。逃げるんだよ。
早鐘のように脈打つ心臓。時間が引き延ばされ、世界がゆっくりに見える。
よくよく見ればこの化け物、魔物とは思えない。雰囲気が明らかに魔物とは異なる。たとえば、悪魔の眷属の類? 悪魔にもその眷属にも遭遇したことはないが父さんから何度か聞いたことはあった。
目の前で巨体の獣が開口するように触手が広がっている。その奥には不規則に並んだ眼球と口。
ゆっくりと殺到する死。
抗おうにも体は言うことを聞かない。無理をした反動で激痛が走っている。
頼む、動いてくれ僕の身体。
しかし現実は無情だ。
「ギイイイイイイヤアアアアアアアアア!」
「グギャギャギャギャギャギャギャギャ!」
化け物のけたたましい叫び声を伴って凶器が迫る。僕を貫き、そのままソーンも串刺しになってしまうのだろうか。
すると、視界の端に影が映った。
はためくのは炎。いや、炎ではなく炎の刺繍だ。
それは僕と化け物の間に立ちはだかり、そのまま僕とソーンの代わりに猛攻を受けた。
「とう、さん?」
「はっ、間に合ったか」
父さんは右手を化け物に翳し、
「礼煌」
そうして音もなく光のもとに裁かれ、化け物の姿は消滅した。
「悪いな、カナク……」
「父さん……か、からだが」
左足は膝から下がなくなり、全身に穴があき、流血が止まらない。気術に治癒を施すものはない。肉体を活性化することはできても、それは既にあるものの能力を引き出すにすぎない。失われたものを再生させることはできない。ないものはないのだ。
「ヘマしちまった……ったく、半数しか助けられなかった。みんなには、申し訳なかった。まさか十三年越しに来るとはな……ぬかった」
「と、うさん」
「カナキさん……」
ソーンが後ろから震える声で父を呼んだ。
「おう、ソーンちゃん。怖い思いをさせたな。許してほしい」
「ううん、いいの。でもカナキさんが」
「言伝を頼まれてくれないかい? みんなにもう大丈夫だって」
「うん、うん」
ソーンは滂沱と涙を流しながらも、家の方へと走っていく。
「強い子だ」
父さんは血を吐く。片足で立っていたが、もう限界のようで、受け身も取らずに倒れた。慌てて身体を支える。
「いまのあれは悪魔の一部だ」
「あれが……」
「カナク、お前の力は着実に大きくなっている。弛まず鍛錬をするんだ。だが縛られることはない。お前は自由だ。お前の主人はお前だ」
これはきっと遺言なのだ。父さんは命の灯火を燃焼させて言葉を紡ぐ。その金言を妨げず、記憶に刻みつけろ。泣くのはあとだ。感情を制御するんだ。
それでも涙が一滴、また一滴と溢れる。こんなんじゃまだまだだとまた小言を言われてしまう。最後にそんなことを言わせるわけにはいかないのに。
「カナク、優しいなあ、お前は……」
父さんは僕の頭をなでながら言う。
「好きに生きろよ、カナク」
「うん。好きに生きるよ、父さん」
「愛してるよ、カナク……ミリエラ」
一気に父さんの体が重くなる。脈を見てもない。呼吸もない。
「…………父さん」
村の中央部ではいまだに火が轟々と上がっている。父さんを送っているのだろうか。
好きに生きろ。
そう言われたって、どうすればいいんだ。
ぽつぽつと、天を仰ぐ僕の顔に雫が落ちる。
雨脚はにわかに強まり、気づけば類を見ないほどの大雨になっていた。それでも火は消えず、一晩中燃え上がっていた。
ありがとうございました。
これにて序章は終わりとなります。
次話からあらすじの内容に入ります。
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