4話:決死
皆煤や血に汚れ、家に駆け込んできた。女性と子供しかおらず、誰もが不安と恐怖の表情を浮かべている。
最後に来たムイさんがことのあらましを教えてくれた。
「大勢の魔物がまたたく間に現れ、男たちは立ち向かったが多勢に無勢での、儂らだけ隠れておったのじゃが、そこにカナキさんが来てくれて辛うじてというわけなのじゃ」
「それで、父さんは?」
「……魔物の群れを引き連れておったのは悪魔じゃったのだ。それを一人で」
悪魔? 父さんは昔撃退したことがあると言っていたが、それでも腕と目が勝利の代償だったのだから、おそらく全盛期でない今の父さんが戦えるのだろうか。僕も加勢に行くべきなんじゃないか?
その考えを見透かしたムイさんは僕の腕をシワの深い手で掴んだ。
「待つのじゃ」
「なんですかムイさん!」
「凪の精神、じゃろ?」
ハッとした。全然だめだ。確かにこんなざまでは加勢に行ったところで足手まといになるだけだ。
「それにのうカナクや、カナキさんは言っておった。俺の息子は頼りないかもしれないが俺の次に強い、とな。どうじゃ、心細くか弱い儂らの寄る辺となってやくれまいか? 皆心配なのじゃ。いくらカナキさんが強かろうと、悪魔は悪魔なのじゃ」
「わ、かりました。取り乱してすみません」
「うむ、いい目じゃ」
「僕は外を見張っています」
「任せたぞ、カナクや」
さすがは村長と言うべきなのだろうか。それともこれもなにかの気術なのか。ムイさんの声は心を穏やかにする。
悪魔がいると聞いて動揺したが、父さんがいるのだ。恐れるに足りない。
ふう、と安堵したとき、気味の悪いものを感じ総毛立った。これは魔物の気配? でもどこか違うような。
気を引き締め、索敵。あちらこちらで火事が起きているのでだいぶ明るい。だから見えた。うねうねと蛇のように這い回る太い尻尾が。あれは、魔物なのか? 強大な存在感がある。魔物だとすれば二等級より上ではあるだろう。応戦できるか?
不気味にうねりながら近寄る尻尾は途端にボコボコと泡立ち、奇妙に膨張する。
「ゥォォォオオオオオキジュツシイイィィィイィイ!」
にわかに四肢が形成され、腹の部分にできた人間のそれに酷似した口から耳障りな雄叫び。
「火吹!」
先手必勝と言わんばかりに気を撃つ。出し惜しみはしない。直撃。
しかし尻尾の化け物は意に介さずこちらに向かってくる。動きは俊敏だ。
「火吹、三叉!」
効いていないわけではないようだが、速度が落ちない。自身の肉体の損壊を無視して向かってくる。完全に捨て身だった。
「嚇々しゃ――」
既に先程使用し、一日の限界を迎えているものの無理やり嚇々爍々を引き出そうと呼吸と気を整えようと気張るが、瞬時にこの魔物は加速し、左胸に衝撃。
「っカ、ぁ」
吹き飛ばされ、肺を圧迫され息が止まる。気の巡りが散逸し、無防備な状態になる。
「カナク!」
明滅する視界を動かすと、それは久しく顔を合わせていなかった幼馴染のソーンだった。
ソーン、と呼ぼうとするがかすれた空気が漏れるばかり。
逃げろ、逃げるんだ。ここは危ないから。
「カナク! 大丈夫!? カナク!」
早く立たないと。立って、呼吸を整えて、気を巡らせろ。
不気味な蛇のような魔物は僕を追い、その触手のような手足と尾で僕を殴る。幸運にも僕しか眼中にないみたいだ。
フラフラになりながらも、なんとか整えるために急所以外を晒して打撃を受ける。
「ぐ、うっ……嚇々爍々!」
果実の絞りカスをさらに絞るように、気力を振り絞る。ここで僕がやられれば次はソーン、その次は後ろに待つ村の皆だ。倒れるわけにはいかない。
「火輪!」
猛攻を受け流す。今までよく見えていなかったが、もう触手の先までつまびらかだ。ただ、時間はない。普段は一日一分が限度だ。今は後日寝込む覚悟で挑んでも二十秒といったところだ。
「火槍!」
腕を一本の槍に見立て、触手を続々と切断。胴部も刺し貫くが、どうにも感触がいまいちだ。
一気呵成に攻め、穴を穿つ。
「もう、時間切れか」
少しでもソーンの方に向かいつつ黄金色の気は消失。そして力も入らず崩れる。
「カナク!」
「なんできたのさ……ソーン」
「だ、だって!」
普通ならとっくに仕留められているはずだが魔性の気配は依然ある。細切れになっても死なない魔物がいるというのは聞いたことがあるが、その魔物は最低の脅威度である七等級のはず。あれは新種の魔物なのか。
ボコボコと再び泡立ち始め、元通りに再生。口と目が全身に形成され、不気味な哄笑を上げ、目は不規則にギョロギョロとうごめく。
「ひっ!」
ソーンはあまりの恐怖に腰が抜けてしまう。
「ゲギャギャギャギャギャギャギャ!」
「キシャアアアアアアア!」
「ゲロゲロゲロゲロゲロ!」
動けない僕らを覆うように立ち、全身から無数の鋭い触手を生やし――
魔性(魔族)のランクは上から魔王、悪魔(1~5等級)、魔物(1~7等級)。数字が低い方が基本的に強い。