表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/33

5 後悔、疑惑、希望(2/2)

アリアの父、エンジークの視点になります。前後半で分かれています。前半も同時にアップしているので順番に注意してください。(こちらが後半です)

長いのでのんびりどうぞ。


 謁見の間で何があったのか。



 アリア自身に何かあるのだとしたら、封印石の乙女であることが関連しているとみて間違いがない。




 領地を任せている家令のジェッソンに宝剣に関する資料を探すように頼んだ。彼だけでは開けない本もあるかもしれないが、そういうものがあれば開けずにすぐさま届けるように頼んだ。


 普段領地や王都の諜報にやっている草の多くを呼び戻し情報収集に当てさせた。半数は教会やその関連施設に行かせた。


 この国にある教会では最初の救世の乙女クオリアを女神として祀っている。そのため魔王封印に関する歴史や言い伝え、クオリア以降の乙女たちの話が一番多く残っている場所だ。


(同じ乙女と名がつくが、アリアとクオリアでは大違いだな・・・)


 思わず皮肉な思いが巡る。


 

 救世の乙女とは魔王を封印した少女のことだ。


 魔王が封印されたのは二千年ほど前。とても古い時代の話だ。

 最初の千年間は魔王封印は数度破られそうになっているが、そのたびに救世の乙女が現れクオリアと同じように魔王を封印している。

 ただ、千年ほど前から生まれていない。魔王の封印が安定したのだといわれていたはずだ。


 もしかしたらそこに、生贄となる封印石の乙女の話が残っているのではないかと各地の教会を調べさせることにした。




 もう一つ。



 アリアが何かされたのだとしたら。



 それを考えるということは陛下を疑うということだ。王に弓引くことと考えられてしまえばいくら宝剣を持っているとしても俺の立場を揺るがすことは簡単だ。

 弟に息子がいる今、その子を引き取り跡継ぎとして早すぎるものの宝剣を受け継がせてしまえば、俺を領地謹慎にすることも、最悪処刑にしてもいい。

 当主の座には父が座ればいいだけだ。まだ四十過ぎ、何ら問題はない。



 だからこそ、慎重にならねばならない。一人で動けば目立ちにくいが情報は集まらず、多くなればなるほど目立つ。


 諜報の草に王城内も調べさせるが、王家に属する諜報部隊と噛み合う可能性も高い。

 ロバイトのほうが隠密関係の人材は豊富だが王家と差が大きいわけでもない。



 謁見の間という中央部を調べるのは、俺が動くしかなかった。



 王城で働く人間の多くが知っていることだが、謁見の間には音が外に漏れ出ない防音だけでなく、魔法が使えない封魔もかけてある。


 ここに抜け道があるかどうかを自ら調べるのは難しい上に宰相補佐としてそれを調べるのも目立つ。



 仕方なくギルベルトに頼むことにした。

 魔法省の大臣であり旧知の仲でもあり、同じ宝剣の家であるエジョン公爵当主であるギルベルト。

 彼にひっそりと確認を取った。確かに謁見の間には防音と封魔、そしていくつかの防御魔法がかかっていた。それらはかなり頻繁にかけなおされ確認されているので間違いないとのことだった。



 つまりアリアが何かされたのだとしたら魔法以外、もしくは謁見の間から連れ出されたかのどちらか。




 魔法以外であるなら何かの薬物の可能性がある。  

 隠密部隊に属する一族の一つが代々薬師であり、薬のことはその一族に調べさせることにした。彼らの現在の知識でいえばそんなものはない、だけど新薬というものが見つかっている可能性もある。


 中途報告ではやはりそのような薬はないという。完全に廃人にするものならあるが、アリアは廃人というより、心が眠っているような感じに見えている。




 薬ではなく、連れ出されたとしたらその先でどんな魔法をかけられたのか。



 謁見の間に通じる出口は三つしかない。


 一つは謁見に来たものが出入りするための正面扉。


 二つ目は王族の皆様が出入りするための扉。彼らの護衛や従者もそこを使う。


 そして、王の執務室と直接つながっている扉。




 王族ではないので二つ目の扉は使うことがないが、三つ目は知っている。

 宰相補佐である俺は王の執務室にも出入りするし、その扉から謁見の間に入ることもある。


 

 一つ目の扉の前には俺がいたのでここを使うわけがない。


 二つ目はおそらく王族の生活区域に通じる廊下とつながっているはずなので、使用人の数も多く人目につくだろう。


 秘密裏に連れ出されるのであれば執務室の可能性が高い。




 

 アリアが登城した翌日に王の執務室に入った際に魔法の痕跡を辿ろうとしたが、何も見当たらなかった。

 調査魔法を専門としてはいないものの、魔力も多くそれなりの使い手である自分なら、人に作用するほどの魔法を使った痕跡なら見つけることができる。



 だが、執務室には何一つ痕跡がなかった。一つも。



 公表はされていないが陛下は腰痛を患っており、執務室で時折治癒魔法での治療を受けたり、痛み止めの魔法をご自身でかけている。その痕跡すらなくなっていた。




 痕跡を消した、としか考えられない。




 消すことができるかどうかはわからない、だが、できるのだとしたら、消したのだとしたら。


 ここで陛下もしくは陛下の指示を付けた魔法使いがアリアを人形にした証拠ではないのか。



 


 ギルベルトに聞くべきか否か、迷った。

 しかしこの国で魔法の種類に関して彼の上に出る者はいない。もしいたとすれば彼の父だがすでに鬼籍に入っている。

 


「この間からどうした。内緒話が多くないか?」


 意を決して呼び出した彼は怪訝そうな顔をしている。そりゃそうだ。俺たちが個人的に話したのは陛下が即位する前までた。

 権力分散のために宝剣の家は交流を最低限のみとするように命じられている。



「すまない。どうしても教えてほしいことがある。」


 俺は頭を下げた。初めてだった。

 昔から仲がよく、ギルベルトとオパールと俺は幼馴染として一緒に育ったようなものだった。喧嘩もし殴り合いもした。オパールに制裁されるのも一緒だった。

 宝剣士として一緒に儀式や公務をこなしてきたし、俺がオパールと結婚した時には一番怒り一番祝ってくれた。

 そうやって長く一緒にいても頭を下げて何かを頼んだことなんて一度もなかった。




 ギルベルトが何を思ったかはわからなかったが、なんでも聞けと言ってくれた。


「人を人形のようにする魔法があるのか教えてくれ。」


 その言葉に彼は瞠目し、少し考えた後「ある」と小さくつぶやいた。


「もう失われた古代の魔法、禁術と呼ばれている中にそれはある。今それを使えるやつがいるかどうかは知らないが。」


「お前は使えるのか?」


「いや、無理だな。禁術が記された魔術禁書というものがうちに伝わってるが、父も祖父も理解すら出来なかったと言っていた。俺も同じだ。」


「じゃあ解くことは」


「かけるよりも難しいことを要求されても無理だな。魔法もそうだがかけるより解くほうが難しいのはお前もわかるだろ。」



 わかってる。わかっているさ。



「すまなかった。」


「いやいい。理由を聞いていいか?」



 少し迷ったけれど、彼もまた子供が生まれ次世代へ宝剣を継ぐ立場である。


 大事な跡取りが友人の娘を殺す未来を知らされれば心中穏やかでいられないだろう。



 口を開かない俺をみてギルベルトは昔を思い出す笑顔で笑った。


「まぁ、お前の秘密主義は今に始まったことじゃねぇし、そのうち話してくれよ。」




 オパールと付き合ってるのを黙ってたみたいに、いつまでも打ち明けないのは勘弁してくれよ。



 そう言ってギルは笑って去っていった。






 アリアがかけられたのはその禁術なのか、確信は取れないが可能性は高そうだった。


 禁術ではあれ魔法がかけられているのと変わらないのであれば、と最高ランクの解呪の魔法を持つ魔法使いを探しては呼び寄せアリアにかけさせたが、何も変わらなかった。


 彼らにはアリアに魔法がかかっているのかどうかもわからないと言っていた。ただ、魔力が関係していそうだとは思うと。



 貴族の子供は二歳を過ぎれば同年代の子供たちと交流するために軽いお茶会や誕生会の出席などをするが、アリアは体が弱いということにして欠席させるようにした。子供のために必死に駆け回っているとして俺もオパールも夜会などに参加しなくなった。


 解呪に来たものたちには、その噂通り子供を心配しなんでもしている馬鹿な親を演じた。いや、演じなくても馬鹿な親には変わりない。

 アリアを守れなかった馬鹿な親だ。


 だが取り乱しながら必死に懇願する様子を見せれば、希望が薄くとも彼らは真剣に取り組んでくれていた。解呪を行う者たちの多くが教会に属していたことも大きいだろう。

 教会と宝剣士の家は繋がりもあり、互いに敬意を表する相手。アリアの様子が噂として広まることもなく、体が弱く魔力が多いため臥せっているという話が疑われることもなかった。



 国内ではもう頼れるものはいない。だが、国外に頼むのは難しすぎた。


 鎖国がそれを阻んでいた。


 現在このオースティン王国では鎖国政策をとっている。理由はこの国は魔王封印によって祝福されているとされ、魔法の才能を開かせる人材が多くいるだけでなく、穀物がよく育ち不作が起こることが極端に少なく飢饉が起きることがない。さらには病気が蔓延することも少なく、国土も人材も豊かなのだ。


 そんな国を周辺諸国が欲しがっても無理はない。

 過去には侵略戦争が何度も起きた。だがそのたびに我が国はほとんど犠牲なく勝利してきている。


 それもこれも、魔王を封印したことによる祝福だとされている。祝福を守るため鎖国政策となった。



 現在は厳しい出入国管理がなされ、許可された商会のみが行き来できるが誰が何のために入り何処に行ったのか、何を買ったかどの家を訪問したか、すべてが記録される。


 それらの細かな目をかいくぐるのは難しく、宰相補佐の俺がそれをすることは国にたてつくこととなる。国内で動いていることよりよほど死が目の前にぶら下がる。



 ただ、最近周辺諸国で干ばつが起き、食糧不足に陥っている地域がいくつかあった。そのため食料の輸出要請や国交の回復を求める外交の申請がひっきりなしに続いている。

 鎖国せず開国し自由な貿易を望む声が国内からも上がっていて、経験したことのない忙しさが続いている。



 このタイミングで不正な入国をさせるのは簡単だが。


(俺はどうすべきか・・・)


 娘のために、国を捨てるか。国のために娘を捨てるか。


 思わず唇をかみしめてしまい、血の味が広がった。目の前にいる陛下がそれを見てお前もか、という。



「鎖国とは言え小規模の商人の移動は許可しておるというのに、これ以上国を開けなどとがめついことをいう。我も腹が立っておるわ。些末な申請にいちいち返事をせねばならぬのは時間の無駄だな。」


 陛下はここ最近それらのことで気分を害されているようで、国民に聞かせられないような愚痴や酷い言葉で諸国をけなすこともある。

 俺の怒りは自分に向けたものだったが、陛下がそれに気づくことはなかった。


 思い当たりもしないのだろう。謁見の日以降アリアのことを一言たりと話題にすることはなかった。

 陛下にも二人の子供がいて、三歳と二歳でアリアとほとんど変わらない。あの日までは成長具合を話し合うこともあったのに。


 まるでアリアに対するすべての興味を失ったかのようだった。




「この国がそれだけ豊かだということですな。」


 父がそういうと、陛下はいやらしい笑みを浮かべた。・・・こんな笑い方をするお方であっただろうか。



「祝福の恩恵にあずかろうなどと愚民どもが考えそうなことだな。封印の糧にでもしてやろうか。」



 馬鹿どもめ、と笑うその姿は異様だった。



(封印の糧・・・生贄のことなのだろうか。)




 アリアも、糧であればいい、そういうことなのか。


 ならばいっそ、彼女を。





「あまり馬鹿なことを考えるなよ。」


 王の執務室を出た後、父が周りに聞こえないように小さくそう言った。


「馬鹿なこと、とは?」


「誤魔化すな。糧と聞いて考えたことがあったろ。」


 さすがですね、と目を伏せる。


「このまま十五年も過ごさねばならぬのなら、縋りたくもなるものです。」



 難しい顔をしたまま、それ以上父は小さく言った。


「国から出ようとすれば、すぐさま封印石に同化させられるかもしれん。古語で記されていた日記帳にそのように読める箇所があった」





 国を出れば。俺は無理でもオパールと父に頼めば。

 国に人を入れるより出るほうが簡単だ。逃げられる。いくらでも。


 だからアリアを連れて外に出て、解呪なり禁術を解く方法を探ってもらえたら。そんな希望に縋りそうになっていた。





 それすら、許されぬとは。









 アリアが人形のようになって半年以上が経過した、その年の儀式の日。久しぶりに顔を合わせた宝剣士たちはみな一様に厳しい顔をしている。


 昨年宝剣を継いだ若い剣士だけが、その緊張感にいたたまれず右往左往している。


 陛下即位の際に権力が集中しすぎていることを懸念して、宝剣の家同士の交流や婚姻を控えるように命じられてからはずっとこんな調子だ。

 若い彼も早くなれればいいが、まだ七歳。難しいことだろう。


 彼を見てほかの宝剣士たちも苦い顔をする。


 それは右往左往する様にたいしてではなく、自分の息子がこの場に同じように放り出されたことを想像して痛ましく思っているだけだ。



 形式的な挨拶以外は誰も口を開かない。どこまでの会話が許され、どこからが許されないのかの線引きがないまま命じられて、異を唱えることすら許されなかった。


 アリアの時と同じように。




 重くひりつく空気の中。


 軽快に口を開いたのは殿下だった。



「ロバイト、いやエンジークよ、お前もそろそろ次代を考えねばならぬぞ。次の子の予定はあるのか。元気な子が欲しいところだな。」



 どの口が、と殴り掛かりそうになったその瞬間、王兄であるジュピウム大公が俺の前に立って苦笑いを浮かべながら陛下を窘めた。


「彼も自身の役目は心得ているでしょうがまだ若い。そうせかさずとも問題ないかと存じますよ陛下。」


「兄上、せかそうと思っているわけではないがな、子たちの年齢が離れすぎぬほうがいいかと思うのだ。」


 陛下は王兄に弱い。少し年が離れているせいか国王となった後もジュピウム大公にかなり頼っている場面が多く感じる。


「次代の最初の宝剣士である彼は七歳。あと三年くらいなら離れても問題ないでしょう。」


「まあ確かにそうではあるな。」


 陛下は納得したようでそれ以降何も言ってはこなかった。


 ジュピウム大公に礼を、と思ったが首を振られた。


「アリア嬢のお体はいかがですか?」


「どこが悪いというわけではないのですが、臥せっております。体が弱く生まれていたようで、魔力が多いのも負担となっているようです。」


 これは建前であるがアリアは事実魔力が多い。最盛期の俺にすでに匹敵している。そのことは上位貴族の中では周知の事実であり疑われることはないだろう。


 ジュピウム大公は何故かとてもお辛そうな表情を浮かべている。


(もしや知っている?)


「子供のうちは健康でも魔力が多い子は臥せりがちだと聞くよ。あまり気落ちせず構えているほうがいいかもしれない。子どもがいない僕が言うことでもないけれどね、最近の君は見ていて苦しいくらい追い詰められているようだから。」


 ぽん、と背中をたたいてジュピウム大公は去っていった。




 昔から優しく、何かと衝突しやすい若い男子ばかりの宝剣士たちをまとめていたのはジュピウム大公だった。

 若いころからずっとその目には優しさ、慈愛のようなものを感じているけれど。



 本当にそれだけなのだろうか?


 ただ優しいだけなのか、何かを知っているのか。図り切れぬまま時間だけが去っていった。



 あの日から、陛下だけでなく魔王封印に関わる人々を怪しんでしまう。

 大公の優しい言葉ですら。







(疑りぶかくいきるというのは、こんなにも疲れるんだな・・・)


 身じろぎ一つせず眠るアリアの隣で、声を上げずに俺は泣いた。










 あの日からもう一年となる。アリアは先日三歳となった。


 祝っていいのか俺もオパールもわからない。

 人形のようになったアリアの前で祝いの言葉を投げかけるのは苦しく、迷った末に『元に戻ったらまとめて祝おう』と決めた。


 当日は彼女の手を取り、誕生日だということを告げただけ。




 これでいいのか。わからない。わからないことしかない。


 だんだんとアリアは変わらないのでは?という重たい空気が流れ始め、使用人たちもアリアのことを口にしていいのか迷うようになった。


 祖父の代から使用人たちとの付き合い方が変わったロバイト家は貴族の家では珍しいくらい和気あいあいとした空気の流れる職場だったと思うが、今は冷え切ってどこかよそよそしいものを一心に浴びるような状況だろうと思う。

 それでも懸命に働いてくれる皆には、俺がいつまでもアリアのことをどうにかしようと動いているのがどう見えているのだろうと不安にもなる。



 だが、俺だけじゃない。オパールもあきらめていない。父もだ。


 アリアだって、きっとそうだと信じたい。




 迷った挙句弟に相談することを決めた。

 弟のラルフレドは魔法技師だ。才能があるものが使う魔法に関していえばギルベルトのほうが上かもしれないが、才能がなくとも少しの魔力で様々な魔法度具を動かし人の暮らしに根付かせている魔法技師は、ギルベルトたち魔法省の人間とは違った方向性に特化している。


 弟は宝剣士ではない。だからこそ相談するかどうかを酷く迷った。父は難色を示していたが、一年も変わらないとなると状況も変わって心境も変わる。

 内密にうちに来るよう隠密を通じて手紙を出し、先ほど返事が返ってきた。それを読めば仕事が詰まりすぐには訪問できず、二週間後であればなんとか、と書かれている。



 二週間。

 一年待って、何もなかった。何もできなかった。それでもたった二週間に焦りを感じる。


 それでも、来てくれるだけありがたい。



 メイドに言って茶を用意させながら返事を書く。最近食欲がない。水分だけは取っておかねばとおもい何度も茶や果実水、水などを口にするがなかなか飲み込めない。


 それでも、と決まった時間には必ず用意させる。無駄な手間をかけさせてしまう使用人には申し訳ないが。


 


 ペンをもち、インクをつける。隠密に持たせるし弟宛なので堅苦しい挨拶は省けばいいか、と紙の上にペンを移動させた、その時。


 


 少しだけくぐもったゴン、という音が小さく聞こえた気がして、顔を上げた。


 茶の用意をしていたメイドも聞こえたらしく、なんですかね?と警戒しつつ窓の外の様子を伺っていた。



 ・・・うわあああああ~ん・・・


 

 衝撃音から少し間があって、次第に女の子の泣き声が聞こえてきた。




 まさか?


 まさかまさか、まさか?



 その声に理解が出来ず、部屋の空気が一瞬止まったように思ったが、ぽたりとインクが紙に落ちた小さな音でハッと我に返り、はじかれたように部屋を出る。

 メイドも後を追って来たようだが、構っていられず走り出す。


 彼女の部屋が近づくにつれて泣き声は大きくなっていく。



 ああ、ああ。神様。期待してもいいのでしょうか、奇跡が起こったと。




 部屋を開ける。泣いている彼女がそこにいた。アリアだ。



 抱き上げる、あたたかい。泣いている、涙を流している。

 そっと頭をなでてやると少し熱をもって腫れている。どうやら頭を打ったらしい。

 治癒をかけてやれば少しずつ泣き声は小さくなっていくけれど、すぐには泣き止むことはできないらしい。



 痛くて泣いてしまうなんて、なんて子供らしいのだろう。痛みがなくても後を引いてしまうなんて、本当に子供らしい。

 



 耳をつんざくような泣き声すらも愛おしい。

 きっと部屋で休んでいるはずのオパールにも、屋敷中の使用人にも聞こえるだろう。

 アリアの泣き声には魔力が乗っていて、遠くまでよく響くだろう。



 涙と鼻水と涎で首がべとべとになり熱気がこもってぐっしょりしてくる。

 不快だと思う。


 だけどなんて幸福な不快感なんだろうと思った。




「かわいいアリア、僕のことがわかる?」


 恐る恐る彼女と目を合わせる。


 涙をいっぱい溜めぎゅっと瞑られていた目が開かれていく。


 


 アリアの青い瞳には、しっかりと僕が映ってる。



「ぱ、ぱ・・・?」





 僕たちのアリアが、その日やっと目を覚ました。幸せが、戻ってきた。










 でも、なぜ?



 浮かんだ疑問が恐ろしく、それを握りつぶすように頭の奥へと押しやった。




次は明日の夜アップします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ