5 後悔、疑惑、希望(1/2)
アリアの父、エンジークの視点になります。前後半で分かれています。後半も同時にアップしているので順番に注意してください。(こちらが前半です)
アリアが二歳になってすぐ、王城に連れて行ってしまったことを俺はずっと後悔している。たとえそれが断ることのできない王命であったとしても。
愛しいオパールの色を継いだ赤みがかった茶の髪、俺と同じ青い目。俺たちの宝物。
あの日までこの世の全ての愛らしさを詰め込むようにすくすくと成長していた彼女に、今その面影はない。
美しい青の目に何も映すことがない。彼女は自ら動くことがなくなった。
匙で粥を口に運べば飲み込みはするし、水も飲む。夜になれば眠り朝になれば目を覚ます。
声をかければ立ったり座ったりという単純動作をしてくれるので耳は聞こえているはずなのに、音に反応することがない。
ただ、それだけ。
可愛らしい声で話すことも、花が咲くような満面の笑みを浮かべることもない。
手を握り返してくれることもなければ、目線が合うこともない。
彼女は人形のようになってしまった。
オパールは心を痛め伏せがちになりながらも毎日懸命にアリアに話しかけたり、手足を動かしてあげたり手ずから風呂にいれたりしていた。
何らかの刺激で、アリアの美しい瞳に生気が宿るのを期待して。アリアがまた笑いかけることを信じて。
何も変わらない毎日を過ごしながらもオパールは挫けなかった。彼女は強い、昔からずっと。
その強さが弱さの裏返しであることも十分わかっている。
わかっているけれど、俺がすることはオパールと同じことではいけない。俺と彼女は得意なことも強い部分も違う。だからこそ自然とひかれあい夫婦となった。
彼女を愛している。彼女と二人でアリアを愛している。だからこそ、俺は俺のできることを。
アリアの傍で出来ることをオパールに任せ、王城であの日何があったのか、彼女がどうしてそうなったのか原因を探ることにした。
あの日王城に行ったのは王命であった。理由なく二歳であるアリアを一人で謁見させよというその命を受け入れがたく、同行を陛下に直訴したが、謁見の間の前までしか認められなかった。
まだ二歳。貴族としての立ち振る舞いができるわけでもなく、会話が成り立つように少しずつなってきた程度だ。そんな娘をなぜ一人で謁見させねばならないのか。
問いかけは答えられることがなく、歯向かうのかと脅された。
本気ではないだろうけれど、いくらでも好きに罰することのできる立場にいるのが陛下でもある。
理由は何であろうか。
男児が多く生まれる第一子に、女児が生まれたことを訝しんでいるのだろうか。
だからといって、一人で謁見させてどうするというのだろう。
答えが出ぬまま時間が過ぎ、謁見の前夜になぜか父がやってきた。
ロバイト家当主の座はすでに譲られているが王城の中では父が宰相であり俺は宰相補佐。上司と部下という関係性で毎日顔を合わせているし専用の執務室を持っているから話はそこですればいいのに、父は王都内の別邸からロバイト家の隠密部隊と共に夜の闇に紛れて隠れるようにやってきた。
当主になった際に教えられるはずだったロバイト家の秘密をそこで知らされた。
「陛下からは当主を譲ったとしても次代には当分このことを伝えないように、ときつく命じられた。お前に当主を譲る前日だった。伝える時期はおって指示するといわれたが今日までその指示はない。・・・明日アリアが呼ばれているのはおそらくこのことが関係してるのだと思う。」
父が見せてくれたのは一冊の本。劣化防止の魔術だけでなくロバイトの血を引く男しか開けないようになっていた。
それには既に父から聞かされていたロバイト家が引き継ぐ宝剣のこと、魔王封印のこと、封印を守る儀式のこと、家の起源など知っていることも書かれていたが、まったく知らないことも書かれていた。
『ロバイト家に生まれた女児は封印石の乙女であり、十七歳の年に封印石にその身をささげる生贄である』
(いけ、にえ・・・?なにを、書いているのだこれは・・・)
何度も読み返す、何度も何度も。何度も。
何度見てもそこにはその身をささげる”生贄”であると書かれている。
「父上、生贄というのは、生贄というのは何なのですか!アリアは死なねばならないのですか!!」
「声を荒げるでない。いくら防音魔法をかけておってもお前の声は魔を帯びておる、大声を出せば突き抜けるぞ。」
俺は声に魔力が含まれている。意識して使えば魅了や洗脳も出来てしまう。
そのことはひた隠しにし、魔力が含まれる量を最小値にするための制御用の魔法石をいくつか身に着けている。
それでも感情に任せて大声を出せばこの屋敷にかけられた防音魔法程度では突き抜けてしまうだろう。
せっかく生まれた娘を、まだたった二歳の娘。生贄として育てていけというのか?
念のため防音を再度かけなおし、父に向き合う。
「これは本当のことなのですか。」
父はふうとため息をつき、外へと目を向けた。
窓の外はいつの間にか雨が降っている。細かな雨が窓に当たり、うっすら映っている父の顔に涙が流れているように見えた。
「孫が女の子だと知らされてから、領地に帰り書庫を漁った。古い時代の当主たちの日記や家令らが書きつけていた日報などが残されているからな。
儂の子供はお前と弟のラルフレド、儂の兄弟は儂と弟が二人。父は兄弟がなく、祖父は戦争で兄をなくした次男。それより前のことが知りたかった。」
「女の子が生まれた記録はあったのですか?」
「あった。今から六代前の当主の娘にな。それより前も調べたが、百五十か二百年にひとり、という程度の間隔で生まれているようだった。」
宝剣を持つ家は第一子が男児であることがほとんどだ。おそらく宝剣を受け継ぐからだろうといわれている。
だが、それは稀に例外もある上に第一子にその傾向があるだけで、それ以降は女児も普通に生まれてくる。
だから気づいていなかった。たまたま女の子が生まれたのだと。きっと次の子は男の子だねと笑いあったものだ。女の子が生まれると思っていなかったから慌てて可愛らしい肌着や寝具を用意して。
生まれたその日から、屋敷中が幸せに満ちていて。
天使が、生まれたのだとオパールとよく話をして。
それなのに、なぜ。
なぜ、アリアが贄などにならねばならないのか。
「記録があったのは三人分であったが、それより前はもっと感覚が長かったようで古すぎて見つけられなんだ。見つけたところで古い言語で書かれているだろうから解読が間に合ったかどうか。」
「その娘たちはどうなったんですか?本当に生贄に?」
父の目を見ると赤くこすったように目じりが少し腫れているのが見えた。見えてしまった。
「全員が十七の年に生贄となった。そして宝剣士は生贄を封印石へ捧げる儀式を行わねばならぬ。」
皺が多くかさついた骨太な父の指が渡された本のとある部分を指さす。
『生贄を封印石に捧げるには、生贄が十七の年に封印の義を行う----儀式では、宝剣士はその宝剣を通じて生贄に魔力を注ぎ続ける。その命が尽き体が朽ちようとも注ぎ続けることで生贄は封印石と同化し、封印はさらに強固となる。』
アリアの命が尽きようとも、体が朽ちてしまおうとも・・・それは、儀式という名の、殺人ではないのか?
「そんな役目があるなどと、聞いたことはなかった・・・。」
「儂も陛下に引き継がぬよう言われるまで忘れておった。おそらくそろそろ生まれる可能性があると考えておられたのだろうがな。」
宝剣士とは体の中に宝剣と呼ばれる魔法剣を持つもののことだ。王家に二つ、公爵位にある五家にそれぞれ一つずつの計七本。
それらの家に生まれた男児、もしくは養子となった男児が小さいうちに宝剣引継ぎの儀式を行い代々受け継いでいく。
引き継いだものが死んでしまった場合は自動的に次に血の濃い男児に引き継がれる。
宝剣士の役目は魔王封印を守ることだといわれている。魔王の力は弱く時間とともに少しずつ封印が弱まってしまう。
毎年行われる祭事で封印の要である封印石に魔力を奉納し、封印を強固にしていく。
我が家ロバイトも宝剣の家。現在は俺が持っているが早いうちに子供に引き継がねばならない。
宝剣は持ち主の魔力を吸いあげ蓄積し、それを封印石に掲げれば蓄積した魔力が注がれる。
魔力が高い家柄であるけれど、長く吸収され続けていると命の危険があり、魔力暴走が起きることも過去にあったといわれている。
また、万が一宝剣が必要とする分の魔力を吸収できなかったとしたら、封印がほころぶ危険性もある。
それらの理由から三十年を限度として引き継ぐように決められている。俺はすでに十五年。アリアが十七になる年には限度ギリギリ、譲っている可能性のほうが高いだろう。
つまり
「これから授かるであろう息子に、アリアを殺させねばならないのですか・・・!!」
父は小さく、すまぬ、とつぶやいた。
父はおそらく王城にアリアを呼ぶのは生贄であるかどうかの確認をするためだろうと言っていた。我が家に伝わる本には生贄かどうかを確認する方法はなかったが、王家に伝わっている可能性がある。
次代に伝えないようにというのは、生まれた子が女であれば生まれたその瞬間から生贄として扱わねばならないその心労を考えてのものなのでは、と。だからこそ秘密裏に確認をしようとしているのでは、と父は言っていた。
その言葉が俺の心労を和らげようとしているのだろうと思う、希望的観測であることは否めないが、その意見もわからなくはない。
姉を弟に殺させるのだ、国のために。それをその直前に知らされるのも、生まれたその瞬間から知っているのも、どちらであったとしても身を切られる思いであることには変わりない。
それであれば健やかな成長の時を共に過ごせるように、伝えないほうがいいと考えるのもわからなくはない。
しかし納得できないこともある。
なぜ、一人で謁見しなければならないのか。二歳のアリアが。
生贄であるかの確認なのであれば、父が同席してもいいはずだ。アリアの祖父でありこのことを知っているのだから。
父もそう思い進言したが却下されている。
却下されたことで父はこのことを俺に話そうと決めたという。
だが、もう遅いのだろう。
王命。その重さをどうにかするだけの時間はなかった。
当日。一人で偉い人に会わないといけない、ということでわからないながら緊張し不安そうなアリアを抱きしめ、少しでも安心させてやることしかできなかった。
俺は無力だった。せめて、何事も起こらぬようにと神に祈った。
アリアに異変が起こったのは、謁見が終わり帰宅した後、夜になってからだった。
終わった後は疲れたのか眠そうにしていたので抱きかかえてやると、そのまま腕の中で眠り落ちた。
すやすやと眠る娘をみて何事もなく帰ってきたのだと安心した。してしまった。
だから、気づかなかった。すでに彼女が人形のようになって眠っていることに。
祈りは届かなかった。
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