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3 悪役に選ばれなかった子供

本日二話目です。


 来栖が飲んでいたアイスティーの氷を口に入れガリっとかみ砕く。

 これは彼女の癖。氷が入った飲み物は必ずそうしてる。



「好きなのよ、このがりがりする感じが。」


「わからなくもないけど・・・口の中冷たくなるじゃない。」


 それがいいのよ、といって資料に目を落とす。



 来栖の本名は知らない、ペンネームでしか呼んだことはない。そんな関係でもビジネス上はパートナーとして組み結構仲良くやっていたと思う。


 鬼畜ともいえる厳しく細かい注文を付けてくるけれど、それに答えるだけのものを作り上げられた時は恍惚といった笑顔をうっとり浮かべ出来上がったそれらを見つめる。


 彼女は明確に表現したい世界がある。それを妥協できない。一点でも曇らせたくないという思いは狂気にも近く、私はそれが好ましかった。




 絵を仕事にしてみようかと思ったものの、そこまで表現したいものがあるわけではなかった。

 何となく頭に浮かぶ美しい顔立ちの人々を描いておきたいとおもっただけだった。


 そんな私にとって彼女が明確に表現する世界と私の描いておきたいものが一致するという奇跡は、厳しい注文や殺人的なスケジュールを飲み込んでもあまりあるものだと思ってる。




「本当に悪役令嬢、って必要なの?要らなくない?」


「あ~、悩んでると思ったらそれね。乙女ゲームには定番なんでしょう?」


 来栖の手元にある資料には今度販売される乙女ゲーム版『虹のシュバリエ』のシナリオ案があった。





 『虹のシュバリエ』は主人公、ヒロインの少女が魔王を倒すまでの恋と戦いのストーリー。


 あと数年で魔王の封印が解けてしまうのではと噂されるオースティン王国が舞台。魔法があり、魔物がいる、そんなファンタジーの世界。


 魔王の封印を守るために、王都の中心の祭壇に置かれた大きな封印石と、それを守る七人の宝剣士がいる。

 しかし封印してから長い年月が経ったためにそれは綻び始めていて、透明に輝いていた封印石が黒く濁り始めていることに国王は焦っていた。 

 その焦りが噂を呼んで、封印が解ける日が近いとまことしやかに囁かれるようになっていた。


 この七人の宝剣士だけでは再び魔王を封印し直すことは難しく、維持するだけで精一杯だった。


 封印のためには救世の乙女と呼ばれる聖なる魔法が使える少女を探さなくてはいけない。



 ちょうどその頃、天才的な魔法の素質があると分かったことで魔法学園に入学することになった平民の少女がいた。


 少女と宝剣士の一人である第二王子ベリルが出会ったその時、宝剣士が体内に持つ宝剣が光り輝いた。

 それは少女が救世の乙女である証であった。



 この少女が主人公であり物語のヒロインとなる。一癖も二癖もある七人のイケメン宝剣士たちと協力し合いながら魔物と戦って傷つきながらも成長し、宝剣士たちの心の痛みに寄り添ったり、裏切りが起こったり、国に仇名すものたちに立ち向かい傷ついてしまったり、その中で恋が生まれ失恋するものもいる。


 恋愛面だけをものすごく平たく言えばヒロインが溺愛されていく。甘やかしたいほどに懸命なヒロインを七人の宝剣士を筆頭にありとあらゆる分野の人々が愛していくようになる。



 その中で魔王の影響で魔物が大量に出現したり、裏切りや反乱がおこり人同士で傷つけあってしまうのを必死に収めながら力をつけていく。


 困難を乗り越え最終的にその体に魔王の本体を宿していた七剣士であり第一王子のルチルが、自分ごと魔王を倒すように懇願する。


 

 彼の想いはただ一つ、この国を守ってほしい。迷いながらもルチルの想いを汲み、封印ではなく魔王を倒すことを決めるヒロイン。

 それはとても危険だけれど、彼女は立ち上がり、そして成し遂げる。


 国を守ったヒロインは救世の乙女として広く知られることになり、国民に愛され支持される。

 平民出身ではあるがヒロインは第二王子と結婚し、国王と王妃となって国を守り続けていく。





「小説だとこれと言ってヒロインに意地悪する人はいないのよね。」


 私のその言葉に来栖が頷く。そうなんだよね、と。


「救世の乙女って、この国では陛下レベルの偉い人って認識だからね。魔王を倒す前でも肩書は有名なの。そんな人に意地悪なんてしないでしょ。」


 確かに、と納得する。

 実際小説では七剣士たちと婚約している女の子たちが出てくるけれど、ヒロインと仲良くする婚約者に対して悪く思っていたとしても表に出すようなことはなかったと読み解けた。


 ただ、今回は戦闘はそこそこに七人のイケメンと恋愛を楽しむことが目的の乙女ゲーム。

 担当者さんからはどうしても女のライバルキャラを出してほしいと熱弁を振るわれ、いつもは自分の意見を曲げない来栖が熱量に押されて承諾していた。


「ベリルに婚約者いたよね?その人じゃダメなの?」


 第二王子ベリルは兄がいるけれど、その兄ルチルの中に魔王がいると陛下は知っているためベリルが次の王様として決まっている。

 そんな人に婚約者がいないわけはなく、小説にも出番は多くないものの登場してくる。


「ああ、メアリンダね。あの子じゃちょっと弱いんだよなぁ。」



 メアリンダは婚約者だが救世の乙女であるヒロインに好印象だった。婚約が破棄されたのもメアリンダからの申し出である。



「じゃあ、新しいキャラ作るしかないんじゃない?王子以外の婚約者じゃライバルって感じには弱いから。」



 システムの関係上ライバルはできれば一人に絞ってほしいといわれている。難しければ二人。攻略者の数が隠し入れて八人と多くなっていることもあり、これ以上の登場人物は増やしたくないのだろう。


 誰を選んでも悪役として立ち振る舞ってほしいので、全員と知り合いだったり嫉妬する理由が欲しい。



「余計な人物は出したくないのよね・・・」


 ずれると困るし、という小さな声でつぶやいた来栖にその言葉の真意を尋ねることはしなかった。



 来栖は前から時々よくわからないことを言う。世界を元通りに、とか、ずれないように、とか。正史をゆがめさせてはいけないからとか。


 何か彼女の中の確固たるルールがあるのだと思う。私はそれに従っている。



「あ、七剣士のサフィリスが義姉を亡くしてるでしょ。その子が生きてたことにしたら?」


 パラパラと小説を読み返しているとちょうど七剣士サフィリスが自身の暗い過去を独白するシーンに目が止まった。


 彼は亡くなったその子の代わりに家を継ぐ為に養子になった。娘をなくした義両親の悲しみは深く、どんなに頑張っても代わりとして認められることもなければ、彼自身を見てくれることもない。そんな環境で気持ちが腐って、ヒロインと出会ったときにはグレていた。


 その人物であれば身分も高く、王子たちやほかの宝剣士たちと知り合いでもおかしくない。彼らと仲良くなるヒロインに嫉妬したとしても辻褄は合うのでは。



「ん~そいつはちょっとなぁ。せっかく死んでくれたのに・・・。」


 来栖はそう言ってまたぶつぶつ言い始めた。



(死んでくれた。まるで殺したみたいな言い方。)



 聞いてはいけないことを聞いてしまったような居心地の悪さを感じ、来栖がするように自分も氷を口にいれかみ砕いた。



 冷たさが居心地悪さを少しずつ溶かしてくれる。





 ぶつぶつ言っていた来栖が、あ。と小さく声を上げた。


「そういえば、あんたの名前どっかで聞いたなと思ってたけど、あの女と同じなんだわ。アリアってどこかで聞いた名前だと思ってたのよね。そう思うと雰囲気も似てる気がするわ~意地悪そうなキツイ見た目とか。」


 

 どくん、と心臓がはねた・・・ような気がした。



 日野瀬有亜(ひのせありあ)。それが私の名前。

 イラストにサインを入れるときとかはAriとしか描かないけど、本名で活動してるから小説の奥付にはそのまま日野瀬有亜と書かれている。


 

 名前が、同じ。それだけなのに急に体がこわばり緊張し始めた理由がわからない。



 ガリ


 大きな音が聞こえてその緊張の糸がぷつんと切れた。


 来栖が氷を噛んだ音。現実に戻された気がした。



「やっぱこいつはダメ。悪役にぴったりな嫌な子供だったけど生きててもらうと困るもの。メアリンダの姉にするわ。妹を溺愛してたから妹のためにヒロインを妨害するってことで・・・」



 緊張していた私に気づかず来栖は話し始めていた。











(これは、夢?)



 来栖と毎日のように相談しては様々なものを決め、ダメ出しを食らい、家に帰っては描きなおす。大変だったけれど充実した日々。



 彼女の話は時々意味不明だったけれど、まるで虹シュバの世界を見てきたような言葉たちにここまで自分の作った物語を一つの世界として愛せるのかと感動していた。




 でも、それは少し違ったのかもしれない、と思ってしまう。






 今となっては。





「アリア、目が覚めたのかい?」


 抱きかかえられたまま眠ってしまったらしい私は、いい匂いのするふかふかのお布団の中で目を覚ました。


 パパと呼ばれて喜んだ男性の奥にもう一人きれいな女の人がいるのがわかった。見覚え、いや描き覚えのある美しい人。



「パパ、ママ」



 そう呼ぶと二人は満面の笑みを浮かべ、ママと呼ばれた女性は涙を浮かべている。


 周りにいた使用人と思しき人たちは歓喜の声を上げ、隣り合った人と抱き合っていたりハンカチで涙をぬぐっている人もいる。



 二人に差し出した手をママが、二人の上からパパがぎゅっと握った。

 あたたかい。


 この世界が夢ではなく現実なのだと思わせるぬくもりが確かにそこにあった。



「アリア、目を覚ましてくれてありがとう。」



 そんなに長く眠っていたのかな?と思ったけれどあれだけ泣き喚いた後に急に眠ったら驚いたかもしれない。

 頭を打っていたし。



「おはよう、パパママ。」


 二人は私の小さな体をぎゅっと抱きしめた。涙で濡れた二人の顔はそれでも美しく、私の描いたそのものよりもさらに整っているように見えたけれど、私の描いたのが彼らの似顔絵だったと言われたら誰しも納得すると思う。


 使用人らしき人たちの顔も、私の描くものと似通った雰囲気を持っている。



(世界を創るんじゃなくてこの世界を再現してるみたいな気分だったのかな、来栖は)



 だから選んだんだろう、私を。

 細かな雰囲気、ニュアンス、技術的な意味では表現できない空気のようなものが似通ったこの世界の人々と私が描く人々。


 だからこそ無名な私に白羽の矢が立ち、一時的なものではなく長期のパートナーとして仕事を共にしようと思ったのだろう。



(なにか、むなしい)


 私を必要としたのではなく、私の絵を必要とした。

 それの何がむなしいのか、わからないけれど。




 泣きたいような気持の私に、目の前の人たちの温かさが痛いくらい染みてきて。

 私も涙が溢れてくる。




 彼らが握る小さな手。彼らが撫でる小さな体。私の体は縮んでしまったわけでも、若返ったわけでもない。





 荒唐無稽な話だけれど、三歳で亡くなったあの少女になったんだと確信してしまう。





 来栖が再現していた世界に住まう、私と同じ名前の少女。


 この日、日野瀬有亜(ひのせありあ)は”アリア・ロバイト”になった。



次は明日の夜にあがります。

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