表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

1 雨

よろしくお願いします。本日投稿分二話目です(2/2)



 その日は雨だった。


 梅雨だから雨が降ってるのは当たり前ではあるし、だからって憂鬱なのには変わりないけど。



 その日が雨だったことを私はきっと忘れられない。




 六年間パートナーとして一緒に仕事をしていた来栖がいなくなったのは三日前のこと。来栖はペンネームで本名は知らない。


 来栖は小説家で、彼女が書いた『虹のシュバリエ』はネット小説を読む人なら一度はそのタイトルを目にしたことがあるくらい有名だった。

 すぐに書籍化やコミカライズの話が来たけど、来栖は断り続けていた。気に入る絵を描く人がいないからって理由で。


 それだけ大きな態度に出ても出版社からの依頼が止まらないくらいには読まれていたし熱狂的なファンも多かった。




 私はそんな来栖に認められた唯一の人材だった。

 

 来栖が首を縦に振らない半年間、出版社の人が必死に走り回ってあちこち探したがプロの中では見つからず、同人誌即売会で画集や作品集を買いまくって来栖に見せていたらしい。


 そこでたまたま私の絵を見て、この人だ!となったらしい。

 絵で食べていきたいなと思っていた私にとっては渡りに船だったけど、あまりにうますぎる話で最初警戒してた。


 なにせ一度や二度表紙や挿絵を担当するという話ではなく、ずっと組んでいきたいという話だったから疑っても仕方ないと思う。だけど何度も何度も頼みこまれ、来栖自身からも説得され最終的には了承した。



 『虹のシュバリエ』、通称虹シュバは来栖がうんといえば書籍化、コミカライズ、アニメ化、そして乙女ゲームの製作がいつでも動き出せる状態になっていた。


 私が見つかったことでそれらが一気に進みだすとなれば出版社だけでなく関連する会社すべてが私に「受け入れてくれ!!」と熱い目線を送ってきたのも頷けた。




 受け入れたのはそれだけじゃなくて、来栖自身が私の絵をものすごく気に入ってくれているのが目に見えてわかったこと。

 あなたの絵しかない、あなたしか私の世界を表現できない、と初めて会ったとき両手を握って目を潤ませ頬を紅潮させて言われたものだからプロポーズされてるのかと思ったくらい。


 私も来栖も女だし、私は男性がすきなタイプだけど、それでも照れてしまうくらいには熱のこもった告白だった。


 


 そして私は来栖の専属イラストレーターとして六年間一緒にやってきた。






 先月、虹シュバの乙女ゲームの最後の追加コンテンツが配信された。関連作品としては最後だった。一番難産だった乙女ゲーム版が終わりを迎えることができて、関係者みんなで大きな打ち上げもした。


 

 乙女ゲーム版しかしらない、という層もいるくらいには売れたと思う。

 アプリ版、コンシューマー版、PC版とそれぞれかなり好調に展開され、小説をもとにしているけれど小説では選ばなかった相手との恋愛や結末を体験できるのが小説版のみを愛していたファンにも受け入れられてた。


 小説では中心人物となる第二王子との恋愛が中心に描かれているけれど、ほかにメインキャラ扱いの六人のイケメンがいて彼らそれぞれにファンがついていたので納得の展開だった。




 来栖は虹シュバ以外の作品をまだ発表していなかった。考えてはいると言っていたけれど、さすがにこの六年別の話を展開するほどの時間はなかった。


 アニメは三期まで進み映画化もしてその監修をして、声優のオーディションも私の時と同じくらい厳しいジャッジをしてなかなか納得せず時間がかかったし、舞台化の場合もオーディションに口を出しつつ脚本を書きおろしていた。


 端的に言って地獄の忙しさ。彼女は妥協を許さなかったから自然と忙しく、つられて私も地獄だった。



 キャラクターデザインに対しても厳しく、つまり私に対してだけれど、とにかく来栖が思い描くままに描き上げないとゴーサインが出なかった。

 来栖はまるで登場人物たちを本当に見たことがあり、実際の人物として知っているかのように指示をした。


 絵だけではなく、その人に限りなく近い声の声優を、その人に限りなく近い見た目の俳優を選んでいたのではないか?とさえ思った。

 



 そんな厳しい六年間がようやく一息ついて、少し休んだ後に虹シュバ2を作るのか、新作を作るのか、という話をそろそろしようかな~とみんなが思っていた時だった。



 来栖が電話に出ない、というのを出版社で担当してくれた人から聞いた。他の担当の人も同じように電話しても出ないらしい。


 メッセージを送っても既読がつかない。私も電話したしメッセージ送ったけど同じだった。



 命を燃やすように取り組んできたことが終わったから、気が抜けてしまったのかな?と思うけれど今まで仕事に関することは即レスだった彼女がそこまで放置するのかな?と心配になった。



 成人女性が三日間電話に出なかったくらいで心配するのも過保護すぎるかもしれないけれど、一度彼女の家に行ったら高級マンションの一室にもかかわらず冷蔵庫もレンジもなくだだっぴろい部屋に床にマットレス引いて段ボールにノートパソコン置いて仕事をしていた。


 食事は外で食べるかコンビニで買ったジュースとか栄養ドリンクか、程度だった。料理を一度もしたことがないとも言っていた。

 洗濯もしない。汚れたら捨てる。掃除は見かねた担当がたまにしたり、掃除専門の業者を呼んでた。

 寝るか、仕事するか。風呂は一応入ってた。タオルはもちろん使い捨て。




 私もそこまで何でもするほうじゃないけど、来栖は生活力皆無という言葉が似合いすぎていた。

 

 そんな状況で一人暮らししてる彼女の音沙汰がないので慌てている、と同時にもう一つ大きな懸念を抱えていた。



(また来てたんだよね、脅迫状・・・)

 

 熱狂的ファンによる殺害予告や障害予告。小説やゲームが思い通りのストーリーでなかったことや、キャラの扱いに腹を立てて、とか理由がわかるものもあれば、まったく意味不明なものもある。


 書き込みしたりメールを送ってきた何人かは捕まったけど全員じゃない上に、先月完了してからまたじわじわと増えてきている。私たちではなく担当者さんを隠し撮りした写真が届いたこともあって背筋が凍ったこともたびたびあった。


 それもあって私も来栖も時々引っ越ししたり、顔出しはせず外で会う時も個室を使ったり会議室を借りたりと、気を付けてはいたものの。



 万が一、ということもある。

 




 そんなわけで事情を警察に話して、今日は私と担当さんたち、警察の人が立会いの下管理人の人に鍵を開けてもらうことになっていた。




(なんもなきゃ、いいんだけどね)


 雨の中都会のど真ん中を進む。引っ越しのたび一等地の高級マンションを転々としたのは打ち合わせやオーディションを見にに行く時間を惜しんだからと聞いている。

 食事が適当なのも掃除や洗濯をしないのも、時間がもったいないとも言っていた。


 すべてをあの作品に捧げていたのだと、今更ながら再確認する。

 濃い六年を過ごしたものだ。




 雨は少しずつ強くなり、傘を打ち付ける。



 そういえば虹シュバの世界には傘がなかったなとか、小説でヒロインと結婚するメインヒーローともいうべき王子ベリルは雨が嫌いだったな、と考えながら歩道橋を上っていた。








 どん









 重たい音と共に両肩に衝撃が走り、私の体は後ろに飛ぶように傾いた。


 ゆっくりと足が階段から離れていく感覚がした。



 正面に立っている人がにやりと笑って「ルチル様にしたことの罪を償え!」と叫んだのが聞こえた。




 虹シュバの一番人気キャラといえば王道のベリル王子だったけれど、その兄であり悲劇の人のルチル王子もまた人気だった。小説ではラストに命を落としてしまう為に彼のファンが脅迫めいた手紙を来栖に送ってきたことも多々あった。あの頃はまだ殺人予告まではなくて酷いクレームくらいのものだったけれど。



 乙女ゲームでは生存ルートがあり、彼のファンは泣いて喜んだ人もいれば、彼が死ぬことで物語が完結するというヤンデレ的な愛を向ける人もいたが。

 

 時間が経つにつれて殺人をほのめかすものが増えていた。キャラの名を騙って殺しに来るというものが多かったかな。



 ありえないほどゆっくりと落ちていく中で、もしかしたら来栖もこの人に殺されたのかもしれないな、と黒いパーカーを着てフードを目深にかぶっている女らしき人を見ながらのんきに思っていた。



 私の手から離れたビニール傘がくるくると空を舞っているのを最後に見て。




 私はそっと目を閉じた。











 ゴン!!!!!!


 



0話が同時にアップされてます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ