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居座り婚

作者: 魅社和真



父ちゃん、母ちゃん。見守ってくれとうか?わしは今日も元気にしとうよ。




さっきの事なんやがな、わしすごいもんさ拾ってきたんよ。なんとお侍様よ。




な?すごいやろ?わしも腰抜かしたわ。

わしのな、最近山菜がよう採れるゆうて気に入っとう場所さいきなりたおれとったんよ!わし、もうおったまげてなぁ!




でもそのままにしとく訳にもいかんやろ?幸い息さあったから拾って帰って来たんよ。




そんで今、お侍様寝てるんやけど…こういう偉かお方って何食べるんやろうな?父ちゃん知っとうか?わしは見当もつかん。



…まぁ天さ逝った父ちゃん達に聞いても返事なんてある訳ないわな。ごめんな。




とりあえず川で大きい魚でもとって来るわ!塩焼きやったらみんな食いようやろ?食べんかったらわしが食うし。




じゃあな、父ちゃん、母ちゃん。仲良うしいや?





父ちゃん達の墓に手を合わせんのを止めて魚さ取りに行く。この天気やと大物が取れそうや!


わしは着物の裾をたくし上げて川へと繰り出した。大物取ったるからな!!待っとれよ、お侍様!元気なれよ!!









「…凄いの取れたわ。わし、凄いんちゃう?取ったわしがいっちゃん凄いんちゃう?」



肩に魚を担いでぶつぶつ呟きながら帰途を歩く。いや、だってほんまに凄い大きいのが取れたから……



初めてやで、こんな…籠さ入らん魚手掴みしたん。何で取れたんや?お父ちゃん?お父ちゃんの恩恵か!?



誰かに見せたいなぁ…あ!お侍様起きてたら見せれるんちゃう!?しめたで!うまくいけばおひねり貰えるかもしれんで!!


うひょひょ……と変な声出して急いで家さ帰る。


流石に死んでなかったらお侍様も起きとるやろ。おひねり、弾んでくれてもええねんで?




そんな邪な想いさ抱きつつ家さ入るとガサガサいううちの布団が掠れる音がした。そやねん。うちの布団質が悪いねん。肌痛いやろ。すまんな。

まぁ、起きてるみたいやし魚見せたろか!娯楽で楽しんでもらったら布団の事も許してくれるかもしれんし!



わしはそっとお侍様の寝てる部屋の襖を開けて魚の顔だけ突っ込んでみた。見てみぃな!顔だけでこの大きさ!!凄いやろ!!




しかし突っ込んだ瞬間ゴトッ…と何かが落ちる音がした。……?お侍様が尻餅でもついたんか?



驚かしてもうたんかな?と魚を引っ込めるとわしは異変に気付いた。



「さっ…!!魚あああぁぁ!?どうしたんや!?誰にやられたんやっ!?」



魚の首から上が無くなっとった。あの可愛らしい濁りの無い瞳ごとどっかへ消え失せとう!!


わしは状況が飲み込めんかったけんど、理解しかけた瞬間お侍様の部屋ん襖がスパァン!!と大きい音さ立てて開かれた。



「……………何者だ、お前は」


「ひぃっ!!……あ…わ、わし………」



鬼や。鬼がおる。



硬そうな漆黒の綺麗な御髪を一つ結びに結いなおしとうお方は、確かにさっきわしが助けたお侍様や!

でも目ぇ開いてると全然違うやん!!何なんこの目つきの悪さ!お侍様やなくて浪人やったんちゃうの!?



そしてわしとお侍様の間にさっきの魚の頭が落ちとる………お侍様の手には刀………




わしは全て理解しゾッとした。あの時わしが顔を出してたら、わしの首がああなっとったんやなって。

とんでもないもんをひろってもうた!!わし、今夜死ぬんか!?



「誰だと聞いている!!」


「ひいぃ!!わしは代美よみいいますぅ!!こここの家に一人で住んどうただのい、いいいい田舎娘だす!!」



刃先がわしん鼻先さ向けられ、震える喉さ押さえつけ大声でお侍様に名前さ告げた。



名前さ言うても怪しまれとんか刀を一向に仕舞ってくれんお侍様。わしを奇怪なもん見るような目で睨みつけてきよる。



「娘…?嘘をつくな!お前は男だろう!!女子がそのように足を出して歩くわけがあるまい!!何を企んでいる!?」



ひいいいぃぃ!?刀がわしの首筋にいいいぃぃ!!



わしは命乞いと、自分の無実を晴らすためにお侍様に最後の弁明をした。



「ちぃっ!!違うんだす!!わしは何も企んでないだす!!足は魚を捕まえるためにまくっとっただけだすっ!!命だけは勘弁だす!!」


「髪はどうした!!女子が男のように雑な結い方をするわけが無かろう!俺が今まで見てきた女子は皆、綺麗に結い椿油で固めていたぞ!!」


「田舎の女子は皆こうだす!!椿油なんて高価なもん、商家の娘っ子でねぇと買えねぇだす!!」



わしん一つ結いの髪がさらに拍車をかけとったようや!お侍様は大きい街の娘っ子しか見た事ねぇんでねぇか?んな洒落こんだ娘っ子はこないな田舎に居る訳ねぇだよ!!



わぁわぁとわしが騒ぐんを見てやっとお侍様は刀を下ろしてくれた。し、死ぬか思うた…!


ヘロヘロと力なくわしが床さ座り込むと、企みが無いと判断したんかお侍様は刀を鞘に納めて下すった。良かった。わしもう15やのに小便漏らすか思うたわ。



「ふん…まぁ乳は確かにあるな…信じてやろう、一応な」



乳、と言われ下を向くと………ななななんやこれ!!めっちゃ透けとる!?あっ!あれや!!あのごっつい大きい魚の暴れた時の水飛沫でか!!


「助平!!」とお侍様に乳を隠しながら言ったら再び刀に手を伸ばし始めたので平伏して謝罪した。権力者には逆らったらいかん。


わしは代わりに切られた魚の頭さ睨むことにした。許さんからな、お前!!





「風呂はどこにある、娘」



わしの謝罪が終わるとお侍様が唐突に切り出してきた。風呂?お侍様は綺麗好きなんやなぁ。やっぱ大きな町には大きな風呂があるんやろなぁ…わしもいつか行ってみたいわ。



「風呂は町までいかんとねぇですだ。わしの場合は井戸で水汲んで手拭いで拭いとりますだよ。」


「なっ…!ここに無いのか!?くそっ…!川に落ちたから体を洗いたかったが、こんな田舎から町では何里あるのか…。ん?そういえば何故俺は着物を着換えている?娘。俺は一度起きたか?」


「わしがお侍様のお体、拭かしてもろうたんですだ。お侍様、自力で川から上がって来たみてぇで、わしが見つけた時には陸さおって泥だらけになっとう、かわいそうや思うて」


「おっ!女子が恋仲でもない男の肌に触れるなど何事かっ!?そこへなおれっ!!叩き切ってくれよう!!」



お侍様が顔を真っ赤にしてわしに切りかかって来よう。よっぽど恥ずかしかったんやろうに、悪い事してもうたわ。


お侍様の刀も本当に切る気さ無ぇからまだ安心して逃げれるわ。さっきの魚の時は本気やったもん。



「そ、それより、お侍様!今からこの魚で塩焼きさ作るんだすけど、塩焼きは食べれそうだすか!?」


「………………問題ない。…………随分大きい魚だな」



ぐう。と間抜けた音さ腹から鳴らしとうお侍様は塩焼き言うたとたんおとなしく座って夕餉待ちの体制になりおった。



…ていうか魚に今気づいたんか!?わし最初からずっと背負っとったんやけど!!

そしたらお侍様の視線が魚から………あぁ、乳か。お侍様ずっとわしの乳見とったんか…



わしはお侍様に背を向けて「お待ちくだせぇ」と声だけ残して魚を焼きに行った。








「お待たせいたすました。お侍様。さっきの魚でえろう大きい塩焼きが出来たんで、美味しいうちに食べてもうて下さい」



わしは大きい方の魚を当たり前のようにお侍様に献上する。ちなみにわしは小ぶりな鮎やで!身分の差やな!!泣けるわ!



まぁでもいいんや。お侍様もあない大きい魚、1人で食べられんやろうしな。お侍様を今日一晩泊めるから、夜中お侍様が寝静まった頃にお侍様が残した魚食べよう思っとうし!!



「「いただきます」」



いただきますは大事やな。食べ物に感謝するのに身分なんかは関係ないんや!わしは鮎を頭から食うと、お侍様の食べとう魚に狙いさ定めた。なんやお前、身がえろうふっくらしとるやないか…こりゃ冷めても柔らかいんやろうなぁ…


ガツガツと飯をかき込みながら大きい塩焼きに想いさ馳せとうと、お侍様は品のない……と、わしを冷たい目で見てきた。何や!庶民は毎日が戦いなんや!!悠長に食べてられるかいっ!!そんなんしとったら山賊に食われておしまいや!!



「………娘、着物はどうした」


「?お侍様のなら洗ってそこに干しとりますだよ?」



指をさしてあれあれ、と教えてあげとうにお侍様は何か怒っとう顔してわしに舌打ちしてくる。


何なん?洗ったらあかんかったんか?そんなん最初に言うといてくれな困るわ!

だって土付いた着物でわしの家の布団で寝られたら、流石に最初から質悪い布団やってもわし怒るで?わしが寝る時じゃりじゃりするやん。



とりあえずお侍様の着物の代金払えって言われたら困るから先に金子は無いって言っとかないとな。

この前も家に山賊さ下山して来よったけど家に何もあらへんからわしん家引っ掻き回した後わしの布団で勝手に寝とったわ。


ちなみにわしは一応女子やからな。厠さ隠れとったよ。1日中な。



「……………とだ……」



お?お侍様がえろう小さい声で何か言っとうわ。とだ……?勝手に洗うとは何事だ、とか言われんのかな…はよ金は無い事言わな!



「お、お侍様、すんません!わし金子持ってねぇんだす!!でも、わし丁寧に洗わしてもろうたんで生地が傷んだりは」


「お前の着物の事だ!娘!!何故乾いているっ!先程まで透けるほど濡れていたではないか!!」



まだ言っとんのかっ!?このお侍様!!どんだけ乳が好きなん!?あれちゃうの?お風呂探してたのも女体目当てなんちゃうの?

…嫌やわぁ…町のお侍様ってみんなこんな風に色に更けとるもんなんか?



「………さっき、魚焼くときに七輪に近づいて乾かしとったんどす。そんなに乳さ見たいなら大きい町にある色町でも行けばいいんじゃねぇだすか?」



何か偉い方っていう感じが薄れたわ。村一番のあほで有名な八郎はちろうと考えてること変わらんやん。


それでも身分は上やからしらーっとした目を向けんように鮎の骨だけ見とく事にした。

……骨ってなんか………よう見たら気色悪いな……



「…………俺はもう、町には帰れん。……お前は俺をお侍様と呼ぶが、先日………長男の座を剥奪されたからな。」



………………何か、重そうな話が始まってしもうた………



てか、ええの?一介の平民にそない簡単に武家の内情話してもうて。このお侍様、八郎よりあほなんちゃうの?


わしがそう思うて黙っとると話に聞き入ってる思われたんか、またお侍様が身の上話を始めた。

いや!いいんやって!身の上とか話さんで!今日楽しくご飯食うてもらって明日元気に帰ってもらえれば!!



「俺は今村幸近いまむらゆきちかと申す。今村家の5代目跡取りだった。俺には2歳年下の弟がいるが、こいつは武家の息子だというのに遊び歩いてばかりのぼんくらだった。俺が遊び惚けて帰って来た所を叱ってもどこ吹く風で……父上も、呆れて何も言わず、弟をいない者としていた。」



……流れ的にたぶんこの弟が後を継ぎよるんやろな。何や、お芝居見とうみたいやな。わし、見た事ないんやけど。



「俺は長男として…後を継ぐものとして恥ずかしくないように武士道を極めた。許嫁もいた。俺より身分の高い将軍家に近い血筋の許嫁は、乳は無いが優しく、教養のある……いずれ今村家を、俺を支えてくれる素晴らしい嫁になるだろうと、思っていた」



お侍様が魚の内臓さほじくり返してぼそぼそ喋っとう。話しとうないなら話さんかったらいいのに……。



でもあれやろな。見ず知らずのわしやから話せるんやろな。つらい話程身近な人には言えんって母ちゃんも言うとったし。


お侍様は真っ白になった手で白湯さ飲み干した。わしも飲み干してこの先の悲劇に備える。



「その、許嫁が…先日………子を授かったと、屋敷にやって来た」


「えええっ!!お侍様っまだ祝言も上げてないのにっっ!?」


「俺の子ではない!!」



噛みつかれるかと思う勢いでお侍様が身を乗り出してわしに反論してきた。


…え?でもお侍様の許嫁やろ?相手はお侍様なんやろ?意味わからんわ。どういう事?



わしが訳わからん、って顔さしとうのを見るとお侍様は乗り出してた体を戻して上の方向いて大きなため息さ吐き出した。



「………………弟の、子だ」



…………………………………………





「あ、あああぁぁぁああ!?あかんやん!あかんやん!!何やっとんの、弟!!いやいや許嫁もおかしいやん!!何を不貞さ働いといて堂々とお侍様んとこ来とるん!?」



理解が追い付かんわ!!何なん?町ではようある事なんか?わし田舎もんやから分からん!!



「…弟は、許嫁が俺の家で…外回りに出かけた俺を待っている時を狙って…逢瀬を、重ねていていたらしい。そして…許嫁も、元々は俺ではなく弟を好ましく思っていたらしい」



あかん泣くわ、何この話。めっちゃ不憫やん、お侍様。仕事に行っとっただけやのに。



わし、涙で前が見えよれへんわ…ごめんな、お侍様。八郎よりあほな好色家の助平侍やと思って。



わしのすっかり骨以外残っとらん皿に涙がたまる。お侍様、その許嫁さんの事好いとったんやろなぁ…。



「泣くな、娘。許嫁はいいのだ。元々乳の小さな女子は好みではない。話を戻すぞ」



ここ泣く所ちゃうで?みたいな顔で手を左右に振るお侍様にわしの涙はスッ…と引っ込んだ。

何やそれ!泣き損やないかっ!!おひねりも弾んでもらわなわしの気が収まらんわ!!



やったらはよ話せ。と目だけで訴えかけるとお侍様は思いを馳せるように静かに目を閉じると再び口を開いた。



「その娘…まぁおひなと言うのだが、お雛が言うにはこの子を産みたい、と…。そして今村家の跡継ぎとしたいと言い出した」


「お侍様の子として育てたいっていう事言うとんの?」


「いや、だから弟…公貴きみたかと祝言を上げたいのだと。公貴を5代目に差し替えて公貴とこの今村家を支えたい、と父上に抗議しに来たのだ。」



ああ…で、今の状況を考えると……………



「弟が5代目になったいう事か」


「………………ああ……………」



お侍様が許嫁の…お雛さんやっけ?そん人が将軍様の血筋のお方や言うてたから、お侍様の父上も反対できんかったんやろなぁ。…でもその次男、ちゃんと家守れんのか?



項垂れたまま何も喋らんくなってもうたな、お侍様。許嫁よりそっちの方がつらいって…身分の高いお方の考える事は分からんわ…。



「で…でも家出る意味はあったん?居れば良かったんでねぇの?そしたらまた新しい許嫁も」


「弟は俺を嫌っている。お雛を奪ったのも俺への当てつけだろう。お雛と子を儲けてすぐ5代目になった弟は、俺に今すぐこの屋敷から出て行けと俺を着物と刀だけの姿で放り出した。…それで俺は生きる希望全てを失った。何もかもが、どうでもよくなった。…………俺には、家を継ぐこと以外……何もなかったからな…………」



弟性格悪すぎるやろ。何年も一緒に過ごしてきた兄弟なんやろ?わし兄弟とかおらんから分からんけど、遊びまわってても家から追い出さずにおってくれる兄ちゃんって感謝こそすれ、嫌うなんて事無いやろ。



お侍様もなぁ………普通やったらやり返したりたい思うはずやのに、弟への恨みなんか無さそうやなぁ。

気にしてんのは家の後を継がれへんかった事ばっかやし。



「お侍様、弟と殴り合いの喧嘩とかしたことあんの?」


「……………?いや………ないな。公貴は殴り合いをするような悪い事もしたことは無い。いきなり殴るなど…………」


「お侍様のそういう所が弟さん、嫌やったんちゃうの?」


わしの言葉に魚みたいに目を丸うしてるお侍様。



合ってないかも知れんけど一応わしにこない自分の話してくれてんから何か相談?乗ってあげたいやん?せっかくわしが拾うて来たんやし。



「お侍様はそうやって1回も喧嘩した事ないん?遊び歩いてた時も、許嫁取られた時も。何で怒ったらんの?弟に興味無いんか?」



目を見開いたままお侍様はわしの顔をずっと見とる。

聞こえとんのやろか?でも何か目がそれで?みたいに訴えかけとう気がしたから、わしはそのまま無視して話さ垂れ流す事にした。



「お父ちゃんも諦めて相手にしてくれんかったんやろ?やったら誰が弟を叱っとったん?お母ちゃんか?」


「…………い、や………。母上も、こんな子を…産んでしまってと、心を病んで…」


「怒ってくれんかったんか。やったら唯一弟を見放さんかったお侍様に甘えとっただけなんちゃうか?弟。じゃないとわざわざお侍様の許嫁なんて、下手したら打ち首になるような相手に手ぇ出したりせんやろ」


「………………公貴が…………叱って…………?」




本人に面と向かって出て行けって後継いですぐ言うたのもそうなんやろうな。そんなん屋敷なんて大きい家の跡取りさなったんやったら自分が出んでも奉公人に言うて追い出させればいい話やん。


目ん前で言うたらお侍様もカッとなって殴るか怒鳴るかしよるかも思うてやったんかな。

やったらかわいそうやな、弟。わしの妄想やけど。



「そう、いえば…………昔……俺が父上に跡継ぎとしての責務を、教わっている際中………公貴が……俺の方がふさわしい、俺が跡継ぎになる………と、いきなり言いだして殴りかかってきたことが………あった…………」


「いきなりやな。本気の喧嘩をしよう思うてたんやな、確実やわこれは!弟は叱って欲しかったんや!!大好きなお侍様に!!…で、頬ぐらいしばいたん?」


「いや……お前では無理だ、と言って…………公貴の拳をよけただけだ」


「こんのどあほうがっっ!!!!」



わしは膳をひっくり返した!!ええやろ!わしが片付けるんやから!!



フー…フゥー…と息も荒くお侍様を見据えると、分かっていたのかお侍様が少し委縮したように身を縮めよった。でもそのまるで自分が謂れのない罪で叱責されてるみたいな反応がわしの怒りをさらに高めた。



「弟が勇気出して拳で語り合おうとしとうに、何でそんな相手を下に見た行動がとれんのや!!鬼か!あんたは!!」


「い…いや…しかし」


「しかしちゃうわ!!わしの涙かえせよ!!弟に使うたりたいわっ!あーあー可哀想やなあー公貴くん。今頃大きい屋敷で1人ぼっちなんやろーなー?かーわいそー!!」



うろうろと行ったり来たりを繰り返しながらお侍様に罪を自覚させる。

阿呆がっ!!自分だけが不幸やと思いよって!!



「そん時殴り合いでもしとったら許嫁取られて家追い出されるなんて事ならんかったんやないの?弟も悪いけど、半分はお侍様含めた周りのせいやないか。今からでも帰って殴ってきいや」


「………………」


「まだ自分は悪ない思っとんのか?わしから見たらほぼお侍様のせいよ?ほら分かったらはよ立たんかいっ!!」


「貴様は誰に向かってそのような口をきいているっ!!武家と平民の違いも判らぬのかあぁっ!!」


「ひいぃえええぇぇ!!すまねぇだす!!このとおりだす!!どうかっ、どうかお命だけはお願ぇいたしますだああぁっ!!」



耳の奥が痺れるような怒声を上げてお侍様がいきなし血走った目で抜刀してきよった!!わし、熱が入りすぎて田舎もん丸出しの訛りでえらいお侍様、罵倒してもうた!!


どうしよう、お父ちゃん、お母ちゃん。わしもそっち行くかもしれん!!



平に、平にぃぃ!!と平伏し続けるとお侍様がひゅんひゅん刀振って威嚇してきよった!!おっかねぇよおっ!!



「田舎娘が偉そうに俺に命令しおって!!だいたい何なのだ!その変な喋り方は!!もっと普通に喋らんかっ!!」


「無理だす!!わし田舎の喋り方しか知らねぇで!!お侍様の言うような普通の喋りなんか出来ねぇですだ!!」


「それだ、それ!だす、とかですだ、とかが俺は気味が悪いと言っているのだっ!!そんな下手な言い方しか出来んなら普通に喋れば良いだろう!?」


「い、言い方…?だすか?で、でもそれだとお侍様に………」


「それもだっ!!俺は幸近だと言っているだろう!!なぜ頑なに俺の名をお侍様で済まそうとする!!もう侍ではないと言っているだろう!!」



名前なんか忘れちまったよ!!なんて言ったら本当に切り殺されそうやし言わんけど…怒る所そこやないんやない?



…あ、でもそうか。もうお侍様やないのにお侍様扱いされんのが居心地悪いんかな?これからは1人の幸近として生きます、みてぇな?



未だ抜刀したままわしに狙いを定めとるおさ…………幸近様に恐れ慄きながら試しに1回言うてみる事にした。



「…………ゆ、き、近様………でよろしんやろか………?」


「様もいらん!!俺は平民だ!!それにおまえは先程まで訛りで阿呆のように喋っていただろう!あれで話せ!!」



なんて横暴なんや!!こないな平民はおらんわ!!平民を舐めとるな!?



わしは開いた口が塞がらん…………だって、今自分で武家と平民の違いがーとか言うとうたんやで?発言をコロコロ変えんで欲しいわ。



軽くため息吐いたらバレたみたいで前髪を数本切られた。あかん、ため息もつかれへん!!はよ屋敷に帰って!!



「ごごごめんって!!な!?わしなりに幸近に気ぃ使うたんよ!慣れへん言葉やって失礼にならんように!!な?許してぇな!」



……ほんまにこれでええんやろうか………?余計殺されそうな気がするんやけど…………。



な?な?と手合わせてお願いしてみたら驚く事に幸近はふん…と小さく鼻で笑うと刀を鞘に戻してくれた。



え?ほんまにこれでええの?わし、背中見せた瞬間殺されへん?なあ!



「…………もう寝る。膳を片付けろ」


「!はっ、ま、まかしとき!!」



わしより先に幸近が背中を見せよった!!これは熊なら戦う気が無いゆう合図や!!


わしは両手で膳を2つ持って風のように部屋から出た。






「なんとか生き残れたで…お父ちゃん、お母ちゃん…!!」



わし、台所で皿洗いながらお父ちゃん達に報告する。良かったな。血縁が途絶えんかったで!!



魚の骨は畑の肥料にしたろ。と考えながら達成感で満たされ上機嫌で魚の骨をどけとったわしやけど…その瞬間、とんでもない事実に気づいてしもうた…………!!



「ん?この魚の骨、えろう大き…………え?……ちょっと…………え?」




見間違いか思うたわ。



まさかのあの大きい魚が綺麗に骨だけ残して食われてんねん。おかしない?



いつ食べたん?あんたずっと喋っとったやん。わし、身がふっくらしてた時しか知らんよ?いつこないな骨だけの姿になったん?




……わしは急激に腹が減った。当然や。あると思ってた食べもんが無くなってんから。


でももう今から飯なんて作られへんから明日まで我慢するしかないわ。わしは水で腹さ満たすことにした。

…………ぎゅるぅぅ………。







チチチ………チュン、チュン………



「うるさいなぁ……食うぞこらぁ………んあ…」



捕れもせんのに朝からうるさい鳥が鳴きよるわ………



わしは寝ぼけて暴言を吐いてすぐ思い出した。そうや!!おさ…幸近が隣の部屋で寝とるんやった!!起こして朝餉の準備したらな!!



飛び起きて幸近の寝とる部屋の戸さ開けに行く。朝は山菜とかがええやろか?やっぱ握り飯とかやろか?まぁ何にしても本人の食べたいやつにしたった方がええわな!




意気揚々と襖さ爽快な音さ立てて開ける。嫌がらせやないで?



「幸近!朝やで起きー………あ、あれ?幸近?」



何や綺麗に畳まれとうわしの布団だけが部屋ん真ん中に鎮座しとう。

…なんや厠か?と、部屋から出ようとした時、わしはそれに気づいた。



「?何やこれ…文か?」



筆さ使うて書いたんであろう達筆な文がそこに置いとった。


…しかし幸近も阿呆やで。まだ武家の長男やった頃の感覚が抜けきっとらんな。だってー…




「………何書いとんのか、まったく読めんわ…」



幸近。田舎の平民は言葉さ話して聞けるけんど、読み書きは出来ねぇだよ。だってわし、寺小屋さ行った事ねぇもん。



わしは色んな角度から紙を回して見るけんど、元の字も知らんから無意味やわ…


わしは懐に文さしまい込むと朝餉の用意に取り掛かる事にした。







…何や?幸近はもしかして屋敷さ帰ったんか?



わしがそう気づいたんは、お日様がてっぺんさ昇った頃やった。


2膳用意しとうたけんど、肝心の幸近は来んし、わしは今朝1人で朝餉さ済ました。まぁ幸近が来る前まではいつも1人で食うとったからな。もう慣れたもんやわ。



…あの文、読めんかったけんど…世話になった、とか書いとうたんかな?この間町へ奉公さ行っとったおきよちゃんやったら読めるかもしれんし、今度聞いてみよかな?



いよしっ!とわしは決意を固めると、さっきまで幸近の朝餉として残しとうた膳を食うて畑の世話さする為に袖さまくった。




………んー…何や。あれやな。はよ帰れと思っとってもやっぱり喧しいんが居らんなると…寂しいもんやな…………



わしはそのまま鳥の鳴き声だけしよる畑の端っこで1人暫く空さ見とったー…

















「何故返事を寄越さぬっ!!俺を舐めているのかっっ!?」



わしの背後に幸近はいきなし現れよった。




あれから幾つか季節が過ぎた。幸近がわしん家に泊まったのは春先の事やが、今は何や雪がちらついとう。



わしが川で魚捕っとう時に背後からそんな風に声さ掛けようから驚いて魚さ逃がしてもうて、わしは絶叫した!



「逃げられたやない!!わしの今夜の飯どうすんねん!?雪食え言うんか!!」



わしは怒りが爆発した。こんな骨まで凍りそうな川に足さつっこんでやっとのことで捕まえた魚が、幸近に驚いて落としてもうた!!


魚はスイスイ茂みの方さ泳いで行って、もうわしの捕まえられん所に行ってもうた……。



「もうおしまいや………ここ3日、何も食うてないねん…。食料も、冬なる前に蓄えとった分…この前来た山賊に取られたし…わし、死ぬんか。ここで死ぬんか」



うつろな目で空を見る。ああ…雪が降りよる…。お天道様までわしに死ねいうんか…



雪がわしの熱さ奪っていって体の感覚が無くなってきた…そもそも、裸足で川に入っとうたから足は既に感覚がほぼないんやけど…。


せめて死ぬときは家で死にたいわ…。と漏らした時、ふと体が暖こうなった。


死ぬ間際は暖かいんかと思うたら、幸近がわしに羽織さ貸してくれたみたいで幸近は黒色の着物1枚になっとうた。



「阿呆な事を申すな!!魚など俺が捕ればよいだろう!!お前は帰って火鉢にでも当たっていろ!!」



そう言うて幸近はじゃぶじゃぶと凍えるような水の中さ進むと、狙いさ定めて刀を振り下ろした。



「…よしっ!ほら、見てみろ!!刀の方がお前の手よりも早く魚を捕らえる事が出来るぞ!!楽しみにして家で待っていろ!」



そういうと幸近はそれ以降わしに話しかけずに黙々と魚を刀で一突きにしていった。




…ええんか?このまま任せといて…。




一瞬そんな不安がよぎったけんど…寒いし、死ぬときはお父ちゃんとお母ちゃんと過ごしたあの家で死ぬって決めとうから、わしは幸近に頭さ下げると、ボーっとした曖昧な思考で家に帰った。







「おい娘!!帰ったぞ!!」



大きい声でわしに帰りを知らせる幸近。長い間火鉢に当たって感覚も戻ってきたわしは、急いでお迎えに向かった。



「幸近!あんた武家の長男やったのに、こない寒い時期に川なんか…大漁やないかああぁぁ!!!?」



わしはおったまげた。腰抜かしたわ。そういう商売やっとんのかってぐらい、幸近が抱えるわしが持って行っとった籠には山のような魚が顔さ覗かしとった!!


わし、今までこんな大量の魚見た事ないわ!!川に魚もうおらんのちゃうか!?



「すすすす凄いやないか幸近ぁ!!見直したわ!!才能あるんちゃうか!?」


「しかし、全ての魚に穴を開けてしまっている。売り物にはならないな…」


「ええんやそんな事は!わしらが食いよるんやから!!ちょっと待っときいや、塩焼きと煮つけと干物にしたるからな!!幸近は火鉢に当たっとき!」



わしは興奮のあまり早口でそう言って台所さ駆け込んだ。もちろん幸近に羽織さ返すことも忘れへん。嫌がられたから幸近の顔に投げてきた。



わし……こんな量を料理すんの初めてや…!!腕がなるわ!!







「待たしたな!好きにおかわりしいや!!米もええで!!」



わしは膳に魚料理だけを乗せて幸近の前に差し出した。ちなみに米は幸近が捕って来よった魚20尾と交換してもろうたんや!


この季節は魚も深い所さ逃げよるからな。米より魚の方が貴重やから喜んで交換してくれたわ!



「随分作ったのだな…」


「あったり前やろ?ある時に腹いっぱい食わな!あと、今干物にもしとうから今年の冬はちゃんと越せそうや!!ありがとうな、幸近!」


「…………ふん」



わしが頭さ下げてそう言うと、幸近はわしに鼻さ鳴し、いただきます。と手を合わせ魚を食べ始めた。…っていかんいかん、わしも食べな!!


わしもいただきますをして魚にかぶりつく。

う、美味い!!脂でしっとりしとう!!やっぱり冬の魚は格別やなぁ…温かいし。なんやわしも死のうと思わんくなったわ。おばあちゃんまで生きたるわ。






「…………文を…置いておいただろう…」



いきなし幸近がなんや喋りかけてきよった。ん?文?ああ、あの紙か。



「あったな。わし、寺子屋行っとらんからおきよちゃんに読んでもろうたよ」


「な!?よ、読めなかったのか…。そ、それで…読んでもら、い……………どう、思った?」


「どうって…………」



おきよちゃんが読んだ内容は、幸近が家さ帰る事と弟と喧嘩さしてくるいう事やった。


何やわしが文見た時もっと色々書いとんのかいう長さやったから、そんだけ?って聞いたらおきよちゃんは「お侍様なんて身分の高い人がわし等平民に長々書く事なんて無いやろ」ってなんや冷たい言い方された。



こういうのは燃やして人に知られんようにした方がええよっておきよちゃんに燃やされそうになったけんど、初めてもろた文やから持っときたい言うて強引に返してもろうたんやっけ。



……おっと、幸近が返事さ待っとるわ。何や汗かいてわしを見とる幸近にわしの感じた事を言うた。



「ええんやないか?弟も満足したんやろ?そない長い事報告に来んかったいう事は家に居ってもええよっていう事なったんやろ?良かったな!」


「い、いや…そうだ。そうだがっ!そうでなく…!あっただろう!もう1つ!!」



え?何かあったか?家に帰るってのはさっきの話と込みでやろ?


わしがうんうん唸って考えとうと、幸近の目がゆっくり据わりだした。



「……他には、何も聞いていないのか?どこまで聞いた?」


「えっ?まだ続きあったんか?わしが聞いたのは家に帰るいうのと、弟と喧嘩してくる言う事だー…ひいいっっ!?ゆっ!幸近ぁ!?」



いきなり幸近が抜刀して家の外まで走りよう!!もう武家やないんやったら刀なんて物騒なもん持っとったらあかんよ!?町の男はすぐ抜刀すんのか?そして何処行きよんの!?


わしが魚咥えながら幸近を追いかけて何処さ行くんか聞いたら、幸近はわしの声にピタリ。と動きを止めるとわしを濁った眼で見つめてこう言うた。



「娘。おきよの家は何処だ。」



あ、あかん!おきよちゃんが殺される!!わしは瞬時に理解した!



わしは背の大きな幸近の腰につかまって許しを請うた。



「やめてぇな!!おきよちゃんはわし含めて3人しかおらんこの村の10代の娘っ子なんよ!!これ以上村を貧しくせんとってぇな!!わしの友達が居らんなってまう!!堪忍!堪忍したってぇやぁ!!」



幸近の帯がずり落ちそうな程掴んで揺さぶる。

流石に裸体を晒してまうと思うたんか、幸近は「分かった!分かったから離さんかっ!!」言うてわしを押しのけてきた。


ほんまに殺さんか?と疑念を込めて見つめようと、幸近は裸体の危機で興奮したんか、真っ赤になりよって「…帰るぞ…」とだけ言うてわしん家に戻っていった。



良かった!おきよちゃんの命が救われた!!


わしは幸近に飛びついた拍子に口から飛び出した魚を地面から拾い上げ、また咥え治すと幸近の後を追って家に帰った。





「…で。文には何て書いとったの?」


「……もういい。あれは確認のようなものだ。もう必要ない。」



ズズ…と白湯をすすってわしの話さ切る幸近にわしは拍子抜けする。あんなに怒って抜刀してたのに良いんか。ようわからんお人や。



「それより…弟………公貴を、殴ってきた。」


「!殴ったんか!!それで!どないなったん?」



幸近ん話やと、わしの妄想はほぼ的中しとうたらしい。


弟さんは泣きながら笑うて幸近を殴り返してきたそうや。

今度はちゃんと幸近も避けんと喧嘩ができたらしい。



「……さみしかったのだと、言われた。昔は公貴と良く剣の修行をしたり打ち合いもしていたのだ。…しかし、俺が跡継ぎとしての責務に追われると、そんな時間もなくなり…。遊び歩いている事を叱る時だけが、俺が自分を見てくれているように思った…と。…ごめん、と………言われた」



そうしょんぼりしよう幸近の背中をさすったる。後悔しとうねんな。弟と分かり合おうとせんかった時の事。


でも、幸近はどっかすっきりしとう顔で「けじめはつけた」言いよう。もう悔いる事は無いんやろ。めでたしめでたしやな。



「でも家に居ってもええ言うてくれたんやろ?なんでわざわざわしん家まで来よったん?わし読めんけんど、文出しゃあええんやないの?」



わしがそう言うと、ピタリ。と湯飲みさ持ったまんま幸近は固まりよった。そんでだんだん震えだしよったんで、わしは今までの経験上やってもうた事さ悟ってあらかじめ耳さ塞いだ。



「…屋敷に居たのは、公貴が子供が生まれるまでは屋敷に居て欲しいと駄々をこねたからだ。この家に来たのは…っ…お前が返事を寄越さんからだ!馬鹿者!!」



空の湯飲みさお盆に叩きつけてわしに怒声さ飛ばしよる。

幸近がまた豹変しよった!!でも大丈夫!!刀は危ないからな!没収して押し入れに仕舞っとう、切られんからわしの天下やで!!


へっ、へっ、へっ!と馬鹿にした笑みで幸近の目の前で腕組んどうたら拳骨されよった。盲点やったわ。


わしは幸近に媚びるように薄笑いさして幸近の湯飲みに白湯さ注いだ。

許したってぇな。可愛いお茶目やない。



「まったく…本当に阿呆だな、お前は。………俺はそろそろ寝る。布団を用意しろ。えー………………何という名だった?」



どなたですか?みてぇな顔でわしの顔さ覗きよる幸近に、わしは殺意が沸いた。あんだけ人に名前で呼べ言うといてわしの名前も覚えとらんのか!?



「わし教えたよ!?初めて会ってすぐ言うたよ!?……はぁ…ええやんもう。娘って呼んどきいや」



何なんや、わしはすぐに呼べ言われて幸近って呼んだってんのに。わしもあんたって言うたろか。


わしはどうでもよくなって畳さ指先でこする謎の遊びさ始めたら、幸近が頭さ押さえて溜息吐きよった。吐きたいんはこっちや、阿呆!



「いじけるな。どれだけ月日が経ったと思っている。良いから名を言え」


「…………代美…」


「代美、俺は寝る。布団を用意しろ。朝餉は握り飯で構わん」



俺は体を拭ってくる。言うて幸近は別の部屋さ行ってもうた。





……………………名前、聞く必要あった?









フゴーッッ!フゴーッッッ!



「…ふぅ、あとは蒸らすだけやな。先に幸近起こしとくか」



熱気の籠る台所にわしん独り言だけが響く。ずっと1人やと何か喋ってまうんよね。


昨日の幸近の要望通り朝餉は握り飯にした。米はいっぱい貰うたしな!幸近のおかげで。本人の好きなもん食わさな祟られるわ。



そっと襖さ開けて中の様子さ見る。………居るわ。今回はちゃんと。


ゆっくり近づいて肩でも優しい叩いて起したろうかな思って、静かに幸近に近寄る。



「………綺麗な顔しとんなぁ……すぐ怒りよう以外は悪い所ねぇんでねぇか?」


「お前は乳以外良い所が無いな」


「ひょおおぉぉお!?おっおっ起きとったんかっ!!」



寝起きの鋭い目つきでわしを睨み上げよう、わしは飛びのくように畳を滑って角へと逃げた。なんでこん早う起きよるんや………



「起こしたなら出て行け。着替えを見るつもりか?」


「めっそうもない!!ごごゆっくり!!」



ネズミのような速さでわしは台所に逃げ帰った。

………もう米も炊けようからこんまま此処におろう。何や幸近、朝居っても変わらんな。



……………………あ?今思い出したけんど、最初ん時おひねり結局貰ってねぇな…………今言うたらくれっかな?


思い立ったら即行動派のわしは、さっきの恐怖も忘れておひねりを催促するために足取り軽く幸近ん所へ向かったー…





「ゆ、幸近?わしやけんど…あの…さ、最初の時な?幸近さ助けて大きい塩焼き出したやろ?あれのな…あれ………お礼、なんやけんどな…」



わしは着替えとう幸近の部屋ん前でそっと声さ掛ける。覗いとらんよ!!



「ああ。そんな事もあったな。お礼か。ふん………………では代美。お前の手伝いをしてやろう」



え?いらんよ?わしが欲しいの金子よ?



「い、えいえ!めっそうもねぇ!!ただ後腐れのねぇもんで良いんよ!」


「いや、それでいい。では今日からよろしく頼むぞ、代美」



い、いらねぇぇ!!わしそれなら見返りなんていらねぇよっ!!


わしの心の叫びも知らず幸近は上機嫌や。何やよう知らん鼻歌奏でとう。金子払わんで済んだんがそない嬉しいんか。わしは最悪や。










「代美。これはどうする?」


「あーそれは此処さ干しといてくれたらええよ」



わしが洗うた着物を次々物干しさ掛けてく幸近は、初めてとは思えん程手際が良い。わしん立場が無いやない…かれこれ6年は1人でやっとるのに…



あれからひと月ぐらい経ったけんど幸近は一向に出て行かん。今日もわしをよう手伝ってくれて正直助かっとう。


でももう大きい塩焼き分の働きはしてると思うんやけんど、その話しようとしたらすぐ寝よう。話にならんわ。



「今晩の夕餉は何だ?魚か?」


「山菜が少し取れよったからな。米と炊いたろうか思うとるよ」



当たり前のように夕餉の話さしよう。さては今日も居る気やな!?



まぁでもこんなよう働いてくれとう幸近に出て行けなんて口が裂けても言えんわな。魚も大量に捕ってもろうた恩もあるし。



「代美。俺は疲れた。あとで膝を貸せ」



貸さんよ?わし足も痛うなるし嫌よ?



でも幸近の中で決定しとるんか「耳も掃除しろ」と訳の分からん事言うてきた。



「何でわしがせんといかんの?足痛うなるし、わしー…っ!?」


「静かにしろ……………誰かがこっちに来る……」



顔掴むみたいに幸近はわしの口を大きい手で塞いでそんまま警戒さしながら木ん陰へと追いやった。



何や話し声が聞こえよう。どっかで聞いたような………………?


わしが声の方さそおっと覗くと、なんとわしの家にずかずか入り込む下品な男が!!

思いだしたわ!!あいつらこの前わしん家の蓄え奪っていった山賊やないか!!



わしは怒りに震えた。お前らんせいでわしは死にかけたんやぞ!!今度は干物とか持って帰る気か!!



しかしわしは女子。こない大きい男数人に勝てるわけない。命あっての食べもんや。耐えな。



「………代美、あいつらは知り合いか?」


「な訳ないやろ。山賊や。わしん家によう来ては蓄え奪ってわしん布団で寝て帰んのや。くやしいのう…………!」



わしは悔しくて手を強う握りしめた。畑が荒らされんだけましやけんど、こない頻繁にやられたら生きていかれへんわ。



ふと静かになりよった幸近さ横目で見ると、幸近ん姿は最初から居らんかったみてぇに消えとった。……えっ?



「え…?幸近?どこ行きよん!!逃げよったんかぁ!?」



まさかここで屋敷に帰ったんか!?臆病者!!こないか弱い女子1人で山賊の居る家に残すなんて最低や!


と、思ってたら、ざく…ざく…とわしの背後で雪を踏みしめる音が!!

驚かすなよぉー!幸近!!漏らすか思うたわ!!



「やっぱりな!女がいるぞ!!身なりは汚ねぇが乳はそれなりにあるし遊べそうだな」




さっ…!ささささ山賊やないかあああぁぁ!!!?




何で分かったん!?今まで気づかれた事無かったのにっ!!…あっ!幸近が居らんなって騒いだ時ん声で気づかれよったんか!?わしの阿呆!!



わしは頭ん中で自分さ罵倒した。せっかく幸近が木ん陰に隠してくれよったのに…。

わし、売られるん?それとも犯されて殺されんの?


…どっちも嫌や!!わしは逃亡しようと隣の家の方さ…



ガシィ!



「っわあ…!やっ!離せやっ!!阿呆!!」



しくじった!山賊に腕を掴まれてもうた!!


必死に抵抗して暴れてみるけんど、わしの腕さ掴んどう山賊はニヤニヤ気色悪う笑いよるだけや。


わしらが騒いでるのが聞こえたんか、残り2人の山賊もぞろぞろ家から出てきよった。

…………終わった…今度こそ、終わった。



わしがお前らみんな呪ったる。と怨念さ込めて目の前の家から出てきよう山賊さ睨んどると、わしん腕さ引っ張る力が緩んだ!今や!!



「ぎいぃやああああぁぁ!!う、うう腕がっ…お俺の…腕がああぁぁ!?」


「!?」




振り返ったら…何や?わしさ掴んどった山賊の右手が途中で無くなっとう…?



よう見たら山賊の後ろに誰か立っとう。


落ち着いて見たら、立ってたお人は幸近やった。幸近が山賊さ切ってくれたんや!!



幸近は冷とう目で切り落とした腕の持ち主を見据えとう。そうか。わしが押し入れに仕舞った刀を護身用に取りに行っとったんやな!見捨てたと思って堪忍な!!



「ここで何をしている」


「………はっ?さ、侍か?何でこんな田舎に………この間までは…」


「切り殺されたくなくば二度と来るな。俺は気が長くはない」



そう言うて再び幸近は刀さ握り直した。それさ見た山賊は一目散に山へと帰っていった。


片腕さ切られた山賊も、落とされた腕さ拾うて後追うみてぇに帰っていった。




「ゆ…幸近」


「何故大きな声を出した!!危機感が無いのか!?」


「あ、あぁ…」


「お前は女子なんだぞっ!!分かっているのか!?1人で男3人に敵う訳がー」


「ごわがっっっだあぁよおおおぉぉ!!!!わしぃぃ!!犯されてぇぇ殺されるがどぉぉおおもうだよおおぉぉ!!!!」


「!?よっ、よっ代美!?離れろっ!!」


「離れねぇだよおおぉ!!わしはぁ二度とぉぉ!!幸近から離れねぇぇぇ!!」



わしは猿の子供みてぇに幸近ん腹に引っ付く。恥も何もかもかなぐり捨てて幸近に密着する事だけさ考える。



「にっ?二度と…?二度とだと?……本当だな?」


「本当だああよおおぉう!!わしの命はああぁぁぁ!!幸近のもんだあああぁぁ!!」



あん時本当ならわしん命はなかった。今わしが生きとうのは、間違いなく幸近んおかげや。幸近のもんや言うても良い。


わしは決めた!幸近さ用心棒として家で雇おうと。魚の恩返しやったら手伝いよりこっちの方が良いわ!


幸近も「分かった、分かった」言うて泣いてわしの頭さ撫でよう。幸近もわしの家さ出る気はしばらくはないようや!!良かった!!



わしは幸近に、わしがどっかにお嫁さ行く時まで頼むで。と心で念じ、幸近の腕ん中でしばらく泣いた。







―それから、色んな楽しい事さあったなぁ。








「幸近!あんた1人でこない耕したんか!?」


「もう種も蒔いた。早ければ3日で芽が出る野菜だ」



幸近が1人でわしん家7つ分の畑さ耕しおった。


いっつも刀持っとるから鍬なんぞ軽いんやと。わしはその畑に水撒くだけで疲れよったわ。やっぱ男手があると助かるわ!


用心棒だけでねぇ、下働きとしても幸近はようやっとう。良い拾いもんしたわ。










「代美、お前に着物をやる。着てみろ」


「え!?着物?良いんか!!わしもう5年この着物着とう、新しいんが欲しかったんよ!!ちょい待っときいや……………………どないや?」


「……………………」


「何か言いや!!幸近が買ってきたんやろっ!!めんこいとか言わんかいっ!!なぁ!!聞いとんか!?」



わしに幸近が着物くれたんよ。この前町さ行く言うて出て行ったん、着物買う為やったんやな。


でも自分で買ってきたくせに何も言わんのはどういう事や?紺色が気に食わんかったんか?花の紋様か?そんまま黙って寝よった。


腹は立つけんど着物はめんこいしな、わしも気に入っとう!今も着とうよ!!










「これが代美の両親の墓か?」


「そやで。わしが9つん時に流行病で死んでもうてん。お母ちゃんが先にかかってな、お父ちゃんとわしで看病しとうたんやけんど…お父ちゃんもすぐうつってもうて。わしは阿呆やから大丈夫やったみたいやけどな!」


「………ああ。お前が阿呆で良かった」


「何やと!?そこは阿呆やないって言うてくれる所やろ!!幸近っ!!手ぇ合わせて無視さすんな!!」



幸近がお父ちゃん達の墓さ見つけたみてぇで、お父ちゃん達の話さしたら手ぇ合わせてくれよった。


わしも幸近ん事お父ちゃん達に知らせとうから一緒に手ぇ合わせたよ。



…それにしても長かったわ!あん時、わしの文句でもお父ちゃん達に言うとうたんちゃうか?わしは幸近の良い所言うてやったのに!!










「代美。熊は好きか。捕って来てやったぞ」


「くっ…熊ぁぁあ!?子熊か!?…お、大人の熊やないかぁぁ!!!?あんたっ、鳥さ捕まえに行ったんやなかったんか!?なしっ、なして熊なんか…………!!」


「ああ、雉も取ったぞ。ほら、鍋にしろ。お前は肉が好きだろう?好きに食べると良い。」


「雉いいいぃぃ!?あんたっ、刀であんな足の速か鳥捕ったんか!?幸近!!おまえただの元侍やないな!忍か!?」


「阿呆。ただの元武家の跡取りだ。いらんなら川に流すぞ」


「何つう勿体ない事を!!ええわっ!!熊やろうがわしが捌いたる!今夜は宴や!!幸近は裸踊りの準備でもしとかんかいっっ!!!!」



幸近がわしん体より大きな熊さ捕ってきよった。雉もよう肥えた美味い雉やったわ。また食いたいわ。


熊は頭が切れんくってな。困っとったら幸近が刀で切り落としてくれたわ。

刀って案外役に立つんやな。魚も捕れよるし。


んで幸近が裸踊りさ嫌がるから、わしが脱がせようとしたら幸近に「未婚の娘が男に不用意に触れるものではないっっ!!!!」て言われてわし、気づいた。



………わし………もうすぐ行き遅れやん…………











…そんで………………今、なんやけんど……………………








「母上。私、魚を捕ってきました!2尾も!!」


「おかーちゃ、おれ!!これ!はいっ!!」



……………………何や…………子供が2人、わしに魚さ差し出しとる………




い、いや、分かるんよ?だってわしが産んだんやし……かわいいわしん息子よ?分かっとうけんど………!!



「お前達。母上は父上の持ってくる魚が好きなんだ。諦めろ」


「父上ばかりずるいです!!」


「とーちゃー!ずるいー!!」



………わし、何で幸近の子産んでんのっ!!!?



えっ!?何でっ!!言うても幸近は武家ん血筋やん!?何で平民のわしが身分の高う幸近ん子さ産んどんのっっ!?妾か!?



わしが今更混乱しとうと、何も反応せんわしを心配したんか「大丈夫ですか?母上…?」と1番上ん息子がわしさ覗いてきよう。ええ子や…



「あああっ!ちゃうんよ!!凄いなぁ思うて!!ありがとうな、吉助よしすけ千太郎せんたろう


「!!私、もっと捕ってきますっ!!」


「おれも!おかぁちゃ!いてっくるぅ!!」



そう言うてわしん可愛いか息子達は川さ向かって競争さするように走っていきよった。




…………上ん子は幸近そっくり……………次男はわしんそっくり……………間違いない。わしん子や。2人とも!!



わしが事実に頭さ抱えとると、誰かがわしん腹さ撫でよった!物の怪か!!



「随分大きくなったな。お前にはいつも苦しい思いをさせて申し訳ない。しかし俺は代美に似た娘が欲しい。許せ」



幸近がわしん腹撫でとったんか。驚かすな!まったく!!…てててえええぇぇええ!!!?腹が膨らんどる!!わし子供おるっ!!何人目…………4人目や!!もう1人の息子は小さいから家で寝とるんやった!!


いやいやそれよりわしん腹に耳付けてわしん膝で寝ようこいつほんまに幸近か!?


そもそもわしら祝言だって上げとらんやない!!ここは真意さ聞いとかな!!金子が出るんかとかな!!大事な事やからな!!


わしん膝の上でそんまま寝ようとしとう幸近ん肩さ叩いて寝んように妨害する。

…寝ようとしとったから睨まれたわ。怖いお人や、相変わらず。



「幸近?わしらって、その、祝言?とか上げとらんやん?わしって妾やろ?こない子供も作って大丈夫なん?」



先に奥方さなるお方は承諾しとんのか聞いとかな。もしかしたら吉助辺り本家の子として連れて行こうとしとるんかも知れんし。


そしたら、幸近がわしん膝から飛び上がった。何や、虫でも集ったか?



「お前…!俺が愛する女を妾にする下種だと思うのか!!??」



そう言うて親の仇みてぇな目でわしさ睨みつけてきよった!!怖いよ!!お父ちゃん!!



……………………ん?愛する……………愛する女!?



「ああああいあ愛する女て、わ、わわわしん事か?」



思わず自分さ指差して確認する。えっ?だってわし1回も言われた事ないよ!?幸近もようわしに拳骨してきたり、刀で脅したりしとうたやん!!



「お前以外に誰がいる阿呆っ!!俺が愛してもいない女を孕ませる男だと本気で思ったのか!!」


「めっそうもねぇ!!確かめたかっただけなんよ!!わしら、祝言も上げとらんやろ?だからちょーっと心配…」


「上げずともいいだろう!!子が出来れば夫婦も同然だ!男女が同じ家で子を生して住んでいれば、それはもう夫婦だろう!他に嫁ぎたい男でもいるのか!?」



珍しく取り乱しとう様子で幸近が息も荒うわしに問うてきよう。何や幸近にしては珍しい焦った顔さしとう、祝言さ上げとらん自覚はあったんやな。


そない事考えとったら、何も言わんわしに心配なったんか幸近ん顔が見た事も無いような情けのう顔さなりおった。



「……すまないと…思っている…。お前の優しさに、つけ込んだ…」



そう言いよって幸近はわしん乳に顔さ埋めて声さ震わせよった。…幸近が好きなん、わしやのうて乳なんやないの…?



「代美…お前が、好きだ。俺を助け、弟と分かり合える道を示してくれた…一生懸命生きる、屈託のない笑い方をする、阿呆なお前が好きだ」



良かった。ちゃんとわしん事好いてくれとうみたいや………えええ!?ほんまかいなっ!?わしっ、わし、殿方に好かれる事さあるんか!!しかもあの幸近に!


あん時もあん時も…!!わしん事好いてくれよったいう事か!?




………何や………顔さ暑うなってきよった………。わしこれからどんな顔で幸近さ見ればええんや………



「…?どうした、代美。熱か?こちらを向け。病に罹っては大変だ」


「いやっ、ちゃちゃちゃちゃうんよっっ!?ねね熱やあらへん!!あ、あうぅ…さ触らんでよ…わし…おかしなってまう………」



幸近がわしん顔さ触りよるともっと暑うなりようから逃げるように背を向ける…何やこれ。心地ええけんどムズムズしよう…っ…!



わしが幸近から逃げようとしとうと、何思ったんか幸近はわしん乳さ思い切り鷲掴みにしよった!!



「どぅああああぁぁ!!!?なぁぁ!!何しよん幸近ああぁぁ!?」


「答えろ。俺と離縁したいか。俺が嫌いか。答えるまで止めん」



離縁ってやから祝言さ上げとらんやろうが!!幸近ん中では祝言上げた事になっとんのか!?



しかし幸近はわしが答えるまで本気でわしん乳さ離さんつもりらしいて、わしん子供さ産んでさらに大きなった乳さ根元から掴んどる。さては捥ぐ気やなっ!?




「…っす、好きよ!!わしさ山賊から助けてくれよった時から!!でも、幸近元々お侍様やからっ!庶民のわしとはっ夫婦さなれんって!!でも、幸近ん子産んだんも、幸近とっ一緒に…夫婦さなりとうて産んだんよ!!………好きなんよ!!幸近!妾でもええから…っ、わしと夫婦さ…なって…」



そう言うてわしから幸近に抱きついた。



…そうやった。わし、幸近が好きやから幸近ん子さ産んだんや。…でも、子供が増えるたんびに不安になった。



わしには許嫁なんて居らんかったけんど、幸近にはおった。わしん親は死んでもうたけんど、幸近にはどっちもおりよう。


そん違いが、わしと幸近の立場さ示しとうようで…幸近は…いつか屋敷さ帰りようって、怖かった…



…でも、幸近はわしん事好いてくれとう言うてくれた。わしと夫婦や言うてくれた。



信じてもええの?わし、めんこい所無い田舎もん丸出しの阿呆みてぇな喋り方するけんど、隣さおっても…ええの?



「もう……夫婦だろう。妾などと言うな。俺はお前以外は要らぬ。……お前から聞けて、良かった…。好きだ。代美。…俺の隣にいてくれ…」



そう言うてわしよりも強い力で幸近はわしさ抱きしめた。


わしと同じくらい早い幸近ん心臓の音がわしに伝わって心地ええ…。


わしは幸近の温もりに抱かれながら静かに目さ瞑った。




…子供も3人産んで今更やけんど…今日。わしらはやっと本物の夫婦になれたと思うー…









「………そもそも………お前があの文を………読んでいたら………」


「…ん?文?…助けた次ん日さ置いとうた文か?何書いとうたんや?」



おきよちゃんさ読んでもろうた文は続きさあったみたいやな。


あん時幸近に教えてもらえんかったからおきよちゃんに聞きにいったけんど、わしん家に幸近が居るんか聞きよう、今おるよって言うたら目ぇさ裂ける程ひん剥いた後、どっかに走り去りよった。



噂ではまた奉公さ行ったみてぇで村の娘がまた減りよった。


やから何が書いとうか気になっとうけんど、わしまだ字読めんし誰にも聞けん。

でも幸近が今から教えてくれるんかも知らん!!夫婦に隠し事はあかんもんな!!




「……………………いや、いい」


「良くないわぁ!!夫婦なんちゃうんか!子供には読み書き教えようにわしには何も教えよらん!ええからはよ教えんか!!」



わしがそう怒鳴って幸近の背中さポカポカ殴りようけんど無視しよう!そない聞かれとうないなら手紙さ引き合い出すなや!



わしが不満さぶつける声が大きかったんか、3男の平八へいはちが起きよった。そういやもう乳の時間やな、腹も空いとうやろし行こうか。



「………乳の時間か?」


「そうよ。わし、平八に乳さあげてきようからあん子らの様子さ見てきて」



わしが殴るん止めたらすぐ聞いてきよう。文ん話は無視しようくせに!



…でも…こうやって会話しとうと夫婦って感じさして、何か……幸せやなぁ。



拾ったお侍様が旦那になりおった。………なんや草双紙みたいな話やな。




お父ちゃん、わし、幸せよ。怖いけんど優しい旦那さおって。



お母ちゃん、わし、母ちゃんさなったよ。お母ちゃんみてぇな暖かい母ちゃんさなれるかな?



わし、頑張るよ。大好きな旦那様と大切な子供達ともっと幸せさなるために。



頑張れ。


ってお父ちゃん達の声さ聞こえたような気がして振り返ったら、朝は咲いとらんかった墓に供えた花のつぼみが空さ向かって綺麗に咲いとったー…







「代美、忘れるな。お前の乳は俺のものだ」


「何いっとんのや阿呆!!わしん乳はわしか子供ん乳や!!」



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