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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター1 偶必然の前奏曲
6/20

遥かな時からこんにちは

 あの日々を何と説明すればいいのかはわからない。

 とにかく、最悪な時間だった、だけとしか。

 いや、もはや悪いという感覚すら消え失せて。

 ただ時間を消費するだけの。命を浪費するだけのモノになり果てていた。

 しかしそれは過去だ。

 心の中で完全に失せなくとも、生きているのは今なのだ。





「帽子、大事にしてるんですね」

「ああ」


 弟子の言葉をあしらったハナカは、帽子の手入れを続けている。


「雨に濡れたから手入れしてるんですか?」


 弟子が言うのは先日の件だ。汚れたのは先日だが、あの厨二雷女のせいではない。


「不本意ながら他人に被せたからな」

「不本意ながら追いかけられたんですけど?」


 弟子の不平不満は空気と同じだ。ハナカは涼しい顔のままで、


「あれが最善だった」

「師匠だったらどうにかできたんじゃないんですか? あの人めちゃくちゃ強かったですけど」

「派手なだけだ。効率が悪いことこの上ない」

「……ちょっと羨ましいって思ってます?」


 手が止まる。手入れ用のブラシをテーブルに置く。代わりに手を動かした。

 息をするのと同じように、身体に染み付いたごく自然な動作を。


「ちょっ! 何か言ってください!」


 弟子は会話を所望している。師匠であるハナカは応えなければならない。

 だから雄弁に語り続ける。灰色のスコフィールドで。


「銃を向けないでくださいよ!」

「ならわかり切ったことを言わせるな。私があいつに嫉妬するわけないだろう」

「本当ですか?」


 疑心の眼は途切れない。弾薬ポーチ内の非殺傷用ゴム弾の位置を意識する。


「い、いやだって師匠。私はしましたよ、嫉妬。あの人みたいに潤沢な魔力量があればきっと、もっと生きやすかっただろうなって」

「魔力貯蔵量自体に意味はない。優秀な魔術を編めなければ」

「でも、師匠の魔術は一流じゃないですか。魔力さえあれば……」

「私は最下級魔術師だ。嫌味か?」

「いや、ですから」


 弟子が何を言いたいかは汲み取れる。ハナカは銃を仕舞うと作業へ戻った。


「実際に一流と呼べるかは知らないが、相応の実力はつけた。……つけなければ今こうしていない。あの人は厳しすぎたからな」

「あの人、ですか?」

「いや、やっぱいい。黙れ」

「何でです?」


 きょとりとしながら顔を覗いてくるユニ。バカ弟子を撃ちたい衝動に駆られるが、今はそれどころではない。


「言いたくないと言った。それに、こういう会話は予期せぬ接続を起こす。魔術師ならわかるな」

「ボンクラですけど」

「いいから察しろ。そうしている暇があったら銃の練習でもしていろ」

「でも、そろそろ魔術の修行もしないといけないと思うんですよ。教えてくださいよー」

「しつこいな、弟子。弟子は師匠の言うことを黙って――っ」


 ことり、と落とす。帽子用ブラシを。

 この感覚はよくなかった。実によくない。

 まだ準備はできていない。弟子の仕込みを終えていないのだ。


「師匠?」


 弟子は何も考えていないニワトリのような顔をしている。


「やむを得ないか。……お前はここにいろ」

「で、でも夕飯の買い出しが」

「だったらとっとと買ってこい。くそっ! 時期尚早に過ぎる……! くれぐれもだ!」

「はっ、は?」

「くれぐれも、知らない大人に声を掛けられても無視するんだぞ。小学生どころか、幼稚園児の時に習ったな」

「え、えと? 小学校とか幼稚園って一体なんです……あ、師匠!」


 弟子のことなど気にしていられない。

 今、ハナカが気にするべきなのは、その逆についてだ。



 ※※※



「どうしちゃったんだろう、師匠」


 夕飯の買い出しをするユニは考え込むが、夕飯の献立以上のことは浮かばない。

 ユニにとってハナカは師匠であるが、それ以上の情報はなかった。

 人間世界(むこう)から来て、自分と同じ魔力障害者で。

 マイナーであるはずの銃を握って、自身より格上の魔術師を屠るガンウィッチ。


「もっと知るべき、なんだろうなぁ……」


 依頼についてどころか、ガンウィッチの修行すらまだ半ばに到達していない。

 ユニは未熟なガンウィッチだった。しかし、今の日々は嫌いではない。

 ハナカが師匠で良かったと心の底から思える。だからこそ。


「知りたい、な」


 ユニは師匠を懐柔する方法を模索しながら歩き続け、


「うわっと!」


 咄嗟にショルダーホルスターに手を伸ばす羽目になった原因へ注目する。


「爆発……?」


 魔術世界ではさも珍しいことではない事象。魔術に不可能はない、と信じている魔術師は多い。ユニもその一員である。未だ。

 だからこそ、重要なのは現象ではなくその対象。そして目的だ。


「……」


 スマートフォンを確かめる。だが、フォーチュンから連絡はない。

 師匠からもない。

 つまり、放置しても問題はない。

 ない、ないが――。

 銃の撃鉄を鳴らす。


「見て、ダメそうだったら逃げる」


 方針を声に出し、爆心地へと駆けていく。

 よくある光景ではあった。頭のイカレた魔術師たちが最下級魔術師を襲っている。上級と中級で混成された集団だ。組織と言えるほどの連携はない。

 めいめいに楽しんでいる。弱者への暴行を。

 そして彼らを救う者はいない。上位者が下位者を喰らうのは自然の摂理。


(でも、私は)


 ガンウィッチ。半人前の。

 戦う力は中途半端。そしてよぎるのは以前にハナカから受けた忠告だ。


「わかっていると思うが、あえて言おう。もしお前の目の前で弱い者いじめが起きていたらどうする?」

「えっ? 助けま――あいたっ!?」


 放たれる輪ゴム。理不尽な射撃にしかしユニは言い返せない。


「師匠……」

「お前の流儀がそうだと言うなら。それがお前という生き方なら無理に止めようとは思わない。だが、それは自分の身を自分で守れるようになってからだ。勝てる算段もない相手に勝てる方法もなしで挑むというなら、お前はただの間抜けだ」

「で、でも」

「でもじゃない。……どうしてもというなら私に――いや」


 ハナカは言いかけて中断する。


「やっぱりダメ」

「え、でも今のって」

「なんかすごい調子に乗りそうだからダメだ。いいか? 勝てる可能性がない相手に挑むのは禁止だ。いかなる理由があろうとも」


 目の前で繰り広げられる私刑は悪逆に過ぎた。

 だが、それを救う手立てがユニにはない。見て見ぬふりをするしかない。

 いや、目は逸らさずにしっかりと焼き付けて、その場を去るしか……。

 不意に殴られている少年と目が合う。だが、彼は口を動かさない。


(どうして)


 助けを求めない。諦めている。全てを。

 ……まだ助けてというなら唇をかみしめて無視できたかもしれない。

 だが、今虐げられている彼らは何も言わない。

 生きる気力を奪われ、ただの人形となっている。


「ごめんなさい!」


 ユニは謝った。高らかに叫ばせながら。

 エンフィールドリボルバーを。

 銃撃は仰向けに倒れた少女を犯そうとしていた男の股間に命中した。そんなところに直撃させるつもりはなく、足を狙ったはずだったが結果オーライだ。

 男の野獣めいた絶叫を皮切りに、豪華な衣装を纏った最低最悪の魔術師たちが一斉に得物を構えた。ユニは走る。手ごろな建物の壁に隠れようとしたが目の前に女が瞬間移動してきた。咄嗟に撃つ。

 そして外れる。


「このッ!」


 ユニは拳を女に放つ。が、女が水のように拡散して目を見開く。飛び散った水はユニへと引き寄せられ、すっぽりと覆った。

 息を吸えない。銃を撃つが水を貫くばかりで意味がない。

 AM弾への装填も不可。脱出しようと動いたが空気が漏れるばかりで出られない。


「あいつの、ビッグロッドの仇さ。身の丈に余る行為の代償として、哀れで惨めに溺死しな」


 助けを呼ぶことも叶わない。思考すらまともに回せず、ユニは溺れ死んだ。

 大量の飛沫が石床を濡らす。

 重力に従ったままユニは倒れ、


「ごほっ、がはっ」


 死んだと思った自分が生きていることを知る。


「はふっ、は……え、あれ」


 気付けば血が散乱している。呆けた顔で絶命する女は、まさに今自身を溺殺しようとしていた敵だ。

 ふと、人影に気付く。堂々とするその人は、既知の人と姿が重なる。


「師匠……?」


 そう呼んで、全然違うことに気付く。背の高い男だ。中肉だが、防弾チョッキの下に羽織る青シャツと、黒いスーツパンツの内側には鍛え抜かれた肉体が秘められていることがわかる。

 黒髪の男は、ユニの前で敵集団と対峙していた。


「だれ、ですか?」

「そうだな、どうしようか」

「お前の名前なんかどうでもいい!」


 ユニの質問は敵によって遮られる。憤っているのはビッグロッドと女に呼ばれていた強姦男だ。撃ち砕かれた部位は回復魔術で再生していた。なぜか露出したまま。

 そんなものを見せられるこっちの身にもなって欲しい。


「よくも殺したな、汚らしい殺人者! こともあろうか下劣な銃などに――」


 ビッグロッドのおかげで、ユニは屈強な男の右腰にホルスターと黒光りの銃が収まっていることに気付く。ハナカやユニの銃とは違う形だ。

 その全貌は瞬く間に露わになる。マナのオススメで見たベレッタM92FS。

 ハナカがナンセンスと言った銃で、目を見張る速度の早撃ちが行われていた。

 炸裂したのはビッグロッドの股間だ。再びの獣絶叫。


「ちょっと待ってな」


 オートマチックピストルのスライドが動く。放たれた弾丸は防御障壁を貫通し、敵魔術師の眉間をも射抜く。

 リコシェショットも巧みに使いこなしていた。跳弾によって敵側頭部に穴が空く。

 不意に目の前の敵が消失する。しかし男は意に介さず銃だけを左に向けて発砲。

 出現と同時に敵は絶命した。

 銃が叫べば敵も叫ぶ。断末魔を。十人程度の敵がどんどん減っていく。

 敵は様々な手段で自衛しているが、銃弾を回避も防げもしなかった。


「クソ野郎!! 天罰を下してやる!」


 槍を持つ男がその切っ先を銃使いの男に向ける。


「音速魔術で死ね! 愚かなガンウィザード!」


 敵が動く。瞬時に。目で追えない速度で放たれた一閃突きが、


「バカなッ!?」


 次に肉眼で捉えられた時には、男の寸前で止まっていた。槍の柄を男が握っている。右手に持つ銃が槍使いの顎に密着。


「待っ」


 銃使いの返答は銃声だった。文字通りの瞬殺。


「…………はっ」


 見惚れていたが、ようやく目的を思い出す。


「大丈夫ですか!?」


 襲われていた人たちに声を掛ける。が被害者たちは呆けている。


「今はそっとしていてやろう」


 絶望からいきなり希望を与えられた人たちを男が気遣う。


「でも、放置したら」

「問題ない。手筈は整えている」

「手筈、ですか?」

「それよりも」


 男に促され、ユニは質問の最中だったことに気付く。


「そうでした! あなたは一体……」

「その前に俺が気になるのは」


 男は死体を眺める。ユニを水で覆った女性の死体だ。複数の部位に分裂している。いつの間にか水は跡形もなくなり、血だまりができていた。


「何が……」

「水を飲んだか?」

「えっと、少し」


 だいぶ空気を持っていかれたので、間違いなく水は飲んでいる。


「この女は水に変化していた」


 男の説明が意味するところは、ボンクラガンウィッチでもようやく理解できた。

 青ざめる。吐き気が込み上げてくる。


「おぇ、おええええええ!!」


 周囲には目も暮れず、ユニは勢いよく嘔吐した。




「私は、ユニと言います、うぷ」

「大丈夫か?」


 男はユニを介抱し、近場の飲食店に連れて行ってくれた。


「大丈夫、だと思いまふ……」


 何かおぞましい物体を吐いた気がするが、脳内からは消去されている。スマホの削除機能のような便利さが人間にも搭載されていればいいのに。

 吐いた事実すらも消し去れるのに。


「ならいいが」

「それよりも、あなたの名前は……?」


 ユニは直近のグロテスクよりも目の前の男性を優先した。


「俺か。そうだな……アレックスだ」

「アレックスさん。アレックスさんはガンウィザードですよね!」


 テーブルへ前屈みとなり食い気味に訊ねる。胃が少々暴れているが、今は気にするべき時じゃない。

 アレックスは少し考え、


「そう呼ばれることもある」

「やっぱり! だったら私の師匠を知りませんか? 名前は」

「知らんな」

「えっ」


 やはり銃魔術使いというだけで知り合いだと思うのは早合点か、とユニは思いなおそうとして、


「俺が知るのはただのガンウィッチだ。師匠だなんて呼ばれる前のな」

「やっぱり!」

「あいつは元気か?」

「はい! え、えっとそれでですね、いきなりで恐縮ですが……」

「いろいろ聞きたいことがある。そんな顔をしてるな」

「わかりますか? それで」

「いいとも」


 アレックスの返事はユニの表情を華やかにさせる。

 喜々として質問を始めた。わからないこと、知りたかったことを。



 ※※※



「なぜ家にいない」


 あれだけ口酸っぱく手早く買い物を済ませろと言い聞かせたはずの弟子は、どこかへ寄り道しているらしい。

 ハナカはうんざりしてスマートフォンを確認する。フォーチュンからの連絡はない。

 見守りアプリをタップして弟子の居場所を表示させた。


「レストランブロンテ……?」


 場所としては普通だ。最下級魔術師でも問題なく入れる店だが、


「チッ」


 深く考えるまでもない。ハナカはユニの自宅を飛び出し、ブロンテへと向かった。

 そして、店の窓から覗える案の定な光景に、ハットに手を置きため息を吐く。


「あれだけ言ったのに、バカ弟子が」


 ハナカはドアノブを捻ると、呼び鈴を鳴らした。



 ※※※



 アレックスとの会話は実に建設的だった。

 ユニの知りたいこととアレックスの知っていることが合致している。


「じゃあ師匠も最初からすごかったわけじゃないんですね」

「最初からすごい奴は、世の中探せばいるかもしれない。最初の頃はいいだろうが、そのうち飽きるだろうな」

「飽きる、ですか……?」

「使命や命題があれば長続きしそうなものだが、そういう手合いの大体は目的の前に方法を得てしまった奴らだ。だから飽きて暴れて、そして死ぬ」 

「死ぬ、ですか? でもすごい力を持っているなら……」

「そのすごい力の定義にもよるが。……生き残る力と、単純な強さとしての力は別物でな。世の中は強い者よりも、賢い奴が生き残れるようにできているんだ。現に君は生きていて、さっきの連中は死んでいる。強さ弱さよりも賢く立ち回ることが生き残る秘訣だな」

「でも、私は無謀な戦いを挑んで死に掛けました……」

「だとしても、生きているのは君だ。結果論だが、君のあの時の行動は間違っていなかった。生きていて、悔いがないならばな。もちろん、次に同じ行動を取って生き残る保証はない。人生に必要なのは柔軟性だ」

「柔軟性……だから師匠は非常識なんですね」


 言葉としては不適切かもしれないが、ユニは褒めたつもりだった。

 もっとも、他者が同じように思うかはその人柄次第だが。


「つまりこういう行動がか?」

「えっ? むぐは!」


 強烈な衝撃が頭部を揺さぶって、ユニはソファーへ倒れ込んだ。

 痛みが自分の身に何が起きたのかを克明に語ってくれる。


「痛いですよ師匠! ゴム弾だって痛いんですよ!」

「私が敵だったらお前はそうやって反論することもできないぞ」

「でも実際師匠じゃないですか!」


 ハナカはあからさまに不機嫌な様子だ。銃をくるくる回しながらホルスターに仕舞う。すぐその視線は暴力ならぬ暴銃の不当性を訴える弟子ではなく、その対面でコーヒーを嗜む男へと向けられた。


「なぜここにいる、アレックス」

「昔のように師匠と言ってくれないのか?」


 アレックスの返答は確信を得つつあったユニに確証を与えた。飛び起きて、その回答を口に出す。


「やっぱりあなたは師匠の師匠! つまり大師匠で――へっ」


 カチャリ、と。

 仕舞われたはずのスコフィールドリボルバーはユニの眉間を捉えている。

 口じゃなく銃口でユニを黙らせたハナカの眼光は、アレックスを捕捉し続けていた。


「もう私は一人前だ」

「かもな」


 アレックスはコーヒーを啜る。その態度がハナカを刺激した。


「あなたが言ったんだろう! 条件は満たしたはずだ!」

「条件?」


 ハナカはユニを一瞥すると、バツが悪そうに目を逸らした。


「なんでもない。ここには何の用で……いや」


 ユニは窓を見るハナカの表情がまた同じものに戻ったことに気付く。

 つまり、うんざりした様子に。


「あれか。くそっ」

「行くぞ二人とも」

「弟子に命令できるのは私だけ――」

「はい行きます! 大師匠の言いつけですから!」


 ハナカの舌打ちを聞き流して、ユニはアレックスの後を追う。

 そして、集団と出くわした。どうにも徒党を組む魔術師にガンウィザード、或いはガンウィッチという職業は縁があるようだ。

 彼らの胸に光るバッチとその仰々しい黒の制服は見覚えがある。


「魔術犯罪取締官……」


 その名の通り魔術による犯罪を取り締まる組織だ。魔術師同士の争いは自己責任という風潮が強い魔術世界でも、治安維持組織は存在している。彼らは複数ある同系統の組織の中で、主に小規模から中規模の魔術犯罪事案を担当する部署だ。


「こちらが何者か、わかっているようで何よりです」


 リーダーらしきチョビ髭が偉そうに語る。


「では、速やかに本題へ。下級魔術師による上級魔術師への事業妨害という由々しき事態が発生いたしました。……貴君らが関係者であることは判明しております。できれば穏便に済ませたいところなのですが」


 魔術師の常識になぞらえて、取締官はふざけたことを抜かしていく。上級魔術師による性暴力を事業扱いする取締官に対しハナカはつまらなそうな顔だ。

 そして、アレックスも常に不敵な表情を浮かべている。


「そうです。そのように……何事もなければ、苦痛もなく可及的速やかに始末してさしあげぇえええ……」


 などと。高貴な振る舞いをしていた取締官が間の抜けた声を上げたのは。

 アレックスによる早撃ちで眉間に穴が開いたからだ。


「どいつだ?」

「そうだな。あいつは生かしておけ」


 二人は気の弱そうな取締官を標的に選んだ。そして、銃が穿たれる。

 決着は瞬く間。弱い者いじめが取柄の取締官では戦いにならなかった。

 ぶるぶると小鹿のように震える標的をアレックスは見下ろしている。


「聞きたいことがあるんだが、いいか?」


 アレックスの質問に取締官は頭をぶんぶん縦に振った。


「何を訊くんですか?」


 興味津々のユニの肩が叩かれる。振り返ると、ハナカが遠くを指さしていた。


「なんですか師匠」

「あれ、なんだと思う?」

「へ……?」


 示される方向には普段の街並みがあるだけだ。先程まで入店していたレストランブロンテと、その隣にある魔術雑貨店。魔獣ペットショップに下級魔術師御用達の共同魔術工房……。


「終わったぞ」

「えっ? あー! 聞けなかったじゃないですか! 参考にしようとしていたのに!」

「あんな奴は参考にしなくていい」

「でも、大師匠ですよ?」

「その間抜けな呼称も改めろ」

「ですけど師匠」


 反論を続けるユニを無視したハナカが、取締官を逃がしたアレックスの傍に寄る。


「終わったな。一刻も早く帰れ」

「昔のお前はもっと素直で可愛かったがな」

「私が昔の私に見えるか?」


 アレックスは不敵な表情を崩さない。


「まあいい。後は任せたぞ。……小事ではあるが見逃せない」

「いつもそうだな、あなたは」

「あいつにはあったか?」

「あれを会えたと言うならな。くそっ」

「無事結界を突破できたのなら、ああ、会えたと言っていいだろう。確かに、お前は昔のお前じゃない」

「なら、私は認められたか?」


 立ち去るアレックスの背中に、ハナカが問いかける。その姿も、ユニの目には新鮮に映った。

 クールで完璧なガンウィッチから、親に認められたい子どものように。


「決めるのは俺じゃない。自分だ」


 かくして。ユニと大師匠の初対面は終わりを告げた。

 苛立ち塗れのハナカを残して。


「前に言ってたことと違う……弟子を取れば一人前だって……」

「師匠?」

「何をぼさっとしてる帰るぞ!」

「待ってくださいよもう!」


 ハナカはアレックスと逆方向に早歩きをする。

 その背中をユニは追う。

 後ろをもう一度窺ったが、アレックスの姿は消えていた。


「転移魔術を使ったんですかね。流石大師匠……魔術の痕跡も見当たりません」

「何を言ってるんだバカ弟子」

「え? 別に変なことは言ってないと思いますけど」

「そうだな。ああそうだな! この鈍感めが」


 ハナカはすたすたと先へ進む。ユニは慌てて追いかけて行った。


「どうしちゃったんですか? 師匠! 教えてくださいよ!」

「たまには自分で考えろ! だから嫌なんだ……アレックス!」


 珍しく振り回されっぱなしなハナカの背中を。




 ※※※



 手近な酒場に入り、ビールを注文する。そして、携帯端末をチェックした。


「どうだった?」


 いつの間にか相席になっていた女性の声へ、さして驚く様子もなく応える。


「銃の腕は上達してる」

「私が興味あるのは魔術の方だ。ガンウィザード」

「それを俺に聞くのか?」

「聞くとも。アレクサンドロス」

「いいんじゃないか? 君の結界を突破したんだろ。大師匠」

「なんだそれは」

「あの子の弟子から見たらそうらしい」

「私が担当したのは魔術だけだ」


 褐色の女性は面白くなさそうにナイフを取り、テーブルに突き刺す。

 奥の部屋で騒ぎが起きる。人が死んだという叫び声が聞こえるが、二人は無反応。


「ウィザード級のガンマンとやらでは、魔術の優劣はわからぬか?」

「基準が不明瞭だしな。君のテストに合格し、まだ生きている。それだけでいいじゃないか」


 気付けばアレックスの右手には拳銃が収まっている。銃口から煙が漏れ出て、その先には槍を持って暴れようとした女が斃れていた。


「魔術は魔術師に任せる。俺は本当の意味でのガンウィザードじゃない」

「お前の銃技は魔術に見えるがな」

「見えるだけだ。ただの銃で、人間だ。エレメナ」


 エレメナと呼ばれた女性がナイフを横に一閃するのと、杖で術式を構築しようとした男が死ぬのは同時だ。震えたウエイトレスがビールを恐る恐る運んできた。


「ご注文は、以上でしょうか……」

「君は無関係だから気にしなくていい。ただ、バイト先はもう少しまともな店を選ぶんだな」

「は、はいいい!!」


 学生らしきウエイトレスは涙目で逃げていく。残ったのは大量の死体だけだ。


「奴の始末をあの子に任せるのか? お前ではなく」

「あの子たちだ。……小さなことだが、目に余る。例え犠牲者がたったひとりだったとしても、だからと言って放置するような生き方はしたくないんでね。自分でやりたいところではあるが」

「逃げられる、か。私とお前では不適任」

「そうなる。しかし、揺れているな」

「お前の戯言を信じて、弟子を取ったんだろう。もう少し考えて発言することだな」

「結構考えているつもりなんだが」


 席を立った二人は店の奥へと進んでいく。隠し扉を開け中へと侵入。


「師匠が師匠なら弟子も弟子だ。関係者を巻き込むのは予期せぬ要因を産む」

「それを言うなら君にも当てはまるだろ? 大師匠」

「お前が連れてきたんだ。私は厳密には師匠ではない」

「俺が銃でお前が魔術だ。それでいいだろ。役割分担だ」

「……で? 意味はあったのか?」


 エレメナの問いに、アレックスは牢を開け放つことで応じる。

 生気を失った瞳の少年少女たちと目が合った。助けを求める声すら枯れている子どもたちだ。

 絶望を受け入れることにした彼らの前に、突然の希望が降り注ぐ。


「あるかないかを決めるのは俺じゃないが……助けを聞くのは他の奴らに任せる。俺は、言うことすらできない方をどうにかすると決めているんでね」


 全員が転移する。退屈そうなエレメナの魔術によって。

 二人の師が創成したガンウィッチの、知らぬところで。

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