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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター1 偶必然の前奏曲
5/20

紛失物にご注意(空)

 彼女はもはや闇雲に逃げるしかない。

 己の勘を信じて。経験を握りしめて。


「どこまで逃げようが無駄なんだよ……」


 狩人はほくそ笑む。哀れに逃げ惑う獲物へ向けて。

 黒いハットと灰色のコートを纏う標的は、見事に誘導されている。

 そしてとうとう、追い詰められた。袋小路へと。

 壁を見上げて慌てふためく獲物の背中へ、狩人は語り掛けた。


「終わりだ、ガンウィッチ! 我が永遠のライバル!!」


 弓を番えて、狙いを定める。そして――。



 ※※※



「うわっと……ああ!」


 横持ちしたスマートフォンと格闘していたユニの悲鳴。

 それに呼応して、空を飛んでいたソレもあらぬ軌道を描いた。


「おい、もっとちゃんと動かせ」

「ですけど、師匠。これ難しいですよ」


 ユニは思わずぼやきたくなる。投げ技、打撃技、ナイフを用いた近接戦闘術、そして、銃道なる銃器格闘の訓練を経て、次に指定されたのがアレの操縦だった。

 型破りなガンウィッチの修行は、新たなる科学技術の習得へとシフトしている。


「使い道があるんだ。いろいろな」

「この……ドローンに、ですか?」

「マジコンのお前にわかりやすく言うなら、これは人間版の使い魔だ」

「止めてくださいって言ってるでしょ……」


 しかしわかりやすいのが癪だった。使い魔とは、魔術師が好んだ動物や物質を魔術で使役したものだ。定番は小動物、とりわけ移動に優れた鳥類などが多い。一羽で街の空を悠々と飛行する鳥を見たなら、それは使い魔であると言ってもいいほどに。


「ナマモノじゃないから管理も楽だし、応用も簡単だ」

「例えば?」

「頬を膨らませるな。偵察、回収、運送、攻撃……そしてガンウィッチに欠かせない――む」


 そこでハナカの言葉が止まる。怪訝に思うユニへ、唐突な質問が飛んだ。


「なぁ弟子、私に憧れているか?」

「えっ? ……ええ、まぁ」


 だからこそ弟子になったのだ。魔力障害者でありながら、迫害されることなく、殺されることなく、逞しく生きているハナカへの羨望で。


「では、貸してやろう」


 ハナカは帽子とコートを投げ渡した。反射的に受け取ったせいで、ドローンの操作がおろそかになる。


「えっ、ちょっ、堕ちちゃ!」

「心配するな」


 ハナカは自分のスマートフォンでドローンに命令。自動操縦モードになった鋼鉄の使い魔は、自分の意志で帰路へと着いた。マナの工房へ。


「繰り出すぞ」

「どこへですか?」

「街へ」


 戸惑うユニを差し置いて。

 ハナカは人気のない公園を後にする。ユニはしぶしぶコートとハットを持った。


「おい、リスペクトしてるんだろう。着替えろ」

「別に私は恰好を真似したいわけじゃ」


 自分なりに緑色の衣装を選んだのだ。しかしハナカは反論を許さない。


「着させて欲しいのか? 甘えん坊め」

「違いますよ……はぁ」


 ユニはコートに袖を通す。ハットを被って完成だ。


「……微妙だな」

「酷いですよ!」

「まぁいいだろう。課題だ。これからスマホに座標を送るから、そこへ辿り着け」


 軽快な音が鳴って、ユニはスマホに目を落とす。


「師匠はどうするん……いない」


 画面へと注意を逸らした隙にハナカは消えていた。ため息をついて、ユニは座標へと進み始める。



 ※※※



 勝利を確信していた。黄髪の狩人は。

 獲物はどこかへ移動したがっていた。逐一端末を確認し、目的地へと逃げようとしたようだが、そうは問屋が卸さない。


「さぁ、武装解除だ、ガンウィッチ。武器を捨てろ」


 硬質的な音が響く。石床を黒色のリボルバーが転がっていった。


「こっちを向け」


 背を向けていた標的はゆっくりとこちらに向き直り。

 蒼白とした顔と、茶色の髪、緑色の瞳が目に入った。


「誰……?」

「弟子だ」


 カチリ、と音がした。アレが目を覚ます音だ。


「……ッ!?」


 全身が強張る。だが、遅い。今からでは遅い。致命的なほどに遅行だった。


「久しぶりだな……スウェッソン?」

「俺の名前はロストだ! くっ」

「そうだったな。そういえばそんな名前だったな、ロスト。さて、先程お前が言ったことを、行動で繰り返してもらおうか」


 弓を投げる。腰のホルスターに仕舞われていたコンパクトクロスボウも。

 忌々しげに眉を動かし、ゆっくりと後ろへ振り返る。

 そして、目が合った。白髪交じりの灰色の髪の、女と。

 ガンウィッチと。


 

 ※※※



「くそ! チクショウ! 今日こそ勝てたと思っていたのに! うおおおおおおお!!」

「うるさい人ですね……」


 魔力封じのロープで縛られたロストなる少女が叫んでいる。場所はハナカがよく使う拠点の一つに移していた。


「ストーカーだからな」

「ストーカーなんですか?」

「違うぞライバルだ!」


 喧しい声でロストが否定する。勢いは衰えずまくし立てた。


「五百六十二回目の勝負に勝ったぐらいでいい気になるなよ!」

「これは確かにストーカーですね……」


 そんなに突っかかられているのなら間違いなくストーカーだ。


「マジックアーチャーは獲物に執着する。よく覚えておけ」


 ユニはロストから没収した得物を一瞥した。イカヅチの如き黄白い弓と、迎撃用であろうコンパクトな青白いクロスボウは、魔術師の中でも弓に重きを置く魔弓使いの証だ。


「そろそろ負けを認めて家に帰れ」

「私の勝率は四割だ! 負けてない!」

「負けてるじゃないですか」


 テストだったらギリギリ合格のラインだ。甘めで。厳しければアウトである。


「こんなのは勝負じゃない! ちゃんとした勝負で決着をつーけーろ!!」


 大声を出されたので思わず耳を塞ぐ。困ったように師へと視線を送ると、ハナカは携帯を眺めていた。


「だったら、提案してやる」

「提案だと?」


 訝しんでいるが、ロストの目は輝き出している。対して、ハナカは常にポーカーフェイスだ。

 きょとんとするユニの前で、ハナカがスマホの画面をロストに見せた。


「点数稼ぎとシャレ込もうじゃないか」




 フォーチュンからの情報によれば、今回の標的は邸宅に潜む魔術組織だ。人間のようなゴミは容赦なく殺すべき、などという過激的な思想を持つ集団で、ポータルを通って人間界へと渡り、無差別に持たざる者たちを虐殺する予定らしい。


「取られるのは癪だからな」

「マジックハンター……マスケティアーズ……」


 魔術狩りの中でも精鋭とされるマスケティアーズ。人間世界に渡った瞬間、井戸の中の蛙である哀れな過激派は彼らに狩られる運命だ。


「こいつら程度じゃマスケティアーズは出張らない」

「でも結局、狩られますよね。私たちが出しゃばる意味は……」

「あるとも」


 ハナカはスコフィールドリボルバーをガンオイルで磨いている。その表情はポーカーフェイスのままだ。


「生活費が掛かってる」

「本当にそれだけで……うわっ!」


 オイル塗れの布をユニに放り投げてくる。慌ててキャッチしたが、手がべたべたになるのは必定だ。


「銃を抜け、弟子。始まるぞ」

「手が汚れちゃった……」

「魔術を使ったらどうだ?」

「師匠! うわッ!?」


 眩い閃光が視界を覆う。直後に爆音。視界がクリアになると、邸宅の壁に巨大な穴が開いていた。


「一番乗りはいただき!」


 原因であるロストが、喜々として穴に向かって疾走していく。


「負けちゃいますよ、師匠!」


 焦るユニに対しハナカは悠長に装填していた。カチン、と折れた銃身が戻る。


「ん? 別に構わん」

「えっ? どういうことで」

「今回の敵は中級魔術師が多い。上級も混じってる。敵の数も多めだ。一人でやるには骨が折れる。ルーキーである弟子もいたらなおさらな」

「え、あー……」


 ようやく呑み込めた。つまりは、体よく……。


「で、でも報酬は山分けになっちゃうんじゃ」

「いやいや。私とあいつは勝負をしているだけだぞ。依頼とは微塵も関係ない」

「ずるくありません?」

「ずるくない。全然ずるくない。さぁ、行くぞ。そろそろ雨が降り出す」

「雨……?」


 ポタリ、と水滴が肩を濡らす。轟音が響く敵邸宅へとハナカとユニは向かった。



 ※※※



 ロストがあいつを意識したのは結構前だった。自分が最強だとは思っていない。いずれ最強になるべし、と思ってこそいるが。

 とにもかくにも、衝撃を受けたのだ。魔力障害者のくせに、魔術に似つかわしくない武器を使って、自身よりも格上をいとも簡単に屠るガンウィッチに。


「今日は勝つぞ!」


 ルールはシンプル。敵を多く倒した方が勝ちだ。そして、その手の戦いはロストの魔術と相性がいい。

 幸いにして、獲物も本気を出して良さそうな相手だった。弱い者いじめは好きじゃないが、


「弱いテロリストなら、オールオッケー!」


 コンパクトクロスボウを両手に構える。二丁拳弩から二発のボルトが放たれて、無数に分裂した。

 防御魔術を展開できた敵より、できなかった敵の方が多い。反応の良い魔術師たちは障壁によってボルトを防いだが、


「薄いなぁ、オヤジの禿頭みたいに!」


 ロストは弓を構えていた。標的へと引き絞り、真っ直ぐに放つ。障壁は紙屑となり、敵魔術師の身体に風穴を開けた。

 それで終わりではない。


「うぎゃあ!」

「戻ってきた!?」

「弓ってのは一射だけで十分なんだよ」


 一つの矢が、次々と敵を屠っていく。防御魔術では防げず、回避するには速すぎる。

 派手さではロストの勝利だ。それは間違いない。

 だが、ロストの本当の敵は、地味さの中に輝かしい――。


「……来たか」


 矢が意図せぬ軌道を描いて壁に突き刺さる。振り返ったロストの視線の先には、硝煙を上げる銃口と、それを巧みに操るガンウィッチがいる。



 ※※※


 


 邸宅内へと侵入したユニは、クイックショットをしたハナカへ訊ねる。


「負けてもいいんじゃないんですか?」


 ロストの矢を対魔術アンチマジック弾で撃ち抜いたハナカの行動は、先程の言動と矛盾しているように見える。だが、彼女はさして面白くなさそうに銃身を折って一発分だけリロードした。


「負けるのは構わないが、大差での敗北がどういう結果を招くと思う?」

「あー……」


 ロストの性格はまだ一端しか触れていないが、容易に想像がついた。


「わかったなら銃を構えろ。……今日はどっちの気分だ?」

「いや、基本的に殺したくはないですってば」


 人を気分屋の快楽殺人者みたいに言わないで欲しい。


「無力化できればそれでいい。行くぞ」


 ハナカが駆ける。無双のガンウィッチが。ロストの接敵でそれなりに数は減っていたが、まだ残っている。ハナカは走りながらリボルバーを唸らせ、豪華な壁に銃弾を跳弾させていく。


「室内とはおあつらえ向きだ」


 ガンウィッチにとって壁は障害ではなく、自身を強化するための道具に過ぎない。対してマジックアーチャーにとって壁は天敵だ。壁は矢を食うからだ。


「チッ」


 ロストが舌打ちをする。だが、それよりも怒っているのはアジトを急襲されている魔術師たちだ。


「我々の聖戦を妨害するとはふとどふ」

「十二! まだ俺は優勢だ!」


 射抜いた敵の数を誇示するロストに対し、


「銃などという下劣なブキォふ」

「雑魚を殺した数よりも、強敵を始末した数を誇ったらどうだ?」


 数よりも質を優先するハナカがほくそ笑む。


「ちょっと同情しちゃうかも」


 殺されても文句を言えない計画を立案していたとはいえ、まだ彼らは実行にこそ移していない。復讐ではなく予讐されている状態だ。

 もっとも、だから罪はない、などとは言えない。既に彼らは前科がある。向こうから攫われてきた人間を、予行演習と称して殺している。


「こんな結末になるのなら、せめて考えるぐらいで止めとけばいいのに」


 まだ考えているだけなら、妄想しているだけならば自由だ。そんな魔術師とはお近づきになりたくはないが。

 しかし実行してしまえば。準備を整えてしまえば、もう言い訳はできない。

 いや、言い訳するのは構わない。ただし、ガンウィッチは、そしてマジックアーチャーは聞かないだろう。

 話を聞きに来たわけじゃないのだから。

 などと、他人事のようにユニが振る舞っていると。


「死ねッ!!」

「うわッ!?」


 背後から敵が剣を振りかざしてきて――ユニは咄嗟に殴り返した。反撃されるとは思わなかった敵が呆然とする。その隙は恐らく一秒程度だ。

 そしてユニは、一秒の隙があれば敵を無力化できる術を習得中だった。


「このッ!」


 手刀を首に放つ。呻くが意識はある。股間を蹴り飛ばす。自分が女で良かったと心から思う。お辞儀する形となった敵の頭部へ前蹴り。仰向けにダウンしたところに、全力の拳をぶつける。

 敵は間抜けな顔で気絶した。


「中級魔術師に、勝った……?」


 その事実は、迫害されてきた魔力障害者にとって、興奮冷めやまぬものであり、


「師匠! やりました! 中級魔術師を倒し――」

「そいつは下級だ弟子」


 急速にクールダウンする。中級は多いとは言ったが、下級が全くいないとは言っていないらしい。


「一カウントだな」

「卑怯だぞ! 二対一なんて」

「一対一なんてルールを取り決めてはいないからな」


 二人はまるでスポーツに興じているような会話を涼しい顔でしている。ハナカは近接格闘術で敵を投げ倒し、ロストはコンパクトクロスボウで敵の頭を射抜きながら。


「しゃらくせぇ! 勝ちはいただきだぁ!」


 ロストが突然弓を天井へと向ける。意味のわからぬ行動に疑念を抱くユニと敵。

 しかしその意味を知るハナカは敵へ牽制射撃をしながら、窓を見る。


「そこまでして勝ちたいか……」


 落雷が近くに落ちた。強い風と雨もセットだ。


「一体……きゃ!?」


 ユニは押し倒される。師匠に。

 魔力量が僅かなガンウィッチは、躊躇いなく上方に銃を撃ち盾弾シールドバレットを展開した。


「ししょっ」

「へそを隠しておけ!」


 雷鳴が響く。空から。ハナカに覆い被される形のユニは視界の端に捉えた。

 ロストを。

 神々しい光に包まれるマジックアーチャーを。


「俺はロスト!  ロスト・ライトニング! 失くした雷は、天から補充しなきゃな!」


 何かが破裂した音が拡散する。

 それは恐らく、あらゆる物を切り裂きながら現れる光。

 見る者を委縮させ、知る者を恐怖させ、使う者を超越させる。


「死に晒せ、クソ野郎どもが!」


 雷神とすら呼称したくなるほどの雷が、邸宅を抉り消す。


「う……」


 意識を保てているのかわからない不思議な時間を体験した。全てが光に、雷に。五感の全てで雷撃を味わい尽くし、自らの感覚を取り戻すに要した時間すら定かではない。


「全く……」


 呆れた様子のハナカが視線を送る先には、気分を最高潮にしたロストがいる。


「勝ちだ! 私の勝ちだ!!」


 喜んでいる。その理由は周囲に散らばっていた。

 遺体が原型を留めているのはロストの魔術の威力が弱いからではない。

 勝敗を明確にするためにあえて留めているのだろう。


「こんな大規模魔術を使える人が……師匠のストーカーですか」

「厄介だろう?」


 と言いながらもハナカはポーカーフェイスだ。勝ち負けなどどうでもいいのだから、これほどの強大な魔術を目の当たりにしても平然としているのだ。


「俺の勝ちだ、ガンウィッチ!」

「いや、どうかな」


 ハナカは答えをぼかした。火を見るよりも明らかなのに。


「なんだと? いや、ふん。そういうことだな」


 ロストも合点がいったように背後へ振り返る。

 更地となった邸宅の中で、高貴な匂いを感じさせる男がいた。

 魔術師らしく杖を持っている。


「雑兵を倒したぐらいでいい気になるなよ小僧」

「殺人狂いの……ヘイボンだったか?」

「リッチモンドだろ。相変わらずだなお前」


 ロストはハナカよりも名前を覚えるのが得意なようだ。


「私の計画を妨害したのだ。それ相応の報いを受けることは覚悟できているだろうな」

「弟子」


 ハナカはリッチモンドへ意識を割きながらも、スマートフォンを投げ渡してきた。


「設定済みだ。ある程度合わせてくれればこちらでどうにかする」

「は、はい!」


 言われるがままスマホの操作を開始する。

 その間にもロストが弓を番えていた。


「貴族に敬意を払わないとは愚か者め!」

「的は黙って突っ立ってりゃいいんだよ!」


 相手が善人であれば悪逆、悪人であれば痛快なセリフと共にロストは弓を穿つが、重力魔術によって落下させられた。


「飛び道具など、このように無力化できることを知らん――」

「わけねーだろバァカ!」


 雷が落着する。リッチモンドへ。下方に展開されていた単純な重力魔術はただでさえ反応するのが難しい雷を強化する。

 無論、リッチモンドはそこまで間抜けではない。防御障壁で雷撃を防ぎ、すぐに重力を拡散させ飛来方向を霧散させる。

 が、ロストの攻撃はまだ終わっていない。


「そうなったところにこれだ!」


 続け様に放たれた矢は、ランダムに雷を放出するものだった。ともすれば自滅する可能性のある一撃は、敵にも同等の危険性を与えている。


「小癪な!」


 重力場が消滅。防御魔術で雷を防ぐ。直感的に理解できる。

 この一連の攻撃は全てこのための布石だと。


「終わりだ」


 高速充填された魔力を矢に注ぎ込むロスト。必殺の一撃が放たれて――。

 銃の鳴き声と、弓が落ちる音が奏でられる。


「またかよ!」

「銃弾などと!」


 ハナカは銃をリッチモンドに向けて撃つ。障壁が銃を阻む……わけもなく、勝ち誇ったものから驚愕したものへと変貌したリッチモンドの顔へと弾丸は吸い込まれ、


「危ねえなぁ、もう!」


 る前に、今度は矢で銃弾が落とされた。魔術で矢の速度を銃弾より速めたのだ。

 しかしハナカの銃は二発目を吐き出している。左側に向かって。


「リコシェショット? しかし壁がなければ――」

「魔力を使う」


 ハナカの左手には空の魔力剤が握られていた。銃弾が直角に曲がる。


「その程度ではな」


 重力が蠢く。弾丸はリッチモンドの左奥へと吹き飛ばされ、


「もらった!」「貴様!」


 ロストが自信満々に弓を穿ち、リッチモンドが防御魔術を再展開し、


「ごっ」


 悲鳴が漏れ出る。

 見えない何かによる跳弾で致命傷を負った、リッチモンドの口から。


「ゴミ、がぁあああ」

「案の定か。的確すぎるな、フォーチュンの分析は」


 斃れるリッチモンド。

 フォーチュンの情報は多彩だ。例えば、咄嗟の時にどういう癖が出るのかも記載されている。


「ふぅ……私の頑張りも褒めてください」


 風と雨が降り注ぐ中、光学迷彩によって不可視なドローンを飛ばしている。跳弾板を搭載したタイプだ。自分の操作技術もなかなかのものだ、とユニは誇りを抱きかけたが、


「そいつは普通のドローンと違って実戦用だ。雨風で揺らぐほどヤワじゃない」

「えっ、そうなんです?」


 あっさりと引き剥がされる。しょんぼりとするユニの横で、ぷるぷると小刻みに振動する何かへハナカは視線を移した。


「お前の勝ちだな」

「……負けだ。敗北だ。俺の。くそっ。常識が邪魔をして、そんなものがあるって気付けないなんて」


 敗北臭を漂わせるロストは、悔しさで震え続けている。

 ポイント上はロストの方がどう考えたって勝ちなのに。


「い、いえどう考えたって師匠の負けで――」

「そうか。じゃあ私の勝ちだな。メモしておけよ」

「くそっ! 覚えておけ我が宿敵! 次は俺が勝つ!」


 捨て台詞を吐き置いて、ロストは転移してしまった。

 大勝利だったのに。雰囲気に呑まれて、勝手に敗北宣言をして。


「え、えー……」

「これで堂々と依頼料を全額受け取れるな」

「やっぱりずるくないですか?」


 先程までの雷雨が嘘のように消え失せ、雲の間からは日の光が差し始めている。

 肩を竦めたハナカは、同じセリフを繰り返した。


「ずるくない。全然ずるくない」



 ※※※



「ということで、依頼は完遂だ。こういう仕事は好きだぜ」


 人、もとい二足歩行のビーグル犬はほくそ笑んでいた。こういう手頃な依頼は気に入っている。

 クソ野郎を手堅い手段で損害を出さずに掃除する。人助けにもなる。

 パーティ代も稼げる。


「ま、これでしたがり共も少しは大人しくなるだろ」


 スマホ片手のフォーチュンは執務机の上に広がる地図を見る。地図では勢力図が忙しく動いている。様々な色が地図を彩っているが、フォーチュンが気にするのは赤色だ。

 ホットで、いつ爆発してもおかしくない勢力。


「じゃ、また依頼を頼むぜ。……銃魔女に依頼を求める風変わりさん?」


 クールにビーグルは電話を切る。息をするように新しい情報を収集し始める。

 同時多角的に集められる情報の中で、しかしフォーチュンが気にするのは保護観察対象の居場所だった。


「全く、俺のパーティー代を先回りして奪うだと? そんな風に育てた覚えはないぜブロッサム」


 スマートフォンで瞬く間にハナカの居場所を調べ上げ――。

 突然鳴り響いた警告音で耳をピンと張る。


「おいおいまさか――」

『フォーチュン』

「よ、よお。久しぶりだな。どうしたんだ?」


 響き渡る女性の声にフォーチュンは神経を尖らせる。優秀な情報屋であり交渉人でもある彼には珍しい状態だった。


『どこにいる』

「俺の居場所はトップシークレットで――」

『あの子は』

「そう出しゃばらなくてもいい。ちゃんとやってるぞ。あいつの言いつけを律義に守って――」

『特定した。ではまた』


 通信魔術の終了は、接続と同様に唐突だった。フォーチュンは深く息を吐き出して、机に置いてあったビールを一口飲んだ。


「あー……」


 ふと地図に目をやる。青色の人影が一つ浮かび上がるのが見えた。遠くにそびえ立つ赤色は、動き出すタイミングを計っているように静かだ。


「ま、トラブルは一つだけで終わらないよな。これもまた修行の一環だ。頑張れよ、ブロッサム」


 フォーチュンの情報は的確だ。

 それは未来予測に近しいほどに。

 ゆえに彼は、ビールを煽り続けた。

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