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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター1 偶必然の前奏曲
4/20

訓練という名のハードワーク

「むぅ……」


 唸りながら、手のひらサイズのそれを見つめる。プレート状の携帯端末を。

 ユニの脳裏を駆け巡るのは、ハナカの言葉だ。


「いいか? まずはこいつをマスターしろ」

「え? これをですか? 戦い方をもっと教えてくれるんじゃあ」

「戦うためにまず必要なものが情報だ。情報皆無の依頼でも達成できるのが一流のガンウィッチだが……お前にそんな縛りをさせる理由もない。まずは入手手段を学べ。最低限、私と連絡できるようにしろ。これがマニュアルだ。そして、これが安全な端末だ。マナの特殊措置のおかげでハッキングを仕掛けた奴が地獄を見るようにできている」

「それは、どういう」

「詳細を話してもお前はどうせ理解できん。報復を受けるとだけ覚えておけ」

「報復……あ、ハナカさん?」

「何事も実践するのが一番いい。後で合流場所を連絡する。指定した場所に、指定した時間通りに、指定した荷物を持って来い」


 それが昨日、師匠から言われたことだった。

 ユニの手にある馴染みとは程遠い感触。黒色の携帯電話は、一部のマニアが情報伝達手段に用いる黒電話とは違う。


(合ってるかな……)


 マニュアルを必死に読んだがいまいち理解できない。スマートフォンなるこの人間社会の端末は、無駄に複雑にできているとしか思えない。

 ただ、それでも文字を打ち込み、手軽に送信できるのは便利だった。

 魔術も便利だが、魔術の発動を敵に察知される恐れもある。その点、こちらは現代通信技術に疎い魔術師が相手なら気付かれにくい。

 ガンウィッチとはいかなるものであるか、このアイテム一つ取ってもよくわかる。


『通知を読めたようで何よりだ』


 振動と共に表示されたのは師匠からのメッセージだ。辺りを見回すがハナカの姿は見当たらない。


『不審者になりたいのならそのまま続けろ。そうでないのなら、まずは』


 画面の中で人物画像が躍り出る。顔色の悪い赤髪の女性だった。


「っ!?」


 思わず口を押える。ちょうど画像の人物が目の前を通ったからだ。


『間抜け姿だが対象に見られなかっただけよしとしよう。尾行を始めろ』

『尾行の仕方なんて習ってません!』

『当然だろう。教えた記憶はない。今から始めるんだ。そら、とりあえずついていけ』

(無茶ぶりにもほどがある!)


 とは言え、師匠に異論を挟んでいたら見失ってしまうだろう。これもガンウィッチの修行の一環であることは間違いない。

 遥か昔、まだ人間と魔術師が一つの世界で同居していた頃、死人が出るほどの厳しさで有名だったというスパルタの訓練が脳裏をよぎる。ハナカも似た傾向があるのではなかろうか、というユニの想いは解消されることなく、事態を進めるしかない。


『あまり画面をちらちら見るな。悪目立ちしているぞ』


 画面を逐一確認するユニへの指摘。言いたいことはたくさんあるが、ユニは女性の後方から徒歩で尾行を続けた。

 これが尾行として最適かはわからない。心臓の高鳴りが止まらず、冷や汗が額と背中を撫でてくる。

 しかしハナカが出てくる気配はなかった。見守られているとしても緊張は止まらず、それを解きほぐす手段を見るなと言われてしまった。


(まだ魔術学校の方が優しかったってどういうこと……)


 教え方はまともだった気がする。ユニには一切適していなかったが。

 尾行対象が路地裏の方へと入っていく。幸いなことに警戒している様子はない。

 息を整え、ユニは追っていく。尾行対象は先を歩いている。

 一本道なので振り向かれたらすぐに発覚する。だが、よもや肉眼で尾行している魔術師がいるとは思っていないのだろうか。女性はこちらに気付く様子もなく先を進み、


「うぐッ!?」


 壁の中から放たれた魔術拳がユニの顔面を強打する。ふらつき倒れそうになる合間にも、壁の中から出現した女性から追撃が来る。それを咄嗟に魔術障壁で防いでしまい、


「あっ……ぐッ!?」


 三撃目を喰らう。今度は両手で拳を掴む。と、膝蹴りがみぞおちに入った。


「く……けほ……あっ……」


 首を掴まれ持ち上げられる。


「冗談にしてもタチが悪い。あんたが何者かはどうでもいいけど、これを指示した奴が誰かは教えて欲しいわね」

「……っ」


 返答はせずに睨み付ける。女性は動じない。不思議そうな目で見るだけだ。


「まぁ死にたいって言うならいいけど。じゃあね」


 そのまま女性は右手に力を籠め、ユニの首の骨を折る。


「そこまでだ」


 前に、興味が背後に逸れた。黒い帽子と灰のコートがユニの視界に映る。


「ふんッ!」


 女性は訊ねる前にユニを手放し殴る。が、ハナカはそれを紙一重で避ける。

 カウンターが女性の拳にめり込む。タフなようで一撃では倒れない。

 女性の近接攻撃をハナカは避け、逆に攻撃は全て命中させている。


「いいか、弟子。銃だけうまいガンウィッチってのは――」


 女性の回し蹴りを軽く屈んで避ける。


「とても弱い。近づいて殺してくださいと言っているようなものだ。だから銃と同じくらい、格闘戦もできなければいけない」


 女性はタックルをハナカに仕掛けたが、跳躍してそれを避ける。魔術を使った形跡はない。対して、女性は最初から魔術を用いている。


「魔術は使わなくても勝てるが――」 


 ハナカは女性の背中を踏み台により高く飛んだ。魔術跳躍だ。


「たまに使うのも悪くない」


 そのまま拳を握り締めて落下。女性を殴り倒した。


「ちょっとハードだったな。弱い奴を見繕ったんだが」

「痛いです……酷いですよ……」


 ユニは立つことができずに仰向けに倒れている。鼻血が顔を滴っている。


「まぁ、殴られるのはいいことだ」

「どこがですか」


 ハナカはユニに手を差し伸べる。


「敗北を知らない魔術師がどうなるかは知ってるな」


 クリスタをコレクションに加えようとしていた騎士の死に顔を想起する。


「殴られたことのない奴は一人前の戦士になれない。……致命的な経験不足だ。個人的にはそういう魔術師が多くて助かるが、我が弟子が奴らと同じカテゴリーにいるのは好ましくない」

「私は……ふぐ……虐げられた人ですよ。痛みにはなれてます」

「自分で言うんじゃない。途端に嘘くさくなる」

「誰も言ってくれないから仕方ないじゃないですか……」


 ユニは立ち上がった。ポーチに入っている魔力剤を少しだけ飲む。


「言うにしても人は選ぶことだな。じゃないと無意味な説教タイムだ。虐げられないように動けとか虐げられない環境に逃げろとかな。そんな当たり前は一番最初に思いつくのに。……専門家や親身になってくれる人に言うべきだ」

「師匠はダメなんです?」

「時と場合によるな。今は微妙だ」


 ハナカは腰のホルスターからスコフィールドを抜いた。女性の後頭部に突きつける。


「殺すんですね……」


 ごくり、と息を呑むユニ。それに反応するハナカ。


「そうだ、聞いておかなければならなかった。人殺しは平気か?」

「……はい、うひっ!?」


 即答しようとした瞬間に銃口を向けられて飛び上がる。


「銃を向けないでください! びっくりします!」

「なら嘘は吐かないことだ。正直に話せ」


 それだけのことなら銃を向けないで欲しいと思うのはおかしくないはず。


「正直に、ですか。ちょっと、ちょっとだけですけど、嫌です……」

「理由は?」

「なんか……負けた気がして……外れ者は汚い仕事をするしかない。人殺しに手を染めるしかないって、世界に言われてる気がして。それに、人としての良心も咎めますし」

「そうか。まぁ実のところどうでもいいが」


 ハナカはすぐに銃口を女性へと戻した。興味はすっかり失せている。


「ならなんで聞いたんですか!」


 ユニにとっては銃の向けられ損でしかない。心拍数が無駄に上がってしまった。


「なんでもいいんだが、躊躇うな。言いたいのはそれだけだ」

「人殺しを、ですか?」

「察しが悪いな弟子。殺人でも不殺でも、そうすると決めたのなら躊躇ってはならない。迷えば隙が生じる。その隙に私なら六発撃ち込める。敵は何発だろうな。試してみるか?」


 そんなチャレンジに意味があるとは思えない。ユニは頷いた。


「わかりましたよ、師匠。殺したくないです」


 殴られはしたし、傷はとても痛いが、ここまでコテンパンに叩きのめしたのなら放逐してもいい気がしていた。ユニの意見にハナカも頷く。


「まぁ同意だ。雑魚だしな」

「あんまり雑魚雑魚言わないでくださいよ」


 そんな雑魚にボコボコにされたユニの立場がなくなってしまう。


「事実だ。お前も自分は強いだなんて勘違いはするなよ」

「はい……」


 ユニがしょげる。と、女性がぴくりと震えた。ゆっくりと起き上がり、後頭部に銃口が当たる。忌々しそうな顔を作った。


「くそっ」

「さっきお前が我が弟子に言っていたことがあっただろう」

「何を……」

「お前も察しが悪いのか。まぁいい。ボスのところへ案内しろ。通信魔術を使いたいなら使ってもいいが、警告しておく。私は魔力障害者だが、魔術発動の気配は読める。お前が魔術を使うより私が銃を撃つ方が早い。今日は人を殺す気分じゃないんだ。もちろん協力してくれるな?」


 女性の選択はもちろんイエスだった。満足したハナカは青い魔力剤を片手で飲んだ。




「魔術兵器の密売組織ですか……」

「この女は運び屋だ」


 ユニとハナカの前を歩く女性が舌打ちする。手は挙げていない。

 そしてハナカもコートのポケットに両手を突っ込んでいるが、女性の状況は先程と変わりない。

 反抗しようとした瞬間に女性は撃ち抜かれる。

 ポケットに手を入れていようがいまいが、銃を抜く速度は変わらないのだ。

 一見すると無防備なガンウィッチの状態はしかし、


「今だ逃げ――ぐはッ!?」

「三人目だな。随分上等なエサのようだ」


 哀れな敵を引き寄せるための罠だ。ハナカに対して斬りかかってきた男は拳を見舞われて昏倒している。似た手順で既に二人ほど捕縛済み。敵は間違いなく素人だ。なのになぜこの組織が無事だったかと言えば、


「下級魔術師を助けようとする物好きは奇特だ」


 ハナカの説明で事足りる。ユニは何とも言えない気持ちになる。


「本当にいないですよね。そんな人」


 魔力障害者相手は特に。


「こういう倫理観は向こうの方が発展してる」

「人間界……」


 持たざる者の世界。曰く、魔術師は人間より上位の存在であり、下等な存在である野蛮な人間たちの世界に嫌気が差し、新たな世界を構築したという。

 その俗説が事実なのかをユニは知らない。


「ハナカさんは本当に向こうから?」

「その話はあまり好きじゃない」


 そう言われてしまえば、そこで話は終わりだ。


「お前みたいな生粋の魔術師にとって、興味がある話かもしれないが」

「生粋な魔力障害者ですけどね。……一度考えたことがあります。向こうに行ったらまともな生活が送れるのかなって」

「魔術嫌いの過激派に襲われるのが関の山だ」

「どこの世も世知辛い、ですか……」

「それでも自分で選択できるだけマシだがな。選択の余地がない奴よりは」

「確かにそれは言えますね」


 ユニとて何かを自主的に選択できたのはこの前が初めてだ。それまでは選択肢がなかった。死が色濃いものだけしか。

 ……結末が死であればマシであったものだけしか。


「クズな魔力障害者は大変ね」

「言うなぁ、えーと……パラカス」

「ミュルーダだ、全く違う!」


 ハナカは哀れな人質の名前を完璧に間違えていた。


「残念だが、お前に反応する時間はない。思いたければ好きに思うがいい。ちゃんと案内するなら、他の行為は許容しよう。ボーダーを超えれば、待つのが何かはわかるよな?」

「私がちゃんと案内すればいいね。そこのところどう思っているの」

「道を外れていることについて聞きたいのか?」

「……は?」


 ミュルーダが止まる。予期していなかったらしい。ハナカはつまらなそうだ。


「言ってなかったか? 組織の拠点は把握している。こういう売人は常に保険を掛けているものだろう? 逃げられたとしても捕まえられるが、非効率的なのは否めない。面倒だ。それなら、どうすればいいと思う? ユニ」

「えっ、あー……相手に誘導させる……とか?」

「具体的に」


 ユニは言葉選びに苦心した。答えは既に提示されている。


「敵を捕まえて拠点に案内させても、警戒心の強いボスは逃げちゃいます。それも、罠を残して。それを避けるためには、あえてボスに逃げさせてセーフハウスを特定し、安全安心だと思っているボスを確保した方が確実……ということですよね?」

「まぁ、そんなところだ。弟子の教材としてはなかなかな案件だったからな」


 つまりは全てを見越して依頼を受けたらしい。師の情報分析能力にユニは脱帽する。


「で、でもあんたたちはここにいるわよ!?」

「私たちが二人だけとは言ってないだろう」


 そこでずっと頭の片隅に放っておかれていたユニの疑問が解決される。

 フォーチュンはボスの尾行に出向いているのだ。あのビーグル犬の索敵能力は非常に優秀であり、依頼の情報に外れはない。

 唯一の欠点は、報酬を無断で使い込んでしまうことのみだ。


「申し訳ないな……モードフェルト。お前の仲間は無駄足だ。合流したら伝えろ。今回は見逃してやる、と。だが、もしまた似たようなことをするのなら……」


 ハナカはそこで言葉を止める。

 名前を間違えられても、ミュルーダは無言だ。


「それでは、オトドヌス。また会う日まで」


 手刀がミュルーダの後頭部に吸い込まれた。




「意外とかかったな」

「あえて手間を掛けているからな」


 拠点にいるフォーチュンへの合流も、ユニが主体的にやらされた。

 正確にはやらせてくれた、なのだが、ボコボコにされた後ではなかなか感謝の念を抱きにくい。


「疲れました……」

「ここからが本番だぞ」


 ハナカが敵のセーフハウスである集合住宅の一室を見る。魔術師であれば部屋の大きさなど関係ない。他人の魔術と干渉しなければ、部屋を勝手に改造しても文句は言われない。

 金持ちや貴族であれば巨大な屋敷に住むこともある。が、密売人の避難用拠点など、安物のアパートで十分なのだろう。


「弾は?」

「入ってます」


 懐の硬質的な膨らみを意識する。衣装の関係上、ユニの拳銃はショルダーホルスターに収まっていた。

 対してハナカはコートの内側ではあるものの、堂々と右腰のホルスターに仕舞われている。隠す気はないし、気になるのならコートで隠せばいい、とのこと。


「ホルスターの位置にこだわりはない。抜ければな」


 緑色のフード付きマントの内側にひっそりと存在するエンフィールドリボルバー。

 素早く抜ければ問題ない。

 しかしユニには自信がなかった。それを明らかに見越して、ハナカはユニのかかとをつま先で軽く蹴飛ばす。


「そら行け」

「やっぱりきちんと訓練を受けてからじゃ……」

「敵が待ってくれればいいな。お前の訓練が終わるまで」


 今のところ、敵が待ってくれたことは一度もない。両親の死だって待ってくれなかったし、学校の授業だって待ってくれなかったし、魔術世界もユニのことを待っていてはくれなかった。

 しかしガンウィッチは急かしはするものの、タイミングはユニに委ねてくれている。


「男も女もその他も、必要なのは度胸だ。もちろん、愛嬌もな。俺のように」


 フォーチュンがウインクする。

 ユニは覚悟を決めて、リボルバーを抜いた。早撃ちは自信がない。

 ならば、とりあえずできる方法でやっていくしかない。

 慎重にドアを開けて様子を窺おうと思ったが、自身の隠密能力がそれほど高いとも思えない。


(こういう時は、勢い!)


 ドアが勢いよく開いた。

 無鉄砲ともいえる突撃だが、ユニの手にはリボルバーが握られている。

 廊下を疾走。滞りなく標的を発見。

 机の上で書類とにらみ合いをしていたボスは、


「女の子!?」


 ユニより年下の女の子だ。


「嘘! きッ!」


 少女の魔術師が杖を向けてくる。が、既にリボルバーで狙いをつけていたユニの方が早かった。

 発砲音。銃弾が壁に穴を開けた音。


「外したッ!?」

「もらった! ――ああッ!?」


 銃声と、杖が地面に落ちる音が響く。


「外したか。予想通りだな」


 後ろからハナカが歩いてくる。フォーチュンもいっしょだ。

 どっと疲労感が全身を苛んでくる。


「肝が冷えましたよ……」

「その経験は大切だ。ガンウィッチは命懸けだからな」

「はい……」


 ハナカはガンウィッチの日常がいかなるものかを身を持って体験させようとしたのかもしれない。ユニにしてみればもう少しイージーな方が良かったが。


「イレミナ、だったか?」

「全然違うぞブロッサム。まぁ、こいつの名前を覚える必要はないが」


 フォーチュンがつまらなそうにあくびをした。密売人のボスは隙を窺っている。


「名前はどうでもいい。その書類を寄越せ」

「嫌だと言っ……」


 声が響く。銃の声が。


「…………ひう」

「ふむ」


 頬から血を流すボスに注意を払う様子を微塵も見せず、ハナカは書類に目を通し始めた。

 例え触媒を手放したとしても、魔術師は魔術を発動できる。だが、その隙すらもガンウィッチは与えない。一見すれば隙だらけのハナカを前に、ボスは動けなくなっていた。泣き出しそうですらいる。

 今までイージーな職場だったのに、いきなりハードな状況にぶち込まれた。そんな風にも見えた。


「あったか? ブロッサム」

「罠じゃないかと思いたくなるほどには」

「何を探してるんです?」


 書類を覗き込もうとして隠された。


「お前にはまだ早い」

「そんなぁ……」


 しょぼくれるユニ。ちらりとボスを一瞥したが、床へとへたり込んでいる。


「そ、それを返してくれないと、殺される……」

「それは可哀想に」


 ハナカは書類を丸めてボスに投げつけた。


「目当ての情報は得た。ノルウェル。この依頼はキャンセルしろ」


 ボスは呆然自失にユニを見つめる。自分に話しかけていると思ってないのだろう。


「えと、あなたです。あなたに師匠は話しかけています」

「わ、私……いや、無理! せっかくの大口の案件だし――」

「死にたがりだとは思わなかった」


 ハナカの撃鉄がかちりと起きる。


「で、でも生活がかかってるんだ! 下級魔術師があり付ける仕事なんて劣悪で低賃金なものしか……ぎゃっ!」


 再び紙が投げつけられて、少女がすっとんきょうな悲鳴を上げた。


「な、何……」

「そこに行って仕事を探せ。それで満足しないなら知らん。あの自称サイエンティストは人手が足りないといつも嘆いているからな。密輸をするより金持ちの道楽に付き合っていた方がマシだろ?」

「騙そうとしてるんじゃないの?」


 疑心暗鬼の視線に対し、ハナカは肩を竦める。


「そう思いたければ好きに思え。言っただろう? 知らないと。行くぞ、弟子」

「待ってください、師匠!」


 呆ける密輸組織のボスを置いて。

 二人のガンウィッチと情報屋の犬はアパートを後にした。




「師匠って優しいんですね」


 カランコロン、と薬莢が落ちていく。

 先程の依頼で自分に何もかもが足りていないと学んだユニは、射撃訓練に勤しんでいた。その傍ではスマートフォンを弄っているハナカがいる。


「寝言は寝て言うんだな。そこまで面倒見切れないぞ」

「素直な感想を口にしただけですよ」


 ハナカはユニの想像する思いやりに溢れる師匠ではないが、優しさはその胸の中にちゃんと仕舞われている。

 不器用なのか、わざとなのか。その表現方法が少しズレているだけだ。


「ボコボコにされて、死に掛けて。それでもそんな感想が出るとはマゾヒストか」

「痛かったですけどね。それでもあそこまで優しさを受けたのは久しぶりです」

「ふん」


 ハナカは鼻を鳴らした。的に狙いを付けたユニの肘に触れると、しっかりと肘を伸ばさせようとする。


「どんな体勢、どんな撃ち方でも狙いを外さないのが一流のガンウィッチだが、お前にはまだ早い。基本を覚えろ」


 両手でしっかりエンフィールドリボルバーを握る。

 銃の声。銃弾が的を穿った。中心ではないが、命中している。


「これが終わったら次は格闘訓練だ」

「ジュウドーですか?」

「ああ、銃道だ。このシャレはあまり好きじゃないが、わかりやすいからな」


 首を傾げるユニに、ハナカは笑った。楽しそうに。

 こういう顔もできるのかと、ユニが感心してしまうぐらいに。

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