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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター2 落申し火種子
20/20

告白遊戯の果ての先

 その日、たまたま剣道の授業があった。

 偶然、忘れ物をしてしまった。

 ただそれだけのことだ。忘れっぽいのは昔から。

 なんなら両親の顔も思い出せないくらいに、物忘れがひどい。

 だから単に偶発的なできごと。

 運命でも奇跡でもなんでもない。

 男の子を攫おうとした人さらいを撃退せしめたのは。

 別に特別なことでも、なんでもない。


「また今日も……たくさん」


 竹刀を軽く振るう。息を吐き出す。


「いつからこんなことしてるんだっけ」


 鈴音は過去に思いをはせる。が、明確な時系列が思い起こせない。

 とにかく、長い間だということはわかる。けれど、その間に成長はなかった気がする。

 もちろん、身体も心も、年相応の成長は経ている。

 しかし、技という点では昔と大差ない。力任せに竹刀を振るい、自分よりも力のない、悪い人をやっつける。

 光風に言うならチートという奴だ。

 妙な力を、生まれつき持っている。

 それについて明確な答えを得られたことはない。

 答えを導き出す方法も、わからない。


「ふう……」


 目の前で昏倒する悪人たちを眺める。

 この力を人のために使えると確信した時から、できることをしてきた。

 上手か下手かと問われれば、自信を持って答えられる。

 下手だ。

 とんでもないドへたくそだ。

 だから、誰かに見て欲しかった。

 教えて欲しかった。


(答え、か)


 鈴音はいつも通り竹刀を鞘に仕舞い。


「思い切っちゃうかな」


 普段とは違う歩幅で、帰路についた。



 ※※※



 議題。自然に、そして平穏に。

 スズネに真実を伝える方法について。

 ユニは拠点のテーブルを挟み議論をしている。

 参加者はユニ、クリスタ。

 ハナカはお前が考えろと丸投げして出て行ってしまった。


「師匠が頼りないのはいつも通り。そこはたいして気にしていません」


 そうだとも、と。


「ええ、全然、微塵も、これっぽっちも気にしていません……!」

「コミュボンクラちゃんは大変ね」

「クリスタに言われたくないんですが!」


 しかしてクリスタは涼しい顔だ。


「私はもう答えを得ているわ」

「参考までに聞いておきましょう」

「あなた戦争の火種に利用されて――」

「はいダメ却下!」


 ドストレートはアウト。


「あなた自覚ないみたいだけれど、ボンクラちゃんたちより魔力が――」

「ダメですって」

「正直私よりも――」

「ダメ――って、え? そんななんです?」

「まぁ、魔力量で強さが決まらないのは百も承知でしょうけれど。今のあなたは」

「どうせ私は元マジックコンプレックスですよ」

「そうねあなたはマジコンね」

「元が肝なので外さないでくれます?」


 やはりクリスタの案は当てにならない。アイデアを出して、吟味してもらう形が最善のようだ。

 ユニは思案し、指を鳴らす。


「ミツルを仲介役にするのはどうでしょう」


 スズネに直接言えばショックを与える可能性が高い。

 しかし彼女の親友を通せば、緩衝材となってくれるかもしれない。


「私だけじゃ余計な混乱を生みそうですので、師匠も連れて行きます」


 スズネはハナカに憧れを抱いていた。例えそれがかりそめの姿で、その実態は真逆だったとしても、真相を伝える役には立つはず。

 ハナカがそう言っていたとミツルがスズネに伝える。これぞ完璧。


「どうでしょう」

「あなたがいいと思うことに口出しはしない」

「えっと、それだと議論の意味が」

「意味なんてなかったわ」

「いや、え、えー……」


 肩を落として。

 ユニはスマートフォンを取り出した。



 ※※※



「どうしたの?」

「うん? わかる? わかっちゃう?」

「いや全然」


 鈴音が質問したのは突如として破顔した光の気持ち悪さについてだ。

 ファミレスでの食事は高校生としては奮発している方なのに、台無しとなってしまう。


「これはきっと愛の告白だね」

「……それはないと思う」

「どうかな。だってユニちゃんかなり可愛いじゃん」

「それとこれ関係ある?」


 ユニから大事の話がある、というメッセージを受け取ったらしい。

 ……本当は鈴音の方からハナカへ大事な話があったのだが。


「さて、鈴音は気になっちゃうわけだ。これから僕にどんな素晴らしいことが起きるか」

「光が期待するようなことは何一つ起きないよ」


 とは言え気になるのは事実。それとなく携帯の画面を覗こうとして。


「ダメだよ内緒」

「いや別に気になってはないけれど」

「鈴音はさぁ、嘘が下手なんだからダメだよ」

「いや割と上手な方だと思うけど」


 この不思議な力だって見事に隠せ通せ――。


「どうして僕が鈴音の力のこと知ってるんだっけ?」

「……」

「そして今日はスマホを忘れたね」

「た、たまたまだって!」


 テーブルをガンと叩いて立ち上がる。なかなかの悪目立ち。

 頬を赤く染めて静かに着席した。


「お客さん、マナー悪すぎ」

「……光は店員じゃないでしょ」

「僕が店員だったらそう言うね」

「で、会いに行くの」

「そう、愛に行くよ」

「……変換が私と違う気がする。一応言っとくけど、不純異性交遊はダメだからね」

「人と人が行う純粋で純情で純淫な行為だよ」

「淫がついたらダメだから」

「固いこと言うなよーこの犯罪都市でさ」

「警察の代わりに私が取り締まってあげるよ」

「ちぇー。もし鈴音が良ければ」

「良ければ?」


 光はパチンと指を鳴らして。


「三人でいろいろとぶご」


 鈴音は幼馴染として注意をした。拳で。



 ※※※



 廃工場まちあわせばしょには予定より十分も早く到着した。呼吸を整える。

 これからすることは、世界の命運がかかっている……わけじゃない。

 恐らくずっとスケールが小さい。元々、この仕事は大きいことではないのだ。

 しかし、大きいことしか目を向けない人がいるならば。

 小さなことに目を掛ける人も必要だ。

 だから、自分は。

 今ここで勇気を振り絞り。

 ミツルに真実を伝える――。



「やっほーユニちゃん、今日は期待しちゃっていいのかな? あれ、花香さんも……ん?」


 制服姿のミツルがやってきた。何を期待しているかはよくわからないが、ユニの容姿を確認した途端、その眼差しがきらきらと輝き出した。


「なぁーに、コスプレ? ユニちゃんそっちの趣味もあったんだね!」

「へ、え? あれぇ……?」


 意を決して仕事着ふだんぎに身を包んだユニは、なぜか好奇の視線に晒されている。ユニの緑のパーカーは、スイッチのようなもの。

 フードを被り、帯びている銃を意識する。それだけで、自分がガンウィッチであると……。


「これはコスプレではなくてですね」

「いやあ再現度高いなぁ。ガンエンジェルだね」

「ガンエンジェル……?」


 どうやら何かのキャラクターと衣装が被ってしまっているらしい。


「けれどハナカさんは意外ー。カナミヤのコスプレかー」


 当然、ハナカも黒ハットと灰コートだ。師匠の師匠らしい衣装への反応が少し気にかかる。


「カナミヤ……?」

「あれだよあれ。序盤は姉貴キャラとしてカッコよく振る舞うんだけど中盤からどんどんダメになっていって最終的に裏切る奴」

「あージャストフィットですねあぶな!?」


 放たれる銃撃を、避けられてこそのガンウィッチ。

 突然の暴挙にミツルの表情が硬直する。愉快な性格をしているからと言って、想定外の事態を全て呑み込めるとは限らないのだ。


「ちょっ、師匠! まだ説明できてないんですが!」

「論より証拠だ。どうせ信じないだろうからな」

「それはどうでしょうかね!?」


 しばし硬直しするミツルの前で師と弟子のやり取りを繰り広げる。

 これでもう後には戻れない。

 そして、ユニは未来に生きている。


「あの、ですね。何を隠そう私は魔術師、という奴でしてね。詳しい説明は省きますが、いわゆる隣の世界から来まして」


 人間界と魔術界の構図はややこしい。それ以上に人間と魔術師という分類の説明が厄介だ。せっかく書いてきたメモ用紙が師匠のせいでおじゃんとなった。


「えっと、それで、あの」

「……わかったよ」

「本当ですか!?」


 これで!? マジで!?

 驚きと喜びを混ぜたユニの顔は、すぐさま色変わりする。


「もうわかった。全部見通したよ」

「……ミツル?」


 すなわち。

 怪訝なものへと。


「君たちが僕と――鈴音を、嵌めたってことにね!」

「いやっ、そんなことは!」


 想定外の事態だ。

 ミツルの性格ならなんやかんやあって受け入れてくれるのではないか。

 その淡い期待が撃ち砕かれた――自らの軽率な告白によって。

 ……いや本当に自分のせいだろうか。

 という疑念は重要ではない。今は。


「怪しいとは思っていたんだ、最初から! この街に、学校に、転校生だなんて!」

「いやそれは――」


 どうにか言い訳をしようとするが、しかして。

 それらは全て紛れもない事実。当初より、ユニたちの目的はスズネだ。

 厳密には異なるが、大まかに言えば合っている。


「えっと、とっとっと」


 うまい返答が思いつかない。

 思わずハナカを見る。ハナカは面倒くさそうな顔をしていた。

 ポーカーフェイスは出張中。実際、面倒なのだろう。


「最初からあの子が目的。全く、してやられたものだね。しかし、僕はそう簡単に騙されない。なびかないよ」

「どうでしたかね……」


 普通にフレンドリーだったような。というツッコミが効果をなさない。


「こうなった以上、対処するしかない。戦うしか、ないようだね」


 ミツルは臨戦態勢に入る。彼女の経歴は把握済み。

 戦いに身を置いているわけではない。とは言え、厄介すぎる状況。

 ユニは歯噛みして覚悟を決めて。


「やってやる! 銃なんて置いてかぐ」


 とミツルが間抜けな声と共に宙を舞った理由は。


「静かにしていろ」


 ハナカがその顔面を思いっきり殴ったからだ。


「何やっちゃってるんですか!?」

「鬱陶しかった」

「そんな理由で! どうするんですかもう!」


 紙切れとなった自らの計画に。

 もはや、頭を抱えるしかなかった。



 ※※※



 何かをしようとして。

 結局後回しにして。

 結果手遅れになってしまう。

 人生とは、そういうものなのか。


「これは……」


 文面を見て、後悔する。

 自身の決断力のなさ。優柔不断さに。


「光……」


 物忘れも影響していた。

 もし自分が携帯を持ってきていたならば。

 もっと早く動き出せていたのに。


「待ってて」


 動きやすい赤のジャージに着替え。

 得物である竹刀を背負い。

 鈴音は家を後にした。

 覚悟を、携えて。



 ※※※



『今夜六時 お前の大事な人を預かっている 来なかったらどうなるかわかるな』


「ってこれ絶対誤解されるやつですよ! なんですかこれは!?」

「事実を端的に書いたんだが」

「しかも人の携帯で何やってんですかって!」


 ユニの大声が廃工場の中に拡散する。ハナカはつまらなそうだ。

 胃痛の種は減るどころか増えている。お腹のきりきりさに耐えながらも、これからのことを考えて行かなければならない。

 スズネの呼び出しに成功した。恐らく臨戦態勢だが、その点は目を瞑ろう。

 瞑る。瞑るのだ。なんとしても。


「もう隠さないと決めたのだろう。取り繕ってどうする。下手に誤魔化そうとしてもダメだ。……お前はよくわかっているだろう」

「それは、そうですが……」


 その点についてはユニも、そしてハナカも学習している。

 思いやりは大切だが、その方法を間違えれば取り返しのつかないことになる。

 例えならなくても、もっとうまい方法があったのではないか。そう思いたくなるのだ。


「果たしてこのやり方は正しいのか甚だ疑問なんですが」

「結果は後から来るものだ」

「どうして涼しい顔ができるんですかねぇ」

「廃工場は涼しいからな」

「うぐ」


 ミツルの苦悶の声。面倒だから縛っておけ、と言われて彼女は制服のまま拘束されている。

 拘束されている時はなかなかしんどいものだ。最近その身を持って体験した。

 ユニの目的はスズネに真実を伝えることでミツルに苦痛を与えることではない。


「制服も汚れちゃいますし、着替えさせますか」

「……好きにしろ」


 ハナカは腕時計を確認する。外は薄暗くなっている。


「忠告しておく。悲鳴は上げるなよ?」

「何言ってんです?」


 意味不明な師匠に呆れつつ、ユニはミツルの縄を緩める。

 上は仕方ないが、スカートはよれてしまう。

 代わりのズボンがあるので、こちらに履き替えてもらおう。

 そう思ってスカートのチャックを外し。


「ん?」


 予期せぬ物体と鉢合わせする。

 そして、予想だにしない悲鳴を漏らした。




「初心な変態マジコンとはやってくれる」


 呆れるハナカ。しかしユニの方も言い訳は尽きない。


「初心でも変態でもマジコンでもありませんけどこれは驚きますよ! だって、だって……」


 ユニはミツルを指し示し、


「男だったんですよ!? ずっと女の子だとばかり!」

「別にいいじゃないか。私だって男装気味だしな」

「女装は別に構いません、クソ野郎でなければ! どっちつかずな性別でも無問題です! 悪党でなきゃ! けれど、これはびっくりしますよ……!」


 こんなに可愛い人が男の子だったとは。魔術師たるもの、変わっていることが普通である。性別の差異など些細なこと。

 けれど、見抜けなかった。完璧な偽装であった……!


「ん……あれ? ユニちゃん?」

「わっ、起きた」

「あれ、これは……」


 ミツルは自身の下半身に目を落とし、着替えたことを知る。


「え、えっとすみません……」


 とりあえず謝罪することは間違っていないはず。日本人はそうするものだと聞いた。


「ワクドキな展開……?」

「違いますから!」


 傍から見ればそうかもしれないが。


「ちぇっ。せっかく楽しんでいたのにな。ばれちゃうとは」


 思いのほかすぐ納得したミツルはがっかりしている。そんなことより気になることがあるのでは? と言いたいが立場上言い辛い。

 先に状況を動かしたのはミツルだった。


「一応言っておくけどさ、僕はね? どっちもいけるクチで」

「そうじゃなくて他にいろいろありませんか!?」


 拘束されてたこととか魔術のこととか殴られたこととか!


「いやさぁ、僕は信用しているんだよ。僕の友達のことを」

「友達……」


 スズネ。

 ユニはスズネも、ミツルも裏切ってしまった。

 友達ごっこは終わりだ。だが、誠意は示したい。


「今更、取り返そうとは思いません。けれど、釈明を――」

「いや、友達、なんて言葉じゃ足りなかった。そう、僕にとってあの子は――」


 ユニの言葉を上書きする形で、ミツルは友人の信頼度を形容する。


「セフレ、だね」

「……は?」


 うまいことを言った風なミツルの顔と、呆然とするユニの表情。


「親友じゃあ心が繋がっているだけだし。僕と鈴音が繋がっているのは絆だけじゃない。身体も――」

「何言ってくれてんじゃこらああああ!」


 轟音と共に、廃工場の一区画が解体される。作業に悩まされていた地主は喜び、ゆくゆく依頼されるはずだった解体業者は悔しがる光景を目の当たりにして、ユニは思わずハナカを見る。


「驚くことはないだろう。お前が騒いだせいだ」

「私のせいなんですかね!」

「いつも何か起きたら大体お前のせいだからな」

「ミツルの発言のせいじゃないんですか!?」

「いやあ僕は無関係でしょ。これ以上にない素晴らしい例え――」

「風評被害はやめろ! じゃなくて、ミツルを返せ!」


 外から聞こえてくる大声。そら見たことか、とハナカに瞳で告げると、師匠はうんざりしたで、


「青春に付き合っていられるか」


 ガンウィッチとして外に赴く。ユニはミツルと顔を見合わせると、とりあえず彼の拘束を解除した。



 ※※※



 光がどこにいるのか。最初はわからなかった。

 ざっくりとした位置はメールに添付してあったが、恐らく約束の時刻になって初めて顔合わせだったのだろう。

 しかし、わかった。知れた。

 感じられた。

 この力で。

 ゆえに、鈴音は光の場所を特定し。

 その声を聴き。

 うっかり出力をミスって工場の一部を吹き飛ばしてしまった。

 自らのドジを猛省しながらも、今やるべきことに集中する。


「光を返して! 出て来い!」

「声に緊張が混じっているぞ」


 聞こえてきたのは覚えのある声。

 瞳に映るのは見覚えのある顔。

 そこに、いたのは。


「ガンエンジェル……?」

「またそれか」


 コスプレ衣装に身を包んだ花香が肩を竦める。

 自分の師匠になってくれたかもしれない女性。

 だがその腰には銃が納められている。


「どういうことですか?」

「どうもこうも、見た通りだ少女」

「つまり花香さんにコスプレ趣味が……」

「違う」


 否定されて。

 鈴音は自らの迂闊さを呪う。


「まさか、あなたが……敵、でしたか」

「敵かどうかはお前次第だが」

「全部嘘だったってことですか」

「皆まで言う必要があるのか?」


 挑発的な態度の花香の言葉を受け流そうとする。

 しかし鈴音の内面はぐちゃぐちゃだった。何かを信じようとするたびに、それに裏切られている気がする。

 何が正解なのか。どうするべきなのか。一向に答えがない。

 けれど、いまするべきことだけはわかっている。


「警告します。怪我しちゃいますよ」

「随分と強気だな。潤沢な魔力を持っているだけはある」

「魔力……?」

「だが、お前のやっていることはしょせん、子どものままごと、ごっこ遊びだ」

「っ!」


 安い挑発に乗っている自分に気付くが、止められない。


「大人の戦い方を教えてやる」

「うるさいですッ!」


 両手で竹刀を握りしめる。先端に力を集中。

 一本の光線が黒ハットと灰コートの花香に迸る。


「ふっ」

「ッ!?」


 紙一重で花香は避けた。銃口は鈴音の頭を捉え。


「一カウントだ」


 バン、と撃つ真似をされる。


「このッ!」


 鈴音は勢い任せに右へと薙ぎ払い。だが、花香は跳躍して避けた。驚異的な身体能力。だが、何か特別な力を用いた様子はない。

 ただの人に、押されている。不思議な力を持っている自分が。


「二回目だ。お前は何回死ぬつもりだ?」

「だったら!」


 回避できない攻撃は放つ。そう思った瞬間に、筒状の何かが目の前に転がって来た。

 映画で見たことがある。手榴弾――。


「まずっ」


 強烈な閃光であらゆる感覚が打ちのめされる。視界と聴覚を阻まれた刹那、身体を宙に浮く感覚が襲ってきた。


「ぐッ!」


 力で感覚を回復させると、目の前にあったものは銃口と。


「今のは三回目、と言いたいところだが違う。一気に十回だ。相当に甘めでな」


 不敵な笑みを浮かべる花香。

 鈴音は地面に仰向けで倒れていた。


「まだだ!」


 波状の力を花香へ放つ。だが、到来する頃に彼女はいない。

 傍に立つ花香へ向けて鈴音は竹刀を振るう。

 花香は避ける。当たらない。


「お前はただ竹刀を振るっているだけだ。だから剣道の試合でも弱い」


 事実だった。鈴音の剣道の授業による成績は芳しくない。

 そもそも剣道部ですらない。あの日、たまたま竹刀を用いてたから、という理由で使い続けているだけだ。


「ちなみに、真剣でも同じことだ」

「ッ!」


 怒りが制御できない。自らにこれほど煽り耐性がなかったのか。

 力任せに振るった斬撃に応じるのは金属音。

 リボルバーの銃把が、竹刀を受け止めている。


「白羽取りでもよかったが」

「この!」


 力を上乗せした竹刀はいとも容易く避けられて。


「少しだけ本気を見せてやろう」


 花香が消える。何の前触れもなく前方に立っている。

 左手には液体の入った瓶。

 右手から向けられるのは銃口。


「くッ」


 発砲音。一瞬時の流れが止まった。

 そのように感じる。だが、竹刀で防いだ。まだ戦える。


「それは無理だな」

「え……?」


 そこで気付く。自分が固まって動けないことに。


「銃弾を無闇に防ぐのは得策じゃない。そんなこともわからない奴は敵とは呼べない」


 花香は青い液体を飲みながら歩いてくる。金縛りにでもあったように動けない鈴音の横で止まり、その側頭部に銃口をこすりつけた。


「お前は私の敵じゃない」


 最後に聞いたのは奇妙な銃声だった。



 ※※※



「気絶させなくても」

「身体で覚えさせた方が呑み込みが早いタイプだ」

「師匠がそれしか知らないだけではっとう!」


 ハナカの暴挙にも手慣れたもの。非殺傷弾の銃撃は難なく避けられる。

 星空輝く下で、スズネは気を失っている。当初こそ心配していたミツルだが、今は全く気にせずに、ユニが持ってきていたこの世界の在り方~ペンギンでもわかる人間界と魔術界の関係について~を読み耽っている。


「そろそろレベルを上げるべきか」

「まだ何かするつもりなんですか……とにかく、スズネさん、大丈夫ですかね」

「そんな柔な身体をしていない」

「いやあふわふわもっちりで柔らかいし、特におっぶぐぅ!?」


 ミツルが突然吹き飛んだのは傍で寝ていたスズネから拳が放たれたからだ。起きたかと思ったが、まだ眠っている。無意識下での攻撃らしい。


「ほら、元気元気……僕の元気は遥か彼方だけど」

「私が心配しているのは身体じゃなくて……まぁ、いいや。理解できましたか?」

「ん、それとなく。鈴音のこの力は、超能力ではなかったわけだ」

「呼称はどうでもいいが、方向性を知るのは大切なことだ」

「で、僕たちは狙われているわけか」

「ミツル君はついで、ですがね」


 しかし二人は一蓮托生だ。それに、サナのように。

 口封じに殺される可能性もゼロではない。記憶を消したり書き換えても消えないものはある。サナは死ななかったが、ミツルがそうとも言えないだろう。


「で、やっぱりこの街もおかしいわけだ」

「そこに寝転がっている奴を、覚醒させるために構築された箱庭だ。人々の認識は阻害され、異常行為を目撃してもそれが普通だと錯覚する。加えて、この街の住民の三分の一は犯罪者かそれに準ずる存在だ。警察も汚職警官で構成されている。もちろん、ダミーとして選ばれた不運な善良警官もいるが」

「……一人を覚醒させるために?」

「厳密には違う。戦争を起こすためだ」

「意味がわからないよね、そこんところ」

「私もわからん」


 二人の意見にユニも同意だった。


「だが、これほどの逸材を魔術師が放置するわけはない。先程の戦いで、そろそろ向こうもスカウトしに来るはずだ」

「で、それを人類側が阻止するってわけ?」

「そこらへんは微妙だな。あえて誘拐させて救出を名目にした戦いを仕掛けるか。或いは……」

「或いは?」


 ハナカはそれ以上続けない。

 が、ユニもそれとなく理解できている。答えは明白だ。


「とにかく、伝えておくんだな。欲しがっていた真実とやらを」


 ハナカは車に乗り込む。目覚めるまで待つ気はないようだ。

 ユニもその後を追おうとして、立ち止まる。


「ミツル君」

「どうしたのかな、ユニちゃん」


 彼の顔に怒りはない。もう許してくれたようだ。

 しかしスズネはわからない。いや、もし自分が彼女の立場だったなら。


「謝っておいてください……」

「全然構わないんだけどさ」


 ミツルはスズネの頭を優しく撫でる。


「自分の口で謝った方がいいと、僕は思うな」


 ユニは答えずに乗車する。

 廃工場からエンジン音が遠ざかっていく。

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