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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター1 偶必然の前奏曲
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プレリュード2

 時計の針をかき消すほどに響くのは、肉やパンをかみちぎる音だ。

 暴飲暴食とはこのことだろう。

 ユニは困惑していた。いや、戸惑っていた。

 食費という経済的かつ物質的な混迷。

 命の恩人とは言え、名前しか知らない魔術師を家にみすみす上げてしまった迂闊さ。

 そして、何らはばかることなく一心不乱に食欲を満たすガンウィッチに。

 テーブルの上に並べられた食事を、ハナカが食べていた。


「あのぅ……ハナカさん?」


 返答は咀嚼音だ。呼び方を変えてみる。


「ガンウィッチさん?」

「残念だが、今は依頼を受けられない。魔力が足りない」

「いや、そんなつもりじゃ」


 ハチミツジュースをごくごくとハナカは飲んだ。


「ぷはっ。くそ、安物じゃないか。……とにかく、魔力剤を紛失している状況じゃ無理だ。あの忌々しい犬が私の元に戻って来ない限り、あれなしで魔力を回復させなきゃならない……幸い」


 言いかけて、ハナカはポーチから薬品を取り出す。しかしラベルに書いてある文字は魔術世界の流通品とは思えない。

 体力回復! レオタミンV。


「栄養ドリンクがあるから、体力面はなんとかなる。空腹は食わねば止められんが」

「栄養ドリンク、ですか。霊薬じゃなくて」

「あんなもんクソまずいだけだ。ぼったくり価格だしな」


 ハナカはうんざりした口調で食べ進める。霊薬の価格だけが不機嫌の理由ではないようだ。


「おい仮にも貴族の家系だろう。何でこんな安物ばかりなんだ」


 人の家に上がりこんでこの言い草は、図々しいと思わざるを得ない。しかしてその無礼な振る舞いも、命の恩人であるという事実がユニを盲目的にさせている。


「下級魔術師ですから」

「商才のない魔術師はこれだから嫌いだ」


 ユニははぁ、と相槌を打つしかない。先程の衝撃は未だに燻っているが、ガンウィッチハナカの人柄はまだ掴めていない。そのためのとっかかりはお世辞にも良い状態とは言えなかった。

 ユニはハナカのコートの内側から覗いて見える灰色のリボルバーに目をやる。


「銃を見るな」


 ハナカは食事の手を止めてユニを睨んだ。


「なら隠密魔術で……」

「自分ができないことを他人に言うもんじゃない」

「う……」


 図星だった。ユニは何かを隠密魔術で隠すことなどできない。

 一瞬ならばできる。だが、その程度ではできないのと同じだ。


「それに、ふん。できるなら既にやっている」

「魔力障害……」


 生まれつき魔力量に問題のある魔術師。

 ユニは区分としては下級魔術師だが、そこからもっと深く掘り下げるが可能だ。

 一番下なのだ。魔術師の中では。

 そしてそれはハナカも同じらしい。だから、動けなくなってしまったのだ。

 痛いほど、わかる。ハナカの言い分は。


「私は魔力障害を持つ最下級魔術師。お前と同じでな。とはいえ、そう不便であるわけでもない」


 ハナカはコートの裾を掴んで銃に被せた。


「こうすれば隠せる」

「それは、そうですけど……」

「これは重要なことだぞ。とても重要なことだ」


 単純な物理法則をハナカは念押しする。


「銃は服で覆い隠せる。なんでわざわざ魔術を使う必要があるんだ」


 ハナカはズボンの後ろポケットに手を入れてプレート状の何かを取り出した。

 得体の知れない物。何らかの魔術道具かとも思ったが、


「携帯電話、見たことないのか」

「……名前ぐらいなら、聞いたことありますけど」

「それがお前の限界だな」


 冷めた笑いを見せて、ハナカはスマートフォンなる物を操作し始めた。


「魔力障害者で魔術至上主義者とか救いようにならん。なんでクライアントはこんなバカに大金を払ったんだか」

「今のはどういう」

「守秘義務がある」

「だったら言わないでくださいよ……」


 そんなことを言われたら気になるのは当然だ。しかしユニの不満もハナカは取り合わない。謎めいたガンウィッチは食事を終えて満足した様子だった。


「まぁいいだろう」


 ごちそうさまもなしに立ち上がる。


「邪魔したな。それじゃ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 自然に帰ろうとするハナカを引き留める。彼女はうんざりした様子で、


「何だ、構って欲しいのか」

「違います! 食事代は!?」


 ハナカはそっとコートの内側を弄り、


「ない」

「……なんです?」

「ないと言った。さらば」

「無銭飲食とかダメですって!」


 他人の家の食料を平らげておいて平然と帰ろうとするハナカと、それを阻止するユニの構図。だが、彼女はまだ諦めていないようで、


「命の恩人代だ。釣りはいらない」

「助けてくれなんて言って――い、いや言いましたけど」


 ユニは少し迷ったが、その恩着せがましい理由では不当だと判断した。

 あれは不特定多数の魔術師に向けた言葉で、結局助けてくれる人は現れなかった。だからこそ、ユニは決死の覚悟で突撃しようとしたのだ。それに先程のハナカの話もある。


「クライアントがどうとかって! それなら、私の要請に応えたんじゃなくて、最初から別の人に頼まれてきたってことですよね! だったら、私は庇護対象であって奢り対象ではないですよね!?」

「そこは気持ちよく送り出すべきだ。些細な違いなんだから」

「どう考えても間違えてますから……ふぬん!」


 ユニはハナカの腕を強引に引く。意外なことに簡単に止められた。

 ……やはり、魔力の枯渇が影響しているだろう。そう考えると申し訳ない気持ちが顔に出るが、やはりこのまま帰られてしまっても困る。

 ユニとて金がないのだ。金持ちであったならば、気持ちよく送り出しても良かったが。


「お前の心は三センチだな」

「あなたの心は礼儀知らずですね」


 ちょっと言い過ぎたかもと思ったが、ハナカは鼻を鳴らすだけで椅子に座り直してくれた。クレーマー気質ではないらしい。


「ともかく、金がないのは事実だ。……魔術で取り出せばいいと思ったのは取り消せ」

「な、何を言ってるんですか思ってませんよ」


 目を逸らすユニ。ハナカはお見通しとばかりに肩を竦め、


「別に無銭ってわけじゃない。……財布が行方不明なんだ」

「それを無銭と言うのでは……それに魔、あいたっ!?」


 輪ゴムがおでこに飛んできてユニは驚く。ハナカは手でピストルを形作っていた。


「止めろと言ったろマジコン」

「私はマジックコンプレックスなんかじゃ……」

「さっきも言った通り、財布は手元にない。だから払えない」

「それは困りますって」

「そうだな。そして私も困っている。なにせ、財布がないからな」

「えっと……?」


 訊ねはしたが、結論は既に推測できている。そんなユニを見越した上で、ハナカはにんまりと笑顔を作った。


「だから、いっしょに探してくれ――私の荷物番をな」




「まんまと乗せられた気がする……」


 もしかすると、最初に帰ろうとしたのも演技だったのかもしれない。

 懐中時計を取り出して、時刻を確認する。同じような動作で、隣に立つハナカがプレート上の電子機器を手に取った。先程見せたスマートフォンだ。

 ユニが携帯電話に興味を持つと同時に、ハナカも懐中時計を見やる。


「マジコン」

「だから違いますって! 普通でしょ!」


 魔術世界においては。同じ世界に生きている魔力障害者同士のはずだが、何かが決定的に違っている。その何かを、ユニは知らない。


「それで、お前ならどうやって探す?」

「探知魔術を駆使して――」

「そうか、頑張れ。私はこうする」


 ハナカはスマートフォンの画面に地図を表示させる。そして赤いサークル部分を見てほくそ笑んだ。


「大まかな位置はわかった。お前は努力を続けろ」

「待ってください、行きますよ!」


 何かの正体はまだわからない。

 だがその片鱗を少し垣間見た気がする。

 ハナカは堂々と街の中を歩いている。対して、ユニは目立たないよう縮こまっていた。

 その対比構造は、ユニにとって理解できないものだ。魔力障害者は魔術世界ののけ者で、ちょっとでも目立てば嫌がらせをされる。

 人生の負け組だと、思っていたのだが。


「ここらへんか」


 ハナカはユニの心象など知りもせずに立ち止まる。周囲を見渡す。ハナカの使い魔がなんであれ、そう容易に見つかるのだろうか、と思っていたが。


「あの野郎」


 ハナカが鋭い眼光を飛ばす。その先には、人だかりがあった。何かを中心に魔術師たちが円を作っている。どの顔も笑顔だ。

 なんと言うべきか、金銭的な喜びに満ち溢れた顔だ。


「さぁ食え呑め騒げ! 金ってのは使うためにあるんだぜぇ……このように!」


 金貨の落ちる硬質的な音と、紙幣の舞う軽質的な音が響く。誰かが金を撒いているようだ。不審に感じるユニを後目に、ガンウィッチは集う人々を押しのけて中心に向かっている。

 ユニはおっかなびっくりその後ろを追いかけた。相手が中級や上級でもお構いなしに進むハナカ。

 そして中心に到達し、ユニは虚を突かれた。


「え? 犬……使い魔、ですか?」


 その問いかけに対する返答は、


「さぁ次はどこで金を使うか。今日得た金は今日使い切る――げっ、ぬぶぅあ!」


 ハナカの殴打によって示される。茶色のハットとスーツを着込んだ二足歩行の、これまた服と同じ色の毛皮なビーグルは痛そうに頭を押さえた。


「おい何しやがるんだ!」

「思い当たってるだろ」


 ハナカの声には怒りと呆れが混ざっている。犬の首を背後から締めるとそのまま路地へと拉致していく。


「く、苦しいぞブロッサム!」

ブロッサム……?」


 犬はなんとかハナカの拘束から抜け出した。


「こいつの名前は日本語で花を意味する」

「英訳するなら花香ブロッサム・アロマだ。名前を訳す意味がわからないが」

「日系人……なのに、陰陽術を使わないんですか」


 アジア系だとは思っていたが、中国系だとばかり。


「お前は北欧系に見えるがルーンを使うのか?」

「う……」


 あっさりと論破されてしまう。


「ふん。出自で魔術を限定させる意味がわからん」


 昔は人種によって魔術が固定されていたこともあったようだが、今は現代だ。それに、術式はオリジナルでも構わないのだ。


「固定観念に支配されるなマジコン」

「だからそれ止めてくださいってブロッサムさん」

「ブロッサムと言わないなら一考しよう」


 ユニはすぐに呼び方を戻した。日本語名の方が短くて言いやすい。


「ハナカさん。大丈夫、ですか」

「……ふむ」


 ハナカは犬からポーチを奪うとその中身を検める。財布を取り出して開くと、逆さ向きにして振った。

 中からは何も出て来ない。紙幣はおろか、硬貨一枚すら。


「おい、いつも言ってるだろブロッサム。今日稼いだ金は今日――うおっ!?」


 ハナカは犬の眉間に銃口を突きつけた。その動作があまりにも素早すぎて、銃を本当に抜いたのか疑問を抱くほどだ。


「おい落ち着けブロッサム」

「安心しろフォーチュン。私は至極冷静にお前を殺せる」

「動物虐待には反対だぜ!」


 犬パンチによって銃がぺしんと叩かれる。


「お目付け役の俺においたをするんじゃない」

「だったら人が稼いだ金を全部使わないでもらおうか」

「金に対する執着はその身を滅ぼすぜ?」

「金に対する無頓着も同様にな。生活費をどうしてくれる」

「おいおい、決まってるだろ」


 ちらり、とフォーチュンはユニの方を見てくる。頭にかぶる茶色ハットを直しながら、


「さて依頼を受け付けるぞ、お嬢さん」

「食事代を返してください」

「そうかでは御達者で。うぉん!」

「ダメですって!」


 フォーチュンの首の皮を掴んでユニは制止する。


「なんで帰ろうとするんですか! 帰ることができるんですか!」

「お嬢さん、君は今、試されているんだ。自分のハートの大きさを。度量の深さを」

「小さくていいです! 狭くて構いませんから! お金払ってくださいよう」


 ビーグルは悲しそうに鳴く。


「仕方ない。一応、依頼の話は来てるぜ、ブロッサム」

「結局私が働く羽目になるんだな。飼い主は大変だ」

「おいおいあんまり調子に乗るなよ、ブロッサム。俺がお世話係だ。お前のな」


 無言でリボルバーの撃鉄をハナカが起こすと、フォーチュンはにこやかに笑った。


「落ち着けってブロッサム。俺たちは対等だ」


 そう言ってスマートフォンを取り出すと、フォーチュンが何か操作をする。ピロリン、とハナカのスマホが鳴った。


「ふむ、いいだろう」


 彼女は画面を見た後ズボンのポケットへとしまい、ポーチの中を弄って眉を顰めた。


「おい」

「ほらよ」


 青い液体が入った瓶が宙を舞い、ハナカがキャッチする。

 ユニも何度か使ったことがある。魔力剤だ。


「これだけか?」

「あいつも言ってただろう? 弾丸も魔術も、たった一発で事足りる」


 ユニは、ハナカが複雑な表情を浮かべるのを見た。喜怒哀楽の一言では表せない顔だが、ネガティブな印象は受けない。


「それに彼女もお前の戦い方には賛同していない」

「あの人はいつもそうだ。……さっさと行くぞ」


 ハナカはフォーチュンを率いて歩いていく。ユニは一瞬ぽかんとして、すぐにその背中を呼び止める。


「待ってください、私も行きます」


 食い逃げされては困るから。

 それ以上の理由を内包していることに気付きながら。



「ウィザードギャング……ですか」

「ああいう面倒な手合いは多い」


 ハナカがうんざりしたように敵の拠点である建物を見ている。ウィザードギャングは言葉通り魔術師の暴力組織だが、人間世界のそれと違って非合法な手段に出ていることは少ない。

 ……合法なのだ。


「上位者が下位者を食すのは当然……」


 弱肉強食と言えば聞こえはいいが、実際に食われる方はたまったものではない。


「上位者が勝利者であるとは限らない」


 ガンウィッチはユニの考えを一蹴する。フォーチュンが補足を加えた。


「こいつらは下級魔術師ばかりだ。食われるのが嫌で集団になり、ちょっとばかし調子に乗って同類を狩り始めたってとこか。孤高のローンウルフである俺には理解できない連中だぜ」

「一匹になったらすぐに飢え死にする犬は黙れ」


 フォーチュンにきつく当たりながら、ハナカは歩き始める。ユニは事前に、彼女が今回始末するべき標的について聞いていた。

 ウィザードギャングを率いるボス。中級魔術師の抹殺。


「どうするんですか?」


 ユニの質問には答えず、ハナカは敵拠点へと進んでいく。


「悪い癖が出てるな」

「悪い癖……ですか?」


 フォーチュンは茶色ハットを目深に被った。


「野郎は無茶するのさ」


 そんな会話をしている合間に、ガンウィッチは扉の前へと到達した。当然、敵には発覚しているだろう。彼女は隠密魔術の類を使用していない。

 ――使用できない。

 戦う前に魔力が枯渇してしまう。

 来客の訪問に気付いたウィザードギャングが出てくる。

 見張りのようだ。小馬鹿にした笑みを浮かべた男女の一組。


「おいガキ、ここはお前の来るところじゃ――ぐほッ」


 間髪入れずにガンウィッチが拳を女のみぞおちに食い込ませる。


「てめッ、うふぅ!?」


 もしかすると、あれがジュードーという日本に伝わる武術なのかもしれない。ハナカは魔術を発動しようとした男を投げ倒していた。いつの間にか手には銃が握られていて、ギャングの眉間に突きつけられている。


「貴様!」

「冴えてるな、お前」


 ハナカはギャングを称賛した。


「何を!」

「魔術を使わないのは正解だ。お前が防御魔術を構築する頃には銃弾が脳漿を掻き混ぜている」


 本能的に無抵抗になった男への賛辞だった。もう既に男は負けている。ガンウィッチをただのガキだと侮ってしまった時点で。

 それに、ハナカから聞いたところによると彼女は二十代前半だ。既に大人なのだ。

 小さな世界を生きているユニよりも遥かに。


「脳をシェイクされるのは嫌だ。私はな。お前はどうだ?」


 その問いかけに対する答えは決まっていた。


「仲間を呼べ」


 ギャングは情けない声で助けを求めた。

 すると、建物の窓の内側から魔術が放たれる。もっともポピュラーな光弾だ。優秀な魔術師であれば防御魔術でシールドでも構築するところだが、ハナカは違う。

 ユニの予想であれば優秀なガンウィッチだ。そして、その予想は正しかった。

 ハナカは横っ飛びで避ける。避けている間にリボルバーが火を吹いている。すぐに悲鳴が聞こえた。例え銃弾を防げるシールドを作成できるとしても、間に合わなければ意味がない。

 敵ギャングによる魔術雨は、結局のところハナカに脅されていた哀れな男のギャングを消し炭にしただけだ。

 だが、敵も間抜けではない。すぐにシールドを展開して銃弾から身を守る。

 ふと、魔術師が人間相手に無双する娯楽小説を思い出した。もはや蛮族に近しい描かれ方をした銃器で武装した人間たちを、高潔な魔術師が無傷のままに殲滅する。

 クラスメイトたちは喜んで読んでいたが、ユニは楽しめなかった。思い返せば、クリスタも退屈ね、と感想を漏らしていたような気がする。

 シールドで安全を確保したギャングたちが建物から出てくる。足首などが露出しているわけではない。前面を光り輝く盾が完全にカバーしている。

 五人のギャングが整列すると、彼らの後ろから魔術師が瞬間移動して現れた。件の標的だろう。中級魔術師ゆえに、わざわざテレポートで現れたのだ。

 徒歩で移動すればそれでいいのに。ハナカと似たような考えが脳裏をよぎる。


「お前が噂のガンウィザードか?」


 奇妙なことをギャングのボスは訊く。


「私はガンウィッチだが?」


 ハナカはうんざりしている。

 ……性別を間違えられたこと以上の意味があるように見えた。


「だとしたら、人違いか……はたまた噂が荒唐無稽であるか、だが。なんにせよこのハールトマンの名は轟くであろう!」

「そういえばそんな名前だったな」


 ハナカは標的の情報を一瞥しただけだ。うろ覚えなのかもしれない。


「俺の情報は確かだ」


 フォーチュンが自信満々に言う。

 つまり、事実なのだ。ハールトマンが下級魔術師を金銭目的で殺害したり、誘拐した少年少女を奴隷商人に売り払っていたり、病気持ちの子供に改善薬と称して中毒性あり効果なしの霊薬を法外な値段で買わせていることは。


「おいおい、この俺様のことがわからないと?」

「今日は二人目なんだ」

「何?」

「自分のことを特別な存在だと勘違いしている間抜けを殺すのは。鬱陶しいから黙れ」


 ハナカは辛辣な態度だが、相手の経歴のせいで酷いと指摘する気分にはなれない。

 それに、ハールトマンも傷ついていないようだ。彼の部下たちと同じく、嘲笑が顔に貼り付いている。

 確かに、今日は二度目だ。あのような顔を見るのは。


「しょうがないな。俺様の部下を不意打ちとはいえ殺した功績を鑑みて、殺すのだけは勘弁してやろうと思っていたのに。奴隷になるという好待遇を、自らかなぐり捨てたぞ女」


 ハナカは応じない――言葉では。応答は弾丸だ。

 しかし狙いは外れている。そのように見えた。ギャングたちもそうだったはずだ。

 魔力を発動した痕跡もない。

 つまりは、無駄弾。的外れの銃弾がギャングの拠点の壁へと吸い込まれ、


「殺してやりゅ」


 ハールトマンが斃れた。

 次の瞬間には男の部下が四人頭を撃ち抜かれている。前頭部ではなく、後頭部。

 時間魔術によって弾丸が巻き戻されたからではない。


「弾が跳ね返った……!?」


 そうとしか思えないユニの推測を、


「ああ、あれはリコシェバレットを用いた跳弾射撃だ」


 フォーチュンが肯定する。


「跳弾用に特注で作った代物だが……ああも完璧に命中させられるのは世界広しと言えどもごくわずか……あいつやあの野郎ぐらいだぜ」

「あの野郎……?」


 ユニが疑問を抱いている間にも状況は動いている。

 残された部下の一人が、懸命にハナカへ魔術を放っている。未だ生きているのは、ハナカがゆっくりとリロードをしているからだ。中折れ式だというリボルバーのシリンダーを開き、一つ一つ弾丸を込めている。

 もちろん、その間にも光弾は放たれているが、ハナカは徒歩で避けていた。

 折れた銃が元に戻る。カチリと撃鉄が目を覚ます。

 血迷った相手は全身にシールドを展開した。一時しのぎにはなると考えたのだろう。

 だが、躊躇いなくハナカはその眉間に向かって二発撃つ。

 すぐにその行為の妥当性が証明された。


「今のは……」

「わかるだろう、お嬢ちゃん。下級魔術師が張れるシールドなどたかが知れてる」


 つまり一撃目でシールドに穴を開けて、その中に二撃目(ワンホールショット)を滑り込ませたのだ。

 一面に強化されていたシールドではできなかったことを、彼女自身の行動によって可能とした。


「……アンチマジックバレットをケチりやがったな」


 フォーチュンはハナカの戦闘を評価しながらも文句があるようだ。

 聞き慣れない、だが想像がつく単語が聞こえた。


「AM弾は高い」

「そのせいで無駄弾が増えただろ?」

「勉強弾だ」


 ハナカはなぜかちらりとユニの方を見た。


「それに、どこかの誰かが散財しなければ気軽に使えた」

「お前が気軽に使ってるリコシェバレットも、本当なら高いんだぞ」

「あれはお友達価格だからな。お前はさっさと報酬をもらってこい。……今度使い果たしたらチクるぞ」


 ぼやきながらフォーチュンが走り出す。四足歩行で。二足歩行にこだわりはないらしい。


「えっと……」


 残されたユニはハナカを見る。ハナカとしばし視線を交わしたが、ユニの方が先に視線を外した。


「どこかで休憩しましょうか?」

「いいアイデアだ」


 大通りに出た二人は、適当に喫茶店へと入った。幸い、その店は上級魔術師以外お断りではなかった。下級魔術師らしき風貌の客が数人いる。

 コーヒーを頼む。ハナカのも必然的にユニが払うことになった。

 対面席でしばしコーヒーの味を楽しむ。沈黙。フォーチュンが早く戻って来ないかな、という気になる。

 だが、同時にまだ来ないで欲しいという矛盾した気持ちを抱いている。

 ユニはミルクと砂糖が入ったコーヒーに目を落とした。必要以上にスプーンで中身を掻き混ぜる。

 これも魔術で淹れられたものだろう。だが、自分好みにカスタマイズする工程は全て手動だった。

 上級魔術師御用達の店では、全て魔術で片付いているのだろうか。

 視線をハナカへと戻す。彼女と目が合ったが、今度はハナカの方が外した。

 ハナカはユニに対して無頓着のようで、意外と気にしている。

 その理由はわからない。

 自分の知らない何かが、未だ存在しているのだろうか。

 それとも、マジックコンプレックスだという哀れみか優越感……いや、それはない。

 ハナカは魔力障害者だ。自分とハナカが全く同じ境遇だとは言わないが、その一端くらいは理解しているはずだし、向こうもできるはず。

 

「あなたはどうして、ガンウィッチに」

「話せば長い」


 その返答は予想できていた。不意に思いついて銃魔女をやったにしては、実力者でありすぎた。ガンウィッチと言いながら、先程の戦闘では銃のみで敵を全滅させてしまった。

 魔術も、質はかなり高い。

 時間魔術など、おいそれと使えるものではないはずだ。魔術の方面に関しても、彼女は一流と呼んで過言ではない実力を身に着けている。

 足りないのは、魔力だけ。

 全てが足りない自分とは、違う。


「今度はどんなコンプレックスだ」


 ハナカは人の劣等感を見抜くのがうまいようだ。


「私は……ええ、コンプレックスの塊です。なんか、複雑ですね。私が魔術世界でうまく生きていけないのは魔力障害者だからって、言い訳ができていたのに。あなたを見てたら、それすらも理由にならない気がしてきちゃって……」

「まぁ、お前は生き方を間違っているとは思う」

「ですよね……」


 しょぼくれるユニ。自分で自虐しておきながら、欲しかったのは肯定ではなく否定だったのだと言われて気が付いた。


「別にそれでもいいんじゃないか。だから直せ、などと言うつもりはない。間違った生き方で間違った人生を謳歌し間違って死ぬ。それもまた人生だ」

「少しはフォローしてくださいよ……」


 ユニのガラスハートはいとも簡単に砕け散りそうだ。ハナカは間違いなくカウンセラーに向いていない。もっともそれは当然だが。

 彼女はガンウィッチだ。ガンカウンセラーでもカウンセリングウィッチでもない。


「だが……もし、違う生き方をしてみたいと思うのなら」


 ハナカは真剣な眼差しでユニを見る。どことなく別の感情が混ざっているように見えた。

 ……もし言い表すならば、期待。

 それは、ユニの中にも芽生えつつある。


「自分で飛び込め。中には幸運な奴もいる。奴隷商人行きの馬車の中で、死んだ目をしていたところに、助けに来たと豪語する変な男が現れたりするような、運に恵まれた奴が。……ターニングポイントが来ない奴もいる。いずれにしろ、決めるのは自分自身だ。どれだけ恵まれようと、選択できなければ、何の意味もない。変わりたかったら、決断しろ」


 その言葉を聞いて。

 揺らいでいた心が定まる。

 カチコチに固められていた観念が、崩れる。


「ガンウィッチさん、ハナカさん」


 ハナカは聞いてくれた。ユニの言葉を。

 じっくりと、かみしめるように。


「私を、あなたの――師匠にしてください!!」


 ユニの一世一代の決心を。決意を。

 勇気を振り絞り――絞り過ぎて致命的なミスを起こした、提言を。

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