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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター2 落申し火種子
18/20

箱を覗けば中身もまた

「見つけましたよ師匠!」


 ユニがようやく見つけた師匠は、路上に座り込んでいた。

 ぐったりしている……ように見える。明らかに酒の飲み過ぎだ。


「何軒はしごしたんですか!?」

「四、五……六……?」

「そんなにですか!?」


 こちらに来てからハナカは毎日、いや常時飲酒しているようなものだ。

 しかしそれでも、ほろ酔い状態は維持していた。

 何かあっても、酔いのせいで戦えないことはないように。


「まだ足りない」

「もう十分ですって! 帰りましょう!」


 ハナカを立ち上がらせようとするが、腕を引っ張っても上手く立てない。

 抵抗もない。純粋に動けないのだ。


「師匠……」

「どうやってわかった。どうして、ここが……」

「フォーチュンさんが教えてくれたんです」

「フォーチュンだと」


 ハナカが顔を上げる。酷い顔だった。

 アルコールだけが原因とは思えないほど。


「帰りましょう。話さなきゃいけないこともありますから」


 突然現れた幼馴染のこととか。


「眠い」

「ベッドで寝ましょう! 頑張って立って!」

「無理だ」


 ハナカは床で眠ろうとする。犬や猫だって往来の真ん中で眠ることはない。


「だーもう仕方ないですね!」


 止むを得ず。

 ユニはおぶる。歩き疲れた子どもを連れ帰る親のように。


「立場逆じゃないですかね!」

「師をおぶるのは弟子の役目……」

「そんなもんありませんよ!」


 怒って、少しの間静かに歩く。聞こえてくるのは、辛そうな声だ。

 自業自得だからしょうがないのだが、なぜだか。


「最初に会った時も倒れてましたね」


 あれも自業自得だった。

 魔力障害者が貯蔵量以上の魔術を使用したための枯渇現象。


「そうだったか……」

「そうです。師匠は肝心な時に倒れます」


 オルトスとの戦いの時も。


「だから、必要な時は――」

「……必要だ」

「えっ、手助けが、ですか?」


 ユニは期待を込めて左肩に乗りかかるハナカの顔を見、


「トイレ、行きたい……」


 急速にがっかりする。赤らめた師匠の顔に。


「なんなんですかもう! 今探しますから――」

「漏れそう」

「師匠!?」

「私とお前の関係性なら、漏らしても問題ないよな……」

「大ありですから! 待って、ま――」


 突然降り注いだピンチにあたふたするユニ。ハナカは辛そうな吐息を出して、


「いや、大丈夫だ。尿意は収まった」

「人騒がせな!」

「尿意は、な……」

「えっまさ」

「悪いが吐くぞ」


 吐瀉物がまき散らされる音と、悲痛な叫びが住宅街に拡散した。



 ※※※



 花が舞っている。桜色の花が。

 匂いが漂っている。桜の香りが。


「まほう?」

「そう、まほう!」


 友達は喜々として自分に告げる。


「まほうが使えたら、どうします?」

「いや使えないでしょ」

「ませたこと言わないで。子どもなんですから」

「いーや、大人だね」


 少なくとも、この子よりは。そう自負する幼い女の子はランドセルを背負い直す。


「同い年でしょう」

「私は大人だから、そんな夢の話なんてしないよ」

「じゃあ、大人だから、プレゼントも、ケーキもいらないんですか?」

「それはっ」


 焦る。年相応に。

 すると友達はにかっとした笑みをみせた。


「やっぱり子供ですね」

「その二つは別腹。パパやママを喜ばせるために、もらってあげるんだもん」

「大人だから?」

「そう、大人だから。祝わせてあげてるの」

「ただの負けず嫌いだと思います」

「違うって」

「でも私の方が大人ですから、これ以上は言わないでおきます」

「なにそれ」


 友達は軽い足取りで走り出し、


「今日は特別な日ですから。また会いましょうね、花香ちゃん」

「佐奈ちゃん、またね」


 手を振って別れる。友達と同じくらい軽やかに。

 浮かれる足で、自宅に辿り着いて。


「ただいま! 今日って何の日だったっけ?」


 わざとらしく言いながら、玄関を通って。


「なんとなく意味のある日だとは思うんだけど」


 期待を織り込んだ手でドアノブを握って。


「もしかして、私の誕生日だったり――」


 時が止まる。瞳が固定される。

 呼吸を忘れる。

 眼前の光景に。


「これは、サプライズにしては……大成功だよ、パパ、ママ」


 声を捻り出して小さく笑う。

 リビングの床に倒れる両親の骸に向けて。


「娘の、誕生日に、死んだふりとか……私がいくら大人でも……ちょっと」


 赤い血だまりの海。その中に沈む顔はすごくリアルで。

 本当に死んでいると思えるほどに。


「クオリティ、高すぎるよ。でも、もういいから」


 足を動かそうとする。しかし震えて動かない。


「いいから、ねぇ、起きて。本当は私、子どもで。ケーキも、プレゼントも、欲しいから。だから……」


 手を伸ばす。だが、距離が遠い。

 近いのに、とても遠い。

 全身が拒んでいる。その事実を受け入れることを。


「ませたこと、言って、謝るから。だから」


 不思議と涙はこぼれない。

 まだ観測していない。

 まだ死んだとは限らない。そもそも意味がわからない。

 何が起きているのか――知らない。


「私はッ」


 ようやく足を踏み出そうとしたその時。


「光栄に思うがいい。お前は魔女となるのだ。あの方のために」


 視界が暗転した。


 

 ※※※



 全身を毒素で蝕まれている気分に包まれている。

 本物の毒よりはマシだが、ここまで酷い気分になったのはいつ以来だったか。


「くそ、最高だ……」


 頭を押さえてゆっくりと身を起こす。

 そして、妙な気配を感じて目を開けた。


「おいユニ、何して――は?」


 呆けてしまう。優秀なガンウィッチが。

 ハナカが目の前の光景を咀嚼するのには数秒の時間がかかった。

 その金髪は、イレギュラーすぎる。


「なんでお前がここにいるんだ」

「…………」


 酷く不機嫌な、弟子の自称親友が、ハナカに睨みを利かせている。


「見よう見まねでできましたよっと。あ、起きましたか」


 トレーに器を載せてユニが入ってくる。ハナカの隣に移動して、トレーを差し出した。


「朝食ですよ。頑張って作りました」

「おかゆか。こんなもの誰にだって作れる」


 ハナカはいつものように悪態をつき、ユニがいつものように反論しようとして。


「えっ」「む……」


 クリスタが突然器を引ったくる。そしてハナカの朝食を食べ始めた。


「ええ……さっき食べたばかりなのに」

「お前本当なんでここにいるんだ……くそ……」


 頭痛が酷い。魔術でケアすることもできるが、位置が露見してしまう。

 さらにこの朝飯泥棒が余計痛みを激しくさせている。

 クリスタは無言で口におかゆを運びながら、ユニを指し示した。

 つまりそういこと、であるらしい。全く理解できないが。


「付き合ってられん。学校に行ってこい」

「今日は学校を休んで、師匠の看病をします」

「二日酔いが病気に入るか」

「心の病です!」

「お前はいつからカウンセラーになった? それに、私は健康だ。心身共にな」


 二日酔い以外は。


「でも師匠……寝てる時、泣いてました」

「弟子の不甲斐なさに涙が止まらな――いや、うん。冗談だからそんな顔するな」


 静かなる圧に耐え切れずハナカは視線を逸らした。

 ――本当に、なんでこいつがここにいるんだ。

 

「クリスタはさっきから何も変わってません。……今は、必要ないですか?」


 ユニの真っ直ぐな瞳。そんな弟子の眼差しを。

 ハナカは正面から受け止める。


「ああ、今は不要だ。任務に集中しろ」

「わかりました。じゃあ、クリスタはここで」

「待て、待て待て。こいつも連れてけ」


 クリスタと同じ部屋で過ごすなど耐えられない。

 さっきからめちゃくちゃ怒っている。その原因は昨日のごにょごにょのせいであるとハナカの勘が告げている。


「でもその方がややこしい気も」

「それは、そうだが……いや、しかし……」


 実に悩ましい問題だった。下手に外に出して魔術狩りにでも見つかったら面倒だ。

 だからと言ってここに缶詰めされても困る。

 この天然トラブルメーカーは、どこにいようがやらかすに決まっている。


「いいわ。行きましょう、ユニ」

「クリスタ?」

「大丈夫、なんとかするわ。それに、今回の件は私にとっても無関係じゃなさそうだから」

「……全然関係ないような気もするんですがって待ってください!」


 突風のように動くクリスタを追いかけてユニは登校する。

 二人の気配が完全に消えた後、ハナカはコップの水を飲み干した。


「泣いていた……か。平気だ。私は……大人だからな」


 大人の特権である二日酔いに悩まされて。



 ※※※



「えっと……」


 その困惑はとても理解できる。

 しかしそれを上手く解きほぐすための方論を。

 懇切丁寧な説明手段を、ユニは持っていなかった。

 だから、と隣の席に座るそれへの対処策に苦悩する内に。


「どちら様、この子?」


 光が口火を切る。或いは、銃の引き金を引く。


「この子はですねっ」

「ユニの大親友のクリスタ」


 沈黙が、起きた。

 つまらなそうな、いや、至極当然のように語るクリスタ。

 さも、それが世界の根幹、この世を構成する自然現象であるかのように。


「あの?」


 スズネの当惑は痛いほどわかる。現にユニの心は痛い。


「ユニの大親友のクリスタ」

「二回も言わなくていいですから!」


 ユニがクリスタの暴挙を阻止しようとすると。


「ユニの大」

「三回目はなおさら!」


 ようやくクリスタは自己紹介(爆裂)を止めた。

 ただでさえいろいろ誤魔化すことに苦労しているのに、標的に変なイメージを持たれてしまっては差し障る。仕事に。

 そんなガンウィッチとして、またクリスタの友達としての心労を知らずか、彼女の暴走は止まるという言葉を知らない。


「あなた、ボンクラじゃないのね」

「えっ?」


 スズネは惑っている。状況に理解が追いついていない。

 是非とも追いつかないで欲しい。そう願うユニを余所に。


「あら、わからない? あなたのまりょむ」

「すみーませーんね? この子ちょっとというかだいぶ変で癖が強くて!」


 クリスタの口元を咄嗟に押さえる。抵抗するかと思ったが、何もしてこない。

 なぜだろうか。味わっている、という表現が脳裏をよぎった。


「いやあユニちゃんもなかなかでしょ」


 ミツルのツッコミはスルー。


「嫉妬してるの? ボンクラちゃん?」

「以ての外です。変なこと言わないでください」

「事実よ?」


 そう小声で返してくるクリスタ。


「事実禁止!」

「あらそう」


 クリスタは納得して、


「実はこの子が転校して離れ離れになったのだけれど、毎日毎日泣きながら電話してきてあまりにも可哀想だったからついてきちゃったのよ」

「多少は織り交ぜて!」


 爆撃機クリスタの絨毯爆撃は放課後まで続いた。





「どうしたの? ボンクラちゃん」

「どうしちゃったんでしょうね……」


 原因は明瞭だ。クリスタが歴史の授業で魔術と人間の話をしようとしたり、数学で魔術式を黒板に記載しようとしたり、国語で魔術ペンギン語を諳んじたり。

 ドッジボールで反射魔術をした時は、胃が爆発しそうになった。いや、してしまったかもしれない。


「気取られていないかすごい心配なんですけど」

「別に構わないんじゃない?」

「構って? 是非とも構って?」


 ユニの祈りは届かない。ため息を吐いて自販機でコーヒーを購入する。


「ボンクラちゃんはコーヒーも自前で用意できないのね」

「のおおおおおおおおお!」


 奇声を上げたのも致し方なし。クリスタの手にはどこからともなくティーセットが。


「だから止めて! 誰かに見られたら――」

「気付いてるでしょう?」


 クリスタはティーセットを持ちながら校舎の隅へ歩く。


「ここにもある。別のところにも」

「……そこは、師匠担当ですから」


 ユニの担当はスズネだ。そのスズネも今日は別行動。

 クリスタを連れ立っての同行は目立ってしまう気がしたためだ。少なくとも、慣れるまでは距離を取った方がいい。


「居残り組がこんなものを使っているなら、今更でしょう」

「ならなおさら感知されちゃう気がするんですが」

「……」

「ちょっと?」


 魔術に関してはクリスタの方が専門だ。


「特殊で大雑把な術式だから平気」

「本当に? 本当にですか?」

「恐らく」

「断定していて欲しいんですけど? まぁ……いつも通りですけどね」


 優秀なガンウィッチの条件は、完璧な計画を完全に遂行することではない。

 例えどれほど不利、不完全な状況の中でも目標を達成することだ。


「この程度で釣れるような相手なら、お話好きだと思うわよ」

「ですけどねぇ」


 周辺を見渡す。街の中はいつもの日常が繰り広げられている。

 アラート一つなし。サイレンも鳴らない。

 ユニは天利探偵事務所のサイトを開いた。

 依頼は山のように積み重なっている。


「ちょっと減らしますか」

「何も変わらないと思うけど?」

「そうかもしれません。けれど、掃除は毎日の積み重ねが大切ですから」


 ユニは缶コーヒーを開けた。



 ※※※




「なんか二人で帰るのも久しぶりだねぇ」

「最近、ユニさんといっしょだったからね」


 部屋も隣だし。他愛もないことを思いながら、鈴音は幼馴染と帰宅途中。


「で、どうよ。新しい女の子が加わったわけですが」

「クリスタ……さん? なんかよくわからないんだよね」

「あの人はなんか近づいちゃいけない気がするんだよなぁ、見た目は完璧なのに」

「壁というか……」

「そういう単純なものじゃなくて、地球と宇宙の関係のような隔たりを感じる。僕の直感では、ああいうタイプは怒らせたら怖いよ、間違いない」

「言いたいことはわかる」


 悪い人ではないと思うんだけれど、なぜだか近づきがたい何かを感じる。

 そしてまた、それを向こうは望んでいる気もする。不思議な人だ。


「にしてもさ、転校生。転校生か……」


 光は顎に手を当てている。


「妙だね」

「妙って……珍しいことではあるけれど」

「鈴音さぁ、前言ってたよね? この街は変だって。最近はあまり言わなくなったけど」

「前って言うか、今も思っているけど……」


 しかし誰もまともに取り合ってくれないのだ。普通のことでしょ? と返される。

 確かに普通だ。

 警察は事件が起きてからしばらく経ってくるものだし。

 この街に一度住めば二度と引っ越しをする気はなくなるし。

 事件や事故は、毎日起こることだ。歩けば必ずぶつかると言っていいほどに。

 だが、どうしても違和感を覚えてしまうのだ。

 日常の中に。

 会話の端々に。


「どこが変なん?」

「一番はやっぱり、警察かな」

「お、国家権力への反抗ですか」

「そんなんじゃないって。でも、たまにいるでしょ? 街の外から来る人。そういう人はいつも言うじゃん。この街って――」

「警察はあまり仕事しないんだねって? 都会と田舎の違いじゃない?」

「そう、それ」

「ん?」

「みんなそんな風に即座に順応しちゃうんだよ」

「実は、僕たちが非常に訓練されたプロ市民だってこと? ディストピアチックな」

「そういうわけじゃないけど」

「ひょえー僕たち、洗脳されてる!?」

「茶化すならもういいって」


 そっぽを向いた鈴音の肩を、光が叩いた。


「まぁそうすねないで。椅子の人である僕が助言をあげよう」

「椅子の人って……?」

「鍵はあの子たちが握っている」

「どういうこと?」

「乙女の勘」

「乙女って……」


 鈴音は呆れるしかない。光のことはよく知っている。


「さて、何事もない平和な一日を謳歌して――」


 という光のセリフに呼応するように、遠くで窓ガラスの割れる音がした。


「……自警団活動、しちゃう?」

「フラグ立てるから……」


 鈴音は竹刀を取り出し、鞄を光に預ける。

 ボランティアの時間だった。



 ※※※



「余裕ね、ボンクラちゃん」

「いや余裕ですよ? しゃくしゃくですよ?」


 ユニは昏倒する女を見下ろした後に、


「ひったくりだー!」

「ああもう!」


 全力ダッシュしひったくり犯を気絶させる。


「次から次、なんですよねもう!」


 依頼を解消した途端に次の依頼が同時に複数入ってくる。仕事に困らないという意味では天国だが、休み暇がないという意味では地獄だ。

 おまけに、これほど狙い目なところで活動している同業者はいないらしい。

 彼女を含めれば三人で治安維持をしているような状況だ。


「最初はいい街って思いましたけど、本当の姿が見えてないだけだった……」

「あなたはいつもそうね」

「どういう意味です?」


 怪訝がるユニだが、クリスタは明後日の方向を見ている。


「ねぇ」

「詳しい説明を――」

「あれって」

「あれ?」


 ユニが視線を辿った先には。


「師匠……と」


 知らない女の人が。


「浮気かしら」

「誰にとっての?」


 クリスタのことはやはりわからない。

 けれど、気になるのは事実だ。依頼人という雰囲気でもない。

 などと、ユニが考えていると。


「クリスタ?」

「行かないの?」


 平然と尾行しようとするクリスタに、ユニは。


「行きます……けど」


 頷く以外の選択肢を持たなかった。



 ※※※



 前を歩く女の背中には、どこか見覚えがある。

 その雰囲気を記憶している。その喋り方を覚えている。

 だが……。


「こうして歩いていると、昔を思い出します」

「確かにな」


 ハナカは思い出している。封じた記憶、自らの意思で開けることはないフォルダの中身を。


「あ、喫茶店です」


 街の中にあるこじんまりとした喫茶店。

 そこへハナカは誘われる。

 幼馴染。皆滝佐奈。


「初めてですね」

「ああ、そうだな」


 案内されたテーブル席に座る。対面のミナダキは鼻歌混じりにメニュー表を見ている。

 そんな彼女を、ハナカは眺める。

 子どもだった彼女が成長した姿。

 脳内のシミュレートでは合致する。


「花香ちゃんはコーヒー、飲めるようになりましたか?」

「もちろん」

「ブラック?」

「飲めないわけじゃないが、砂糖とミルクは入れる」

「子どもじゃないですか」

「かもな」


 皆滝が店員を呼ぶ。ハナカは彼女を観察する。

 黒縁の眼鏡と、その瞳。長い黒髪を。


「花香ちゃんは?」

「オリジナルブレンド」

「それだけでいいんですか?」


 頷き、皆滝が注文する。店員がいなくなった後、ハナカは質問を投げた。


「何していたんだ?」

「何って?」

「今日まで。私が転校してから」

「大したことは。普通でしたよ」

「具体的に」


 皆滝は顎に人差し指を当てた。


「中学校を卒業して、高校に進学して。大学に行った後、お花屋さんに就職したんです」

「花屋……」


 再会した時もそんなことを言っていた。

 確かに、花屋が夢だとは聞いたことがある。それに。


「お花好きだから、花香ちゃんとも友達になれましたしね」

「そうだったな……ああ、そうだった」


 入学式。自己紹介を終えた後。

 脈略もなくお花が好きなんですか? と訊ねてきたクラスメイト。

 それが皆滝だった。

 花香などという名前なのだから、花好きだと思ったらしい。

 名前を付けたのは両親なのに。


「それで、幸せな人生か」

「花香ちゃんは幸せですか?」

「どうだろうな」


 幸運な方ではある。いろいろあったが、出会いには恵まれた。上はたくさんいるだろうし、また下も山ほどいる。

 機会もなかった人よりは、間違いなくラッキーだ。

 しかし、そんなことよりも。


「私のことはいい」

「気になりますよ」

「お前の方が重要だ。一つだけ、聞きたいことがある」

「何ですか?」

「お前は私のことを、ずっと覚えていたか?」


 ハナカが神経を尖らせる。

 皆滝が返答しようとしたタイミングで、注文した品が運ばれてきた。

 二人の前にコーヒーカップ。

 それと。


「……っ」

「あの時、お祝いできなかったことが心残りで」


 視線を奪われる。


「ケーキですよ。誕生日ケーキとは、ちょっと違いますが」



 ※※※



「むぅ……見えない」


 双眼鏡を携えたユニは唸る。

 ハナカたちは建物の外からは見えない位置に座っていた。

 恐らくはハナカが誘導したのだろう。ガラガラな店内でわざわざそんな位置に座るということは無意識に沁み込んだ狙撃対策の影響だ。


「そんなものを使わなくてもま」

「ダメですって! この距離なら師匠にもばれますし!」


 そんなことになったら怒られるだけではすまない。絶対に厄介な状況になる。

 しかし気になるのは事実だ。あのハナカが人と会っているとは。

 仕事仲間や依頼人以外で。


「やっぱり浮気ね」

「だから誰にとっての?」


 クリスタをあしらいつつ、観察を続ける。

 相変わらずハナカの秘密主義は治らない。わかっていても、目撃するとやはり妙な気分になる。


「なんか、もにょもにょしますね」

「あんな女とは距離を取るべきね」

「向こうが勝手に離れていきますけどね」


 ユニはハナカを追いかけている。ずっと。

 仕事でも、日常生活でも。

 だからこその気付きがある。


「でもやっぱり妙です」

「浮気は妙でしょう?」

「もうその話は止めて。……いないはずなんですけどね」

「友達が?」

「いや、師匠だって友達はいますよ」


 武器商人や自称ライバル等をカウントすれば。


「こっち、の話です。こっちで、仕事上の知り合い以外には――」

「静かに」


 反射的にユニは黙る。クリスタに言われたからではない。

 知らない声だ。初めて聞く声が後ろから聞こえた。

 背後を取られている。銃を意識するが。


「動かないでくれると、ありがたいのですが」


 その言葉に従う以外の選択肢が、ない。



 ※※※



「おいしかったですね、ケーキ」

「そうだな」

「でも、あれは間に合わせですから。その場の思い付きなので。次の誕生日にはしっかりお祝いさせて頂きますね」

「そうか。それは楽しみだな」


 会話を続けながら住宅街を歩く。

 しかし自分がどこに向かっているのか見当もつかない。

 いや、本当はわかっている。

 全てを理解している。


「あ、公園ですよ、花香ちゃん」


 皆滝が人気のない公園に入っていく。ハナカもその後ろをついていく。


「少し寄り道しません? 時間はありますよね」

「それもいいな」


 皆滝がベンチまで進む。ハナカも一歩後ろを歩いて、


「時間はたくさんあるからな」


 立ち止まった。


「ん? どうかしま――」


 返答をする。

 撃鉄の声で。


「茶番は終わりだ。……お前は、誰だ?」


 ミナダキ――その偽物に、スコフィールドを向けた。

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