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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター2 落申し火種子
16/20

苦心復心健康センター

「可哀想、ああ可哀想。可哀想」


 同情心に溢れたセリフを、無心で語る黒髪少女。


「勇気を振り絞って告白したのに、振られて。そのショックで思わず飛び降り自殺。とてもとても、可哀想」


 教室の窓から、蒼白の表情で固まる少女を見て、


「首尾は上々――」


 うっすら笑う。

 そして、表情を切り替える。警戒のそれへと。


「それがあなたの筋書きですか」


 制服の裾へと仕舞い込んでいたクナイを投擲。

 ただの高校生であれば、必殺の一撃。

 それを、茶髪の同級生は避けてみせた。


「どこの間者か」

「間者? すみません、私外から来たもので」

「死ねッ!」


 次なる必殺も、少女は避けた。戦場に身を置くのに、しかし場慣れしているような余裕さで。


「あなたも別に名乗らなくていいですよ、国守のくノ一さん?」

「転校生!」


 天利ユニは鞄から、拳銃を取り出した。

 サイレンサー付きの、コンパクトピストルを。



 ※※※



「もし現地で戦闘せざるを得ない状況になったらどうする?」


 ハナカの問いかけへ、ユニは自信満々で。


「もちろんガンウィッチの証であるこれをうわッ」


 ナイフの一線を紙一重で避ける。


「なぜにナイフ!?」

「お前は高校生になるんだ。そいつはうるさすぎる」


 ハナカとマナが見繕ってくれたエンフィールドリボルバー。

 それでは不適格、と言いたいのだろう。

 それならそう言って。

 強く願わざるを得ない。


「でもこれは持ってきますよ」

「確かにお前の真価を一番に発揮できる銃と言えばそれだ」

「やっぱり師匠は私のことを認めてうぐわッ!」


 ナイフの縦切りを回避。同時に顔へ投げつけられたそれを受け取る。


「自動拳銃……?」

「P239。サプレッサー対応モデルだ。コンパクトな銃だからカバンにも入る」

「ありがとうございまうひっ!?」


 ナイフの横斬りを下がって回避。


「最後はこいつ」

「こいつって、まさか!?」


 その手にもって、今まさに切りかかっている――。


「避けるな」

「無茶難題!? うひゃああ!!」


 背後は壁。実刃のナイフが、ユニの喉元に迫り――。



 ※※※



「本当に忍びがいるとは思いませんでしたよ」


 謝らなければならない。ハナカとフォーチュンに。

 いや、やっぱり謝る気になれない。


「ちゃんと教えてくれればっと!」

「死ねい!」


 クナイと共に肉薄したくノ一による斬撃。


「あなたもそればっかりですね!」


 ユニは避ける。斬撃は素早いが、反応することはできる。


(魔術を使っているわけじゃない)


 ハナカは忍術は陰陽術……魔術ではないと言っていた。

 忍者は現代で言うところのスパイだ。

 忍道具というスパイグッズを用いて戦うエージェント。

 ただし、その戦い方は独特で。

 当然、達人の域であれば……。


(魔術師すら容易く殺す!)


 ユニはオートマチックの引き金を引く。サイレンサーが静かな気絶を運ぶ。


「非殺傷弾? 生け捕りに――」

「まさか」


 目的が異なる。


「お前にそこまでの価値はない」

「貴様!」

「って言ったのは師匠ですから怒らないでッ!」


 刺突を回避。机にぶつかり、派手な音を立てる。

 この戦いもユニの独断ではなくハナカの指示だ。


「貴様の師もろとも葬る」

「マジでやりかねなくて怖いんですが」


 戦いに自信ありな様子のくノ一。

 だが、ハナカは言っていた。


 ――お前は記憶障害持ちだったな。だからもう一度言っておく。強い奴、或いは賢い奴は、もっといい手を使う。回りくどい……くどすぎるような方法を取る奴は。


「とても弱い、ですよね。記憶障害ありませんけど!」

「死――」

「にませんってば! ついでに言えば殺しません!」


 蹴りが飛んでくる。寸前で躱し、ナイフを取り出す。短刀とナイフの刃がぶつかり、互いにはじき返す。と、くノ一は天井まで飛翔し、蹴り飛ばして最突撃してきた。

 まさに跳弾射撃の如く。弾丸より遅いが、面積が広い。

 直撃。

 周囲の机が衝撃波で散乱し――。


「白がッ!」

「白髪が生えているのは師匠です……ふう」


 ハナカによる訓練の成果。

 白羽取りで刺突を防ぎ、蹴りでくノ一へ大打撃。


「バカ、な……」

「本当にバカですよ」


 昏倒したくノ一から離れて教室の外を見る。

 呆然としたスズネが死亡した少年の傍で立ち尽くしている。


「少年を自殺に見せかけて殺すなんて」


 それも、たったひとりの少女の心を、折るために。




「やりましたよ師匠!」


 車で迎えに来たハナカに喜々として報告するが、


「さっさと乗れ」

「はい……えっ?」


 しょんぼりして助手席に座ろうとして困惑する。


「運転しないんですか……?」

「向こうで散々練習しただろう。お前がしろ」


 確かに練習はした。しかし由々しき問題が一つ。


「私、免許持ってないんですけど」

「自慢じゃないが、私も持っていない。急げ」

「本当に自慢できない……」


 しぶしぶ運転席に乗り込む。銃を所持している時点で銃刀法違反だとは聞いている。今更、無免許運転など気にしてもしょうがないのかもしれない。


「どこに行きます?」


 二人が乗るのは赤色の軽自動車だった。血の色のように真っ赤だが、テントウムシみたいで可愛い奴。今回、なぜかハナカは色だけは異様にこだわっていた。

 絶対赤くないとダメだ、と。赤色が好きなのだろうか。


「まず前だ」


 ハナカの道案内を頼りに、車を走らせる。


(思えばこっちで車を運転するのは初めてです)


 向こうでの運転は特に道路交通法など気にする必要がない。

 信号はなく、標識もない。事故も自己責任。

 だが、こちらでは気をつけなければならない事項が山ほどある。

 信号機の色、速度制限、横断歩道――。


「そこの信号、赤だが気にするな」

「いやしますって!」

「遅いぞ80キロは出せ」

「ここ高速道路じゃないです!」

「そこに歩道があるだろう? 乗り上げて進め」

「歩道は人が歩く道!」

 

 その後も、人様の家の庭を突っ切ってショートカットしろだの、私たちに一方通行の概念はないから気にするなだの、面倒だから反対車線を逆走しろなど無茶ぶりが続き。


「ようやく来たな」

「何もないですけど……」

「いいからこの道を真っ直ぐ進め」

「わかりましたよ……」


 相変わらず教えてくれる情報は限られている。ただ、最近ユニはわかってきた。

 教えないことにも理由がある。それはハナカにしか理解できないことかもしれないけれど。

 ちゃんとこちらのことを考えてくれて――。


「もっと飛ばせ」

「はい」


 アクセルを軽く踏む。


「もっとだ、もっと」

「いやこれ以上はちょっと」

「アクセルを踏め!」

「なんでですか!」


 とユニは思わずハナカの方へと顔を向け、


「えっ」


 鈍い音がした。何かを跳ねた音が。

 慌てて急ブレーキ。即座に状況を理解する。


「ひ、人を……跳ねちゃった!?」


 歩道に生えていた並木のせいで見えなかった誰かが飛び出してきたのだ。

 血相を変えてドアを開け、車を降りる。


「ああああああああああ!」


 苦悶の叫びをあげる男が車道で蹲っていた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ぐああああああああああ!」


 悲鳴しか上げず意思疎通できない。咄嗟に魔術を使おうとしたユニの手を、ハナカが掴んだ。


「気取られる」

「で、でも……」

「でかした」

「しでかしましたけど……え、でかした?」


 しでかしたではなく? 

 ハナカは男の傍へ立つ。


「つまりは、相手が善人であるのが絶対条件だ」

「はい?」


 戸惑いのユニには目もくれないハナカ。


「人を轢くのはいけないこと。そしてまた、警察も呼ばれたくない……。そんな風に思ってくれる人間相手にしか成立しない。当たり屋なんてセコイ手はな」

「て、てめえ何したかわかってんのか! 足が折れたぞ!」

「首が折れなくて残念だ」


 ハナカはため息を吐き、


「銃弾がもったいない」

「やめぶ」


 躊躇いなく男の頭を撃ち抜く。


「ど、ういう、ことで……?」

「言ってなかったか? こっちでも仕事を始めた。天利探偵事務所……と言いつつ実態は解決屋だ。掃除屋ほど攻撃的ではないが、探偵ほど調査を前面に謳うわけじゃない」

「ってことは? つまり?」

「今日のビール代がこいつだってことだ」

「じゃあ当たり屋以外にも」

「借金苦に悩まされた大学生を自殺に追いやったり、若いシングルマザーを娘共々人身売買にうっぱらったり、そんなとこか。ここの警察は当てにならないからな」

「ああ……」


 どっと疲れが出た。疲労色たっぷりの息を吐いて、車に戻る。一応前を確認。車は僅かにへこんでいる。

 血が少しだけ付着しているが、よく見ないとわからない。

 赤いから。


「まさか――」

「赤い車、正解だったな」

「どうせ轢くんなら師匠が運転してください! 私はもう運転しないで……あーっ! ビール飲まないで!」

「さて、飲酒運転が好みというのなら、運転してやろう」

「師匠のおバカ!」


 運転席に乗り込み、拠点へと走らせる。

 ユニの怒り、静まることを知らず。


「やっぱり全部説明してください! マジで焦っちゃいましたからね! ただでさえ今日はくノ一を倒して疲れてるんです! それに……」


 眉根がハの字に。怒りは鎮火していた。


「スズネさんのことも……もっとうまくやれたかもしれないのに」


 あの男子生徒を助けることができなかった。同じ校内にいながら。


「あの少年を守らなければいけないのは日本の公的機関だ。お前が責任を感じる必要はない。校内に仕掛けられた逃走用爆弾を解除していたんだからな」

「でも」

「だが……祈ってはやれ。その場に居合わせた者として」

「はい」


 静かに祈りを捧げる。と、差し出されるチケットが三枚。


「これで遊びに行ってこい。少しは気が紛れるだろう」

「師匠……!」


 優しすぎる師匠にユニは、


「どこか頭でも打ちました? 大丈夫で――うわっ! 止めて! 車内での発砲は禁止ですからうわああああ!」


 必死の思いで、運転し続けた。




 休息が必要だ。

 誰でも。生きとし生ける人。

 会社勤めでも医療関係者でも警察官でも。

 銃を用いる魔女でさえも。

 ゆえに訪れた。極楽の秘境へ。

 全ての人々を癒す、楽園へ――。


「って、健康センターじゃないですかふざけんな!」

「誰に突っ込んでるの?」


 呆れるミツル。怒られるユニ。

 ハナカからチケットを受け取ったユニは、当然音速で行動を起こした。

 意気消沈のスズネと、彼女を心配するミツルを誘い、師匠が奢ってくれた場所へ赴いた。

 珍しいことがあれば、期待してしまうのは詮無きこと。

 だから、もっとすごい何かを想像してしまったのだ。

 けれど、現実は驚くほどに冷却されていた。


「もっとすごいチケットだと……」

「いや、高校生にしてはかなりの豪遊だと思うけどね。っていうか健康センターは知ってるんだ」

「それはもちろん。サラリーマンは週八で通ってるんですよね」

「いやうん、一週間は七日しかないから」

「何言ってるんですか当たり前でしょう!」

「あ、うん、ソウデスネ」


 申し訳ないがミツルはどうでもいい。

 此度の本命に目を向ける。が、暗い表情が可愛い顔に保存されたままだ。


「楽しみましょう? スズネさんも」

「うん……」


 健康センターって楽しむところだっけ? というミツルの疑問符を聞き流し。

 ユニたちは社会人のための楽園に足を踏み入れた。

 そして、まず何をするのかというと。


「温泉、ですね」

「うん、うん、温泉温泉。正直あれだったけどこれが一番の楽しみにゃあ違えねぇ」


 健康ランドと言って何を思い浮かべるかというとやはり温泉だ。複数種類、通常の銭湯などでは見かけない、ギミックマシマシの温泉の数々。ジャグジーバス、打たせ湯、薬湯のみならず、サウナや、期間限定での香り付き温泉などもある。


「とりあえずみんなで入りましょう」

「オーケーオーケーとっとと行こうぐ」


 意気揚々と女湯に入ろうとしたところ、無言でスズネがミツルの首根っこを掴む。

 とても笑顔だった。とても。


「……うん、ちょっとトイレ行ってくる」

「ミツルさん?」

「先に行こ」


 スズネに押されて、女と書かれたのれんをくぐった。




「ま、まぁ悪くはないですかね」


 一巡した上で漏らしたユニの感想へ、


「めっちゃ満喫してるよね」


 スズネは沈んだ顔色ながらも相槌を打った。

 今は二人で開放感あふれる露天温泉に入浴中。ミツルは未だに来ない。

 トイレで戦争が起きているのかもしれない。世界規模の。


「一つの風呂を堪能したかと思えばまた戻ったりしたし」

「元を取らないとやってられませんからね」

「タダじゃ?」

「タダだけどタダじゃないんです」


 労力的には全然見合っていない。スズネは知らないが。


「それに、のぼせない?」


 スズネは下半身だけ浸かった状態だ。上半身の白肌が火照っている。

 対して、ユニは頭部以外湯舟に身を沈めていた。


「これより熱いお湯に沈められたことありますから平気です」

「……実は虐待とか受けていたり?」

「虐待ではないと思いますけど、やっぱりやりすぎですよね? 訴えちゃっていいレベルですよね?」

「訴えるっていうか、普通に逮捕されてもおかしくないんじゃ?」

「そうですよねそうですよねだったら」

「どうする、のかな?」


 そう問われて、ユニは上機嫌に。


「もちろん報復をですねあれ」


 ふと、気付く。驚いているスズネに。

 いつの間にか自分の隣にいた誰かに。


「あ……れ……れれれ? おかしいです、ね……あはは」

「何がおかしいのかな? ユニ」


 ゆっくりと横を向いて、その姿を、確認。

 どう足掻いても、師匠。裸で温泉に浸かるハナカ。


「し、し――シスター……どうして、こんなところに」

「偶然かな」

「必然の間違いでば」

「ユニさん?」


 静かにお湯の中に沈んでいくユニ。腹部に激痛が走っている。

 隣では温泉を堪能するハナカ。珍しく素面だ。


「妹といつも仲良くしてくれてありがとう。スズネさん。君のことはよく聞いているよ。私の可愛い妹からね」

(どの口が言ってぼがぁ!)


 蹴りが炸裂。だが、水面は何事もないように穏やかで。

 スズネも気づく様子がない。

 ハナカもまた、自然体のままだ。


「やはり通報案件では……」

「ユニ。私の可愛い妹」

「はい……」


 可愛いと言われても、照れ臭さなど微塵も湧かないのだから驚きだ。

 そんなユニに、ハナカは優しい笑顔で防水ケースを差し出した。


「これは……?」

「せっかくの奇縁だし、飲み物でも奢るよ。ここ、入浴中もオーケーみたいだから」

「ありがとうございます……!」


 とスズネが戸惑いがちな感謝を述べている傍で、


「私にはビールな」

「は、はい……」


 ユニはため息を吐きながら上がり、入口へと向かいつつ中身を確認。


「全然足りないんですけどもう!」


 人がいない浴場の中で、叫びが反響した。



 ※※※



 ユニが飲み物を買いに行っている間、鈴音は名前も知らないお姉さんと二人きりのシチュエーションに戸惑いを隠せていなかった。

 とりあえず、天利姉を見て覚えた感想は。


「綺麗な人……」

「自己紹介がまだだったね。私は、天利花香。花香でいいよ」


 見た人全てに伝染しそうな魅惑的な笑顔だ。自然と鈴音も笑みがこぼれる。


「花香さん」

「少しはリラックスできた?」

「リラックス?」

「妹からね、何か悩み事があるって聞いたから」

「ユニさんが……」


 表情には出さないようにしていた。が、全然できていなかったようだ。


「悩みは……あります……」

「良ければ話を聞くよ。これでも君よりは年上だ」


 願ってもない提案だった。鈴音はいつも一人ぼっちだ。

 両親も既にこの世にいない。

 誰かに、大人に、悩み相談ができる機会など、なかった。


「これは、友達から、聞いた話なんですけど……」


 流石に自分の身に起きたことです、とは言い難い。少し誤魔化して、話す。

 自分が振ったせいで、自殺してしまった人のことを。


「なるほど。君はその友達のことがとても好きなんだね」

「え、ええそうです……」


 せっかく相談に乗ってくれている人に、改変した真実を話していいのだろうか。

 ちょっとだけ、罪悪感が胸を刺す。

 だが、不思議と花香は全てを理解しているような口ぶりで話し続けた。


「それは本当に友達のせいかな」

「……どういうことですか?」

「いやね、因果関係がわからなくてね。情報不足なだけかもしれないけど」

「単純な、ような気が……」


 振られたショックでの自殺。それだけなような。

 少なくとも、鈴音はそうとしか思えない。

 が、大人は違った。


「その友達と、自殺した子は仲が良かったのかい?」

「初対面と言っても差し支えない関係でした」

「ふむ……で、その友達は悪意を持って、その子を振ったのかな? 例えば、その子の顔が悪いから嫌だ、とか」

「そんなことは! そんなことは……ないです。なかったと思います。いえ、もしかすると、私がわからないだけで、無自覚に傷つけてしまったかもしれないけれど」

「つまり、それが完璧に伝わったかどうかはともかく、精一杯に配慮した返事を、友達はした、という認識でいいね?」

「いいと、思います……」


 葛藤しながらも、答える。すると、花香は微笑んだ。


「なら、悪くないんじゃないかな、その友達は」

「どうして、ですか」


 天啓のようだった。心のどこかで求めていた、求めてしまっていた言葉だ。

 いや、と鈴音は自戒する。

 誰かの慰めに、自分に都合のいい言の葉に。

 いとも容易く、縋ってもいい物だろうか。

 死者への冒涜になってしまわないか。少年は怒らないか?


「だって君……の友達は、最善を尽くしたんだろう? 故意に傷つけようとしたわけじゃない」

「でも、意図しなかったからと言っても、それで死んでしまったのなら、やはり」


 過失なのでは、という前に、花香は汲み取った。


「自分の行動が予期せぬ余波を引き起こすことはままある。だけどね、その全てに責任を負う必要はないんじゃないかい。これを過失とするには無理がある、と私は思うけどね。君、の友達は誰かを陥れようとしたわけじゃなく、故意に悪意ある言葉をぶつけたわけでもなく、ただ単に自分の意見を相手が傷つかないように配慮した上で伝えただけ。その後は相手の問題だよ。それに……本当に告白が原因だったのかも考えた方がいいかな」

「告白が原因じゃない……?」

「これもただの推測だから、確定したことは言えないけどね。でも、おかしいとは思うんだよ。その友達に告白した子は、そこまで思いつめていた様子だったのかな」

「あ……」


 振った後の様子ばかり思い返してしまっていたが。

 よくよく考えると、そこまで切迫した様子ではなかった。


「振られたからといって短絡的に自殺するのはおかしい。それに、もし当てつけで自殺したのなら、わざわざもったいぶらずに目の前で死んだはずだ……と思うな私は」

「確かに……!」


 もしかすると、自分は。

 無意識に自身の価値を高めていたのかもしれない。

 振ったから自殺した、などと思うのは傲慢で、とても恥ずかしいことだ。


「あ、ああ……」


 申し訳なさといっしょに、気恥ずかしさが全力疾走。

 打ち震える鈴音にすらすらと、花香は予想を放り投げる。


「例えばだけど、告白されたのは屋上だったんだろう? 振られたショックでフェンスに寄り掛かった拍子に、何らかの原因で壊れてしまって転落した、とか」

「そうかも、しれません……」


 実際に花香の推理通りかはわからないけれど。

 振られたショックによる自殺の線は消していいかもしれない。


「ふふ、遠からず真相はわかるよ」

「はぁ……はー! 私ってば、また……」

「やっちゃったって顔だね」

「ええ……私、よく失敗しちゃうんです……」

「失敗か……」


 花香は天を見上げた。ちゃぷ、と温泉が音を鳴らす。


「花香さんはしなさそうですね、失敗……」

「そんなことはないよ。私もよく失敗する。とてもよくね」

「そうなんですか?」


 そんな風に見えないけれど。鈴音は温泉の中に全身を浸からせる。


「この前だって、全てを一人でどうにかしようとして、派手に失敗した。一つ間違えれば取り返しがつかないほどのね」

「取り返しがつかないほどの……」


 花香はお湯で顔を洗う。


「私には二人、先生がいてね。その人たちはなんでも一人でできた。できないこともあるにはあったけれど……できることで、できないことを埋めることができた。必要な物資があれば必ず調達し、そうするべき行動があれば必ず実行した」

「物資……行動……?」

「その人たちに育てられた私は……私も同じように、なりたいと思った。一人前だと認めて欲しかった……。けれど、それはただの子どもの我儘だったんだ。私はあの男のようにではなく、私として戦うべきだった」

「えっと……戦い……」

「たまには他人に頼るのもいい。できることを一人でやるのは構わない。けれど、できないことを無理にやれば、いい結果になどならない。上手くいっても、最低ラインだ」

「他人に、頼る」

「今は可愛い妹もいる。出来は悪い……私が出会った中で最悪だが……あいつ以上の妹はいないだろうから」


 花香は笑みを見せた。なぜか……今まで見せた優しい笑みよりも、こちらの方が素に感じた。

 妹って選べるものでしたっけ? という疑問は呑み込んだ。実際、いい話だ。ためになる。ところどころ気になるけれど。

 すごく、気になっちゃうけれど。

 聞こえたのだ。真実を含んだ、言葉のように。


(こんな綺麗で素敵なお姉さんでも失敗したんだ。私がくよくよしていてもしょうがないよね)


 鈴音は立ち上がった。


「良ければそろそろ出ませんか? 何か食べに行きましょう」

「そうしようか」


 温泉から出ていく。

 身も心も清められて。

 何かを忘れているような気がしたけれど。




 その忘れ物を思い出すのに時間は掛からなかった。更衣室へ駆けて来たからだ。


「ししょ――お姉さん!」

「ダメだよユニ。大きな声出しちゃ」


 花香は着替えながら怒り心頭のユニを諭していた。

 そういえば、と鈴音は思い出す。ユニは飲み物を買いに行っていたのだった。

 温泉の中で飲むために。話し込んでいてすっかり忘れていたが。

 だが、時すでに遅し、と鈴音は籠の中から着替えを探る。

 がさごそ、と。


「お金足りないし温泉内での飲食はダメって言われたんですけど! わざとですよね! 知ってて仕組みましたね!?」

「これはお姉さん失敗しちゃったかな、ごめんね」


 二人が喧嘩しているが、今は着替えだ。

 鈴音は探す。

 がさごそ。

 がさご、そ。

 がさご……。


「あ、れ……?」


 火照った顔を、青白く。

 清々しい気分を、恐怖に染めて。


「あ、あの……」


 喧嘩している風変わりな姉妹へ呼びかける。


「なんですか今取り込み中でして!」

「どうしたのかな?」

「し、下着が、見当たらないんですけど」


 自分の未来(数分後)における危機的状況を、告白する――。

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