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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター2 落申し火種子
15/20

珍妙可思議な転校生(裏)

 星空は綺麗で美しい。月は煌々と輝いている。

 しかし暗闇の中歩くフードの人影に、その美麗さを甘受する時間はない。

 目を凝らして探す。

 ターゲットを。

 今回の依頼の、標的を。


「どこですか――」


 声を出す。敵に位置を知らせる行為と知りながら。

 そして変化が起こる。少女の背後で。

 月明かりで照らされる影。その中から人の身体が浮き出て。

 ナイフでその首を掻き切る。


「ぐわあああああああああ!」


 わけもなく。

 背後の標的の腕を撃ち抜いたユニは、素早く背負い投げをした。


「動かないでくださいね」


 警告を投げられた敵は苦悶の表情で動揺している。

 訳がわからないのだろう。

 ユニとしても、初見であれば混乱する。

 背後に銃を向けて撃ったなら正常。

 魔術を使って弾丸を転移させたなら自然。

 されど、跳弾によって撃ち抜いたなら異常。


「ガンウィッチは常識を撃ち壊す仕事ですから」

「終わったか?」

「師匠」


 暗闇から姿を現したハナカは退屈そうだ。

 自分の預かり知らぬところで纏わりついていた因縁を撃ち砕いて数か月。

 ハナカはユニにある程度の仕事を任せるようになっていた。


「そんな低級は放っておけ。呼び出しだ」

「フォーチュンさんからですか。ってことは」


 ハナカは面倒くさそうな顔を作る。


「ああ、絶対に面倒な依頼だ」




「向こうだ」

「……え?」


 自宅にて。ユニはフォーチュンが指した方向を見つめる。

 しかしあるのは鳥の貯金箱だった。お金を入れるとぐえーと鳴く可愛い奴。


「鳥さんがどうかしました――おっと」


 輪ゴムが飛んできてユニは反射的に避ける。が、その後の叱りからは逃れられない。


「察しが悪いぞ」

「いやそれだけでわかりますか」

「わからないのはお前だけ」

「むう」


 フォーチュンが写真をテーブルに投げる。


「そいつか?」

「ああ、こいつだ」


 写るのはピンク色の髪を後ろで束ねた少女。快活そうな印象。


「どう思う? ユニ」


 問われてユニは回答を捻り出す。


「可愛い子――うわっと」


 空き瓶の投擲を咄嗟にキャッチ。


「割れたら大変じゃないですか!」

「割れなかった」

「私が落とさなかったからですよ!」

「お前の性癖はどうでもいい」

「見た目だけじゃどうしようもないですって」

「こいつが高校生だってことはわかる」

「……高校生って?」


 聞き慣れない単語を聞き返したユニにハナカはため息を吐く。

 次に来るのは、そこからか。


「そこ――」

「からです!」

「長くなりそうだから本題に入るぞ」


 フォーチュンは何枚か追加の写真を並べた。

 その中にはオルトスと、クリスタ――。


「あの時の」


 に、よく似た金髪の少女。ユニをオルトスの元へと転移させた魔女が映っている。


「ってことは、また主戦派ですか?」

「今回はこいつらだけじゃない」


 写真は数枚ある。他のは見たこともなく、格好も馴染みのないものだ。

 それよりも目立つのは、その背景。

 都会ではあるが、都会ではない。

 ユニの、魔術師として想像するソレとかけ離れていて。しかして同質のもの。


「人間界の都市、ですか」


 つまり今回赴く場所に、ぐえーと鳴く鳥さんは無関係で。

 また、今いるこの世界まじゅつかいとも無縁の。


「チッ」


 ハナカが舌打ちする。理由はすぐ判明した。


「そうだブロッサム。ご察しの通り、日本だ」

「日本? ああ、師匠の」

「注意しなければいけないのは忍びと侍か」


 ハナカは素早く遮る。日本映画で見たことのある職業を述べて。


「だな。守護剣豪と情報隠密が厄介だ」


 と真面目な顔で同意するフォーチュン。ユニはもう騙されない。


「二人して騙そうとしても無駄です。私は常識人ですので! 現代に侍や忍者が存在しないことぐらい知ってますよ」


 陰陽術を使うそれなら魔術界にもいるが、現代日本で忍者が侍がいるとすれば、それは肩書だけであったり、或いは標本的な意味合いでのそれだ。ユニは博識である。

 が。


「剣聖以外ならどうにでもなる」

「剣聖後継が引っかかるが」

「国守についてはどうでもいい。お前はマジックハンター、特にマスケティアーズを注視していろ。……古巣だろ」

「俺はただの情報屋だぜ、ブロッサム」


 などと、二人は平然と話を進める。


「え、あれ……?」

「行くなら早い方がいい。支度しろ」

「ちょ、ちょっと待ってください、師匠!」


 二階に上がっていくハナカを、ユニは慌てて追いかける。


「踏ん張りどころだぞ、ブロッサム。過去に呑み込まれるなよ」


 二人の背中を見送って、情報屋は独りごちた。



 ※※※



 この鐘の音を聞くのは三回目。しかし、何も起きない。またもや、起きない。


「なんなんですかねえ」


 ユニは机に突っ伏した。

 何気なく標的の机に目をやる。

 こっそり中身を確認。すると、


「あ」


 二度目のキャッシュレス。響き渡る廊下を駆ける音。

 ガラリ、とドアが開いて。


「あれっ、ユニさん」

「スズネさん」


 しばし目が合い、


「……いっしょに帰りますか」

「うん、そうだね」


 昨日と同じ選択をした。



 ※※※



 弟子が今どういう状況なのか。

 ハナカには手に取るようにわかる。


(昨日と同じ)


 今、街中を散策しているハナカと同様に。

 ビールを片手に歩道を進む女性の姿は、やはりそれなりに目立っている。

 往来の真ん中で酒盛りをする人間を、日本人は好まない。

 ハナカの記憶が確かならば。しかしやはり気に留められない。

 周囲に目を凝らしながらビールを呷り、


「遅いぞ」


 悪態をついて正面のコンビニを見据える。想定よりワンテンポ遅く悲鳴が聞こえてきた。

 出てきたのは黒いバッグを握りしめる女だ。ハナカは空き缶を彼女目掛けて投擲する。


「ぐわッ、何すんご」


 ノックダウン。気絶した女からバッグを奪い取りコンビニに入店。

 青ざめたバイトの子が震えている。彼女にバッグを投げて、飲料品コーナーへ。

 商品棚から好みのビール缶を取り、


「電子マネーで」

「はっ、は――」

「悪いが急いでくれ」


 呆然自失の店員による会計が終わり、ハナカは店を出た。気絶した女性を放置してビールを飲み、監視カメラを睨み付ける。


「物は考えようか」


 ここまで事件が多いのなら、やりようはいくらでもある。


「見てるか、おい。それとも――全く、見ていないか?」



 ※※※



 夕暮れの帰り道、少女は苦悩する。


「むぅ」


 選択肢というものは、多いより少ない方がいい。

 そして、選びやすければ尚いい。

 片方の選択肢が明らかにおかしく、奇天烈で。

 選ぶわけがないと声高に言えるようなものならば。

 しかし、これは違う。この選択肢は多すぎる。

 そして、魅力的に過ぎる――。


「ユニさん、まだ悩んでるの?」

「いや、見当がつかないので」


 選択肢の宝物庫である自動販売機の前で小半時。

 お茶、コーヒー、紅茶、水などの不足時には戦争動機にすらなった定番物。

 それから、スポーツドリンク、栄養ドリンク、いちご牛乳など目的ある人々に優しい商品。

 そして、おしるこ、おでん、みそ汁などの色物枠――。


「優柔不断だねえ」

「マジコンは関係ないですから」

「マジコン?」


 ミツルが予期せぬ返しにきょとんとしている間も、ユニは唸っている。


「やはり、これでしょうか、この……シークレット缶バージョン1.26489という未知の可能性を――」

「絶対はずれだと思うんだけどなぁ」


 見本の色は真っ黒で中身が全く予想できないソレ。その未知なる可能性がユニを誘ってしょうがないが、しかし自身の危機管理機能は絶対にやばいと警鐘を鳴らしてもいる。

 つまりは、またお悩みの袋小路へと、


「いややっぱり定番を――むっ」


 迷い込む前にユニは道路の先を睨む。

 スズネも見ていた。ミツルだけが視線を自販機に向けたまま、


「うわっこっわ!」


 爆発音に驚き飛び上がる。


「まずいですね、私が行きみょ」

「みょ?」


 しばしの間。


「うわー怖いですね震えが止まりませんきゃー!」


 うっかりを阻止し、ユニはミツルに抱き着こうとする。戦いのたも知らない、ましてや銃の適切運用や、魔力剤の一気飲みなどできない哀れでひ弱で可憐な女子高生として。

 が、寸前のところでスズネが止めた。


「なんで……?」


 同性同士の肌の触れ合いには、寛容な国だとユニは記憶している。参考にしたアニメ作品がそうだった。

 アカベコー賞並みの演技を封じられたユニの前で、スズネは眼光を鋭くしている。

 戦士の目だ。しかし、ユニには違う印象も与えた。


「スズネさん……?」

「ん、ちょっと気になるから見てくるかな」


 まるで気になる店の前を通りかかった女子のような気楽さ。

 しかし表情は、言葉の軽さとは対照的で。


「おー、野次馬っちゃうか鈴音。じゃあ、僕はユニちゃんとラブラブしてるよ」

「ラブラブはダメ」


 ミツルに釘を刺し、スズネは駆け出した。


(でも……)


 ユニは鞄を意識する。魔術の使用は控えるようにハナカからは言われている。

 ここは人間界。魔術師が全く存在しないわけではないが、いたら目くじらを立てられるところ。

 だが、スズネを放っておくわけにもいかない。

 けれど、ミツルはユニの手をがっちり捕まえていた。

 表情は柔和。されど、その手には明確な意志がある。

 おふざけの一言で片づけられない意志が。


(どうすれば)


 ユニがいくつかの選択肢を前に苦悩した刹那、けたたましい駆動音と共に、一台のバイクが目の前を走り抜けた。


(あっ。ですね、わかりました。後は頼みましたよ)


 ユニは迷うことなく選択する。

 これしかない選択肢が提示されたから。



 ※※※



「爆発って。全く、勘弁して欲しいけど」


 また爆弾魔でも出たのだろうか。

 鈴音は爆心地へとこっそり近づく。


「……!」


 そして、惨状に言葉を失う。多くの人が犠牲になっている。

 アスファルトには燃えた残骸が散らばり、その合間を縫うように死体が倒れている。呻き声も聞こえた。まだ息がある人がいるのかもしれない。

 或いは、死の間際の断末魔。


「なんでこんな――」

「酷いことができるか、聞きたいって顔だな」


 突然声を掛けられて振り向く。不敵な笑みを浮かべる赤髪の男だ。

 街を歩く服装とは程遠い、赤いシャツと黒のタクティカルベストが特徴的な。


「答えは簡単だよ、少女。ビジネスさ。そこを歩く人々となんら変わらない。人間ってのは仕事という免罪符で何でもできる。目的があれば何をしてもいい」

「そんな!」

「君は可愛い子だな。ご丁寧に会話をできるとなると、やはり俺の標的は君ではないらしい。俺が相手をする奴は、そう――」


 獰猛的な笑みへと切り替えた男は近づいてくる轟音に目をやり、


「あいつのような、会話する気ゼロの奴さ!」


 バイクが突っ込んでくる。男は躊躇いなく拳銃を穿ち、バイクに跨る人物が跳躍。

 跳躍したヘルメットの男はいつの間にか銃を握りしめている。

 古めかしいリボルバーをバイク目掛けて撃ち、派手な爆発が起きた。

 男と鈴音を爆風が巻き込む。スズネが目を瞑っている間に、二人の男が肉薄していた。


「爆発には爆発で対抗ってか! 残念ながら威力が控えめだ!」


 ヘルメットの男が銃を撃つ。赤髪男はそれを避け、


「跳弾」

「なるほど、確かにお前は私の敵だ」

(戻ってきた弾丸を、避けた?)


 ヘルメットの合成音声が感心し、赤髪男も喜々としている。


「ウィザード級のガンマン――いや、お前は違うな」


 拳の応酬。スズネは竹刀を持ったまま突っ立っていることしかできない。

 殴り、防ぎ、カウンターを避け、また殴る――。

 二人の男が互いの銃をぶつけ、鍔迫り合い状態へ。


「誰にだって事情があるのはわかる。だが――」


 赤髪の男は残念そうに、


「本気を出してもらわなきゃ盛り上がらない。そうだろ」


 ヘルメット男のリボルバーを弾き飛ばし、


「なッ」


 鈴音へ銃口が向けられる。

 反応できない。

 力を展開しない状態での弾丸命中。

 どうなってしまうのか。鈴音が想像する前に。

 銃弾が放たれて、


「――え?」


 自分が無傷なことに驚く。

 そしてそれ以上の驚きは、


「私を庇って……?」


 ヘルメットの男が、自分の前で立ち塞がっていたことだ。

 銃弾がヘルメットに直撃し、割れている。

 男はヘルメットを無造作に脱ぎ捨て、その素顔が明らかになる。

 隠されていた顔は――。


「仮面?」


 灰色の仮面に覆われていた。


「よほどのシャイ、ということにしておこう。こういうのは知らない方が楽しい」


 赤髪は飄々と語り、


「知ってしまえば、殺し方などすぐに思いつく。そうだろ?」


 苛烈な閃光。スタングレネードを置き土産に、男は去っていた。


「な、何が……?」


 ようやく取り戻した視覚と聴覚で意味不明な状況を見渡す。

 その答えを知っていそうな人物は、徒歩で移動し始めていた。


「ま、待ってくださいあなたは! いえ、まずはありが――」

「気にするな、ビジネスだ」


 そう告げた瞬間、仮面の人影から煙が充満し出す。

 スタンの次はスモーク。二種類のグレネードによって、謎めいた男たちは姿を消した。


「仕事って、なんなの……?」 


 鈴音の困惑に応えぬまま。



 ※※※



「はぁー」

「ぷはぁー」


 交差するのは、ため息と歓息。

 潜入用拠点であるマンションの一室で、相変わらずハナカは呑んだくれている。


「またビールですか、師匠」

「お前の通学という無駄な時間に比べれば、かなり有意義だ」

「師匠が行けって言ったんでしょう!」


 ユニは床に落ちている缶ビールを拾う。一体何本飲んでいるのか。

 しかも、これが毎日だから驚きだ。魔術界でも酒を嗜むことはあったが、これほどまでずっと飲み続けていることはなかった。

 何か理由があるのだろうか。というユニの勘ぐりは、


「こっちはいい。すぐにビールが手に入る。おっと」

「あー何してんですか!」


 ビールを床にこぼしたハナカのせいで脳の片隅へお引越し。


「ってもう、おもらししたみたいになってますよ! いい大人が恥ずかしくないんですか!」

「これぐらいを恥と思えるならお前はまだまだ子供だぞ」

「だったら一生子どもでいますよ! ってあれ?」


 床にこぼれた黄色い液体を拭き取る最中、ユニの鼻が奇妙な匂いをかぎ取った。


「師匠、たばこ始めたんですか? 勘弁して欲しいんですけど」


 これ以上ゴミを増やされても困る。


「お前は野焼きの匂いを嗅いでたばこだと思うのか?」

「だったら、なんでこんなに煙臭いんです?」

「さてな」


 ハナカはおもむろに立ち上がる。中身が入った缶ビールを床に落として。


「ちょ、あーっ!」

「そこに置いてある資料を読んでおけ。新手が出た」

「新手……?」

「ガイ・レイシー。傭兵で今はフィクサーも兼任している。要するになんでも屋だ。私はシャワーを浴びてくる」

「どうせまた名前を間違って」


 ユニはプロファイルを一瞥し、


「合ってる……」


 赤髪の男を注視した。



 ※※※



「はぁー」


 単一の響きがバスルームを反響する。

 ため息に、そして苦悩に苛まれているのは隣人も同じだった。

 鈴音は桃色の髪を下ろして湯舟に浸かっている。


「なんなの、一体」


 疑問は尽きない。このバスタブに溢れんばかりのお湯のように多量にあり、そして常に出しっぱなしにされている。

 今、鈴音はお湯が溢れないように桶を使って別の容器に移しているような状態だ。

 いつキャパシティをオーバーしてもおかしくない。

 それに。自身の手を見つめる。


「私だけ」


 このお風呂に入っているのは自分だけ。

 彼氏いない歴=年齢ではある。だから、一人でお湯に入ることは自然だ。

 光がちょっかいを出してきたこともある。丁重にお帰り願ったが。

 だが、この手で戦うのは、自分一人だけだ。

 だから、悩んだところで答えは出ない。光は相談に乗ってくれる。

 けれど、専門家ではない。プロフェッショナルではないのだ。


「誰か……見てる?」


 天井に呟く。答えはない。


「誰か、聞いてる――」


 壁に問いかける。応答はなかった。



 ※※※




「実はばれてるんじゃ?」

「だとしたら、ふん。お前のせいだ」


 イヤーモニターに耳を傾けるユニの隣で、ハナカはビールを飲んでいる。また。

 耳の内に聞こえてくるのは、隣人のポエミーな独り言だ。いや、当人の声音的に結構真剣に悩んでいるのだろうが、盗み聞いている身からすると、恥ずかしさが体の中で這い回る。


「罪悪感半端ないんですけどこれ」

「罪悪感を友達に盗聴なんてできると思うか? さっさと絶好しろ。ぼっちのお前にはお似合いだ」

「ぼっちじゃないんですけど」

「お前はクリスタを友達だと本気で思っているのか?」

「友達ですよ……ちょっと、過干渉な」

「過干渉」


 ハナカがビールを飲もうとして固まる。


「なんでぐわー!」

「どうした?」


 悲痛な表情のユニとあまり興味なさそうなハナカ。

 ユニは苦しみながら応じる。


「大変です師匠! ダイレクトアタックです! 脳を揺さぶるほどの苛烈な精神攻撃……具体的に言うとめっちゃ下手な歌が!」

「構わない続けろ」

「そりゃそっちはノーダメでぎゃー!」


 そりゃ向こうは盗聴のことなど知ったことではない。ありふれた日常生活を謳歌しているだけだ。

 そしてこちらもこれが日常だ。日常×日常が引き起こした他愛もない悲劇。


「罪悪感は薄れそうだな」

「なんかいろんなものがどんどん濃くなってうぐわー!!」


 ユニの悲鳴は、防音仕様の部屋を反響した。




「どうしたの?」


 スズネの何気ない問いかけは、ユニのハートを容赦なく抉る。


「警報装置の音がうるさくてですね……」

「警報なんて鳴ってた?」


 スズネはきょとり。こんな可愛い子の歌声があんなに悲惨だとは。

 教室にて、お昼休みの時間。ユニはまたスズネとミツルの三人で過ごしている。

 スズネはコンビニ弁当だ。ユニは手作りのお弁当を食べている。

 ミツルはエネルギーチャージ用のゼリー飲料だった。僕の美貌を保つため、だそうだ。


「あのお姉さんが作ってくれるの?」

「は?」

「え?」


 一瞬呆けてしまう。追随して疑問符を浮かべるスズネ。

 ハナカが、弁当を、作る……?

 言いたいことはある。

 言いたいことはあった。

 とてもつもなく多く。めちゃ多く。

 けれども。


「そ、そうですね……料理上手ですからね……」

「お姉さん?」

「綺麗なお姉さんと二人暮らししてるんだよ。ちらっとしか見てないけど」

「綺麗な」


 確かに見てくれはいいかもしれないけどあの人毎日ビールを飲んでつまみを食べ漁り隙あらばぐっすり寝てゴミの片づけをこちらに押し付けて。


「ん?」

「そうですね、自慢の姉ですからね……」


 死んだ声と瞳でユニは答える。


「後で僕にも紹介してよ」

「機会があれば」


 恐らくその機会は一生来ないが。


「そういえばさー」


 ミツルの話題はころころ変わる。話し上手とはこういうことだろう。


「今日どこか出かけない?」


 彼はコミュニケーション能力が高い。本当に高い。

 ハナカであれば行くぞ、としか。

 酷い時は何も言わないで強制連行する。

 より酷い時は突然消える。


(ミツルのコミュ力はエベレスト級……!)


 何気なく友達を誘うテクニックに目を見張っていると。


「いいねミツル。たまには羽根を伸ばさないと」

「行きたいところとかあるんですか?」


 二人に訊ねる。彼女たちが何を好むのか。

 フォーチュンのデータには多少なりとも記載されているが、直接目に、耳にすることで何か見えてくるかもしれない――。


「私カラオケ行きたいなーって」

「ごちそうさまでした先に教室行ってますね!」


 カラオケという単語は、博識であるユニにはわかる。

 音響兵器と、同じ個室で。


(何も見えなくて、聞こえなくていいので!)


 脱兎の如く駆けていく。


「いや、ここが教室なんだけど」


 ミツルのツッコミが耳に届くわけもなく。



 ※※※



 鈴音はまだユニという人間をよく知らない。

 友達のように過ごしているが、まだ出会って間もない。

 だから本当に友達なのかもわからない。

 けれど、彼女が何を考えて教室を飛び出したのかはよくわかる。


「カラオケ楽しみだったんだね、うんうん。わかるよ、よくわかる」


 楽しみが胸を敷き詰めて、飛び出してしまったのだろう。

 だから、本当は。

 放課後いっしょに行きたかったのだけれど。


「手紙貰っちゃったしなぁ」


 下駄箱に入っていた謎の手紙。そこには屋上で待っていると書かれていた。

 一人で来て欲しいとも。

 何の罠かはわからない。とうとう自分の正体に気付いた何者かが、罠を張り巡らせているのかもしれない。

 しかも、最悪なことに学校の屋上だ。敵にとって最高の位置。

 周囲の人間を巻き込むことが容易。鈴音が阻止したとしても、学校生活は終了する。

 学校が大好きというわけではない。

 だが、この状況で日常が崩壊してしまえば。

 自分が一体どうなってしまうのかわからない。


(それでも行くしかない)


 竹刀を背負う。ユニにはもう帰ってもらった。

 階段を静かに上り、いざ決戦の地へ。

 夕陽が眩く煌いて。


「あなたは一体」

「あ、来てくれた? ありがとう」


 感謝を述べられて、警戒が緩む。

 おとなしそうな少年。制服に身を包んだ。

 武器は何もなくその身一つ。

 華奢な身体。緊張した面持ち。


「何が、目的?」

「目的、目的か。そうだね……」


 少年はゆっくりと近づき、


「僕の目的はたった一つだ」


 突然頭が動く。頭突きされる。

 かと思ったが、距離が遠かった。


「僕と付き合ってください、高峰さん!」

「はえ」


 硬直。理解が追いつかず。


「ずっと前から好きでした!」

「――え、ま! というか君誰!?」

「隣のクラスの竹宮です! 愛してます!」

「と言われてもごめんなさい、面識ないですし!」

「そうですね今日初めて会話しました!」

「だったら好きになる理由なんて」

「一目惚れです!」

「っ!?」 


 心臓が高鳴る。

 ひとめぼれ。

 それすなわち、自身の容姿に惹かれたということ。

 確かに。

 確かに、自警団もどきとして活動している時、誹謗の限りを尽くすクソ男たち(ごくまれに女性も)自分のことを可愛いだと綺麗だと言って、にこやかな笑顔で犯そうとしてきた。

 だから、他者から見て、惹かれる何かがあるのだ、とは思っていたが。


「ひ、ひとっ」

「高峰さん?」

「ひと、ひと、ひとめぼれとは嬉しいけれど! でもさやっぱり」

「付き合ってくれますか!?」

「ちょいとウェイト! 少し待って!」


 手を突き出して静止させると、竹宮は待ってくれた。

 優しい人、のような気がする。直感だが、悪い人ではないのは確かだ。

 だから苦心する。

 それでも、想いは強固で、一つだけで。


「ごめんなさい!」


 その想いを口に出す。頭を下げて。

 どうしたって返答はこれだけだった。


「僕じゃダメだったか。キモイから……」

「いやっ、いやそんなことはないから!」


 少なくとも見た目が悪いということはない。

 鈴音は見た目で人を判断しないようにしている。

 なぜなら、善良そうな、或いは見た目の良い人間に何度も殺されかけたからだ。

 だから、重要視するのはその内面。

 しかし鈴音は竹宮の中身を、ただの一言も知らなかった。


「ただ、よく知らない人とは……付き合えなくて」


 と言って、しまったと思う。

 これだけでは結構キツイ言葉なのでは、と。


「あ、違う、えっとね。私はその、中身を知りたくて。その人がどういう人なのかをよく――」

「いいよ」


 竹宮は静かに呟いた。


「いいよ、高峰さん。もう行っていいから」


 鈴音は一瞬迷い、


「うん……」


 屋上を後にする。

 階段を下りていく足取りは非常に重く……。


「で、どう処刑する?」

「何言ってるの光」


 素知らぬ顔で隣に並んだ友達に呆れる。


「いやだって、鈴音に告ったんだよ? 死刑じゃん」

「そんな法律ないから」

「今から作る」

「作らないで。それに断ったから」


 胸を燻る事実を声に出すが、


「いや関係なくない?」

「あるでしょうよ!」


 と突っ込みつつも、足の重さは消えていく。

 申し訳ないのは確かだ。言葉足らずだったとも思う。

 なにせ初めてのことだ。そう簡単に許してくれるとは思わないが。


「明日、謝ろう」


 説明する。光は鈴音は悪くないじゃんと言っている。

 鈴音も告白を断ってしまったことについて謝る気はない。

 だけれど、説明不足は謝罪案件だ。鬱陶しがられるかもしれないが。


(また明日)


 明日への希望を胸に、校舎の外へと一歩出て。

 ――上から何かが降ってくる。


「え?」


 ぐしゃり、と音を立てて。

 赤い物をまき散らしたそれは。

 紛れもなく、竹宮だった。

 先程鈴音が告白に応じなかった、相手だった。

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