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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター1 偶必然の前奏曲
13/20

されど私は迷うことなく

 茶髪の少女は耐えきれずに帰ってきた。あれだけ待っていろと言われたのに。

 だから、そっと玄関のドアを開ける。罪悪感を溶かすように。

 まず目に入ったのは男の人だ。

 見たことのない人。老いた魔術師。

 次に目に入ったのは、傍らに転がる。


「パパ、ママ……」

「こ奴らの娘か」


 魔術師は杖を向ける。先端に光が充填され、


「ダメッ!」


 咄嗟に入ってきた影が、少女を庇う。胸から血が迸った。


「がふ……」

「案ずるでない。これは誅罰だ。お前へのな」


 金髪の少女が胸を押さえつつ、謝罪を口にする。


「すみ、ませんでした……私が、愚かでした」

「それでよい」


 殺されると思ったが、魔術師は杖をくるりと回転させ、


「殺しはせぬ。たかだか魔力障害者。生きている方が苦しかろう」


 転移する。胸を赤く染め上げ、苦悶の表情を浮かべる少女がこちらへと向かってくる。見向きもせずに、通り抜けようとして、


「ごめんなさい、ユニ」


 謝罪をして、姿を消した。

 少女は、ユニは両親の遺体に近づく。


「やっぱり、ダメだよ。パパ、ママ。この世界は、魔術が全てなんだよ――」



 ※※※



 生憎、待ち人は全て消えた。だから耐えるとか耐えないとか。

 待っていろと言われることも、もうない。

 ユニはドアを開けて、誰もいない家へと上がり込む。

 玄関に両親は倒れていない。

 おかえりと言うこともない。

 リビングへと入る。


「どこをほっつき歩いていたんだ、弟子」


 ハナカの声が聞こえ、ソファーでくつろぐ彼女が見える。

 次の瞬間には掻き消えていた。幻聴と幻視だ。

 しかし彼女と過ごした日々は幻ではない。

 ユニは二階へと上がり、無断で武器庫にされてしまった部屋へと移動する。

 作業台に黒と灰、二丁のリボルバーを置いた。

 部屋の中に飾られている銃器をいくつか見る。

 それらは全てハナカのもの。


「怒られちゃいますね」


 だからユニは触れなかった。武器は揃っている。

 シングルアクションリボルバーの二丁拳銃。

 スコフィールドとエンフィールド。銃身を折って、弾丸を装填。

 自分の銃はもちろん、師の銃も同じように扱えた。

 ただし、ハナカより装填速度は遅い。射撃精度も悪い。

 早撃ちも劣っているだろう。


「わかってますとも」


 リボルバーの同時運用が必ずしも効果的でないことも。

 銃を二丁持てば威力が二倍になるというわけではない。

 そも、一つの銃だけで威力は十分なのだ。二丁持ちのメリットは手数が増えること。

 だが、両手は塞がってしまう。通常のガンマンならいい。それこそ、西部劇の主人公や、数多くある銃使いの映画のヒーローであればなんら問題はない。

 しかしユニは魔力剤の補給失くしてガンウィッチ足り得ないのだ。


「全部、わかってますから」


 それらを全て理解した上で、ユニはガンベルトを腰に装着した。

 銃を隠す必要はない。ショルダーホルスターの出番は次の仕事までお預けだ。

 弾薬と魔力剤をポーチに突っ込み、二つの銃を両腰のホルスターに仕舞う。


「さてと」


 勇み足で次の目的地へと向かった。その歩みに躊躇はなく。


「いらっしゃいませ」


 必要物資の補充のために訪れた店は、いつもと変わらなかった。

 マナの態度も不変だ。普段と変わらない。

 それが少しだけ胸の内に衝撃を与える。

 あの人がいなくなっても世界には微塵も影響を及ぼさない。

 それは至極当然のことだ。受け入れてもいる。

 だから、ユニはそのことを口に出さない。


「しかし丈夫ですね。向いてるかもしれません」


 マナは突然言い放ち、箱をカウンターの上に置く。


「彼女なら、一週間は寝込みますよ。センチメンタルですからね。けれど君は鋼鉄のようだ」

「鋼鉄ですか……?」


 彼女の話は唐突だが、言いたいことはわかる。いつも通り読心術に長けている。


「まぁ、だからこそ生きているんでしょう。多大なハンデを背負おうともね」

「冷たいだけじゃ?」

「いいんじゃないかな、冷たくとも。個人的には暑いのも冷たいのも、ぬるいのもウェルカムですよ」

「そこ、否定するとこじゃないんですか」

「そうかとも思いましたが、そうじゃないとも思いまして」

「どっちですか」


 ユニが新しく出会った人々は、否定して欲しい時に欲しい言葉をくれない。だが、変に気遣われるよりも嬉しかった。

 自己分析のための指標だ。

 今の自分は優しくしなくても――されなくとも、問題ない。


「これはなんです?」


 馴染みの銃弾の中に、奇妙な弾丸を一発だけ見つけて指でつまむ。


「シルバーバレット」

「黒いんですけど」

「例えですよ、例え。あなたには必要だと思いましてね」

「効果は?」

「あなたが今もっとも欲しい弾、と言えばわかるでしょう。スペックはですね――」


 説明を聞き、納得してガンベルトに弾丸を差し込んだ。

 箱の中には、ユニが欲しい物が全て詰まっていた。中身を全て魔術のポーチに移し替え、スマートフォンをデバイスに翳そうとするが、


「お友達価格、ですよ」

「でも」

「言ったでしょう? お値段はゼロ円ってことです」

「ありがとうございます」

「礼はいりません。お友達ですからね」

「友達……」

「おや? 私の早とちりということでしたら、この割引はなかったことに」

「いえ、いえ! ……ありがとう」


 今一度礼を言ってマナ武器店を後にする。

 階段を上りながらスマホをチェック。フォーチュンからメッセージが届いていた。

 そのまま進め。

 言われるまでもなくユニは階段を上り切る。


「散歩かしら、ボンクラちゃん」


 白を基調としたローブに身を包んだ友達に声を掛けられる。宝石の嵌められた杖を腰に差し、左腕には実戦用であろう金色のガントレットが輝く。


「そうですね」


 ユニは応じるとそのまま進む。クリスタは当たり前のようについてきた。


「なんでつい」

「ついて行ってるわけじゃないわ、行き先が同じなだけ」

「そう、ですか」


 ユニは歩く。クリスタも歩く。ずっと変わらないようで、永遠に変わり続けている街の中を。


「覚えてなかったわけじゃないんですよ。ただ、あまり思い出さないようにしていただけで」


 突拍子がなさそうなユニの発言の意図を、クリスタは訊き返すことなく。


「自分の心の硬質さを自覚するのが嫌だった。そうでしょう」

「私ってそんなに鋼ですかね」

「あなたは他の誰よりも鋼鉄。信念の女。ボンクラなのは魔力だけで、それ以外は完全無欠」

「私のこと嫌いなんだと思ってましたよ」


 クリスタは心外そうな顔を浮かべた。


「自意識過剰ね」

「その言葉のチョイスは合ってるんです?」

「的確よ」


 こんな風に話すこともできたのか、と。

 まじまじと思ってしまう。結構な年月を、ユニは無駄にしてきた。

 クリスタもそうだし、生き方についてもそうだ。

 魔術だけが全てではないという教えが正しいのかはまだわからない。

 そう諭した三人は同じ魔術師に殺されてしまった。

 ならば、証明をしなければならない。


「復讐ですか? それとも」


 理由を訊ねるとクリスタは素知らぬ顔で、


「私は贖罪とか復讐とか、その手のことには興味ないの」

「あー、そうかもですね」


 確かにそんなことを気にしそうな人ではない。


「でも、ならどうしてですか?」


 ユニはきょとりと訊く。クリスタは、


「一つだけ、執念とも言えるようなものがあるから」

「詳細を知りたいんですけど」

「秘密よ」

「むぅ」


 唸るが、クリスタは教えてくれそうにもない。


「へぇ、お前も散歩してるのか」


 脈略もなく掛けられた声の方向を見る。よっ、とロストが手を上げていた。

 弓を背中に。クロスボウの二丁拳銃は両腰へ。山刀も腰で煌いている。


「知り合い?」

「みたいなもの、ですかね。師匠のストーカーで」

「違うぞライバルだ!」

「確かにこれはストーカーですこと」


 ストーカーじゃないと憤慨しているが、やはりストーカーである。

 しかし彼女のストーキング相手はもういない。

 足を止めないユニに歩調を合わせ始めた。


「もしかして今度の標的は私ですか? 勘弁して欲しいんですけど」

「ふざけるなよ半人前ガンウィッチが。たまたま行き先が同じだけだ」

「本当に?」


 酷く冷えた声が聞こえてクリスタの顔を見るが、彼女はいつも通りだった。

 気のせいだろう、とロストへと視線を戻すと青ざめている。


「も、もちろんだぜ。俺も散歩の気分だったんだ……。くそっ、なんだこいつおっかねえ」


 途中から声が小さくなって聞き取れなかったが、どうやら彼女も散歩気分らしい。


「絶好の散歩日和だからな、しない手はないぜ」

「ええ」


 快晴だ。ただ、ロストがついてくればすぐに曇ってしまうだろう。


「荒れそうだけれどね」


 ベンチに座っていた女性が、ユニの推測を代弁する。

 赤毛の女性には見覚えがある。彼女の装備は前回と同じだ。


「おいおい、なんでこいつがこんなところに」

「待ち合わせよ。護衛対象と」

「ディンさん。ロストさんと――」

「ええ、実に気に食わないことに、このストーキングガールと私は知り合い」

「だからライ」

「これを」


 差し出されたのは一枚の紙きれだ。中身を読む。


『ゲート近辺 境界平原 敵数百名』

「ありがとうございます……!」

「私にウォークする暇はない。守らなきゃいけない人がいるから」

「なんだ、彼氏ができて日和ったか?」

「彼氏じゃない」

「じゃあ彼女?」

「恋人じゃないってこと。全く」


 呆れたディンはベンチから動かない。だが、いきなりワイヤーが展開し、三人の手に巻き付いた。


「それと、これはおまけ。元姉弟子からね」

「ディンさ――うわッ!」


 ユニたちは光の中に消えた。




「あーびっくりした」

「そう?」


 平原へと転移したユニと涼し気な顔のクリスタは周辺を確認する。

 ここがゲート近辺の境界広原で間違いないだろう。

 ディンには感謝してもし切れない。公的に作られた安全地帯に転移した場合、敵が網を張っている可能性が高かったが、彼女のおかげで無事に、そして速やかにたどり着けた。


「ってあれ? ロストさんは?」

「別にいいでしょう。あの人の嫌疑はまだ晴れてないわ」

「嫌疑?」


 ユニが疑問を抱いた刹那、


「あああああああ! ぐふお!」


 ロストが天から降って来て、広原に突き刺さった。顔面から。


「くそ、くそ、くそったれが! なんなんだよあいつ!」


 復活したロストがまくし立てる。だが構っている場合じゃない。


「行きましょう!」「ええ」

「おいお前ら――俺のことを気遣いやがれ! 待て、待てって!」




 敵の位置は苦労なく捕捉できた。ディンの情報と、後は敵自身の問題だ。

 人々を虐殺する気満々な魔術師たちの殺気が、魔力が立ち込めている。

 その集団から離れた場所に知っている匂いがあった。

 両親の遺体といっしょに嗅いだ匂い。

 師匠が落ちていった時、肌で感じた魔力。


「二度ほどへし折った、と思うていたが」


 草々が生い茂る緑の絨毯の上。五名の部下と共に佇む魔術師。

 そこへ三人の少女が赴く。

 因縁ある貴族の魔術師。雷を司るマジックアーチャー。

 魔力障害者のガンウィッチ。

 オルトスはこちらに気付いたが、さして気にも留めていないようだ。


「一度も折れていません」


 折れかけたことや諦めそうになった時はあったが。

 それでもこの身はここに立っている。

 オルトスはクリスタを見た。失望の眼差しで。


「反省し、更生したとばかり」

「すみませんね、おじいさま。不肖クリスタ、人生において一度も、反省などしたことはありませんので」

「それはそれでどうなんだよ」


 この件で一番の部外者であるロストが突っ込む。彼女は自然体だ。いつものことなのだろう。マジックアーチャーの仕事上では。


「お前は誰だ」

「知ってもすぐに無駄になるぜ」


 好戦的な眼を見、オルトスの視線は振出へと戻る。

 僅かばかりの興味で、言の葉を紡いだようだ。


「脆弱な身の上で、常人のように復讐か」

「復讐?」


 ユニは訝しんだ。クリスタが小さく笑う。彼女はわかっている。


「ああ、勘違いなさってますね。私、復讐とかする性質じゃないんです」


 ユニは思い返す。両親、そして師匠。

 もしかすると復讐を望んでいたかもしれない。いや、望んでないかもしれない。

 厳密にはわからない。

 ただ、ユニの知る彼らは復讐がどうとか娘に、弟子に押し付けるようなタイプではない。

 ならたぶん、復讐するなんて言ったら怒るか悲しむかするだろう。

 それは死者への冒涜だ。カッコつけて言えば。

 装飾なく吐露すれば、単に。


「お説教されたくないですしね。だから終わらせにきたんです」

「因縁をか?」

「いえいえ、依頼を。お仕事を」


 左手を帽子へ。右手を銃へ。

 そっと触れる。


「私は、ガンウィッチですから」

「無礼も、ぐあああ!」


 硝煙が漏れる。エンフィールドリボルバーの銃口から。


「この期に及んでゴム弾とは。お前ハナカよりメンタル強いだろ」


 呆れるロスト。平静なユニ。

 腕を撃たれた男が苦悶に喘ぐ。オルトスは侮蔑を込めて配下の男を見、


「ま、待って俺は――ああああああ!」

「せっかくの気遣いを無駄に」


 クリスタが肩を竦める。親族の仲間殺しに。


「お前のせいでこいつは苦しんで死んだぞ!」


 配下の女が喜々として言うが、その表情は男と同じく急変。

 そして似たような顔をして逝く。

 自らの手で部下を粛正したオルトスはようやく戦闘態勢に入る。一拍子遅れて残りの配下も動き出そうとしたが、


「悪いとも思わんぜ!」

「さようなら」


 ロストの射的とクリスタの魔術によって、頭を射抜かれ、全身を結晶化させられた。


「本隊に連絡を!」


 焦る配下が叫んだが、


「よせ。ただの小事だ。計画の遅延は許さぬ」


 オルトスに制される。配下の男は迷ってしまった。

 そして迷いや躊躇いは、


「私なら六発撃ち込める、でしたね」


 戦場での葛藤は命取り。ユニが無力化した男をしかしオルトスは殺さない。

 殺す余裕がない。

 クリスタは一切の躊躇なく家族を攻撃していた。

 そこにロストも加勢する。矢と光が入り乱れ、


「ふッ」


 その全てが圧倒的な魔力の渦で吹き飛ばされる。


「長生きしてるだけはありますわね」


 オルトスは三百年ほど生きる長命の魔術師だ。

 いわゆる典型的な魔術師。長く生きて魔力を蓄積する。

 その強大な力を持ってして、弱き者を迫害する。

 けれど。


「師匠は、師匠なら――」


 ハナカならどうだったのか?

 戦支度を整えつつ、ユニはずっと考えていた。

 ユニが一番よく知る、強い人。

 ハナカは勝ち目のない戦いに挑まない人だ。

 いや、もしかするとユニの知らないところではそうだったかもしれないが、今回はそれなりの根拠があったからだろう。

 勝てるという確信が。

 ならば、自分はどうなのだろう。


「師が負けたのだ。弟子であるお前に勝てる道理は」

「あります」


 ユニは非殺傷弾をオルトスに放つ。障壁で叩き落とされるとわかっていながら。

 そう、わかっているのだ。

 わからないことを、わかっている。


「勝てるかどうかなんて知りません。でも、なんか勝てる気がするので。というか、勝ちますから」

「不遜――」


 オルトスが魔術の光線を放ち、


「とは言い切れませんわ、おじい様」


 クリスタが光の盾を構築する。彼女の肯定は力をくれる。

 そう、無謀ではないのだ。

 オルトスはまだ本気じゃない。だが、動作の一つ一つ、戦い方の端々がユニに確信を与えている。

 本気を出していない時のハナカと、本気を出していないオルトス。

 二人の動きには明確な差異がある。得物や魔力障害者か否かという点を除去した上で。

 流れる動作で、ユニはもう一つの銃を抜く。

 スコフィールドとエンフィールドのデュエット。二つの音色の違いを、恐らくこの男は理解できない。

 ゆえに、ゴム弾を防いだ障壁が対魔弾で撃ち抜かれた事実に眉を顰める。


「転移――」


 次の瞬間には転移していた。逃げ足の速いことだ。


「その技、既に見切っておるわ」


 オルトスは得意げだが、こんなものは技ではない。ただ異なる銃弾を時間差で放っただけのもの。されど、彼ほど高位の魔術師の障壁を撃ち破ったのであれば、それはなんらかの技でなければいけないのだろう。つくづく貴族は面倒くさい。

 同時に不利な状況であることを認識する。ハナカはガンウィッチとしての戦法をいくつか披露してしまった。無論、種が割れた程度で敗北するハナカではなかったはずだ。だから師匠であれば再戦しても問題なく勝てた。

 けれど、ユニはまだその領域に辿り着いていない。


(教えを正面からぶつけるだけでは勝てない)


 ならばどうすればいい。

 ユニはクリスタと視線を交わし、


「むッ!」


 高速移動するとオルトスの背後から銃弾を見舞う。


「エンチャントか」


 当然の如く防がれた。

 単純な魔術ゆえに彼には見切られる。しかし、シンプルなものほど、露見したとしても性能を維持できる。

 この状況を生かした戦い方。三人いるなら力を合わせる。

 ハナカならどうするか、なんてことをずっと考えていてもしょうがない。

 今すべきことはユニならば。

 自分ならば、どうするかだ。


「そこだッ」

「チッ!」


 ユニがオルトスを翻弄する隙にロストがクロスボウを穿つ。オルトスは全方位にシールドを展開し、ユニが対魔弾を撃つタイミングで転移する。


(銃に反応できていない)


 絶大な魔力で防ぎ、避けているだけだ。銃弾そのものへの対処ができていない。

 銃自体は魔術を使わずとも対処できる代物だ。なのに、彼には無理。

 そこが弱点な気がする。だが、決め手に欠けるのも確かだ。


(スタンバレットは――)


 ユニは麻痺弾をオルトスに撃つが無力化されてしまう。一度喰らった攻撃に二度も引っかかるほど間抜けさを期待するだけ無駄か。


「この防御を突破できればいい。だろ?」


 どうやら同じ結論に達したロストが不敵に笑う。

 雷鳴が轟く。補充するべき紛失物は彼方にあり。

 ユニは二つの銃を中折れさせ、シリンダーから弾薬と薬莢を排出。即時装填。


「最大火力で撃ち砕くぜ! 合わせろ!」

「癪だけど――」


 クリスタも杖に魔力を込め始める。ユニはオルトスを射撃で牽制。


「低度な技で!」

「これくらいッ!」


 同時連射ではなく、交互に銃を撃つとこで時間を稼ぐ。数秒保てばそれで十分。

 やはり対魔弾には慄いている。反撃はあれど、その精度は悪く。

 威力もまばら。避けられる。

 二人の準備が整う。

 ロストが跳躍。頭上へ舞い上がり、


「お前を倒せば、俺はあいつに勝ったも同然!!」


 クリスタの加護で強化された矢を、上空から穿つ――。


「ぬううううう!」


 驚嘆足る矢の咆哮。大自然が誇る最大級の矛。

 ギリシャの主神ゼウスが如き力の切れ端をオルトスは真正面から受け止める。

 だが、人を殺すのにそれほどの苛烈さは不要だ。

 ユニはエンフィールドの狙いを定めた。ショックバレット。

 対象を気絶させる銃弾だが、使い道はほとんどない。

 訓練自体はしたが、ゴム弾で事足りたのだ。

 銃口は確実にオルトスを捉え――。


「我には届かぬ!」


 衝撃波が全てを薙ぎ払う。刹那、オルトスを至近距離で目視。

 眼前への瞬間移動。ユニへと杖が振り落とされ、


「ぐうッ!」


 ユニは弾き飛ばされる。力を纏った杖の殺人的な殴打ではなく。

 軽度な痛みの、優しい魔術によって。


「クリスタ!」


 ユニはクリスタが殴り飛ばされるのを見た。


「テメエ! ごふッ」


 空中で体勢を立て直し、瞬発的に矢を放とうとしたロストを、高濃度の魔力が貫通。


「俺の魔力障壁を、軽々と……」


 ロストが堕ちる。ぐしゃりと音を立てて、血の池を作り始めた。


「……ッ」


 クリスタ、ロスト。二人が瞬く間に戦闘不能になった。その事実がユニを追い詰め、オルトスに貴族としての自信を与える。


「本気を出せば、この程度よ」


 本当にそうだろうか。いや、そうだったのかもしれない。

 ユニは両親のことをよく知らないが、優秀な魔術師だったと認識している。

 二人が負けた。ハナカも負けた。技巧では上でも、魔術師に欠かせない要素である魔力量で、結末は決まる。

 生まれてからこの方、ずっと張り付いてきた呪いだった。

 祓うためにはこの命を絶つしかない。骨の髄どころか魂にまでこびりついた宿命。

 魔力障害者じゃなければ。

 魔力があれば。


「負けないのに……!」

「何をたわけたことを。それがお前の人生だ。惨めな末路に絶望せよ」


 杖の先端がユニへと向けられ、


「私は間違ったのでしょうか」


 宝石が光り輝き、ユニは俯いたまま、


「お前の存在そのものが罪。清算するがいい」


 光の刃が彼女を切り裂く。

 上半身と下半身に切断された肉体から多量の鮮血と臓器が漏れ出て。


 ――掻き消える。


「何?」


 左頬から流れた血をオルトスが拭う。理解が追いつかないようだ。

 光の斬撃が放たれる直前、地面に身を投げ出し、分身を構築していたユニへの。

  

「しかして魔力障害者。そんなものは自殺と違わぬ!」


 杖の狙いは殺し損ねた標的へ収着。魔力剤を飲む隙も無い。

 無理に飲もうとすれば死ぬ。

 だったら、飲まなくていい。


「死ね――ぬぐあッ!?」


 高速移動したユニはオルトスの顔面を銃で殴る。自動防御で衝撃波が生み出されたが、転移で背後に回り込み首へ腕を絡ませると上空へ投げ飛ばす。

 すかさず銃を抜き、銃撃。魔力障壁を対魔弾で撃ち抜き、無防備になったところを非殺傷弾で撃砕する。


「バカな、有り得ぬ! 魔力障害者がどのように……! まさか!」


 苦悶に呻き、空中から落着したオルトスは目を配らせた。

 這いつくばりつつも執念が失せないクリスタと、吐血しながらも闘志を燃やし続けるロストへ。


「お前に負けるくらいだったら、こいつに全部曝け出した方がマシだ!」

「私と彼女の仲なら、何一つ問題ありませんので」

「魔力供給だと!? 下賤な!」


 悪態をつくオルトスへユニは対峙する。


(流れ込んでくる――)


 魔力供給は、供給主と供給先を接続する。その全てを。

 クリスタと、ロストの気持ち。その在り方。生きてきた道なり。

 ロストはハナカと出会って、人生に新しい目標ができた。それから彼女なりの努力を続け、その正しさを知るためにハナカと勝負をし続けた。


「なれどその魔力、持て余すだけだ!」


 オルトスは光線をユニに放つ。ユニはスコフィールドリボルバーの銃身で受け、そのまま左後方へ流した。過去が頭の中で走り抜ける。


『おい、なんだよその銃! 対魔術コーティングされてんのか! 卑怯だぞ!』


 悔しがるロスト。銃をスピンさせながらハナカはほくそ笑む。


『単純な攻撃は強力だが、受け流しやすい。このようにな』

「また師匠に負けたんですね。ロストさんらしい」


 記憶の濁流に応じながら、ユニは二つの銃を撃発。

 オルトスは当然の如く避けたが、


「跳弾も時戻しも体験済みよ! むおッ!?」 


 二度も戻ってくる銃弾は未経験だったようだ。弾を魔術で殴り壊し、


「おぐッ!」


 本命のゴム弾を頭に受ける。しかしまだ立っている。


「頑丈ですね、思ったよりも」

「借り物の力で、粋がるとは!」


 広範囲の爆発。ユニは魔力障壁で防ぐ。

 爆風の中から岩石が飛来してくる。ユニは魔術で強化した銃で応戦。

 オートリロード。薬莢を消滅させ、シリンダー内へ弾丸を転移。

 二丁のリボルバーは、岩石を撃ち漏らさず。

 突撃するオルトスとの接近戦へ移行する。

 杖を銃で弾き、拳を右腕で防ぎ、蹴りを身体を反らして躱す。

 オルトスは速度、威力、手数が徐々に上昇。

 反面、ユニは全てにおいて劣り始めた。技術は上だがそれ以外の部分で押され出す。


(二人が……!)


 クリスタもロストも満身創痍。魔力供給も永遠には続かない。

 防御を貫き打撃を受け、繰り出された至近光弾により、ハナカのリボルバーを左横に吹き飛ばされてしまう。


「お前の両親も! お前の師も! 私には勝てなかった! ゆえに――!」

「負けてないッ!!」


 空間を振動させるほどの絶叫をしたのは、重傷を負っているはずのクリスタ。


「負けてなどいない! あなたの両親も、師匠も! 勝てなかったのには理由がある!」


 杖と拳による格闘の最中、記憶の洪水にユニは呑まれる。


『その子は貴殿の血族であろう?』


 聞き覚えのある声が目の前からした。見覚えのある背中が見えた。

 オルトスの前に対峙するのは両親だ。どちらもユニが見たことのない顔をしている。

 怒っている。オルトスに。

 彼の前にはまた見たことのある少女がいる。幼き頃のクリスタが。


「それがどうした? こ奴は自らの役目も理解せず、魔術貴族のなんたるかを理解せず、お前たちのような低俗な貴族崩れと戯れていた」

「ユスタフ」


 母親マリーが緊迫した声で父親ユスタフを呼ぶ。彼女は心配している。

 自分たちを? 否。

 クリスタのことを案じている。死の淵に立たされてなお。


「肉親に杖を向けるとは。救いようのない男だ」

「だとすればどうする? 私を殺すかね? 然らば、子孫にもその責を取ってもらおう。私ほどの大魔術師が滅ぶきっかけを作ってしまったのだからな」


 ユスタフは本気で怒っている。両親が負けたなんて嘘だ。

 ユニの目にはそう映った。夫婦なら確実に、いや、片方だけでも倒すことができた。両親は本当に強かったのだ。

 だが、倒せる力を持ちながらも、その怒気が消失する。

 それよりも大切な物があると、娘に伝えるかのように。


「その子の方が大切だ」


 ユスタフは杖を投げ捨てた。マリーも躊躇いなく追従する。


「その子は娘の、友達なのでね」


 幼きクリスタの前で。

 ユニの前で。

 両親は光弾に身体を貫かれた。


「狙いは――!」


 現実に戻ったユニはオルトスの接近戦が陽動だと気付く。

 両親も師匠も負けていない。

 勝つことを放棄しただけだ。より大切な物を守るために。

 彼の勝ち方は卑怯極まれり。人質を取り、強敵を無力化し、勝利を譲らせる。


「悟られたか! しかし!」


 迂回して浮上していた岩石が二人の命を奪うよりも早く、ユニは転移魔術を遠隔展開。二人を安全地帯へ移動させ、強化魔術による銃撃でオルトスを下がらせる。

 銃身を折り、左手をガンベルトへ。黒の弾丸を指で弾きシリンダーでキャッチ。

 銃身を戻し、シリンダーを回転。撃鉄を起こし反応が僅かに遅れたオルトスへ照準を合わせ、


「うッ」


 眩暈を起こす。頭痛が鳴り響き、視界が灰色に。

 耐えていた痛みが全身を襲い、身体の力が抜けていく。


「供給元を転移させたのは愚かの一言。見殺しにして勝てばよかったものを」


 本来のステータスに戻ったユニの身体は、魔力不足によるショック症状を引き起こしている。

 勝つためには、仕事を終わらせるためには魔力剤を摂取するしかない。

 しかしそれでは撃ち勝てず。

 避けられず、防げず、受け流せず。

 けれど、それしかないのならば。

 飲むしか、ない。

 意を決してユニは手を伸ばす。


「これが正常である。死ぬがいい」


 杖から光弾が発射された。

 ユニは目を逸らさず魔力剤を口に運び。

 聞き慣れた(スコフィールドの)音色じゅうせいが聞こえて、光弾が砕かれる。

 魔力剤を投げ捨て、エンフィールドリボルバーの引き金を引いた。

 黒の弾丸が命中したオルトスは、小さく呻く。すかさず次弾でユニを粉砕しようとし、


「なん……」


 不発に終わった事実に狼狽する。


「バカな……私に何をした……」

「マジックデストロイヤー、だそうです」


 この弾はね、どうしても殺人を忌避する人に贈る私からのプレゼント。

 きっと満足してくれるでしょう。言うならば、魔力障害者を人為的に作るためのものです。

 あなたにこそふさわしいと、心から思いますよ。半人前のガンウィッチさん?


「命中した対象の魔力器官だけを破壊する効果がある、とか。ですから、あまり魔術を使わない方がいいですよ。どうなっちゃうかは私、よく知ってますから」

「バカな、私は! 私は貴族! 三百年を生きた上級魔術師! これより人間などという矮小で愚鈍な存在を支配し、世界を統制するための聖戦を始める……偉大な!」

「肩書はあなたを守ってくれませんよ?」

「ふざけるなぁ!! 私はぁ!」


 オルトスは喚いている。されど、状況は変わらない。マナ特製の銃弾の威力は絶大だった。半信半疑だったが、後で謝っておこうとすら思う。


「さぁ早く逃げてください。仕事は終わりましたから」

「私を捨て置くだと!? お前は!」


 ユニはため息を吐いた。早く家に帰ってシャワーを浴びたい気分だ。

 いろいろしたいこと、しなきゃいけないことはたくさんある……。


「たかだか」

「……!」


 絶句するオルトスに、ユニは告げた。ここまで言う気はなかったけれど。

 言わなければ逃げそうにもないから、仕方ない。


「たかだか魔力障害者。生きている方が苦しいでしょう」

「後悔させてやるぞ……!」

「どうぞご自由に」


 憤怒の表情を浮かべてオルトスは消えた。この後、魔力不足で苦しめられることだろう。

 ユニは清々しい顔で息を吐き出し、


「あれっ」


 ふらり、と身体をよろめかせた。

 どうしたって無茶だったのだ。この戦い方は。

 糸が切れた人形のようになりかけて、


「全く。私がいないとダメだな、お前は」


 何かに抱き留められた。


「あれ……? ああ――」


 後ろから、優しく。白髪が混じった灰の髪。整った顔。男物の灰コート。

 始めてあった時と違うのは、頭に被さっているはずの、帽子がないこと。


「師匠……お疲れ様です。幽霊になってまで、私を助けに来たんですか?」


 ダメージでぐちゃぐちゃになった脳と身体が夢幻を見せているのだろうか。

 あちこちが痛く、頭からも出血している。

 或いは、一足早めのお迎えだろうか。まだ死ぬには早いような気がするけれど。


「常日頃から頭が悪い奴だと思っていたが、ここに極まれり、だな。誰がお前の身体を支えてやっている? 誰が、オルトスの光弾を撃ち抜いたんだ?」

「え……?」


 頭がじんわりと。じっくりと暖気されていき、


「師匠……師匠!!」

 

 脳内で確信と不信が殴り合いをしている。だが、瞬時に。

 不信な気持ちへ確信する心がアッパーカットを決めた。

 ようやく理解する。この温もりを、現実だと把握する。


「生きて、生きてたんですか!?」

「私はガンウィッチだぞ。対策は常に施してある」


 と言いつつも目を逸らしている。何か隠したいことがあるようだ。


「本当は、マジで死にかけたんじゃないんですか?」

「そんなことはない。この通り、元気……いたっ」

「痛がってますが」

「それより、いつまで被っているつもりだ?」

「図星ですね……あっと」


 ハナカは強引にユニの頭から帽子を取り、被った。


「えへへ」

「やはりマゾヒストか。帽子を取られて喜ぶとは」

「その帽子が一番似合うのは、やっぱり師匠ですよ。それに、二丁拳銃も私には合いません」


 笑顔笑顔。ユニの笑みの花は満開だ。


「なんかちょっとキモいぞ。疲れてるのか?」

「かもしれません……それよりも嬉しくって! 嬉しさが爆発してます!」

「バカ、抱き着くな――うわっ!」


 くるりとターンしたユニはハナカを押し倒す形になる。パリン、と何かが割れた音がした。


「魔力剤が割れたぞバカ」

「別にいいじゃないですかー」

「いいわけあるか! 私は転移してお前を支えたんだ。距離が短いからまだ魔力残量に余裕があるが……最後の一本だったんだぞ!」


 あのクソ犬め、また行方をくらまして……と恨み節を述べているが、ユニは気にならない。

 死んだと思った人が生きていた。

 それがこれほど喜ばしいことだとは知らなかった。興奮気味にまくし立てる。


「私の前から立ち去る人は多かったんです。でも、師匠は違いました! あなたは私にとって初めての……特別な人ですっ!」

「おいくそ! よもや変な気を起こしていないだろうな!?」

「どんな気ですか? わかりません!」

「とにかく――っ!? おい、一刻も早く私の上からどけ」


 ハナカの声音から一切の余裕が消える。不思議に思うがだからどうした、とばかりにユニは初めて生きて戻って来てくれた人の感触を、生きている証を確かめ続ける。

 彼女は知らない。その後ろで二人の魔術師が戻ってきたことを。


「どけ、速やかにどけ! どかないと銃を撃つぞ! 私は本気だ!」

「やだなぁ、師匠。いつも脈略もなく銃を撃つ人が。一体どうしたんです?」


 恐怖に震えるロストの隣に、この世のものとは思えない形相をするクリスタがいることを。


「師匠、生きててくれて、ありがとうー!」

「このマジコン! ま、待てクリスタ。お前とこいつは大親友だろう? つまりだ、この行為には何の意味もなく――。と、ところでだユニ! 気になることがあるな?」

「あっ、そうでした!」


 ユニのボンクラ頭はようやく働き出す。ガンウィッチとしての依頼は、オルトスを倒して万事解決にはならない。

 また途中なのだ。ハナカから離れ、リボルバーを抜く。


「急いで敵の部隊を!」

「まぁ落ち着け。特にクリスタ。お前は一番落ち着け」

「クリスタ?」


 ユニは背後を振り返る。が、クリスタはいつも通りだ。ロストが絶望に染まっている理由はさっぱりわからない。


「とにかくだ。……そっちについては、問題ない」


 ハナカは複雑な表情を見せた。

 確信し安堵しながらも、納得せず、悔しがっているような。



 ※※※




 死屍累々。

 大量の屍が転がっている。

 ある者は頭を射抜かれ、またある者は心の臓を撃ち抜かれ。

 別の者は首をへし折られて、ナイフで喉元を掻き切られた者もいた。


「我らが、ただのガンウィザードに……! ごぉ」


 最後の一人が撃ち殺される。立っているのはただ一人の男。

 拳銃のスライドが開いている。敵の力量と弾の数は一致していた。


「終わったか? アレクサンドロス」


 空中で優雅に本を読んでいた女性が、ゆっくりと降下してくる。


「あいつら次第とも言えるが」


 エレメナに応じたアレックスは瞳に映るゲート――その先にいるであろう者たちを恐れることなく直視する。


「それについては問題ないと思うぜ」


 と語るはフォーチュン。いつの間にか貴族連中の死体漁りに勤しんでいた。


「たったひとりの、それも魔術師ですらない人間に無双されるような連中による侵略未遂。戦争する理由にしちゃあ弱すぎる。まぁ、お前をただの人間扱いしていいかはほとほと疑問なんだが」

「俺はただの人だ」

「ウィザード級っていう評価は人間から見たそれだ。魔術師から見れば当然、それ以上の――おっと」


 携帯が鳴り響き、フォーチュンが肉球で画面をタップする。


「奴らがっかりして帰っていくぜ。問題はなさそうだ。当面は」

「種火は他にもある」

「というより、もっといいのが。今回のは予行演習みたいなもんじゃないか?」

「過激派というのは理解に苦しむ。戦争するのがそんなにいいのか?」


 エレメナはつまらなそうだ。彼女にとっては魔術が全て。

 余分なことに費やす時間はない。


「さてな。案外、趣味って奴も混じってそうだ」


 ここまで意固地にも戦争をしたいとなると、やはりそういう趣向の奴も存在する。


「ならば理解できるが」

「いや理解できるんかい」


 フォーチュンが突っ込んでいる。一番アレな理由だろうに、と。


「けれどエレメナ。お前だってあいつにご執心じゃないか。死にかけたと知ると一目散に駆け付けるとは」

「弟子の面倒を見るのは師匠の務めだ。不本意ながら、私はあいつの師だからな」

「とか言いながらも――おっと、ナイフを向けるな。本当にそっくりだなおい」

「それは間違いない」


 アレックスは不敵に笑う。

 至らない部分も多いが、彼女なりに努力している。

 やがていつかは気付くだろう。

 既に一人前だということに。


「俺は仕事に戻る。来るか?」

「私は研究がある」


 エレメナは別れも告げずに去った。必要となればまた現れる。


「俺はお目付け役だからな」

「ハナカのか?」

「ああ。ハナカと、半人前のガンウィッチのな」


 フォーチュンも転移した。アレックスも立ち去る。

 そこに誰かがいたのなら、姿を消したように見えただろう。



 ※※※



「まぁやっぱり負けちゃうよねー」


 肉親の訃報を聞いても、少女は入浴を楽しんでいた。


「そしてやっぱり、全滅っちゃうよねー。うんうん」


 明白な結果に手を貸しただけでも褒められるべきだ。

 一石二鳥でお得! という理由だったとしても。


「でもこれは予想外だったかも」


 自慢の金髪をふわりとなびかせる。湯舟から覗く足を軽く振った。


「ゴミ従妹ならともかく、魔力障害者に負けるって。まぁ実力的にクソ雑魚だったからしょうがないよね、おじい様」


 本を閉じる。ぱたりと。水晶玉を目の前に浮遊させ、そこに映る少女を見る。


「けど、思った以上に少なかったな。戦争を止めようとする人。したくないは大勢だけど、阻止をするのはごく僅か。これは朗報。実に良き」


 桃髪の少女に杖を合わせた。


「じゃあ、本命で燃やしちゃおう。戦争ってのはさー、心がワクワクするからね!」


 クラリス・フォン・アロンダイトは、胸を躍らせる。

 夢見る少女のように。地獄の業火を待ちわびて。



 ※※※



「助けに来てくれたんじゃないんですか?」

「仕事を終わらせに来ただけだ。くそ……!」


 互いに支え合いながら二人のガンウィッチは進む。クリスタに家の近くまで送ってもらったのはいいものの、彼女はすぐにいなくなってしまった。まるで自分といっしょにいると不幸になる、とでも言いたげに。


「寄っていけばよかったのに」

「正気か? あの女と一つ屋根の下で過ごしてみろ。きっととんでもないことが起きる」

「どんなことです?」


 きょとりと問う。ハナカはため息。


「体調が万全なら」

「撃ってるところですか? 酷い師匠です」

「朗らかな顔で言うんじゃない」


 ハナカはなぜか少し引いている。けれど、身体は支え合ったままだ。

 互いに満身創痍。一刻も早く家に帰って眠りたい。

 ようやく玄関の前までたどり着く。

 ハナカに支えられて、ドアノブを捻る。


「ただいまです!」


 おかえり、という声が聞こえた気がする。

 ユニは笑顔で。

 ハナカも、珍しい顔を浮かべて。

 ガンウィッチたちは仕事を終える。

 そしてすぐにでも、新しい依頼が舞い込んできて。

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