わかるようで、わからないような
「レポートに文句はない。けれど、少しだけ聞きたいことがあるわ」
「手短に頼む」
裏路地の静かな感覚を、クリスタは気に入っていた。
ぶっきらぼうに応じるボンクラさんは、最近いささか不機嫌だった。その理由をクリスタは知っている。
クリスタとしても、このままだんまりは困った。恐れをなして震えているのは、少しの間はいいことだが、だからといって引きこもられるのは面倒だ。
「弟子は彼女で何人目?」
変な間があった後、ハナカが口を開いた。
「何を言っているかわからんな。弟子はあいつが初めてで――」
「あらそう。で、何人目」
「……百五十三人目」
「天才的ね」
そんなに逃げられているとは。
「お前に言われたくはない! お前とあいつの関係性を見れば」
「大親友」
「どうして、どうして……そんな自信満々に答えられる?」
「事実なので」
クリスタにしてみれば、どうしてそのような問いが紡がれたのかわからない。花の魔術結晶を見ながらこれは花の魔術結晶なのかと問うてるようなもの。
「弟子の育成論が完璧かどうかはともかく、あなたについては心配していない。これは回避しようのない道で、だからこそ、私にできるのは道を整えることのみ」
「本当に必要なことか?」
試すようにガンウィッチは訊く。クリスタは即答できた。
「必要なことよ」
確信があって、行っている。哀れな思い込みや復讐心などではない。
復讐という単語に引っ付きがちな言葉は、復讐をすれば前に進めるという肯定的なものと、復讐は何も生まないという否定的な言文の二つだ。
しかしクリスタはどちらにも該当しない。
――冗談でしょう。復讐程度で満たされるとは。
「復讐如きでは何も生めない」
「わかった」
依頼主に返答し、ガンウィッチはどこかへ消えた。
※※※
柔らかな感触で、自身がベッドに寝かせられているのは理解できた。
だが、それ以上の感触が形勢不利だと自覚させる。
全身にワイヤーが巻き付けられている。
そして身体が鈍重だ。これは鋼糸の影響ではない。
魔力不足が原因だと、ユニはとてもよく知っている。
「ガンウィッチ……」
ユニを負かした女性の声が近くから聞こえる。しかし目を開けるのも億劫だった。こうして耳で音を拾っているだけでも、脳でその意味を解きほぐすことにも疲れる。
「異端の魔女がどうしてここに」
コトン、コトン、と何かが並べられている音が聞こえる。馴染みの音も。
エンフィールドリボルバーのシリンダーを回している。
「六連発。古い古い。あの人の銃よりはマシみたいだけど、同じくらいオールドね」
「ちゃんと対人用途もあったんだね。いかがわしいおもちゃじゃなくて」
「モノリス」
ため息が聞こえた。
「殺しちゃうの?」
「どうしようかしら」
違う音が鳴る。マガジンを装填し、スライドを引く音。ガバメントの音楽。
「待ってディン。その人は悪い人じゃないと思う。ただの変態」
「へんたい、ではないです。私、は――」
声音を捻り出す。誤解だけは解かなければならない。
もし自分が殺されるとしても、それは敵でなければならない。
誤解で殺されるのだけは御免だった。
小さな笑い声が響く。
「弾がゴム弾の時点でわかってはいたわ。どちらかというとこれは気の迷いの部類」
「発情しちゃった?」
「物事をそういう方向で考えるのはおよしなさい」
モノリスのピンクな合いの手を軽くあしらい、ディンと呼ばれた女性はユニの元へ近づいてくる。
そして鋼糸の拘束を外した。口に瓶口が突っ込まれる。
「むっぐ」
「やっぱりおっぱじめてる」
「速やかに飲みなさい。あの子の誤解をスピーディに解きたいから」
「ふ、ふぁい」
喉を懸命に動かし、ムセないように、自らの肉体へ魔力を装填した。
「――で?」
復活したユニへと投げかける簡略的すぎる問い。
師匠みたいだ、と思わざるを得ない。
そしてそれは、
「これじゃあの人みたいね。名前は?」
「ユニです」
共通認識だったらしい。
「じゃあ、ユニ。あなたの目的はなんとなく察せられるけど、そうね――」
「ねぇ。あなたが噂のガンウィザード?」
ディンの言葉を上書きしたモノリスの質問で、
「それは大師匠」
二人の言葉が重なる。ユニとディンは顔を見合わせる。
モノリスは興味津々だ。
「息ぴったり。身体の相性良さそう」
「どこが」「ですか!」
「また合った。狩人と獲物はどっちかな」
「シャラップ、モノリス。……その子は放っておきなさい。それで?」
「私の目的は情報を引き出すことです」
「この前来たあの間抜けさんたちね」
「知ってるんですね」
ユニに競り勝った元ガンウィッチだ。護衛対象の元に訪れた怪しい客のことは当然覚えているだろう。
「知ってるわ。それだけだけどね」
「教えては?」
「もしあなたがただのウィッチなら無償で。或いは、別の流派のガンウィッチであれば。けれど、ハナカ流じゃダメ」
「どうしてですか?」
「どうしてだと思う?」
「師匠が嫌い、なんですか?」
「そんな幼稚な理由で拒否する人間だと思われているのかしらね」
「ごめんな――」
「幼稚な理由で拒否るよディンは」
謝罪しようとしたユニの口が止まり、代わりに視線がモノリスへ注がれる。
「モノリスっ」
「嘘吐いたって身体は正直」
「いいでしょう、認めるわ。確かに私はあの人が嫌い」
「なぜですか」
「聞けばなんでも答えてあげると? 見ず知らずのあなたに?」
「いえ、それは――」
「ディンは全部言う」
「モノリ」
「最終的に全部脱ぐんだから、ここで抵抗しても意味ないって」
「脱ぐんですか……?」
「脱がないわよ! 全く、駆け引きっていうものがわからないのかしら!」
ディンは立腹したが、モノリスを追い出すことはない。気心の知れた怒りだ。
丁度、ハナカとユニのような。いや、あれに比べたら可愛い。断然。
「いいわよ、そうね、言いましょう」
観念したようにディンは赤髪を手で払い、
「あの人はクズ」
「はい」
「じゃない、バカで」
「ええ」
「でなくて、粗暴」
「あー」
「……少しは否定したらどうなの。いい表現が見つからない私もナンセンスだけど」
「いやだって、まぁ」
そう思われても仕方ない風に振る舞っているのは確かで。
「クズだともバカだとも粗暴だとも思いませんけど、勘違いされても仕方がないっていうか」
「勘違いされることはないわ。あの人、外面は完璧だから」
「そうですかね……?」
「それに、あの程度でクズだとは呼べないわよ?」
「それもわかってます」
むしろ魔術師の中では聖人寄りの方だ。ところどころ異論を挟めたくなるが。
「私があの人のことを嫌いなのは」
ディンはため息を吐いた。とても、大きな。
「肝心な時に、信用できないからよ」
反論したくても難しい回答と共に。
※※※
「ビールが飲みたい」
仰向けに倒れ呻く敵の頭を蹴り飛ばして、ハナカは夜の街を移動する。
敵は取るに足らないものだった。本命は別にいるのではないかと勘繰りたくなるほどの。いや、勘ぐってはない。
確信している。
「こっちにはいない」
しかし増援はないだろう。
ハナカに対しては。
「バカ弟子……」
イヤーモニターをオンにし音声を取得するが、聞こえるのは雑音のみ。
「何してる」
単眼鏡を娼館へと向け、
「全く!」
夜の街を駆ける。屋上を伝いながら。
※※※
「どうして移動を?」
ユニは問いかける。夜の街、淫靡なひと時を楽しむために多くの魔術師や魔女が訪れる地区を移動しながら。
「若年性認知症なのかしら?」
「いえ……」
師匠みたいな言い返しで、ユニは先程告げられた言葉を思い返す。
ハナカが信用できない。そうディンは理由を説明した。
肝心な時にという言葉を添えて。
しかしユニにはその感覚がわからない。
今のところ、ハナカには全幅……とまで言い切れるかは不明だが、信頼を置いている。
「不満げね」
「不満があるわけじゃ……ただ、よくわからないだけで」
「詳しく説明してあげたいところだけど」
「ふぎゃ」
ディンが立ち止まったせいでモノリスが悲鳴をこぼす。
ユニも気づいた。殺気が路地を充満している。
「低級には低級、か。狙い通りではあるわね」
鋼糸が周囲に展開。ユニもエンフィールドを引き抜く。
騎士然とした鎧を着込む緑髪の少女が見える。大きな盾と槍だ。
「殺し屋ね」
「その通り」
少女騎士は所持している槍をこれ見よがしに掲げた。
「ボンジュール、哀れな子ネズミ共。この選ばれし槍で――」
敵が名乗りを上げている中、ディンは動く。騎士に対してワイヤーを放つのではなく、後部上方に向けてガバメントを撃つ。
悲鳴と共に矢がモノリスの足元に突き刺さった。
「セコイ手ね、全く」
「囮口上!」
敵の狙いはモノリス。弓矢による狙撃で端的に片づけようとしたのだろう。
作戦が失敗しても囮の騎士は逃げず、顔を青ざめることもない。
「いいさ、こっちの方が好きだしッ!」
「戦好みとはエクセレント!」
ディンは背後に立つモノリスを蹴飛ばした。周辺の建物を貫通して矢の雨が降り注ぐ。
「仕事しなさい、ガンウィッチ!」
「わかりましたよ!」
ユニは矢の放たれた方角にゴム弾を放つ。透過魔術を組み合わせた銃撃で何人かダウンさせたが、残りは移動している。
魔力剤を口に運びながら、耳を澄ます。
魔術による物理法則の改変、その瞬間に漏れる音色を聞く。
「そこッ!」
リコシェバレットによる跳弾射撃は、障害物過多な街並みを、理想的な戦場へと変化させる。家屋の影に隠れても無意味。足を撃ち抜かれた敵は悶絶。
「不殺主義はいいけど、合わせないわよ!」
耳に届くのはワイヤーで首の骨が折られる音だ。建物の後ろでこそこそしていた敵は全て死ぬか気絶している。
だがやはり、少女騎士は不敵だ。なんとなくハナカを彷彿とさせるが、しかし師匠はきちんと計算に裏付けされた笑みを浮かべている。
対してこの騎士は、
「えらく自信があるようだけど、根拠はないわね」
「戦いに計算は不要だしッ!」
ようやく騎士が動く。単調の一言な動作で。
槍と盾を前面に構えた突撃。当然、ユニとディンは応戦する。
ユニはガンウィッチらしく銃で。
ディンは元ガンウィッチらしく鋼糸魔術を使った。
だがゴム弾は盾で阻まれる。跳弾をしても対象が移動し続けているゆえ当たらない。ハナカなら当てられたが。
ディンのワイヤーも奇妙なことに無効化された。突進中は何らかの加護が働いているらしい。単純ゆえに強力。加護を剥がす術式を編む前に敵の到達の方が迅速。
「チッ!」
ディンは両腕で受け止めた。盾をがっしりホールドするが、すぐに押され始める。
槍使いの目的は盾による体当たりではなく、槍による刺突である。
槍は即座にディンの鎧を貫こうとし、
「やッ!」
ユニが寸前で柄を掴む。
「どうだ我が突貫は! 見惚れるでしょ!」
「脳筋は嫌いよッ、あなたはッ」
「私もですッ! 立ち位置チェンジしませんか!?」
槍と盾、どちらが危険かは一目瞭然。しかしディンは苦り切った顔で、
「冗談! あのくだらないダジャレはできるかしら!?」
「師匠っぽい!」
「ええい、あれよあれ! 日本の武術と――」
「銃を掛け合わせた! 銃道ですねいけます!」
そう応じた瞬間、ディンはほんの僅かに盾ごと少女騎士を持ち上げた。
ユニもすかさず槍の柄を引き騎士の右腕を掴んで背負う。
日本の武術で言うなら背負い投げ。
地面に投げ飛ばされた騎士の眉間には、銃が突きつけられている。二人分の。
「師匠が考えたんですかね」
息を切らしつつ呟く。同程度に息が荒いディンは呼吸を整え、
「知らないの? あれの発案者はアレックスよ」
「あー、そうだったんです?」
「あなたに伝えていないことがたくさんあるみたいね」
汗を拭いにやりと笑うディンにユニは反論できない。お尻を擦りながら近づいてきたモノリスが、降参のポーズをしている少女騎士を見下ろす。
「くっ殺せって言うのやる?」
「そんなことしないわよ」
「生きられるのならいいよ」
意外と乗り気だった少女騎士は、結構いい性格をしているらしい。ユニとしては、今まで相対したクソ野郎たちよりも好感が持てた。発言がアレではあるが。
「幸いここはアフロディーテ地区だし。ほら、犯すならどうぞ」
「実はそれ目当てで仕事してるとか言わないでしょうね」
「まさかまさか。ただ幸運だとは思ってる。嫌そうな顔して強姦されれば殺されなくて済むし。最高だし。美少女に生まれて本当によかった」
「フランス系がみんなこんなんじゃないことを祈るわ」
にこやかに犯せと言ってくる騎士の前で頭を抱えるディン。それに追い打ちを掛けるように、興奮してるの? と訊ねるモノリス。
「えーっと、くっ殺せ? の代わりにあなたの素性とか教えてくれると助かります」
「なんだ、燃えてきたのに。我が名は――」
「コルシマだ」
「そうそうコルシマ……って違う違う我が名はテスで」
というコルシマ……もといテスのノリツッコミで気付く。
が、ディンの方がワンテンポ速い。ホルスターからガバメントを抜き、
「チッ!」
すぐさま銃声が響く。自動拳銃のものではない。
「銃で私に勝とうとは。お前は昔からそういう奴だ」
「言ってくれるわね、元師匠……!」
右手を押さえるディンが、撃ち落された拳銃を一瞥。
が、既にワイヤーは対象を囲うように展開され――。
「負け、ね」
光の粒子となって掻き消える。
憎々しげな視線を向けた。
すなわち、元師匠へと。ハナカがリボルバーを軽く振る。
「魔術よりも銃の方が早い」
「例外はたくさんあるけれどね」
「かもな。で、今はどうなんだ?」
「相も変わらず古臭い銃ね」
ディンは言葉に詰まることなく話題を変える。手慣れているのだ。
「お前の銃だって第一次世界大戦育ちだ。数十年の違いでしかない」
それは結構な違いではないだろうか。ユニの心のツッコミは、
「赤ん坊と親ぐらい違うわよ」
ディンが代弁してくれる。
「情報は?」
ハナカもまた何もないようにスルーした。
「まだです」
「あなたに聞かせるつもりはない。今度は何を企んでいるのかしらね」
「何か企んでる……?」
ユニはハナカを見たが、やはりポーカーフェイスだ。
「私は常に企んでるぞ。仕事を円滑にこなすために」
「私が言いたいのはそういうことじゃない。そして、それはあなたの元から去った多くの弟子が証人になってくれるでしょう」
「そんなに多いんです?」
「どうでもいいことを気にするな」
「いや大事なことなんですが」
自分の師匠がブラック企業レベルかどうかは是非とも知りたい。
ただ、ユニはその願いが叶わないことも知っている。
「そうやって反発するだけが取り柄の元弟子は、ふん、そこの低ランクの殺し屋程度に苦戦したな」
「ちょっとちょっと、私は低ランクなんかじゃ」
「そこの低レベルキラーはどうでもいいでしょう」
ディンにすら低級呼ばわりされる殺し屋テス。少し哀れに思えてくる。
「ディンはハッスルしすぎ」
「師匠もちょっと落ち着いてください」
このまま口喧嘩を続けられてはたまったものではない。仲裁に乗り出すユニとモノリスだが、
「お前は黙ってろ!」
息ぴったりに黙らされる。
「聞いてた通り。こっちも相性抜群」
「どこが」「なんだ!」
「まさかの狩人が二人。激しい殺し合いになりそう」
狩人という単語が何を意味するのかは考えないことにする。
再び過去のあれこれを持ち出そうとする両名の前で、バカにされかつ冷たい石床に寝かされたままの他称低級殺し屋さんが口を開く。
「あー、お嬢さん方ちょっとよろしい? 私は確かに君たちを殺そうとして、今寝転がってる。おかげで鎧の新調ができなかったし。まぁ別にさ、それはいいんだ。くっころプレイが始まると思ったけどそんなこともないし。……何が言いたいかというと、君たちを狙っている敵は私だけじゃない――」
テスの言葉が呼び水になったかのように。
突如として隕石が落着した。
「大丈夫ですか!」
ユニは安否を確認する。そして、自身が守った対象がにこやかに、
「いやー犯されないだけじゃなく命まで救われるとは。殺し屋から救われ屋に改名しないといけないし」
「あほなことは師匠だけで十分ですから!」
「聞こえてるぞ弟子」
イラついた声で言う師匠。当然無事だ。
「ったく、ハナカといるとろくなことがない」
「隕石プレイとか初めて……」
ディンとモノリスも案の定。あの状況下で最適な判断を下すことができた。
この清々しさすら覚える少女騎士を見殺しにしたくはない。
「呆けてる暇があったらこれを使え」
ハナカがディンにガバメントを投げ渡す。元弟子の銃をきちんと回収していたのだ。
「礼は言わな――」
発砲音。ディンの謝罪は上書きされる。しかしディンは驚かない。つまらなそうに邪魔者の死体を見るだけだ。
「転移魔術で逃げようかしら」
「特殊性癖へ気軽に手を出すと痛い目つくよ」
「いいから下がって。ターゲットはあなたよ」
ディンの警告を聞いたテスが気楽な様子で、
「私狙いではないし、逃げてもいいかな」
「ダメですよ、どうせなら手伝ってください!」
「まぁ救われ屋から殺し屋に戻るためにゃ仕方ないか」
テスはユニたちから数歩離れ、魔術で槍と盾を手元に戻す。
そして、槍を掲げた。
「ボンジュール、諸君! 今からこのそこらへんで買った安物槍で――」
奇天烈な名乗りのせいで周辺に集う敵の視線がテスへと固まる。
その瞬間に三者三様の銃声が轟いた。
リボルバー、リボルバー、オートマチック。
銃声は細やかに異なり、大雑把には同様だ。
死体、死体、生体と、敵がダウンしていく。
隕石で穴が開いた通路の両端から敵の集団が駆け込んできた。
槍や剣、弓、杖。
銃を使う魔術師はいない。
「後ろは任せる」
前方の敵を睨むハナカの期待に応えるべく、ユニは後方へ振り向いた。
隣にはテス。
背後では意外なものを見る目でディンがハナカの隣にいる。
即席の四角陣形。
「テスさん!」
「私がやることって言ったらこれだし!」
言葉を交わす前にテスは突撃した。が、思いのほかやりやすいことに気付く。
テスは突撃しかしない。なら、それをカバーするように銃撃をすればいい。
一目で相性の良い組み合わせを見抜いたのか、はたまたただの偶然か。
ハナカならどちらも有り得そうで困る。
突撃で弾き飛ばされた敵をゴム弾で気絶させる。対応できそうな敵は先制射撃。
ユニの方に攻撃は滅多に飛んでこず、放たれたとしても避ける。モノリスに命中しそうな魔術は撃ち落した。炎、氷、雷、風。四大元素でバリエーション豊かにしても、対魔術弾の前では無意味だ。
このように狭い路地でのテスは猛威だった。改めて、協力背負い投げという選択肢が正しかったことを知る。
「隕石落としの実行犯はどこかしら!」
ディンが怒鳴る。今一番の脅威は脈略もなく隕石を飛ばしてきた魔術師だ。
しかし、連発してこないところを見るとそう易々と使えるものではないらしい。
「充填中なはずだ!」
「魔力精製中?」
モノリスに対するスルー力が急成長中。わかる人にはわかる卑猥な隠語である。
「きっと隠れてますよね!」
「そこだ」
跳弾か、障壁透過か、転移弾か。
いずれにせよ結果は一つ。ユニが索敵を始めた瞬間にハナカは標的を撃ち抜いている。
「終わったの?」
モノリスがひょこりとディンの方へ歩み寄る。
「まだうじゃってるでしょ! あなたは――」
下がってなさい、とディンは言いたかったのだろう。
だがそれよりも先に何かが光り、
「んなッ――」
慄くモノリスが石床に倒れる。鮮血と共に。
「大丈夫ですか!」
フォーメーションが乱れるのもお構いなしにユニは叫んだ。
「かすり傷だ。気にするな」
モノリスを庇い、右肩を軽く負傷したハナカへ。小さな隕石が掠ったのだ。
「くそッ、あの隕石使いめ。蘇生術式でも組み込んでいたか?」
どうやら殺したはずの隕石使いが復活したらしい。それでも珍しいことだ。
いや、初めてと言ってもいい。
「師匠……!」
ハナカが怪我したことなど。
「お前は私の母親か? 敵に集中していろ。低級がピンチだぞ」
言われてテスが敵の触手中に落ちていることに気付く。魔術弾を装填、炎で燃やし拘束を解いた。
「まずいわね」
ディンが危惧した。ワイヤーで敵を貫きながら。
「お前もか。どう考えたって優勢――」
「違うわ。その子」
敵に集中しろとお達しを受けたが、気になって背後を見る。
モノリスの顔に少量の血がついていた。もちろんハナカの血だ。
ハナカが押し倒した時についたようだ。
「それがなんだ?」
「はぁ……ほどほどにね」
諦観するディンの謎を解き明かす前に。
猛然と状況は動く。ぎょっとするほどの笑い声と共に。
「最高! サイコー! 血! 血だよ血! ねぇ、血液!」
「ええ……」
周囲の時が止まる。味方の血で突然狂乱した混血少女に理解が追いついていないのだ。テスだけは構わず突撃しているが。
突然すくりとモノリスが立ち上がる。服を突き破って黒い翼が生え、
「ヒャッホオオオオウ!」
光の速度で敵に絡みつくとその喉元に食らいついた。
「なんなんだあいつは」
これまた珍しくハナカが戸惑っている。
「調査不足ね。仕方ないけど。流石のフォーチュンも性癖まで調べ……てはいるわね。また意図的に抜かれたのかしらね」
「性癖って、え?」
困惑するユニ。思考が追いつかない。そうしている合間にもモノリスは敵の首へと噛みついている。
「あの子ね、血で興奮するの」
「サキュバスじゃなくてヴァンパイアの間違いなんじゃ」
「あの子の言葉を借りるなら、特殊性癖の変態、かしら。ヴァンパイアが血を補充するのは生存のために必要な行為だけど、あの子のあれは全く無意味だもの」
「だったら娼婦なんかやらなくても……っていうか、護衛も必要なかったんじゃ」
「血で興奮するのがはしたないから嫌、らしいわよ。娼館は隠れるのに最適だから」
「ちょっと何言ってるかわかりませんね」
人殺しが嫌とかではなく恥ずかしいからとは。
「あの子で遊ぼうとしたお金持ちや貴族は例外なく代償を支払っている。娼館の経営者も、買い手が娼婦に殺されるなんて予想してなかったでしょう。逆なら安売りできるくらいあることだけど」
いっただきまーす! という元気のよい挨拶と共に、隕石使いの首元から噴水のように血が噴き出した。一応、人肉を喰らっているわけではないから、狼人間と勘違いすることはなさそうだ。本当に美味しそうに血を啜っている。無邪気な笑顔。
狩られる獲物とは対照的に。
「あの子が一番狩人じゃないですか」
「一体何事? もう私の突撃タイムは終わり?」
手持無沙汰になったテスが他人事のように訊ねる。
ヴァンパイアなサキュバスのおかげで、襲撃は瞬く間に幕を閉じた。
「はー、ごちそうさま! 禁欲した後のコレは最高! いつもの数倍は気持ちいい! そして」
満面の笑みで告げるモノリスの顔は、
「自己嫌悪感も倍増……はぁ……私の自制心の無さはマジックコケッコ並み……」
鬱々としたものへと切り替わる。賢人めいた彼女に付き合っている暇はない。
「そろそろ本題に入っても?」
「……君たち三人で仲睦まじくすることだっけ?」
「違いますから!」
テスは既にいない。この恩は一生忘れないように心がけるよ! と鼻歌混じりに去って行った。たぶんもう覚えていないだろうが、悪い気がしないのは本当に不思議だ。
「冗談。話すから。裸見られた後に隠しても仕方ないし」
ようやく情報が得られる。そう安堵しかかったユニの前へ、ハナカが割り込んだ。
「ここでは盗聴の恐れがある。後で私に直接――」
「今ここで言いなさい」
ディンが上書きする。またもや不穏な空気が漂う。
「それとも、彼女が信用できないのかしら? 自慢の弟子が」
「ユニを自慢しようとは思わない。これっぽっちも」
さりげなくディスられるのはいつものことだが。
いつもと異なるのは、それ以上ハナカが口を挟まなかったことだ。
「さっきの写真の連中は、人間嫌いの過激派。主戦論者。近々戦争を仕掛けるって。同志と共に人間界へ侵攻するって言ってた」
「そんな大規模な組織なんです?」
それほど大きな組織ならもっと目立っていそうだが。
「規模の大小はどうでもいい。そして、実際にできるかどうかも。成功の可否に関わらず、連中を止めるのがクライアントの意向だ」
「あのワルキューレも暇ね。聖女なんて呼ばれるだけはあるわ」
ディンはまたユニが知らないことを呟く。
「それに……。いや」
ハナカはユニから目を逸らす。モノリスに手ぶりで先を促した。
「たぶん、聞きたいのは目的じゃなくて居場所。でしょ? 当時で一週間後って言ってたから、今日を含めると後四日。その前日に嘆きの滝で集会を開くって」
「前日に集会、か」
ハナカは顎に手を当てる。何か閃いたようだった。
「その集会を襲撃します?」
「いや、敵の裏を掻く。襲撃は敵が殺気立った時だ」
奇異なことは三度ある。ハナカは珍妙なことに計画を教えてくれた。
今までは唐突だったのに。
「私はフォーチュンと、そしてクライアントと話を詰める。お前は先に帰って夕飯を作っておけ」
「納豆パスタですね、了解です」
ハナカは転移術式で消えた。恐らく、ワルキューレとやらに会いに。
「信用しているのね」
「はい」
ユニは即答できる。言いたいことはたくさんあるけれど。
知りたいことも山ほどあるけれど。
「ふん。さっきのを思い出して」
「え? モノリスさんのアレ?」
「はう」
両頬に手を当てるモノリス。
「そっちじゃない。その原因。あの人被弾したでしょ。天下無双のガンウィッチが」
「師匠だって被弾することはある……んじゃないですか? 護衛任務好きじゃないみたいですし」
「護衛は不利な仕事よ。不利だから、という理由で被弾していたのなら、あの子もあなたも、そして私もとっくにハチの巣よ」
「ハチミツプレイ」
ディンはユニだけを直視している。
「もし被弾するとしたら。攻撃を喰らうとするならば、それは強敵。いえ、あの人の言葉を借りれば本当の意味での敵、かしらね。有利不利の話ではなく、強いか弱いか、そして賢いか愚かかの話になる」
「それはそうですが」
不利という理由だけでダメージを受けていたらガンウィッチという職業は成立しない。ユニもハナカも魔力障害者。不利が基本だ。
「なのにあの人は被弾したわね」
「蘇生が予想外だったのでは」
「リザレクションなんて珍しいことじゃない。敵が蘇っても対処できる技術をあの人は会得してる。レシーブは得意でしょ」
レシーブショット。ハナカは敵の攻撃を撃ち落すだけではなく、撃ち返せる。もし撃ち返せないのなら、逸らすことも。
「隕石でしたし、撃ち返せなかったのでは」
「だとしても、逸らすことはできた。だって私はできたもの」
「でも間に合ってな――」
「口答えしない」
「はい」
気を取り直したディンがユニを指した。
「あなた」
「は、はっ?」
「原因はあなたよ。あの人はむかつくけど、有能なのは間違いない。光の速さで状況分析し、気付いたのでしょう。逸らせばあなたに当たると」
「そう、ですか……」
「あなたはあの人を信用している。それは間違いないでしょう。けれどね」
踵を返すディン。モノリスがとことこついていく。
「あの人はあなたを信用していない。覚えておくことね」
ユニに悩みの種を残して、立ち去った。
長い夜が明け、陽が昇り出す――。