潜入は衝撃と共に
「アウディートを始末したぐらいで喜ぶな。あいつはただ詠唱が早いだけだ」
「マドルックですよ、師匠」
相変わらず敵の名前を覚えられない師匠の悪癖。治る様子はない。
まだ弟子入りして数か月の自分に治せるとも思っていないが。
ユニの前で、師匠は食事している。もはや馴染みとなった光景だ。
「でも、そろそろ私も一人前のガンウィッチと」
「半人前」
名乗っていいんじゃないですか? という言葉すら言わせてくれない。
そんな師匠がパスタを啜る姿を見つめる。苦笑しつつ。
充実している。
幼い頃に夢想していた姿とは違う。
同じ食卓に並ぶ人影の数は少なく、また想像よりも小さいけれど。
「今度はどんな相手ですかね」
「食事中に次の殺しを想起するとは、恐ろしい快楽殺人者だな」
「そんなんじゃないですって。自分の手が綺麗だとは言いませんが」
直接的な殺人は忌避しているが、間接的には関わっている。だから、自分自身がクリーンだと言い張るつもりはない。殺人処女だとは言い難い。
「汚い手で作ったのか?」
「そういうことじゃないですってば」
これが素で言っているなら可愛くもあるが、ハナカは承知した上での発言なので、厄介なこと極まりない。もうすっかり慣れてしまったが。
「お前は標的じゃなくて、自分のことを考えるべきだ」
フォークがユニの顔に向けられる。銃よりはましだ。
「考えてますよ」
「車の事故が起こりやすい時期はわかるか?」
「初心者――」
「慣れた頃だ」
「油断するなってこと、ですか」
「もっと早く察するべきだが」
ハナカのスマートフォンが鳴り響く。ユニも反射的に自分の携帯の画面を眺めたが、何の変化もなかった。
「師匠?」
ハナカは残りのパスタを急いで啜ると、水を飲み干して立ち上がる。
「納豆パスタ」
「は?」
「次は納豆パスタを作れ。料理があまり上手くないお前でも簡単だ」
「え、え? 納豆ってなんですか」
「自分で調べろマジコン」
「マジコンは関係ないでしょう! って、どこに行くんですか? 師匠!」
ユニを置いてハナカは部屋を出て行く。慌ててその背中を追うがハナカの姿は消えていた。
「転移魔術……?」
あれほど無駄だと嫌っていたのに。
いや、ハナカが嫌っていたのは無駄な魔術だ。
つまりこれは、必要だったから行われた転移だという証左だった。
「師匠……もう」
ため息を吐いて部屋に戻る。空っぽのお皿を回収し台所へもっていこうとしたところで、飾ってある写真が目に入った。
「困っちゃいますよ……あなたたちならどうしたんですかね、父さん、母さん」
確実に答えをくれたであろう二人は、とっくの昔に殺された。
※※※
「ここ半年、ろくな動きはなかったはずだが」
「実際、なかったぜ。しびれを切らした、というわけだ」
「まぁ、動いてくれた方がこちらとしては嬉しいが」
こちらから手を出せない相手は好きではない。とある経験のせいで、ハナカは待つのが大の苦手だ。
フォーチュンが鼻を鳴らす。
「連中……というか、奴はあの男が来るんじゃないかとドキドキしてたわけだが、とうとう来ないんで動いちゃってもいいと判断したんだろう」
「つまり私は舐められてる」
いい傾向ではある。侮られるということは心理的優位に立っているということだ。
舐めている敵と、備えている敵。どちらが苦戦するかは言うまでもない。
「お前が噂のガンウィザードではないと気付いたってことだぜ、ブロッサム」
「私はガンウィッチだし、あいつもガンウィザードじゃない」
「外にでも出ない限り、優れた銃使いと当たることなんてほぼないからな。だから、こっちでセコイことをしている魔術師は銃に対する耐性がない」
「カテラは違かった」
「珍しいな、お前が覚えているなんて。ま、確かにあいつは珍しいタイプだ。外での戦いを知らないなりに、即座に対応できた。今回の奴は、どうだかな」
「対応できてようやくちゃんとした敵に格上げだ。どちらでも問題ない」
肉球によってテーブルに出されたのは、マークがついた地図と一枚の写真だった。
幸薄そうな少女が死んだ目をしている。
「とりあえず、だ。お前たちには一人の少女を救ってもらいたい。下級魔術師が生き残るために止むを得ず身体を売るのはよくある話だが……この子がことさら不憫なのは、運悪く連中の計画を聞いてしまったことだな」
「他愛もないな」
早速目的地に向かおうとするハナカだが、
「俺はお前たちと言ったぜ、ブロッサム」
「……もちろん、弟子は連れて行く」
間のある返答に、フォーチュンは難色吠えをする。
「まさかお前、一人でやろうなんて思ってないよな」
「そんなことはない」
「言っておくが、俺は情報屋だ。ご存知の通り。だから、戦いはしないぞ。俺がしたいと心から思わなければな」
「お前を戦力として当てにしたことはない。私は一人前のガンウィッチだ」
ハナカは退室する。情報を得た以上、フォーチュンとの会話は無意味だ。
「ったく、お前は昔から、そういう奴だ」
フォーチュンの小言も、当然ながら聞こえない。
※※※
「それで、どこ行ってたんですか?」
仕事だ、ついてこいと言われ魔術師で溢れる街を歩く道すがらユニの投げかけた質問に、師匠は当然の如く応じた。
「地球だ」
「あの」
当たり前のように誤魔化す。ハナカにとっては息をするのと同じことだ。
ガンウィッチが銃を撃つぐらいには自然なこと。
「目的地について聞かないのか」
「いやだって向かってますし」
目的の地区には既に入っている。ユニにとっては見慣れない服装の男女が闊歩し、あちらこちらで客引きをしたり、妖艶に踊っていた。
傍を歩いていた貴族然とした少女と、路上で座り込んでいた裸に近い少年とのやり取りが聞こえてくる。購入するつもりらしい。
「アフロディーテ地区……」
「その調子ではそのうちとうがらしになるな」
「とうがらしってなんなんです……」
娼婦や男娼ばかりのこの街に来る魔術師の目的は二つ。
性愛魔術の探求か、快楽目的かのどちらかだ。
しかして遊ぶ側は恵まれているが、遊ばれている側も同様だとは限らない。
総数で言えば、不幸な境遇の魔術師が最後に訪れる場所という意味合いの方が強くなる。
実際、ユニも逃げ場の候補として考えたことがある。
「エロい目できょろきょろするな」
「そんな目してませんってば」
「お前が発情している間についたぞ」
ハナカが指し示した建物は、桃色と黄金に彩られた如何にもな娼館だった。淫欲な空気感を肌で感じる。当然、性愛魔術やそういう気分にする香り、薬品もふんだんに使われているのだろう。
軽度なものだが、魔力耐性がない者だとその気がなくてもそういう風になってしまうかもしれない。
「言っておくが、お前に渡した護符は外部からの淫気は防ぐが、内部からのそれには効果がないからな」
「だから大丈夫ですって」
ユニは早速単眼鏡で中身を確認する。無論、場所が場所だけに見えない空間が存在するが、それと同時によく見えるスペースも存在した。
一つは露出癖がある魔術師御用達の部屋。
もう一つは、男娼や娼婦が待機している小部屋だ。身長や体重、性器の大きさ、顔、大まかな性格、魔術傾向や魔力量、人種などが事細かに脳内へ直接流れ込んでくる。
「えっと、混血、混血……ケンタウロスじゃない……いた、サキュバスとの混血!」
「指名は入ってないようだな」
「はい。あまり人気じゃないようです。行為にも消極的で、そういう……なんていうんですか」
「放置がお好みな奴にすら見放される」
「そうですね。だから、彼女を指名するのは物好きな人だけ」
「それと、秘密の会話をしたい人間。あの男がそんなに怖いか」
「それってもしかして」
「では、潜入しろ」
「は?」
ぽかんと口が開いてしまうのは、その段取りが寝耳に水だったからだ。
「潜入って、え? は?」
「潜入という単語を知らないとは思わなかったが」
「違いますよ! どうして――」
「お前は今から放置プレイ好きだが金がなく、しかし性欲が漲っていてどうしようもない変態だ。一日に自慰を三回はしないと気が済まない処女。純潔を捧げるためにおっかなびっくりやってきた同性愛傾向強めのマジコン」
すらすらと並べられる単語の羅列に頭痛がしてくる。変態チックな設定もそうだが、ガンウィッチになってから、これほど本格的な潜入などやったことがない。
「潜入なんてしなくなって……! 魔術でどうにかすれば」
「ここまで来ると劣等感を通り越して本質だな、マジコン。魔力はどうする」
その問いに対する用意は、ずっと昔からあった。今までは実現不可能だったが、今ならやってやれないことはない。
「誰かに魔力供給してもらうとかすれば」
ユニの画期的かつ究極的な解決策を、
「やはりお前は淫乱だ。そんなことをしなくても十分通用する」
ハナカはわかり辛く否定する。呆れつつ。
「なんでですか! 私は」
ハナカのため息が聞こえた。ユニの肩を掴んで引き寄せ、
「お前は方法を思いついても実践しようとは考えなかったんだろ。魔力供給を頼める相手がいないぼっちだから。なら、教えてやろう。他者から魔力を継続的に補給するのはセックスするのと同じだ」
「なぜですか! また騙そうたってそうは問屋が卸しませんよ!」
すぐに性交に結び付けようとするハナカの方が淫乱なのではないかというユニの気持ちに蓋をするように、ハナカは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「他者と繋がり、何かを得るということは必然、他のものも取り込むことになる。望むものの他に、望まないものまでも。魔力といっしょに流れ込むのは記憶や心、思考だ。つまり、自らの全てを曝け出すこと。セックスするのと、大差ないだろう?」
魔力供給は裸になって恥ずかしい部分を繋ぎ合わせるのと同等のこと。
ようやく合点がいく。結局、この解決策は机上の空論のままなのだ。
それほどまでに信頼できる人物は、ユニにはいない。
「他者から無理矢理奪うなら、この限りではないが。魔力障害者がそんなことをしても、どっちにしろ蓄積できない。私たちには魔力剤しかない。わかったらさっさと行け」
「……わかりましたよ」
ユニの意見が両断されてしまった今、選択肢は一つしかない。
「やってやりますから! 見事に、淫乱処女を演じきってみせますから!!」
「くそ、だから一人が良かったんだ」
ハナカの独り言には気付かず堂々と、娼館へと足を進めた。
※※※
「思考は似る、か」
ハナカとユニの境遇は似ているようでかなり異なっている。箇条書きにすればマッチするところもあるが、詳細に経歴を整理していけば大きな差があることは瞭然。
しかし、数少ない共通点が、師と弟子に同じ考えを付与することもある。
ハナカも、かつては考えたことがある。他者からの魔力供給。
しかしそのハードルは高い。ハナカにそのような相手はいない。
「さて……」
ハナカは手近な家屋の上に登ると、そこに置いておいたケースからライフルを取り出した。
リーエンフィールドライフルのマナカスタム版。イギリス人が愛してやまないこの銃は、マナの手によって現代戦にも通用するような改造が施されている。
木目の銃身を握り、ダブルカラムマガジンを給弾口へセット。押し込み、ボルトを引いて装填完了。
スコープはついていない。代わりに片眼鏡を右眼に取り付ける。これもマナの工房が作り上げた最新式だった。工房主が大好きな科学と魔術のハイブリットだ。
娼館へと目を向ける。単眼鏡と同じく透過し、緊張しているユニの顔を捉えた。
音声がイヤーモニターから流れてくる。
『あ、あの、私……むらむらしちゃって、ですね、その』
「そういうアピールはしなくていい」
受付に発情してますと言ったところで笑われるだけだ。娼館とはその情念を解消するために訪れる場所なのだから。
『で、でもお金はなくて、ですね。ですから、安い子をお願いしたい……』
『男性ですか、女性ですか。それとも、両方ですか』
『じょ、女性、で……』
「キモイぞ弟子」
エントランスで口ごもる挙動不審な弟子は、誰がどうみても引っ込み思案な天才だ。あれを演技でやっているとしたら役者になれそうだが、実際はテンパっているだけである。
『外から、商品は閲覧されましたでしょうか。もしそうでないのなら――』
『見ました! ばっちり! それで、好みの子を見つけましてっ』
「好きな物を前に興奮するオタクか」
ハナカの呟きは届かない。ユニの一存に任せてある。
『ご指名ですか。でしたら、お名前を――』
『モラリスちゃんで! おねがいしゃーす!』
「何してる」
興奮気味の弟子の姿は面白さを通り越して呆れるしかない。
その大声のおかげで、空気感に変化があった。エントランスで客を誘惑する踊り子たちが制止し、常連とみられる客も奇異な眼差しを向けている。
「目立たないための潜入なんだが」
ハナカのぼやきは聞こえない。ハナカは銃の狙いをつけた。
弟子の頭部に。あの頭を吹き飛ばしてやりたい。一応ゴム弾は持ってきている。今からでもあのお馬鹿な頭に非殺傷弾をぶち込み気絶させて、当惑する受付に弟子の間抜けさを謝罪し、そのお詫びとしてモラリスを年単位で購入した方が手っ取り早いのではないか……。
『お客様、よろしいのでしょうか。あの子は確かに格安ですが、その分……』
『いいですいいです放っておかれるのとか大好きなんで! ご褒美でして! むしろこんなに安くていいのかと小一時間くらいあなたといっしょに語り合いたいくらいでして!』
弟子に気圧された受付は、ユニへ魔術で作られた鍵を渡した。
『念のため、ですが。当館では商品を殺した場合は、その商品の価値に合わせた罰金を支払っていただきますので』
『大丈夫です大丈夫、大丈夫……むしろこれから私が殺されちゃいますよ! 冷たい視線が楽しみー!』
「くそ」
もはや悪態しか出てこない。さてどう動くかと思案始めたユニは片眼鏡に表示される地図に現れた赤い光で眉を顰めた。
「まさか……あの犬め! またやったな!」
ハナカは赤丸の集団が接近する方角へと移動を始める。
敵を足止めするために。
※※※
「これは人間界の……なんでしたっけ? アカデム、アネデミっ、アカベコ……えっと……なんとか賞ものの演技ですよ!」
ハナカが聞いているはずなので、ユニはしたり顔で言い放つ。最初こそ乗り気じゃなかったが、ここまでうまくいくのなら、才能があるのかもしれない。
もしガンウィッチを辞めざるを得ない状況になったら、次は役者になろう。
そう密やかに決意したユニを恐る恐る見つめる眼差しが一つ。
「モラリスさん、そんな端っこにいないで、こっち来てくださいよ」
ふるふる、と黒髪の少女の首が横に振られる。なんで怯えているのかがユニにはわからない。
「どうしたん――」
「君のような変態は初めて。相手できる自信ない……」
「あー、いえいえ! 私は変態じゃないから安心してください! 何もしませんから」
「変態はそう言いながら、やることは結局変態なの」
「いえですから……。はい、私の正体を明かしますとですね」
「実はフランス革命で暗躍した小説家兼魔術師であるマルキド・サドの再来だったり……?」
「違いますって。サドって誰です? まぁいいや。私はガンウィッチです」
「ガンウィッチ……? ガンウィザードじゃなく?」
「その間違い、私の師匠が聞くとものすごーく起こりますから、注意してくださいね。何度頭を撃たれたり、腹を殴られたりしたことか」
「サドだと思ったらマゾだ……やはり変態」
「でーすーかーら! もう、警戒するのは仕方ありませんけどね」
ユニは椅子に座った。銃を取り出して見せつける。
「ほら、これでガンウィッチで」
「それを私のどこに突っ込む気」
「そんなことしないですから! っていうかよくそんな発想できますね……」
「じゃあ自分の――」
「信じるかどうかの前に、とりあえず話だけ聞いてください」
「う、うん……」
モラリスはようやく席に着く。ユニはため息を吐くと、写真を二枚取り出した。
「写真……珍しい」
「ですよね。でもこれの方が魔力を使わなくていいですから」
「もしかして、魔力障害?」
「もしかしてあなたもですか?」
「違う。私は普通。サキュバスとの混血以外は」
「ふぅん」
「詳しく聞かないの?」
「ちょっとは調べてありますし。あ、もちろん変な意味ではなくてですね」
「ストーカー癖のある変態だとは思ってた」
「なんかもういちいち否定するの面倒くさくなってきましたよ。私は自分のことで精いっぱいですから、他の人のことなんて気にする余裕がないんです。師匠のこと以外は」
「……君、いい人だね」
「で、本題に入りたいので、一度師匠と連絡を取ります。師匠、聞いてます? 師匠? おーい」
イヤーモニターをこんこんと叩く。
お前のことだから私に頼ろうとするな? それはダメだ。だから、通信はこちらが必要だと思ったら行う。
そう言って一方通行状態にされたイヤーモニターからは、返答どころか音が一切しない。電源が切られている。
「えーっと?」
「やはり特殊性癖持ち……」
「違いますって」
「無垢を演じるド変態。ここまで徹底した人は初めてだけど。そんなに淫魔としたいの?」
「あなたがサキュバスかどうかなんてどうでもいいんですって。わかるでしょ? まだわかりません?」
「……わかってるけど」
モラリスの視線からは敵意は感じないが、躊躇いが未だ燻っている。
「私、本当はこんなことしたくない。だから本当は同じ空間に人がいるのも嫌。けれど、あなたからは邪念を感じない。淫魔の混血を味見に来た貴族とは違う。けれど……確信が持てない。だからこそ、逆に怪しい。身体目的でない、しかも戦いを生業にする魔女がこの場に来て、何を望むの?」
「この人たちが来ましたね?」
仕方なくユニは本題へ移った。モラリスがよく写真を観察する。
「来た」
「身体目当てじゃない客」
「そう。私のことを放置して話をしてた」
「聞こえましたか?」
こくり、とモラリスは頷く。
「盗み聞きする気はなかったけれど……私は普通の人間よりも耳がいいの。そして、夢魔だから、夢で状況を再構築するのにも長けている。厄介なことに無意識でね。私の血が、この情報が重要だと訴えていた。だから夢で何度も同じシチュエーションを再現し、一度聞いた会話を、何度も記憶の本棚で反復させた。だから……」
「一語一句違わず?」
「完璧に覚えているよ、うん。インパクト強めだったし」
「教えてくれます?」
「そうしたい、とは思う」
含みのある言い方を、ユニは訝しむ。こういう時は大抵何かある。
「できない理由があります?」
「私は、混血。普通のサキュバスはインキュバスと表裏一体。性別はなく、様々な性の人間に対応できる。男も女も同性愛者も。対応できないのは性認識が存在しない人ぐらい」
「それは」
「だけど、私は人の血が混じって、中途半端。性別は女性に固定され、性愛魔術も不得意。セックスだけじゃ生きていけないし、そもそも私はしたくない」
「どういう風に繋がるんです?」
「昔は他人を信じてた。でも、やっぱり私に接する人間はそういう目で見てくる。私は自分が自分じゃなくなるのが怖くて、忌避しているのに。だから私は対策することにした。他人を安易に信じる私の心にセーフティを設けることで」
「セーフティ……」
「それが私」
背後に気配を感じて、ユニは反射的に横っ飛びした。自分に対する攻撃がモラリスに当たることを避けるためだったが、幸か不幸か攻撃はユニが避けた方向へと放たれた。
ワイヤーがユニを拘束しようとする。ユニはそれを巧みに躱し、銃を抜き撃ちした。
ゴム弾では、ワイヤーを撃ち抜くことはできない。展開している本体も。
「銃……たまさかだとは思うけど」
赤毛の強気な顔をする女性だった。いわゆる魔術師のローブや、貴族の豪奢な衣服ではなく、極めて実戦的な服装だ。胴体を魔術的プロテクトが掛けられた鎧で覆い、ガントレットを装備している。魔術礼装は手袋だ。
つまり、銃で撃ち落すことはできない。外の世界でのやり手を意識した装備。
「たまさかッ」
「ガンウィッチ、なんて言わないわよね!」
鋼糸が空間から表出する。ユニは部屋の中を走り回り、ゴム弾を女性へと穿つ。女性の意識を少しでも防御に割き、その隙にできた隙間を縫って、女性へと切迫する。
ゴム弾といっしょに一発だけ実弾を装填して、駆ける。ファニングショットで一直線に銃を穿ち、
「避けたッ!?」
「スタンバレット……!」
最後に装填された本命を避けられたことを知る。が女性は咄嗟に躱したためバランスを僅かに崩した。一発だけリボルバーにゴム弾を滑り込ませ、肉薄。
ワイヤーがユニに巻き付く前に銃口を女性の眉間に突きつけ――。
「ッ!?」
同じように、突きつけられたソレに驚愕する。
「銃!?」
その銀色に輝く銃を、ユニは見分けられた。ユニが使うエンフィールドリボルバーとは機構が異なる拳銃。
ガバメントのクロームモデル。四十五口径の自動拳銃。
「私の勝ちね、リトルガンウィッチ」
「引き分け、じゃないですか」
「魔力障害者であるあなたは、後少し待っていれば勝手に倒れるわ」
「……あなたは、ガンウィッチ?」
「違うわね。ただ、これが便利だから使っているだけ。ガンウィザードは少ないだけで探せばいる。狩場や標的が被らないように配慮し合っているけどね。けれど……その銃はシングルアクションでしょう?」
「そう、ですが……」
息が荒くなってくる。身体が震え始め、頭痛がしてきた。魔力剤を飲まなければならないが、今飲めば、ユニの頭部に銃口と同程度の大きさの穴が開く。
「だったら、やはり、たまさか」
「たま、さか……」
「ガンウィッチハナカ。あなたの師匠。そして、かつての私の師よ」
「う、そ……だ」
身体に力が入らなくなり、カーペットの上へと崩れ落ちた。
ハナカの元弟子を名乗る女性を見上げながら。




