お前が代わりに書くんだよ!
始めましての方は、はじめまして。
ご無沙汰の方はご無沙汰しておりました。
それでは対戦よろしくお願いします。
「あー!!!!どなたか私の代わりに書いてくれませんかしらっ!!!」
都心から電車で1時間ちょい。周りにあるのは住宅街と森だらけ。都内と言えどもそのためそこそこのキャンパスの規模を誇る我が東甲大学には、敷地内に2つの部室棟が存在している。
僕がこの大学に入学する前年に完成したらしい新棟と、このキャンパスの建設と共に同時に作られた築30年近いと言われている旧棟。
そんな旧棟の一角。床に敷かれている畳も、それを囲う壁もボロボロの我が部室で、僕は彼女の悲痛な叫びを耳にしたのだった。
「こんにちは燦然寺さん」
「呑気な声上げてる場合ではありませんわ松野君!これは……死活問題ですのっ!」
そういいながら彼女、燦然寺燈華さんはボロボロのクッションをこれまたボロボロの木棚から引きずり出すとちょこんとその上へと腰を下ろした。
「それ、定期的に口にしてない?」
そう僕が口にすると彼女はその綺麗な顔に何やら不服そうな表情を浮かべるとこちらへとぷいとそっぽを向いた。
「読む専の松野君にはわからないんです。私の、というより物書き共のこの気持ちが……」
「共ってねぇ……」
彼女とは入学直後のオリエンテーションで親しくなって以来かれこれ1年の付き合いになる。それ以降なんやかんやとありまして、今はこうして同じ部室でこうして二人っきりで話せるくらいの距離感という訳だ。
なんやかんやは……なんやかんやだ。
「それで、いったい何があったの?」
「それは……」
その前に、改めて彼女をここで紹介しておこう。燦然寺燈華。明治以降から昭和初期にかけて貿易で財を成した名家である燦然寺家の血を引く所謂お嬢様。育ちはもちろんその綺麗な容姿から大学内でもファンが多く、よく学内で声をかけられているのを目にしている。まぁ、華麗にあしらわれるところまでが一連の流れなのだけれども。学業の方も昨年はそりゃまた優秀な成績を修めていた(本人曰く)らしく、まさしく才色兼備のお嬢様と言っても過言ではない。
っとここまでは大学内で普通に生活をしていれば耳にすることが出来る情報ではあるのだが―
「ネタは浮かぶのに書くスピードが追い付きませんのっ!」
彼女の趣味がネットに自らが書いた小説を投稿することである。というのはほとんどの人には知られていない。
「いや、書けば追いつくじゃん」
「簡単に言ってくれますねっ!物書きへのNGワードですわ!こっちにもいろいろあるんですの」
そう言って燦然寺さんはその表情に一瞬陰りを見せた。
そりゃそうか、仮にもって言ったら失礼だけど、彼女は名家のお嬢様。そりゃ庶民の僕には分からない悩みがあるんだろうな……。
「ごめん、そりゃ色々あるよね」
「そうなんですの、天鱗がなかなか出なくて……」
「モ○ハンやってんじゃねぇよ!!!!!」
僕の気遣いを返せよ……。
「全部カ○コンが悪いんですわ」
「悪いのは君だよ!」
という具合なのがいつもの僕らの会話である。彼女のファンの方々には決してお見せできない光景だ。
「それにしてもお二人はまだなんですの?」
「お二人……?」
「ええ、越智先輩と花園先輩ですわ」
「ああ……越智先輩はバイト。花園先輩は今日は6限までだから来ないってさ」
ポケットから取り出したスマホの画面には、昼の間に貰った各二人からの連絡が表示されている。
僕と燦然寺さん、そして先ほど名前が出た3年の越智先輩と同じく3年の花園先輩、この4人が東甲大学非公認サークル現代文化文学研究会のメンバーであったりするのだ。
ふと、二人っきりの一室に何とも言えない静寂が訪れる。
「そ、そう言えば……」
見ればそこには若干顔を赤らめながらクッションの向こうから上目遣いでこちらを見つめてくる燦然寺さんと目が合う。
その表情に一瞬胸の高鳴りのようなものを感じるが勘違いしてはいけない。彼女がこういう表情をしているときは大体話題は決まっているのだ。
「読んだよ、先週上げてたやつ。面白かったよ」
「そ、それは良かったですわっ!」
ああいう表情の時は、決まって彼女は自作の感想を気にしている時なのだ。まぁ、このキラキラと嬉しそうな表情を見たいからネット上では絶対に感想を言わないんだけど。
「アニメの後のIFストーリーってのはやっぱり鉄板だけどさ、まさか1話目の時に助けた村にもう一回訪れるっていうのは想定してなかったよ!」
「ふふふ……それは物書きの腕の見せ所というところですわっ!」
フフン、とドヤ顔を浮かべる燦然寺さん。可愛い。
「それに、あんなに綺麗な村なんですの。出番があれだけなんて言うのはちょっと勿体ないかなと」
「なるほど、そういう考え方もあるのか」
「作品のファンとして、ああいう綺麗な絵を描き上げられたアニメーターさんに感服したというのもありますわ」
彼女曰く、ネットの物書きには2種類存在するらしい。
一つが自らが考えた設定を元にオリジナルのキャラクターが活躍するというもの。
もう一つが先ほど話題に上がったように何かの作品の所謂”二次創作”という奴だ。
燦然寺さんはどちらかというと後者の方で、お気に入りのアニメや小説、ゲームなんかのIFやエピローグ後の物語を書くのが好きらしい。
「感想を貰えると頑張って書いて良かったって思いますわ」
「そっか、読む専の僕にはその気持ちは分からないけど……」
「松野君も書いたらよろしいのに」
「いや、僕はそういうの向いてないから……」
越智先輩にもよく言われるけど、やっぱり面白いものを読んでると僕には無理だなぁなんて思ってしまう。
「無理強いはしませんけど……そんなにハードルが高いものではないですわよ?」
「でも、定期的にSNSで発狂している燦然寺さんを見ているとなんとも……」
あんなに苦心してまで書きたいかと言われるとそれもちょっと違う気がするような。
「あれはその……物書きゆえの病気みたいなものですので」
「治らないの?」
「治りませんわ、不治の病みたいなものですわ」
治らないんだな。
「そう言えば、さっき言ってた代わりに書いてくれないかっていうのは?」
ふと、先ほどの病気で思い出したが冒頭の台詞を燦然寺さんが以前似たような内容でSNSにて呟いていたことを思い出した。
「松野君はこういう経験がおあり?このキャラがこういうことしてくれたらカッコいいだろうな、ですとか、このキャラとこのキャラ、絡んだら面白いだろうなあとか」
「あー、あるかも」
「それがネタですわ!」
「……どういうこと?」
「アイデアは定期的に沸いてきますの!こうしたいああしたいだの。でも、それに執筆ペースが追い付きませんの。私は見たいから書いてますの。このキャラがこういう事をしているという場面を。でも、ペースが追い付きませんの!だから、代わりに、誰か、書いて!!!!」
「分かったから落ち着いて!」
「……まぁ、そういう事ですわ」
そういう話だったのか。分かるような分からないようなそんな感じだ。
「さて」
ふと、彼女の視線が壁の時計へと移る。
「そろそろ6時ですわね、帰りましょうか」
「そうだね、駅まで送るよ」
「ありがとうございます」
二人並んで帰り道をゆっくりと歩いていく。そこには大学生の男女の通学路には不似合いなアニメや漫画、ゲームの話ばかりだけれど、この時間が僕にとっては何よりも充実した時間なのだったりする。
この物語は、ネット小説はもっぱら読む専である僕、松野晋作が大ファンの物書きを応援していく物語である。
リアクション頂けると次話が加速します。
最終的には指先の感度が3000倍になります。