賞金首の英雄
あらすじ
ゴブリンを倒したベル達は、自分達の能力がかなり下がっている事を実感した。
ゴブリンから得た魔石は、ベルのウェストポーチに入れた。
このポーチは、メフィストが錬金術で作った魔道具であり、見た目よりもかなり多くの量が入る上に、時間経過も防ぐ事が出来る。
これはフィーも装備している。
また、ベルが肩に掛けている皮袋も魔道具であり、此方は入り口も見た目以上に開く上に、巨大な竜を入れてもまだ余裕がある程入る、国宝級の魔道具である。
この様な魔道具は、マジックバックと総称されており、相当な職人が作るか、ダンジョンからしか出土しない。
「これで、13個か」
「昨日も随分と、身体を慣らす練習台にしてしまったからね。まぁ、作物だけじゃなくて、女子供も襲って喰らうゴブリンが減る事は良い事だろうけれどね」
「私の村を襲ったのもゴブリンだった。数は、脅威だ」
「ごもっとも。身体に慣れていない現状じゃあ、ゴブリン相手にも油断は禁物さ」
昨日冒険者ギルドに提出したのは、狩った獲物の一部であった。
現に、フィーが腰から釣っているマジックバックの中には解体され、肉塊となったホーンラビットが2匹いる。
このマジックバックには時間経過を防ぐ加工はされておらず、森の中に生えていた香草と、持参の香辛料がまぶされて漬け込まれている。
本日の昼食となる予定だ。
「ゴブリンの魔石は、ギルド以外に持ち込んで金に変えるか?」
「それは辞めた方が良いさ。オレ達は金はあるだろう?新米冒険者のフリの為にギルドに持ち込んで無いだけだからね。別の町に行けば、評価を偽る必要も無い。まとめてギルドに提出と行こうじゃないか」
「それまでどれ程貯まるのか、だがな」
その後もベルの探査により、新米冒険者としてあるまじき速度でゴブリンやホーンラビット、そして見かけたスライムを狩っていく。
太陽が頭上まで登った辺りで、休憩として街道沿いに移り、移動の際にウェストポートに突っ込んでいた枯れ木で焚き火を作る。
内臓を取り出した腹に、香草を詰めて糸で腹を縫う。
鉄串を通した肉を、両端に立てた棒で焚き火の上に固定する。
後は余分な脂を落としながら、じっくりと火を通すのだ。
魔王討伐への道中でも、この焼き方で様々なゲテモノを食べたのである。
「そういえば、朝ギルドに行く時にパンを買っておいたのさ。焼き立てだから、ふっくらとしているよ」
「私はスープを買っておいたぞ」
一から作らなくても、時間経過を防ぐマジックバックを持っていれば、屋台で買った熱々の食べ物を食べる事が出来る。
適当な倒木に腰掛けようとしたフィーを制して、ベルはその上にハンカチを敷いた。
「ほら、ここに座れ」
「おやおや、随分と紳士的な事で」
「仮にもその身体は淑女だからな、この程度は普通の事だ」
「惚れ直しちゃうね」
「好きにしろ」
焼き上がった肉をナイフで切り、炙ったパンに挟んで食べる2人。
肉が余ればまたマジックバックに入れるだけなのだが。
辺りに良い匂いが立ち込めていると、茂みから何かが飛び出してきた。
既に探知して気がついていたベルは、ソレを静かに眺める。
「がおーっ!たべちゃうぞーっ!」
茂みから出て来た女性は、桃色の髪をサイドにまとめて縛っており、最低限の鎧と、フィットさせる装備から彼女が斥候である事と悟る。
「うわぁっ!び、びっくりしました……」
「なな、なんだい貴女はっ!?」
茂みから出現と同時に即死させる事も出来た2人だが、敵意が無かった事から他の冒険者であると直ぐに気がつき、年相応に驚く事にした。
「アッハハーっ!こんにちは、2人ともっ!私はCランク冒険者のエリーだよっ!貴方達の先輩です」
胸を張って自己紹介するエリー。
対人能力の低いフィーは、何とかしてくれとベルに視線を送る。
エリーの様にグイグイくるタイプが苦手なのだ。
「こ、こんにちは。どうして茂みから出て来たんですか……?」
「それは、良い匂いに釣られたからさっ!」
「……はぁ」
「チッチッチ!私をただ匂いに釣られた阿保な女だと思ったね!?」
「いえ、そんな事は……」
「私が匂いに釣られるって事は、魔物も釣られるってことなの。街道沿いとは言え、のんびり油断していると思わぬ襲撃に会うって注意しに来たのよ」
「そ、そうなんですか……すいません」
エリーが此方に近寄ってくる事も、それが敵では無い事も、魔物除けのポーションを辺りに撒いた事も2人は黙って謝った。
そうして、エリーを知っているベル達は、内心かなり苦い表情をしている。
エリーの仲間であろう者達が近付いてくるのを確認して、ため息を吐いた。
「まぁ、勉強代は一飯で良いわよっ!」
「子供に集ってんじゃないわっ!」
ゴチンとエリーの頭に拳骨を喰らわせたのは、平均的な女性より頭1つ高い女性冒険者だった。
彼女の名前はソラリス、王都で唯一のAランク冒険者であり、ベオウルフともメフィストとも面識がある為、現在2人が最も会いたくない人がであった。
丁度都合よく遠征していたのだが、2人の想定よりも早くに帰還する程度には優秀な冒険者なのだ。
「り、リーダーすいません……」
「第1、街道沿いで火を使うのは正解よ、魔物が出ても他の冒険者に気が付かれやすく、大抵の魔物は火を避けるからね。そもそも、アンタ気がついてないの?」
「何がですかぁ?」
「魔物除けのポーション使ってるんだから、この辺の雑魚が来る訳ないでしょうがっ!斥候としてまだまだね」
「えぇっ!あ、本当だ。すいません、新人ぽかったので……うぅ」
何やら騒がしいのを無視して、フィーはもそもそと、パンに齧り付く。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「おお、天使がここにいるっ!」
ガバリとベルに抱き着こうとしたエリーは、再び穿たれた拳骨に地に伏した。
「辞めなさい、年下に。アタシの仲間が世話かけたわね。アタシの名前はソラリス、この王都で活動しているから、何か困ったら頼りなさい」
「え、あっ!えっと、僕の名前はベルですっ!この娘はフィー、よろしくおねがいします!」
「え?うん、よろしく頼むよ」
「……?貴女、変わった外見ね」
ソラリスは、空気を読まずもそもそと食べている少女に、何処か既視感を覚えた。
「そうかい?親譲りなんだ、珍しいのかい?」
「珍しいよ、王都はまだ安全だけど、他の場所に行く時は人攫いに注意おし」
「大丈夫だよフィー、ちゃんと守るよ」
「あ、うん。よろしく頼むよ、ベルくん」
「あらら、お邪魔しちゃったみたいねぇ。ほら、行くよエリーっ!」
「えぇっ!いやですっ!私は美味しいお昼が食べたいんですっ!今日の料理当番リーダーじゃないですかっ!?」
「あぁん?アタシの飯が食えないのかいっ!?」
襟首を掴まれて、ズルズルと引き摺られるエリーを、2人は何とも言えない表情で見送ったのだ。
彼女の料理は、とても不味いのだから。
「さて、昼食の後は薬草採取とかどうだい?新米冒険者は、薬草で生活費を得る事が多いらしいよ」
「薬草の依頼は受けてないが、事後報告でも問題無いかと聞いた。よし、薬草を探しながら身体に魔力を通して、身体強化する訓練をやるぞ」
「うっ、アレは結構苦手なんだよね」
「その身体、古龍を素体にしてるんだろ?なら、慣れて置かないと、咄嗟に暴走するぞ」
「はぁ、分かったとも」
例えば気絶を目的に攻撃したとしたも、身体強化に慣れていない場合、ミンチにしかねない。
勇者と正面から殴り合った古龍は、巨大な力を有していた。
その後、恙無く薬草採取し、遭遇したゴブリンやホーンラビットを倒して、空がオレンジに染まる頃に王都へ帰ることにした。
「ふふっ、空がベルくん見たいで綺麗だねぇ」
「私に似ているかは別だが、綺麗な事には同意しよう」
「世界を魔王から救った、か」
薬草採取の途中で見つけた、丸々としたアポットの実を手に取る。
アポットの身とは、真っ白な林檎である。
空を飛ばない物からは見上げた木漏れ日に見える様に、高い場所から見れば白く目立ち、鳥等に種を運ばせる事が目的だといわれている木である。
真っ白な果実は、夕立を受けて綺麗な黄金に輝いていた。
「フィー、救った価値はあると思うか?」
「オレかい?オレは救った価値はあると思うよ。だって、そのおかげで君と一緒にいられるのだからね」
「そんなもんか」
「そんなもんさ、当事者からすればさ」
ガブリとアポットの実に齧り付く2人、話ながら歩く王都への道は短かった。
冒険者ギルドに戻った2人が報告しようと入ると、大きな怒鳴り声がギルドに響く。
マリアンナの前で、背の高い女性が声を上げていた。
その髪の色は、綺麗な水色。
思わず2人の表情が曇りかけたのは仕方あるまい、その女性は昼にあったソラリスなのだから。
「どういう事だっ!?」
「どういう事と何も、貼られている通りです」
「ギルドは許したのかっ!?」
「ギルドでは、依頼は出していません。衛兵達が王都中に触れ回っているだけですので。冒険者ギルドは不干渉の構えですね」
「はぁっ?不干渉?なんでだよ……勇者が犯罪者扱いだぞ!?」
ベルとフィーは現状を直ぐに理解したが、概ね予想通りの自体に顔を見合わせて苦笑いした。
ソラリスが先程から指しているのは、盗賊等の人相書きが、懸賞金と共に貼られている場所だ。
その中央、他より一回り大きな紙で、勇者の顔が貼られているのだ。
懸賞金は1億ウィーロ。
一生遊んで暮らせる金額であり、有用な情報を報告しても相応の金が払われるらしい。
懸賞金の対象が、普通の人間であった場合なら、目の色を変えて探すほどの金額。
ただし、相手が勇者であれば割に合わない。
たかが1億ユーロで魔王が倒せるので有れば、もっと早くに倒されていただろう。
手配理由は、英雄メフィストを研究を奪う目的で殺害し、その資料を持って逃亡したである。
この国どころか、大抵の人間は失笑する理由となる。
彼等の仲の良さは、誰もが知っている程有名なのだから。
「あの、ソラリスさん、良いですか?」
ベルはカウンターに近づくと、申し訳無さそうに声をかける。
「ああ?なんだいっ!?って、お昼の坊やじゃないか」
「すみません、依頼の報告をしたいのですけれど、お邪魔してごめんなさい」
「……!」
ソラリスは、周囲を威圧してた事に気がついた。
彼女はAランクの冒険者な為、迂闊に声を掛けれず、周囲の者は恐る恐る、様子を伺うだけであった。
それに対して、目の前のまだまだ子供と言える少年が、勇気を振り絞って声を掛けてきたのだ。
チラリと後ろを見てみると、顔馴染みのマリアンナの表情が蕩けている。
「はぁ、すまないね。ごめんね、マリアンナも」
「良いんですよ、ソラリスさんが彼等と仲が良かった事は有名です。友達の為に怒ったのでしょう?」
「手続きを頼むよ、坊やもごめんね……っ!」
ソラリスは良い事を思いついたと、意地が悪い笑みが浮かぶ。
ベルへの労いと、お礼と、揶揄いを丁度こなせるアイデアだ。
「そうだっ!良かったら、この後の打ち上げに参加しないか?大人のお姉さんが、色々教えてやるぞ?」
「えっ、な、なんですか?」
「ちょっ!ベルくんを汚さないでっ!私の可愛い天使をっ!」
「マリアンナさんも何を言っているんですかっ!?」
フィーは少し面白くない顔をして、モニョモニョと何か言おうとして辞めるを繰り返す。
周囲の冒険者達は、少女のヤキモチを微笑ましく眺めていた。