ゴブリンと会敵
あらすじ
ベルとの初夜を目論むフィーだが、食べ過ぎの胸焼けと胃もたれが立ちはだかった。
太陽が東から昇って来て、窓から差し込む朝日にベルは目が覚めた。
隣のベッドにはフィーが寝ているが、彼女が朝に弱い事は既に知っていた。
勇者とメフィストとしてなら、初めての2人の部屋という訳では無い。
しかし、ベルの身体は若返り思春期真っ只中、そうして以前とは異なり少女の身体となったフィーに、無意識に目がいってしまう。
女性はそういう視線に敏感だと、幼馴染が言っていた事を思い出して軽く舌打ちをする。
部屋から出て、裏の井戸で顔を洗う。
安い宿とはいえ、王都で長年中年の夫婦が営んでいる宿は、快適であった。
朝御飯付きで一泊1300ウィーロ。
剣筋で勇者であると露見する可能性を考え、周囲に隠蔽の魔法を使うとベルは素振りを始める。
一通りの訓練を終え、井戸水で汗を流すと、この宿のおばさんが出て来た。
「あら、早いわねぇ。おはようさん」
「おはようございます。すいません、井戸をお借りしてしまって」
「良いのよ、ふふ。良い子ねぇ、私達の子供は行商であっちこっち行ってるから、寂しいのよ」
「そうなんですか」
「そういえば、貴方と女の子どれくらい進んでいるの?」
「え?いえ、フィーとはパーティを組んだ仲間ですけれど」
「チューはしたのかい?」
ベルは思った。
下世話なおばさんだと。
しかし、幼気な少年少女の恋愛など、おばさんにとっては最高のゴシップとなるのだ。
「いや、本当にすいませんが」
「はっはっ、冗談だよっ!でも、あんたも男ならしっかりと守ってやるんだよ?」
「当然だ」
一瞬素が出てしまい、慌てたベルだったが、おばさんは満点の笑顔で井戸水を汲み出す。
手伝って部屋に戻る頃には、朝から随分と気力が減っていた。
だが、更に追い討ちをかける様に、部屋に戻ると全裸のフィーがベッドに腰掛けてぼーっとしている。
彼女は裸族で、低血圧なのだ。
人造生命体なのだから、低血圧が無くなると思ったベルであったが、どうやら彼女の低血圧は魂に縛られているらしい。
錬金術的根拠は無いが。
「おはよう、フィー」
「はよー……?」
変わってないなとに苦笑いして、少女になったフィーを以前より甲斐甲斐しく身支度を整えてやる。
下着を履かせようしたら、仰向けになって両手足を伸ばしていたり、されるがままとなっている。
漸く朝食の席について、瞳に光が灯った。
「おはよう、フィー。目が覚めた?」
「お、おはようベルくん。不甲斐ない姿を見せたね、忘れてくれたまえ。明日こそは、しっかりと起きるとも」
「フィーは、文字通り死ぬまで朝を克服出来ないから、大丈夫。慣れてるよ」
「うん、末永くお願いします」
深々と頭を下げ、固いパンを薄い塩味の野菜スープに浸しながら、食べ始める2人。
「そういえば、今日の予定はどうするんだい?」
「昨日と同じホーンラビット退治だよ。ランクがEまで上がって、お金が溜まり次第護衛の依頼か、乗り合い馬車で西に向かおうよ」
「ふふ、今日の予定どころか、もっと先の予定じゃないか。このまま、2人の将来設計と行くかい?」
「行かないよ、先ずは収入の安定だよ」
「はぁ、分かったとも」
朝食を食べ終え、冒険者ギルドに向おうと宿を引き払うが、下世話なおばさんは気を利かせて、部屋を取って置いてくれるらしい。
安い宿は新米冒険者に埋まりやすく、昨夜も何軒か探して漸くだったため、2人は有難くお願いした。
同室で、更に一進するのではというおばさんの企みだ。
冒険者ギルドにたどり着いた2人は、依頼掲示板に向かおうとするも、目敏く見つけたマリアンナに手招きされる。
普通は依頼紙を持って受付嬢のマリアンナのところに行くのだが、満点の笑顔で手招きされては行かないわけにもいかない。
マリアンナは美人な受付嬢ではあるが、その慈愛は少年少女にしか向かない事を知っている冒険者達は、彼女に優しくされるベルに、嫉妬ではなく憐れみの視線を送っている。
「ベルくん、フィーちゃん。おはようございます、マリアンナお姉ちゃんですよっ!」
「「お、おはようございます」」
「おはよう、マリアンナお姉ちゃん、ですよ」
「あの、マリアンナさん。流石に僕も、ちょっと恥ずかしいので……許して貰えないですか?」
無表情になったフィーと、照れた様に断るベル。
今日もマリアンナの心は満たされた。
「はい、許します。でも、何時かはお姉ちゃんと呼んで下さいね。それで2人は昨日と同じホーンラビットを受注すると思いますが、同時に常設の討伐依頼“スライム”を受ける事をお勧めします。スライムは、少ない魔素でも自然発生する魔物で、体液で小動物や畑の作物を溶かして食べる害獣です」
「ギルド推奨って事は、スライムは弱い魔物なんですね。昨日森で見かけたんですけれど、マリアンナさんに討伐証明部位など聞いてなかったので避けたんですよ」
「その危機感は、正解ですよ。実際、弱そう、行けそうといった根拠の無い自信によって、命を落とす冒険者は多いんです。相手が何であれ、未知なる敵は脅威となりますからね」
「はい、フィーが止めた方が良いと」
「流石フィーちゃんですね。知的で可愛いです」
「えっと、そうかい?」
今日初めて冒険者となったのに、スライムを軽く倒すのはどうなんだろう、と2人で話し合ったのだ。
結局、発見したスライムを放置しただけに、何となく気まずいフィーであった。
そもそも、ベルもフィーも、未知なる敵を見つけたら、喜んで会敵する戦闘馬鹿と研究馬鹿である。
自覚があるだけに、2人ともキラキラとしたマリアンナの視線は居心地が悪かった。
「では、スライムは火属性が弱点ですね。身体は薄い緑の体液で構成されていますが、火属性を当てる事で体積を削りダメージを与える事が出来ます。また、槌やメイスなどによる打撃にも弱いと言われていますが、逆に斬撃などには強く、切ったそばからくっついていきます。昨日のホーンラビットに使った様な魔法がおススメですね。スライム自体は弱い魔物なので、口元を身体で覆われなければ脅威はありません」
「2人なら、十分余裕を持って倒せるんですね」
「ええ、討伐証明部位はスライムの魔石となっています。正直、他に有用なものはありません。討伐すると、液状化が激しくなりますし」
「成る程、討伐方法は何かありますか?」
「はい、コアとなっている魔石を狙って体外に弾き出すか、一定以上の体積を失うとスライムは死にます。コアの魔石は、討伐証明部位になると共にギルドで買い取りますので、破損させると討伐報酬しか貰えなくなります」
「ありがとうございます、気をつけて行って来ますね」
「はい、行ってらっしゃい!」
受付嬢に見送られ、2人は冒険者ギルドを後にして城壁の外に出る。
今日も、門番からは声援が送られた。
少し歩き、草原から森の近くまで来た所で、ホーンラビットを探す。
気性が荒いホーンラビットは人間が縄張りに入ると、その角を使って攻撃してくる。
森の中で、知らず知らずに縄張りに入り、角を刺されて怪我をする者が多い傍迷惑な魔物である。
肉はそれなりに脂が乗っていて美味いため、重要な食料となっている。
「うーん、他の冒険者がちらほらいるね」
「今日は時間も早いからね。まぁ、探索範囲は此方が上になるんだろうから平気さ」
フィーは自信満々に胸を張る。
彼女はメフィストだった時、魔力を殆ど持たなかった。
その為、この人造生命体は様々な生物の細胞を混ぜて、魔力量は勇者であるベルと同等かそれ以上まで引き上げているのだ。
最も、魔力を持ったからといって、直ぐに魔法が使いこなせる訳ではない。
コツコツと、ベルから魔法を教わっているのが現状だ。
昨日のホーンラビットの末路、裂傷と焼傷はフィーの魔法練習によってである。
森へ入って少し経ち、漸く他の冒険者が見えなくなってから2人は一息ついた。
素とあまり変わらないフィーは兎も角、若返ったとは言え、特徴的な金髪を持つベルは年相応に振舞っている。
口調もそうだが、マリアンナと話している時など、自分の方が年上な分色々と精神的にくるモノがあったのだ。
「よし、もう良いだろう」
「ふふっ、オレとしては結構好きだけれどね。君の可愛らしい口調も、外見と似合って新鮮さ」
「そうか?私としてはかなりキツイぞ、レオンハルト陛下がぶりっ子になった所を想像してみると良い。それが私の心情だ」
「うーん、中々な気分だね。でも、オレと会う前の君を知る事が出来るのは、本当に幸せなんだけれどね。時間を埋めるみたいでさ」
「お前、中々ロマンチストだな。いや、人と触れ合わなかった分、変に夢見がちで理想が高い所があるのか?」
「かもね、良いじゃないかロマンチスト。男はロマンが好きだろう?おっと、オレは今、男じゃなかったね」
男女でロマンは変わるのだろうかと、フィーが考察していると、シッとベルは口元に人差し指を当てる。
フィーはチラリと、昨日買った安物の杖を見やるが、例え古龍並みに魔力量を持っていたとしても、上手く魔法が使えないのだ。
人目が無いならば、メフィスト時代から使っていた錬金術製の装備を使った方が戦えるだろう。
「ゴブリンだ」
短く言って、ベルは剣を抜いた。
刀身は指先から肘辺りまでの長さの、小ぶりなショートソードである。
盾は無い、新米冒険者の設定で買えなかったのだ。
最も、ベルにとっては、下手に弱い盾で防ぐよりも、避ける方が楽なのだが。
「方向9時、距離70、数は3、メイジは無し。弓持ちが1」
「増援の心配は?」
「無いな、近場には居ない」
短く確認し合うとお互いに頷く。
距離は大体メートル単位である為、70メートル程先にゴブリンが居るという事である。
何故それ程の距離の敵の位置がわかるかといえば、勇者だからとしか言えない。
一流と言われるAランクの斥候は、半径80メートル先の敵を確認出来る。
しかし、勇者は半径150メートルの距離を把握出来るのだ。
探知魔法と五感と経験によるものらしいが、気軽にオナラも出来ないとフィーは呆れていた。
最も、勇者の全盛期の話である為、現在の身体に慣れておらず、かなり距離も精度も落ちている。
フィーは安物の杖を腰に下げて、両手を空ける。
灰色のローブを着ている彼女だが、自分が勇者よりも弱い事を知っている為、下に着けている装備はメフィスト時代の物である。
勿論服装は変えているが。
ローブの下、両腕に着けた玉虫色の腕輪に魔力を通す。
メフィスト時代殆ど魔力を持たないフィーは、錬金術製の武器を作り、勇者と共に前線に立っていた。
研究者であるにも関わらず、一流の格闘家も唸らせる体捌きを持っている。
しかし、あくまで体捌きだけであり、肉体強度は低かった。
現在の身体には古龍の細胞も使われている為、上手く使えば勇者と生身で殴り合う事も可能な身体能力となるだろう。
ただ、古龍もそうだが、肉体に魔力を巡らせる事で細胞が活性化し、見た目以上の隋力を得る為、魔力の扱いが下手な今のフィーには殆ど活かせない。
フィーが魔力を通した事で、埋め込んだ魔石が活性化して、ゴーレムとして起動する。
通した魔力の形に高速変型するゴーレムは、オリハルコンを使った特別製だ。
現在魔力により、矢を装填して引ききったクロスボウが構成された。
勿論、ローブの下で行われている為、かなり小型の物になるが、全てが金属で構成されている為、放てば恐ろしい威力を誇るだろう。
大雑把に狙いさえすれば、微調整はゴーレムがしてくれる優れものである。
錬金術による薬品も戦闘に使う事は多いのだが、下手に使えば有らぬ疑いを呼び寄せる為、今回は見送りとなる。
木陰に隠れて様子を見ていると、ゴブリン達がやって来た。
ギャギャと耳障りな鳴き声をあげながら、汚れた腰布を巻いている。
それぞれ、石と木を使った粗末な武器を持っており、中には冒険者から殺して奪う者もいるが、今回の中にはいない様だ。
フィー達との距離が10メートル程を切った所で、ゴブリン達が何かに気がついた。
ヒクヒクと鼻を動かして、周囲を見渡す。
その時、トスっと音が背後から聞こえた。
ゴブリン達が振り返ると、最後尾のゴブリンアーチャーが頭から金属を生やして倒れる所であった。
「「ギャッ!?」」
慌てたゴブリン達は、攻撃によって仲間が死んだと理解して、前方に向き直る。
既に目の前には、ベルが迫っていた。
僅かに顔を歪めたベルは、構えていたショートソードを振り抜く。
一歩足りない距離で振り抜いた事で、ゴブリンへ刃は届かない。
困惑しながらも下がろうとしたゴブリンから、ズルリとズレた首が落ちるも、皮一枚に支えられて揺れる。
「チッ!」
舌打ちと共に青黒い血が吹き出す首から、残りの一匹に目を移すベル。
風を切る音共に、胸元を僅かに逸れて肩口にオリハルコンの矢が刺さる。
衝撃で体制を崩したゴブリンの胸に、ベルの剣が差し込まれた。
バックステップと共に引き抜けば、吐血と共に崩れ落ちる。
ベルに少し遅れて、漸くフィーが追いついた。
射撃の矢と共に2人は駆け出したのだが、身体能力はベルの方が上らしい。
怪我もなく一瞬で葬ったにも関わらず、2人の表情は優れない。
「ミス2だ。体格が縮んだ所為で、気付かれるまでに思ったより近づけなかった。しかも、アレだ」
ベルが指差したのは、首皮一枚で繋がったゴブリンの首であった。
刀身が届かないにも関わらず肉を絶ったのは、刃先に伸びた魔力の剣。
少年へと変化した事で、体格や魔力の扱いが変化し、本来断ち切る筈の首が中途半端に残ったのだ。
「相手が魔族だったら、死んでいたな」
「君はまだマシじゃないか。オレなんて外してしまったのだよ?眉間を狙ったのに目の下に、心臓を狙えば肩口に。君の手を煩わせた、すまないね」
「お互い様だな」
「そうかい、なら精進だね」
互いに苦笑いして、ハイッチする2人。
話しながら、ゴブリンの胸元から慣れた手つきで魔石を取り出す。
「一歩の距離は、魔力で補えば良いが、慣れが必要だな」
「オレも今の身体なら真似出来る筈だからね、後で御教示願おうかな」
「あぁ、任せろ」
「ただね、ゴーレムのアシストが上手く作用してない様なのさ。多分、この身体に合わせて調整しないといけないけれどね」
「難儀だな」
「試行錯誤こそが錬金術の面白い所なのさ」
「そういうもんか」
「そういうもんさ」
ベルはサッサと剣と魔石を魔法で洗うのに対して、フィーはぎこちなく魔法を詠唱して手元に水を出す。
勿論、矢の回収は忘れない。
5話分をあげます
書き溜め無くなるので、少し開くかと