表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王を倒したその後で  作者: 夏目みゆ
57/57

拾った娘

あらすじ

雪山で行き倒れが来た

視界を埋め尽くす真っ白な吹雪の中、1人の少女が歩みを進める。

背中にかかる重荷、体の感覚は既に無い。


「ねぇ、どうしてこんなに綺麗な空の下で、ヒトは争うのかな」


背中に背負う弟が放った言葉は、やけにハッキリと聞こえた。

視界一面の吹雪の中、彼が何を見ているのかわからない。

だがきっとその景色は、直ぐに少女も見る事が出来るだろう。

例え命を落とす事になろうと、彼女は両親に胸を張る為に、最後まで歩みを止めない。

そして、意識を手放した。


火が爆ぜる音が響く。

褐色の肌をした獣人は、ゆっくりと瞼を開いた。

ぼんやりとした意識で、黄土色に照らされる天井を暫く眺めていると、徐々に記憶が戻ってくる。

飛び起きた彼女は、自分に掛けられた毛布を跳ね除けて、自分が背負っていた弟を探した。

火を囲んで座る少年と少女と目が合うと、怨嗟を込めて睨み、叫ぶ。


人族(ヒューマン)めっ!アタシの弟を何処にやった!?」

「おやおや、随分と、躾けが成っていない獣だね。ホーンラビットの方が、未だ礼儀が有るよ」

「フィー、彼女は動揺しているからだ、あまり煽ってやるな」

「答えろっ!」


その殺気すら纏う問いに、ベル達は大して気にした様子は見せず指差す。

指の先には、小さな少年が横たえられていた。

少女は慌てて彼の側に寄り、名を呼びかけてその肌の冷たさに驚く。

震える手で、そっと口元に手をやれば、そよ風すら感じない。


「あぁ、駄目だ、駄目だ駄目だ!行っちゃ駄目!1人にしないで!!」


少女は胸元に手を当て、心臓を刺激し、時折息を吹き込む。

その心肺蘇生法を見て、何処で覚えたのかベルは興味を抱いた。


初代勇者は心肺蘇生法の手順を、教会や医療関係者に広げてはいたが、治療魔法が普及するこの世界では、一般人に浸透する事はなかった。

しかし、存在はするが発動条件が非常に難しい蘇生魔法に類する術よりも、誰もが使える心肺蘇生法は、教会や医療関係者に教育が義務付けられる事になった。

あくまでも一部の者に教育される為、目の前の年端も行かない(外見年齢は同世代だが)少女が、その技術を身につけている事は非常に珍しいのだ。


そもそも、人工呼吸は見知らぬ者と口付けを交わすのだ。

この世界の道徳では命より純潔を重視され、知識としては知っていても実際にやる者は少ない。

下心や、愛した者、余程高貴な精神を持つ者を除けば、実践する機会は無いだろう。


少女は必死に手を動かしつつも、ベル達に湯を分ける様に言う。

少年の身体を温めるつもりだろう。

少し迷ったベルだが、フィーは無言で湯を張ったタライと、コップに入れた白湯を手渡す。

半端引ったくるかの様に少女は受け取り、少年を温めようと処置していく。

どれ程彼女が頑張ろうと、冷たい死体は直ぐに温度を逃してしまう。


「あぁ、どうして、どうして?」

「それは死体だから、としか言えないよ。君も、危ういけれどね」


狼狽る少女の手を取り、焚き火の側に座らせ、少年の毛布をフィーは戻す。

焦点の合わない瞳のままスープを受け取り、空腹には勝てないのだろう、彼女は口元に運ぶ。

ベルが村を無くした時も、彼女と同じ目をしていた。

肉塊となった幼馴染の少女を必死に抱えて、治療師に頭を下げていた。

彼女や家族、村人達を眠らせる様に諭され、漸く現実を見て、枯れ果てる程涙を流したのだ。


「どうして、助けてくれなかった?」


ポツリと発せられた言葉は、向かう所の無い感情の捌け口だろう。

向けられた方からすればたまったもので無いが。

魔王との戦争時に、彼女の様な者は何度か見てきた。

中には自暴自棄になったのか、ベル達に襲い来る者も少なくない。


フィーは彼女に食事を渡して、研究資料を見始めた。

既に彼女から興味を失いつつある様で、ベルは溜め息を吐く。

年端も行かない少女とは言え、混乱し取り乱す赤の他人の相手等、面倒でしかないのだ。


「お前の弟は、ここに来た時には既に事切れていた」

「嘘をつくなっ!アタシを此処まで導いたのは弟だぞっ!?」

「言い難いが、幻聴じゃないか?」

「違う、生きていた!本当だ!」

「私達も、助けようとはしたさ」

「ならっ……!」


気色ばみ立ち上がろうとした彼女だが、酷使した身体は思うようには動かず地面に手を着いた。

この年代の子供は、感情の赴くままに行動するから本当に面倒だと思いつつも、ベルは彼女に休む様に促す。

しかし、彼女は首を横に振った。


「リヒトを、弟を弔いたい」

「今は休め、目が覚めたら私達も手伝ってやる。お前の事情も、その時に聞くさ」

「……分かった」


弟の横に這う様に進むと、力尽きて意識を無くす。

毛布を直してやるベルは、彼女達の頭上に生える獣耳に眉を顰めた。

獣人が嫌いという訳ではなく、サルマン王国の周辺国に獣人の国は無く、あまり見かける事がない。

違法奴隷や人攫いに目を付けられる事も多く、物珍しさから注目も引き、当事者からすれば非常に面倒だろう。

最も、獣人であるからだけで奴隷以下に落とされる国に比べれば、余程平和だが。


サルマン王国に隣接する、迷宮(ダンジョン)が存在する迷宮都市ラビリスは、冒険者が集い獣人を含む亜人も数が多い。

大方、彼女達もそこの子供で、奴隷商人や人攫いに誘拐されたのだろと考えたベルだが、彼女が行った心肺蘇生法の手順を思い出し首を捻り、フィーの横に腰をかけた。


「上手く眠らせたな」

「オレ達を警戒している癖に、与えられた食べ物を口にする辺り、幼い子供だね」

「寝ているフリ、かもしれないぞ?」

「それなら、それでも構わないさ。けれど、彼女の体験は実に興味深いものだね。死せる者の声を聴いた、って事になる訳だろう?」

「私は彼女の持つ知識に興味を抱いたがな。お前も当初は知らなかった程、広まっていない蘇生法を彼女は行った。今は教会関係者か、軍の者くらいしか知らない知識だろうに」

「伴侶でもないのに口付けを交わすなんて、オレでも遠慮したいからね」

「宗教や道徳は、時に命を奪うものだからな」

「同感だけれど、ベルくんには喜んでやろうじゃないか」


2人は冷たくなった少年に目をやる。

アンデットになった訳でも無く、少女が担いで来たのは唯の死体だった。

死後数時間は経過しいると見られ、とてもでは無いが彼女を導く事など不可能な存在だ。


「彼女が自分の精神を守る為に、虚像の存在を作り上げたとか、かな?この場所へは、偶然か無意識に何かを捉えたのか」

「幽霊って可能性は無いのか?」

「アンデット?」

「いや、そういうのでは無く、物語に出てくる様な幽霊だ」

「生者の如く振る舞う幽霊、か。ベル君って、結構ロマンチストだよね」

「自覚はある。ただ、彼女が言うのなら信じてやっても良いんじゃないか?」 

「信じた所で、オレ達には無関係だろうけれどね」


吹雪の音は、止まらない。

獣人の少女の足跡を塗りつぶして行くが、真っ白な視界の中で彼等は進む。

複数の影は、ベル達の潜む洞窟へと迷わず向かうのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ