雪の日の来客
お久しぶりです
時間が出来たため少しずつ投稿を始めます
あらすじ
国をでたベル達は、ほとぼりが冷めるまで人里離れて過ごすのだった
しんしんと降り積もる雪の中、角の生えた兎の魔物、ホーンラビットが駆けていた。
動物と異なり、魔物達は冬眠する事は無い。
それを追うのは、黄金の煌めき。
吹き抜ける風よりも速く疾る。
ホーンラビットは、自分の首が落ちた事に気が付かずに絶滅した。
湯気が立つ獲物の脚を持ち、首元から滴る血で雪を染め、彼は来た道を戻る。
青年へと差し掛かる手前、少年を終える年齢へと変貌したベルは、上がった鼓動を鎮める様に息を吐いた。
「手足の長さは、これぐらいの年齢の方が使い易いな」
サルマン王国での戦は、少年の肉体となった事で何度も苦戦した。
元の姿に戻す事も可能だが、全盛期である20代後半の姿はあまりにも有名であり、すぐ様勇者ベオウルフだと周知されてしまうだろう。
それ故に戦い易い体格を探っており、漸く成長期の一時に落ち着いた。
子供特有の柔軟さに、大人に足を踏み入れた頑強さを持つ肉体は、速度のみに拘れば全盛期すら凌駕する事に驚いた。
勿論、肉体的な経験や髄力、体力や体重等総合的な面で見れば、全盛期とは圧倒的な差が有るだろう。
しかし擬似的な物とはいえ、賢者の石を内包する肉体ならば、無限に等しい魔力で覆す事も可能な筈だ。
肉体を十全に活かせていない事実に、歯痒さを覚えつつ、片耳に付けた耳飾りに魔力を流しフィーに帰還を告げる。
仮宿として使っているのは、ポッカリと空いた自然の洞窟であり、中では色素の薄い、髪や肌が真っ白な少女が焚き火で暖を取っていた。
真っ白な外見に、紅の瞳は雪兎の様だとベルは思った。
そして、雪山の保護色なのか、獲物のホーンラビットも体毛は白く眼が赤く、同じ様に思わず苦笑いしてしまう。
不思議そうに此方を見た彼女に首を振る。
「やぁ、ベルくん。ホーンラビットが取れたみたいだね」
「ああ、そっちはどうだ?」
「見ての通り、そこそこ取れたよ」
焚き火に炙られているのは、枝が突き刺さった、真っ白な幼虫だった。
この幼虫は、甲虫の幼虫に似た姿をしており、スノーウッドという雪地帯に多く生える針葉樹の根を主食としている。
スノーウッドの木材は美しいミルク色をしており、高級家具の素材として使われる。
白い甲虫の様に成長するこの幼虫は、ミルクワームと呼ばれる。
ミルクワーム達は、スノーウッドの根を食べる事で、濃厚なミルクと甘味を備えたバニラアイスの様な味となるのだ。
火にかける事で、香ばしさが加わり、ブチリと噛めば、トロリとした中身が垂れ、口の中に凝縮された味を広げる。
木の根を噛み砕く口元の歯や、手足をしっかりと捥がねば口の中に刺さる為、フィーはうぞうぞと動くミルクワームから手足や歯をもぎ取っていた。
ぼんやりと、初代勇者は食虫に酷く嫌悪していたなと、記憶に引かれてベルは頭を振った。
「ミルクワームは貴重なタンパク質だからな」
「タンパク質?マジックバックにも、まだまだ食料の備蓄は有るのだけれどね」
「ああ、だが現地調達出来るならするべきだ」
「分かっているさ、君の拘りについては特に、ね」
外で手早く解体して腹を裂いた肉に、香草や野菜を幾つか詰めて縫い、塩を軽くまぶして丸焼きにする。
中の野菜から出る水分で蒸す。
ミルクワームを摘みながら、雪を溶かした白湯を口に運ぶ。
肉の焼ける匂いは、魔物達を引き寄せる事になるが、洞窟の外は吹雪いており大丈夫だろう。
例え血の匂いに釣られて来ても、新たな獲物となるだけだ。
冬としてはそれなりに贅沢な食事を済ませた2人は、残った骨を鍋で煮ながら過ごす。
まだ日は落ちていない筈だが、厚い雲と吹雪によって、外は夜の様に暗くなっている。
焚き火の音を聞きながら、図面を描いているフィーを眺め、ベルはゆったりとした時間を楽しんでいた。
「何を描いているんだ?」
「うん?」
「いや、何を描いているのかと」
「ああ、魔導人形を小型化しよう思ってね」
「小型化か」
「うん。この間は、碌な整備も出来ずに運用したから、関節部が破損してしまったんだよ。非効率な人形にしている所為で、膝や肘には余計な負担が掛かるし」
「人形は、浪漫だ」
「勿論分かるとも。ただ、研究施設も無い場所じゃ、修理も不可能だ。錬金術で一から作り直した方が早いのさ」
「だが、小型化した場合は、巨体と重量のメリットも失われるのだろう?」
「そうだね、威圧効果や攻撃範囲、質量からくる破壊力も低下してしまうかぁ。オレの様な凡才には難しいねぇ、まったく」
ベルは目を閉じると、初代勇者の記憶を探る。
聖剣に無理やり植え付けられた歴代勇者の記憶だが、勇者達の魂は輪廻転生した同一のものだ。
聖剣との魂の奪い合いの際に、引っ掻き回された精神。
その時、魂に刻まれた前世の記憶も引き摺り出す事となった。
全てでは無いが、初代勇者が産まれた別世界の記憶も朧げながら思い出す。
だが、記憶に引き摺られる事で精神に負荷が掛かり、自我が希薄と成っていく。
自分の意識を確立させる為に、普段はその記憶には蓋をしている。
最近は愛する彼女の記憶で埋め尽くそうと、一挙動に注意を払い、愛らしさを記憶に焼き付けている為、負担はかなり軽減された。
病は気からとは、この事だろうとベルは頷く。
「今のフィーの身体スペックならば、自ら戦った方が良いだろう。動きを補助する様に、身に纏う鎧の様なモノはどうだ?」
「鎧?まともに動けなくなるよ?」
「今のお前なら、筋力は十分だろうに」
「あぁ、そうか。未だに慣れない感覚だね」
「身体の使い方は、早く慣れた方が良い」
慣れないとボヤきつつも、体術に縛ればベル相手にも粘れる才能に苦笑いが溢れる。
錬金術に勝るとも劣らない彼女の体術は、貧弱過ぎる肉体のメフィスト時代は殆ど活かせていなかった。
故に、フィーは己の肉体をまったく信用しておらず、度々魔導具や魔法に頼ってしまう。
腰に吊るしたホルスターの六連式魔筒がその証拠だ。
「何時もの矢の様に身体に纏せる、いや、着た方が良いかもしれないな。オリハルコンを関節や補助に回し、サポーターか?残りは服とする……となると」
「ふぅん?また、無茶振りを言うのは止めておくれよ?施設が無いから不可能さ」
「パワードスーツだ」
「ぱわぁどすぅつ?」
「そうだ、着るだけで戦闘力が上がる、服だ」
「ベルくん、君、また記憶に引かれていないかい?浪漫が暴走している様子だ。着るだけで強くなる服は、有るかも知れないけど迷宮産だろうに」
奔流してきた記憶を、頭を叩いて整理する。
どうやら記憶の所為ではなく、若返った事による思春期特有の思考に飲まれていた様だ。
魔導兵器の図面を前に、二人でああでも無いこうでも無いと構想を練っていると、ベルが真剣な顔で外を見やった。
「おや?お客様かい?」
「ああ、追手なのか血の匂いに釣られた獣か……どうやら、人らしいが」
「前者かな?」
「いや、これは恐らく遭難者だ」
「そうなんだぁ」
引き笑いをしつつフィーの頭を撫でたベルは、武器に手を掛けつつ入り口に近付く。
雪を踏む音と共に姿を現したのは、褐色の肌をした少女だった。
青い唇と、凍ったまつ毛から、吹雪の中を彷徨い歩いた事が見て取れる。
焚き火を視界に入れた来訪者は、意識を手放したのだった。
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