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魔王を倒したその後で  作者: 夏目みゆ
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幕間 壮年の冒険者

幕間です、次回からは本編が再開します

舗装されていない道を走る、乗合馬車が揺れる。

客は皆、臀部への刺激に対して各々の対策を講じていた。

冒険者らしき壮年の男は、下半身に魔力を流し肉体強化を施すが、臀部への衝撃は殺しきれず不満顔で溜息を吐く。

ふと、フードを目深に被った男女の2組みに目が留まる。

同業者なのか、青年の方は帯剣していた。

普段は寡黙な男であるが、席が近い事もあり気になった2人に声をかける。


「なぁ、こんな辺鄙な場所に向かう馬車に乗るなんて、アンタ達は何かの用事なのかい?」

「ああ、用事というか、僕らはサルマン王国を出るんだ」

「そうか、この国は合わなかったのか?良い所だし、最近になって漸く王都の復旧が終わって、賑わってきたってのに勿体無いな。まぁ、俺も隣国に行く訳だからお前さんの事を言えないがな」

「僕は、国が立ち直れたからこそ、かな」

「ふぅん?アンタ良い所の坊ちゃんだろう?尚更分からないな」

「坊ちゃんって歳でもないけれどね。僕の恋人は亜人なんだ。少し前に比べて、今の貴族は種族差別や偏見は確かに減った。けれど、貴族は人の上に立ち、導く存在だ。この国でヒューマン以外との結婚は、現実的には難しい」

「駆け落ち、か」


肩を竦めた青年に、男はバツがわるそうに顔を顰めた。

貴族のしがらみは、きっと平民の男が想像する以上に面倒なのだろう。

だが面倒さと比べても、貴族という地位は価値が高い。

王からの信用として与えられた肩書は、自らの領地であれば罪人の刑すら意のままとなる。

勿論、人の道を外れた行為は自らの首を締める為、それ相応の責任が有るが。


「そいつは、悪い事を聞いた」

「良いさ、僕はもう唯の冒険者だ」

「お前さんは坊ちゃんだった癖に、随分と行動的なんだな」

「どうかな?彼女と会えなかったなら、僕は飛び出す事も無く、唯生きるだけだったと思う」

「へぇ、随分と大胆な恋人なんだな」


チラリと目深にフードを被った女を見ると、ソワソワと落ち着きがない、照れているのだろうか。

壮年の男は、思わず顔が緩んだ。


「自己紹介がまだだったな。オレの名前はフーゴ、こう見えてもCランクの冒険者だ。アンタ達の名前は、無理に聞くつもりは無いが……何か有るかもしねれぇから、呼び名くらいは教えて欲しい」

「そうだな」


フーゴの問いに、顎に手を当てた男は頭を捻る。

ふと何かを思い出したのか、少し寂しげに彼は言った。


「僕の名前はレオ、彼女はメリーとでも呼んでくれ」

「レオにメリーか、分かった」


フーゴは素直に頷いた。

冒険者の中には脛に傷がある者も多く、余計な検索は命を落とす事に繋がる。

お互いの適度な距離が、長生きの秘訣だと彼は経験で知っていた。

そして、少しの会話の中でレオが信頼出来る性格だと分かり、フーゴはふと思いつく。


「サルマン王国を出るとは言え、この馬車は直接出国する訳じゃないからな。丁度パーティーを探していたからな、良かったら一緒に行かないか?」

「……突然だね」

「なに、お前さんにもメリットが有る。俺を加える事で三人になり、お前さんを捜索している奴らを撹乱出来るし、国境の関所では誤魔化す手伝いをしてやろう。どうだ?」

「フーゴ、君のメリットはなんだい?随分と、美味すぎる話じゃないか」


無償の善意を信じる者は、冒険者として大成する事は出来ない。

依頼者の中にも騙そうとする者がおり、互いに利益を得る事で始めて信頼出来る関係だ。

彼の問いに、尚更気に入ったのかフーゴは笑って答えた。


「さっきも言ったが、此方は戦力と頭数が欲しいだけだ。Bランク以上を目指すなら、普通はパーティーが必須だからな。俺は、訳あって仲間をなくしたのさ」.


寂しげに笑うフーゴの胸元で、彼に似合わないネックレスが揺れた。

3人の冒険者が仲を深めている内に日が沈みだし、完全に闇に包まれるより前に、馬車は止まり野営の準備を始めたのだった。

利用者は思い思いの場所に座り、薄い味のスープが配られる。

他の食事は自分達で用意する為、黒パンや干し肉を皆荷物から取り出していく。

中にはスープのみを少しずつ啜るだけの者もおり、乗り合い馬車を利用する者の経済状況が現れていた。


離れた焚き火の側に、レオとメリーは腰掛けている。

音を立てて踊る炎を眺めいると、その暖かな光が眠気を誘う。

格安で雇われた護衛が夜の番をする様で、二人は寝る事は可能だ。

しかし、気を抜かない状況に心が休まる事は無い。

焚き火に照らされたレオ達は、二十代後半だろう、気を抜いた様に思わず垂れた目蓋を押し上げた彼の手を、メリーはそっと握った。

許されない行為故に、ぎこちない仕草で彼女は恥ずかしそうに俯く。


「良かったのですか?」

「ああ、やっぱりオレは王様に向いてない。きっと、父上もそうだったのだろうな。だが、能力が有った所為で王という役に縛られたのだ。さぞ、勇者殿が羨ましかった事だろうと思うよ」

「いいえ、王を捨てた事よりも、数多いる女の中から私を選んだ事です」

「なぜだい?」

「今の私は異形です。恋だって、貴方以外にした事も無いし、武器を握った両の手は、乙女らしくも有りません。貴方ならきっと、もっと良縁が望めたでしょうに」


レオは驚いて彼女を見つめた。

左右の瞳に加えて、額に6つ宝石の様な瞳が彼を映し、焚火を反射して煌めいた。

綺麗だと、思わず零れた言葉に、メリーは小さく声を上げた。


「そうだな、君を納得させる言葉は見つからないが…….初めて見た時から、君を手に入れたかった。何にも変え難い、きっと異常と言われる様な、そんな重い気持ちだ。だから、後悔どころか、君以外を考えた事が無かったのだ。あぁ、こういう時に、歯の浮く様な台詞を言えない自分が嫌になるな」

「……」

「良かったかと問われたが、良かったと答える以外をオレは持たないし、思いつきもしない。逆に問いたいくらいだ、君はオレで良かったのかい?」

「ええ、勿論です」

「なら……」

「ですが!」


レオの言葉を遮る様に、メリーは続ける。

今にも涙しそうであり、忌々しそうに額の目に触れる。

涙に滲むことすら無い、赤みの掛かった鮮明な広い視界は、彼女により重い現実を突き付ける。

他の誰でも無く、彼女の身体こそが、お前が異形だと伝えるのだ。


「私は、蜘蛛です。雄は捕らえて食べてしまう程に執着する、そんな魔物と混ざり合っているのです。初めて会った、その時からお慕いしているこの気持ちは、貴方を束縛し、食べてしまいたい程に……重い!そんな異形と添い遂げて、貴方に幸せは有るのでしょうか?」


夜の不安に呑まれぬ様に、自らの言葉に傷つかぬ様に、彼女の口をそっと塞ぐ。

これ以上大切な人を傷つける事は、彼女自身ですらも許せなかったからだ。

代々王家に仕える騎士の家系、メリッサという騎士は悪夢の一夜で戦死し、名もない蜘蛛の怪物が生まれた。

何処までが魔族で、何処からが魔物なのかの定義は曖昧だ。


一般的な基準で言えば、知能を持ち友好的な生物は全て亜人と分類される。

だが正しくは外見的な特徴ではなく、体内の魔石の有無で決まる。

魔石が形成される存在の総称が魔物であり、魔族とは魔物が人に転じた姿、又は先祖がそうで有ったとされている。

最も第三者にとっては、魔石の有無等腹を捌かねば分からない。

その為、大抵は肌の色が青や赤、緑である事の他、外見的に魔物の特徴が強く現れている者を、魔族と呼ぶ。

魔族とは、亜人という一括りの中に含まれる種族の一つなのだ。


涙を流すメリーを抱きしめるレオ。

離れているとはいえ、深刻な雰囲気は他の者達にも感じ取れ、あやす彼を何事かと見やる。

暇な旅の中、土産話にでもという野次馬根性の好奇心が有り有りと感じ取れ、フーゴは溜息を吐きながら立ち上がる。

両手には馬車の料金に入っている、味の薄いスープの器を持ち、2人に声を掛けた。

お前達、隠す気が有るのかと。


「邪魔をして悪いが、ちょっと良いか?」

「あ、ああ!」

何時(・・)もの様に2人の世界に入るのは構わないが、他の客は兎も角、亜人とヒューマンの恋愛を吟遊詩人の物語の様に毎夜毎夜聞かされる此方の身になって欲しいな!どうせまた、独り者の俺を除け者にして、仲良くするんだろうっ!?」


2人だけの世界に入っていたが、フーゴの言葉に現実に戻され、慌てて距離を取った2人。

随分と初心なものだと内心思いつつも、彼はその事に触れる事は無く、レオの横に腰掛け小声で耳打ちする。


「旨く口裏合わせろよ?」

「「すみません」」

「本当にな」


乗客達は彼等のやり取りに、ただの痴話喧嘩かと意識を外す。

火を囲んだ彼等は、思い思いに家族との出会いや思い出に話が切り替わっていった。

ばつが悪そうにする2人の間にフーゴは腰掛ける。

似た者同士の2人だ、余計な事を言わずとも直ぐに恋人になるだろうと分かり切っている。

それよりも、先程の嘘が真実になりそうな事に、強面でモテない彼は気が重くなっていく。

今後も続くだろう長い夜を憂い、壮年の冒険者は重い溜息を吐くのだった。


ライオス達のその後です。

国が落ち着いた後、彼は弟に王座を託して駆け落ちします。

第二王子を担ぎ上げる勢力等が出現した等、元々継承順位も劣っていた彼は、国と愛のために姿を消しました。

彼の子は王族の血を引きややこしい事になりそうですが、国の決まりで亜人の血が入った者は、王族に入る事が出来ません。

これは、自国が他種族に乗っ取られる事を防ぐ部分も多いですが、亜人は貴族になれない等サルマン王国にも結構差別の歴史は長かったりします。


ここまでお読みいただきありがとうございます

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